第21話 サイバーエースは一打席に賭ける
朱堂冷刀と俺は、中学の時同じ野球チームでエースの座を争った間柄だ。
結論から言うと中学生ながら百六十キロのストレートを投げる冷刀がエースの座を射止めたわけだが、肩と肘の故障で変化球投手に転向、高校に入ってからはとんと噂を聞かなくなっていた。
「エクスペリメントスタジアムへようこそ、寒風寺零。再会できてうれしいぜ」
「まだ続けていたのか、朱堂」
「ああ。『イモ―タル・ソサエティ』の技術の賜物さ。お蔭でストレートも投げられるようになった」
「つまり相当な肉体改造をやったってことだな。そうまでして拘る理由は何だ?」
「ストレートは俺の命だ、零。速球が投げられなければエースとは言えない」
「それは人それぞれだろう。俺は変化球頼みだろうが義手だろうが投げられればそれでいい。早いだけがピッチングじゃない」
「まあ、お前はそうだろうな。……さて、旧交を温めるのはこの辺までにしておこう。バッターボックスに立つんだ、零」
朱堂がそう言うと、スタジアムの後方に巨大なディスプレイが姿を現した。
「なんのつもりだ朱堂。俺はピッチャーでバッティングは得意じゃない。わかってるだろう?」
俺は相手の意図を図りかね、思わず叫んでいた。投手と打者では鍛える部分が違う。
「わかってるさ。だが、お前と対決せよというのが『恩人』からの依頼なんだ。もしこの依頼を断れば、俺の身体は使い物にならなくなる」
「なぜだ。なぜ俺との対決がお前の身体と関係するんだ」
「俺は中二の時、肩と肘を壊してそれまで『稲妻ストレート』と呼ばれていた速球が投げられなくなった。その後、変化球投手に転向した俺は球威がすっかり落ちて『スローマン』と揶揄されるまでになった。どうしても直球を諦めきれなかった俺は『イモ―タル・ソサエティ』の力を借りて復活するという道を選んだんだ」
「なるほど、手術をするに当たって条件を出されたというわけだな?それが俺との対決か」
「お前でなくても、俺が全力でぶつかることのできる相手なら誰でもよかった。……この身体に仕込まれた
「生体ナノスプリング……高校生がそんな物をつけてスポーツをするのは違法行為だぞ」
「俺はストレートさえ投げられればいいんだよ、零。……さあ、早く打席に建つんだ」
朱堂が言い放つと俺の足元にホームベースとバッターボックスが現れ、同時にどこからともなくユニフォームに身を包んだのっぺらぽう――おそらくAI制御の野球ロボットだろう――が姿を現した。
「どうしてもやろうってのか、朱堂。バッティングは不得手だが手加減はしないぜ」
「望むところだ。バットを渡されたらすみやかにボックスに入りたまえ。ワンイニング限りの真剣勝負だ。三振を取れば俺の勝ち、安打が出ればお前の勝ち、フォアボールはない」
「……仕方ないな。代打を願いたいところだが、マッド先輩を打席に立たせるわけにはいかない」
俺は人形のようなキャッチャーが差し出したバットを受け取ると、渋々打席に入った。
「あらかじめ宣言しておく。球種は全球、ストレートだ。変化球は一球も投げない」
朱堂はそう言うと、プレートの上でぱんとグラブを鳴らした。
「打ってみるがいい、四番打者君」
「さあ来い、伝説のエース」
俺はホームベースの方に身を乗り出すと、さまになっていないフォームでバットを構えた。
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