女神になった少年は、青年となり神を狩る

久堂めい

第0章

プロローグ 女神の名を冠する男

 街が燃えていた。

 私たち騎士が守るべき王都が、音を立てて崩れ去る。

 

「どうしてこんなことに……」


 魔王軍が王都に攻め込んでから、すでにかなりの時間が経過していた。

 女神様の結界がある限り、この王都にだけは魔王軍は攻めてこないはずだった。本来起こりえない異常事態を前にして、私はただ混乱する。


 (まさか結界が消滅した…?いやそんな報告、教会からは受けていない。それに、結界が消滅するなどありえない。では、何故?)

 この事態に対する疑問がとめどなく溢れてくる。が、今はそんなことをしている場合ではない。

 それらの疑問を押しとどめると、いまにも王都の住人に襲い掛かろうとしている魔王軍の戦士へ背後から切りかかる。


「はあぁぁッ……!」


 一撃で相手を葬り、襲われそうになっていた女性に向け呼びかける。


「ここは危険です!街の中心部へ!」

「は、はい!」


 女性が無事、王都の中心に向けて逃げ出したのを見届ける。私は、騎士たちと魔王軍の戦士が入り乱れる戦場と化した街を見渡すと、次の敵へ狙いを定め駆け出す。

 しかし私の剣が相手に届くことはなかった。魔王軍が一斉に後退を開始したのだ。


「敵が引いた今のうちに陣形を組みなおせ!これは持久戦だ!次の攻撃に備えろ!」


 いきなりの魔王軍の後退に私たちは混乱しつつも隊長の指示に従って行動を開始する。

 ―――そのときだった。王都全域に届くのではないかと思うほどの大音量で、宣言が響き渡り、戦場の空気が塗りかえられる。


「聞け、人間どもよ。我は貴様らが魔王と呼ぶ者。王都周辺は既に我が軍が包囲している。抵抗を止め、我らが軍門へくだれ」


 魔物たちが撤退していった方角の遥か遠くに佇む異形。姿かたちは人間に近いのに、どうしようもなく人間と異なるそれは魔王を名乗り我が王国に降伏を勧告する。


「やつだ!やつが魔王だ!やつを倒せば我らの勝利だ!全軍突撃ー!」


 まだ距離があるとはいえ、敵の大将が姿を現したのは間違いなく好機。司令官である騎士団の団長から突撃命令が出る。


「「おおぉぉぉー!」」

 

 私を含め、騎士たちは雄叫びをあげながら魔王めがけて突き進む。

 そのような私たちの行動には目もくれず、魔王は再度口を開く。


「これは、警告だ」


 その言葉と共に、魔王から魔力が溢れだし、巨大な剣のような形をす。戦場を一薙ぎで白紙にする力を内包した一撃は、まさしく絶望の象徴。

 そしてそれは振り下ろされる。戦場に残っていた魔王軍ともども、王都を守護する騎士たちを魔力の奔流に飲み込む。

 大半の騎士たちは衝撃をまともに受け、あまりの威力に後方へ数十m吹き飛ばされた。あの様子では即死だろう。

 私は、とっさにそばにあった瓦礫がれきの裏へ隠れることでかろうじて身を守ったが、それでもなお防ぎきれぬ衝撃が身体を襲う。


「がっ……!」


 衝撃で呼吸ができなくなり、意識が遠のく。

 魔王はまだ勧告を繰り返しているようだが、次第にその声もよく聞き取れなくなってくる。

 (ああ、騎士としての務めも果たせぬまま私は死ぬのか…。)

 魔王が次の攻撃を開始する姿が視界の端に映り、自分の死を本気で覚悟した。

 そんな時だった。——あの男の声がしたのは。

 

「おー、あれが魔王か」


 それは、こんな状況には似つかわしくない、死への恐怖や焦り、不安を微塵も感じさせない声。

 自分の体に残された力を振り絞り、声のした方に頭を向ける。

 

 ――――声を発したであろう男がいた。

 その男は鎧なども身に着けず、見たことのない全身黒の服装で、まるでこれから散歩にでも出かけるかのようにたたずんでいる。特徴的な黒の髪の毛を風になびかせ、数歩、歩みを進める。

 私はそのような男がこの場にいることの異常性に気がつかず、男に声をかける。


「おい、お前…ここは危険だ。早く避難を……」

「はぁ~~、めんどくさいなぁ……。でもまあ、こんなことになったのも間接的にはみたいだからな……。

 追い返すぐらいはやってやるか」


 私の言葉が聞こえなかったのか、男は自分に活を入れるかのように宣誓すると、遠くに佇む魔王を見据える。

 しかし、のんきな男とは対照的に私の頭の中は混乱で埋め尽くされていた。

(今、あいつはなんと言った?この状況になったのは自分のせいだと、本当にそう言ったのか⁉)

