第29話 刑事は闇に蠢く者たちに挑む


「まずいことになったわ、零」


 壱係に戻った俺が聞き込みの首尾を報告し終えると、咲が重々しい口調で切りだした。


「どうしたんです?」


「レッドとヤサが聞き込み先の店で立ち回りをする騒ぎになって、レッドが怪我をしたの」


「……ヤサは?」


「揉みあいになっているうちに姿が見えなくなったそうよ。監禁されている可能性もあるわ」


 俺は絶句した。あのレッドが負傷、そしてヤサが監禁されるなんて、一体何があった?


「詳しいことは北棟の医務室にいるレッドに聞いて。幸い、歯が折れたくらいで意識の方はしっかりしてるってことだから」


「それにしてもあのレッドがやられるなんて、考えにくいですね」


「罠が用意されていたみたいね。『タランチュリア』への聞き込みをコーディネイトしてくれた生徒が案内した建物が、どうやら本物じゃなくダミーの店だったらしいの」


「……ってことは、俺たちが聞き込みに行くことを向こうが想定してたってことか」


「そのようね。私としたことが迂闊だったわ。あらかじめ本物の『タランチュリア』の外観を確かめた上で、資料を持たせてから送りだすべきだった」


 咲は珍しく口調に悔しさをにじませると、「この借りは必ず返すわ」と言った。


「とにかく、レッドのところに行ってみて、話を聞いた上でヤサを救出しに行きます」


 俺がポケットの『魔球』に手を伸ばすと、咲が「待って。リードが戻ってからにして」と飛びだそうとする俺に釘をさした。


「しかし、事は一刻を争うんじゃないですか」


 俺が流行る気持ちをそのまま口にすると、「一人で行くなら、装備をしっかり揃えていくことだ」と準備室の方から声が飛んできた。


「……柳生先生」


 奥のドアから姿を見せたのは壱係顧問の教師、柳生伴だった。


「何せ相手は闇社会の連中だ。お前さんのボールだけでは大勢を相手にすることはできん」


 伴はそう言うと、複数の装備品を机の上に並べ始めた。


「こいつは特殊電撃警棒、手元のスイッチで伸縮する武器だ。敵が三人以下なら、基本的にこいつで黙らせることができる。こっちは麻痺手錠。いったんはめてしまえば抵抗は不可能だ。そして……」


 伴はは白衣の内側に手を突っ込むと、ホルスターに入った拳銃を取り出してみせた。


「我々の標準装備『AIニューナンブ』だ。敵が殺傷武器を所持している場合にのみ使う」


「拳銃……」


「こいつの弾は硬化ジェルでできていて、内部には圧縮されたエアーが封じ込められている。弾頭が目標物に当たって衝撃が加わるとジェルが溶け、中の圧縮空気が爆発する。死にはしないが衝撃で相手は確実に吹っ飛ぶ、というわけだ」


「これが……つまり、敵も似たような銃を持っている可能性があるってことですね?」


「残念だがそう言うことだ。まあ、本来ならもめ事は話し合いで穏便に片付けたいところだが、話の通じない相手となるとそうも言っていられん。レッドとヤサは油断していて不意を衝かれた形になったが、お前さんは十分に警戒して乗り込まねばならん。わかるな?」


 伴の言葉に俺は「わかります。……これだけの装備を預からせて貰うからには、何としてもヤサの身柄を闇校舎の連中から取り換えしてきます」


「うむ。……くれぐれも無茶はせんようにな。それと、連絡はこまめにすることだ」


「わかりました。……それじゃあまず、レッドのいる医務室の方に行ってみます」


 俺は伴から支給された装備一式を身に着けると、リードの帰りを待たずに壱係を出た。

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