第19話 頭脳集団は誘い球を見送る
「電気生理学研究室……ここだな」
入賀に渡された端末を手に移動を始めた俺たちは迷路のような内部をぐるぐる回った挙句、ある扉の前で足を止めた。
「とんでもなく広いですね、この『イモ―タルソサエティ』ってエリアは」
俺がマッドにぼやいてみせると、相方は早くも汗を滲ませながら「なにせ遠からず学園を支配すると言われている集団だからね。もはや一つの都市だよ」と事もなげに返した。
「参ったな、聞き込みだけで丸一日かかりそうだ」
俺が肩をすくめた途端、ドアが開いて白衣の男子生徒が姿を見せた。
「うん?……あなたたちですか?捜査壱係の刑事さんというのは」
男子生徒はそう言うと、眼鏡のブリッジを押し上げた。
「はい、入賀さんから紹介を頂きました」
「伺いました。……ほんの十五分前ですが。何をお聞きになりたいのですか?」
「このエリアから外のキャンパスに、異常電流を発生させる部品が流出したという噂があるんですが、思い当たる事はありませんか?」
「異常電流ねえ……備品の管理はそれなりにちゃんとしているつもりですが。……なんでしたら、他のメンバーにも聞いてみますか?」
「お願いします」
「ではどうぞ。……おわかりだとは思いますが、実験器具や装置には手を振れないでください」
「もちろんです。……失礼します」
誘われるまま研究室の中に足を踏みいれた俺たちは、装置の多さに対して扱う人間があまりにも少ないことに目を瞠った。
「この研究室は四名の研究者で動いています。ちなみに僕がチーフの
眼鏡の男子生徒がそう言って肩越しに振り返ると、部屋のあちこちで作業に没頭していた研究者たちが俺たちの前に次々と集まり始めた。
「
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三名の研究者たちは代わる代わる自己紹介をすると、休止モードに入ったようにその場に固まった。
「捜査壱係の七尾と言います。ええと繰り返しになるけど、あなた方の中で異常電流発生器を扱っていた人はいませんか?」
マッドが尋ねると、直井という小柄な研究者が「強いて言えば、僕の担当です」と手を上げた。
「そうですか、ではお尋ねしますが、異常電流発生器が外部に持ちだされたということはありませんか?」
マッドの問いに直井は一瞬、宙を見た後「発生器という物が外に出たことはありません、基本的には。……ただ」と言った。
「ただ、何です?」
「何らかの不具合で廃棄された部品からたまたま異常電流が発生する……ということは大いにあり得ます」
「ほう。そう言った可能性のある部品を廃棄されたことがあるのですね?」
「はい、あります。一週間ほど前にいくつか」
俺は思わず小首を傾げた。誘導気味の質問に対し答えを渋るかと思いきや、直井はあっさりと部品の流出を認めたのだった。
「その前後で何か気になることは?」
「さあ……見学者はしょっちゅう来ますけど、特に気になることは……」
「あ、見学者と言えば」
ふいに声を上げたのは、永持という研究者だった。
「廃棄が一段落した後のことだったと思いますけど、珍しく女の子の見学者が来たことがありました。色んなことを興味深げに聞いていったんで記憶に残ってるんですけど……何かを盗んでいくようには見えなかったですね」
女の子の話が始まった途端、隣にいた冨美田が一瞬、眉を寄せて「それ必要あるの?」という表情で永持を見た。
「そうですか、女の子ね……わかりました。じゃあ最後に一つだけ、お伺いしても構いませんか?」
マッドが尋ねるとチーフの出石が「どうぞ」と応じた。
「王賀さんって言う人はまだ、このソサエティの中で活動されてるんでしょうか?」
俺はぎょっとした。いきなり『
「王賀さんですか……見たという話なら何度か聞きましたが、僕もまだ会ったことはないです」
マッドが王賀の名を出した途端、四人の周りに漂う空気が緊張した物に変わった。それはそうだろう。王賀と言えば『闇の研究チーム』のリーダーと目される生徒だ。うかつに喋って違法な研究の実態が明るみに出たりしたら追放どころでは済まない。
「そうですか、やっぱり伝説の生徒なんですね……貴重なお時間を割いていただいて恐縮です。では、我々はこれで……」
七尾に倣って頭を下げた俺は、とうとう出番がないままだったなとため息を漏らした。
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