 男のセリフを理解するにつれて、私の頭の中には混乱に代わり怒りが湧いてくる。私はその怒りに突き動かされるまま、男に向け叫んだ。


「おい!お前、この状況が自分のせいとはいったいどういう意味だ!」

「ん?…あんた、さっきの攻撃を生き残ったのか。運がよかったね。

 しかし、現地人に姿を見られてしまったのは……。まあ君が誰にも言わなければ、問題にはならないか。ということで君、俺はここにいたことは誰にも言わないでね?約束だよ?」

「私の話を聞け!私は、この状況になったのがお前のせいだというのは、どういう意味なのか……」

「あー、それか。話すと長くなるんだよね。魔王ももう待ってくれなそうだしさ、あっちを先に片付けてきてもいいかな?いいよね?うん、いいね」


 人の話を全く聞かない男に私が困惑していると、男が虚空に向け話し始める。


「もしもし?こちらゼルフ。1番のやつお願い」


 負傷し声を出すのさえ苦しくなってきていた私は、そんな男の様子をただ見ているだけだった。この男の名前はゼルフと言うのか、などと考えているとゼルフへの返答が聞こえてくる。


『了解しました。能力拡張武装001転送します。右手前方70㎝の位置に転送します』


 周りに人の姿が見えないことから察するに何らかの魔術で会話をしているのだろう。

 そして、ゼルフの前方の空中に眩い光が発生する。


『転送完了まで3、2、1。転送完了しました』


 光が収まったとき、ゼルフの右手には純白の輝きを放つ杖?だろうか。先端に穴が開いており、全長はゼルフの身長より少し短い物体が握られていた。


「転送完了を確認。いつもありがとね~」

『いえ、仕事ですので。それではこれより通信を切断します。通信再開は300秒後です。ご武運を』


 会話が終わると、男は右手に持った純白の杖らしきものを先端を魔王に向けて掲げる。


「照準良しっと」


(まさかここから攻撃するつもりか⁉先ほどの魔王の攻撃程の魔力がなければ届かない距離だぞ⁉)

 そんな私の考えを裏切るように男は攻撃態勢に入った。


「―—仮想神性展開。——魔力炉心起動」


 ――瞬間、ゼルフから重く低く、力強い鼓動が響き始める。その鼓動は戦場を色付け、支配する。


「——我が名は女神ゼルフ。この名をもって我が権能を開放する!」


 この言葉がきっかけとなり、ゼルフから彼が抱える武具と同じ色の魔力があふれ出す。

 光り輝くそれは、命が失われていくこの場所において異様な美しさを放つ。


(ていうか、あいつ今女神って言った?あいつ男じゃないの⁉ 女神なの⁉)

 新しい情報の流入が激しすぎて、思考はもはや追いつかない。


「——魔力生成率100ギガWを維持。魔力装填開始」


 その間にも、ゼルフの発する魔力は上昇を続け、溢れ出す魔力はゼルフの右手の武具へと吸収される。


「魔力装填規定値を突破。照準補助解除、続けて自動照準セット」


 武具はゼルフの手を離れ、虚空へと浮かび上がる。

 それは死神が掲げた鎌のようで――。


『自動照準完了』


 武具から無機質な人の声で伝えられる準備完了の合図。

 これは死神が与える死の宣告のようで――。

 そして――


「——発射!!」


 一言だった。その一言により放たれるのは確殺というのも生ぬるい消滅の一撃。

 杖の先端から魔力が放出、純白の光をもって、ここから魔王までの間に存在するすべてのものを、容易く薙ぎ払った。

 それは先ほどの魔王の攻撃ですら凌駕していた。

 攻撃の余波によりえぐられた地面から、攻撃の苛烈さを物語るかのように煙が上がる。


『排熱開始。再使用可能まで180秒。179、178、177……』


 もう杖と呼んでいいのかわからないほど超高性能な杖は、発射の反動で一度後ろへ吹き飛んだが、ふわふわと浮かびながら戻ってくると、何事もなかったかのようにゼルフの横に浮かび静止した。

 当のゼルフは後ろに振り返ると、私に向けてこう言った。


「…えっと、どうしてこうなったかだっけ?」


 先ほどまでの気迫はどこに行ってしまったのだろう。そう思わずにはいられないような顔のゼルフの後ろでは、魔王軍が撤退を始めていた。




 

 

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