第18話 危険なサインから目を逸らせ


 『イモ―タル・ソサエティ』に通じる通路に着いた俺たちは、二つのゲートとその両側に設置された物々しい識別装置によって出迎えられた。


「捜査壱係の七尾と寒風寺だ。理事会発行の通行IDもある」


 マッドがメタリックな輝きを放つカードをゲートのスリットに通すと、AIが「確認しました。通行を許可します」と言った。


「行こうか、ゼロ君。ここから先は僕に任せて堂々としててくれ。あまり物珍し気にきょろきょろすると却って怪しまれるからね」


 マッドは探検ごっこでもしに来たような軽い口調で言うと、俺について来るよう促した。


 ソサエティの扉がある突き当りまではのっぺらぼうの長い通路が伸びており、俺は軽快な足取りで進むマッドの背中を若干の不安を抱きつつ追っていった。


「なんだか落ち着かない空間ですね」


 俺が率直な感想を口にすると、マッドは意外にもふふっと笑って「だよね」と短く返した。


「この通路の壁は人間の感覚細胞のようなバイオチップがびっしりと埋めこまれていて、通る人間の情報を収集しているんだ。名前を名乗った時点でライブラリから僕らのプロフィールは全て調べられているけど、それに加えてこの通路では歩き方から体調、心理に至るまで計測されるんだ」


「へえ……まるで生き物の体内に入っていく感じですね」


「そう、まさにそうだよ。うまいこというねゼロ君。だから逆に緊張しても無駄って事さ」


「そんなセンサーだらけのエリアで、捜査対象から本音が聞き出せますかね?」


「難しいだろうね。……でも全くの無駄足ってこともないと思うよ。人間だって体内に毒物入ったらわかるけど、自分の意思ではなかなかデトックスできない。今、『イモ―タル・ソサエティ』はばたばたしてて、人間で言うと自律神経が狂った状態だ。不自然な部分があれば鈍い僕らでも必ず気づくはずだ」


「……はあ、たしかにそれで手がかりが得られれば、こんなに楽なことはないですけど」


 俺が微妙な返しをしていると、あっという間にソサエティの内部に入る扉に到着した。


「さあ、あれこれ雑談してるうちに到着だ。刑事としての自覚をしっかり持ってないと、怪物の胃液で溶かされちまうぜ、ゼロ君」


 呑気なんだか切れ者なんだかよくわからない先輩は楽し気な口調で言うと、電子錠のスリットにIDカードを潜らせた。


「ここから先は着替えて頂きます」


 ビニールに包まれた白衣を思わせる服を手に現れたのは、眼鏡をかけた小柄な女子生徒だった。俺たちが制服の上を脱いで白衣に着替えると、女子生徒は「ではこちらへどうぞ、七尾さん、寒風寺さん。担当が参ります」と言った。


「担当って、警察担当の生徒がいるのかな」


 俺がマッドに囁くと「来訪者担当の生徒がいるんだろうね。もしかしたら僕らを追い返すのが仕事かもしれない」という答えが返ってきた。


「捜査壱係の方ですね。『イモ―タルソサエティ』の入賀いりがと言います。二年です」


 応接セット以外何もない小部屋で俺たちを迎えたのは、目の細い小太りの生徒だった。


「捜査壱係の七尾です。先日、早速ですが先日、違校則物品所持で身柄を拘束された生徒がいましてね」


 俺はおや、と思った。いきなり聞いたことのない事件の話が始まったからだ。


「違校則物品……」


 入賀の細い目がさらに細められるのを見て、俺はまずいなと思った。まだ内部に足を踏み入れてもいないのに警戒されては、今後の捜査がやりづらくなる。俺が横目でマッドを見ると、意外にもマッドは「俺に任せとけ」という目を素早く返してきた。


「それはどのような物品でしょう?差し支えなければ教えてもらえますか」


 入賀が身を乗り出した瞬間、マッドが俺の脇腹を小突いた。横目でうかがった俺の目に飛び込んできたのは「奴の目を見るな」という口の動きだった。俺ははっとした。奴の細い目には理由があった!


「メタモルロッドってのを知ってますか?まあ見た目は玩具みたいな物なんですけど」


「玩具……さあ、わかりませんね。玩具用の技術は研究していませんので」


「その玩具にですね、変身ホルモンと呼ばれる脳内物質を分泌させる異常電流発生装置が組み込まれていた疑いがあるのです」


「……ずいぶんと最新技術にお詳しいですね、さすがは壱係だ。変身ホルモンと言う言葉はうちの研究者からも出たことがありますが、危険な研究には手をつけないという暗黙の了解がありまして……」


「ほう、ということは変身ホルモンが危険なホルモンであることをご存じなのですね?それと異常電流発生装置が変身ホルモンの分泌を促進するということも」


 わかっていて逆に探りを入れてくる入賀に対し、マッドは入賀の顔から微妙に視線を外した状態で応じた。


「ええまあ、噂を耳にした程度ですが……確か脳が特殊な物質に変化してホルモンになるため、分泌過剰になると脳が減るとか……」


「そうそう、それです。私もお宅がホルモンの研究をしているとは思っていません。ですが、電流の研究をしている途中で異常電流を発生する装置ができてしまい、廃棄したつもりが外部に漏れた……なんてことも考えられますのでね」


 マッドに畳みかけられ、入賀の目にやや焦れた色が浮かんだ。催眠をかけているにもかかわらず追及が止まないことへの苛立ちかもしれない。


「つまり、電流を研究している部門のセキュリティが知りたいと。……こういうことでよろしいですか?」


「それで結構です。後は我々のやり方でやらせて頂いて、不審な点がなければすぐに引きあげます」


「……わかりました。ご案内します」


 入賀は渋々と言った体で頷くと、億劫そうに椅子から腰を上げた。入り口で追い返すつもりが予想通りに行かなかったことで自尊心を傷つけられたのだろう。


「どうぞこちらへ」


「では、失礼して」


 俺とマッドは苦々しい顔の入賀を横目に応接室のドアを潜ると、研究室の扉がずらりと並ぶ『イモ―タル・ソサエティ』の内部へと足を踏みいれていった。

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