第17話 懐かしのオールスターを探せ
「ドラフト市井?……そうか、あの人が出てきたのね」
俺たちからの報告を聞き終えた咲は、窓の方を向くとふうと息を吐いた。
「ボスの許嫁とか言っていましたが、本当なんですか?」
俺が問うと、咲は「本当よ。二年前までの話だけど」と苦笑いを浮かべた。
「元々は親同士が決めた話だったんだけど、彼のことは嫌いじゃなかったわ。
珍しく自分の過去を語る咲の姿を、俺はほんの少しだけ身近なものに感じた。
「そいつが出てきたってことは、何かの警告と考えていいんでしょうか」
「かもね。でもまだ敵か味方かを決める野は時期尚早よ。ああ見えて市井君、筋の通らない事は嫌いなの。『ファイヤーボール』を巡る諍いからはある程度、距離を置いているはず」
「知亜っていう鍵を握る女子生徒はどこにいると思います?」
「今までの聞き込みで足取りが追えなかったということは可能性は二つ、誰かに捕えられているか、さもなくば誰にも居場所を悟られぬよう身を隠しているか……どちらかだわ」
「井石がコンタクトを取ろうとしていた、白銀旭っていう生徒はどんな人物なんです?」
「まあ、有名なお坊ちゃんね。市井のかつてのチームメイトよ」
「じゃあ、野球をやっていたんですか」
「女の子のファンクラブができる程度にはね。会うのは結構、骨かもしれないわよ」
俺は唸った。話を聞く限りでは、名前が出た連中は揃いも揃って曲者ばかりだ。内偵なんて気の利いたやり方はまず無理だろう。……やむを得ない、正攻法で行って煙たがられたらその時はその時だ。
「じゃあ俺は『タランチュリア』の関係者を当たってみます。連中もその綿貫って奴の消息を知りたがっているでしょうから」
レッドが言うと、ヤサが「『ナイトクラス』のことなら、俺に任せておきな。金回りが良かったころは随分通って上客扱いされたもんだぜ」と鼻を鳴らした。
「じゃあショービズ方面は二人に任せるわ。くれぐれも身ぐるみはがされないようにね」
咲は強張っていた表情を緩めると、レッドの伸ばした拳に自分のそれを軽く当てた。
「じゃあ僕とゼロは白銀旭にコンタクトが取れるかどうか、探ってみます」
「あてはあるの?リード」
「それは……」
リードが口ごもると、咲が「白銀旭とかつてチームメイトだった生徒を教えてあげるわ。
咲が口にした手がかりをメモすべく、リードが携帯端末を取り出した、その時だった。
「わかりましたよ、ボス。井石の脳がなぜ減っていたか」
声を弾ませて壱係に入ってきたのは、マッドだった。マッドは「こいつを見て下さいよ」と言うと、机の上に花のような物体がついた棒状の道具を置いた。
「こいつは『メタモルロッド』と言って、脳から全身に特殊な指令を出させる道具です」
「特殊な指令?」
「簡単に言うと体細胞を変化させて別人になれっていう指令です。こいつを手に持ってスイッチを入れることで特殊なホルモンが分泌されて、女性になったりアスリートのような体型に変身するわけです。ただしこれは使用時に脳への負担がかかり、やり過ぎると……」
「まさか、脳が減る?」
「その通り。一時期は学園内のヒット商品として闇ルート経由で出回っていましたが、危険性があると判断した『イモ―タルソサエティ』が回収に踏み切りました」
「それを井石が使っていたというのね」
「おそらくは『ファイヤ―ボール』を手に入れるため、ブローカーから入手したんでしょうね。井石のままでは入れないような場所に潜りこむために……」
「それがばれて、口封じのために殺された?」
「だけど仮に『ファイヤーボール』がらみだとしても『イモ―タルソサエティ』はそんなことで人を殺したりはしないと思うんですがねえ」
咲が問い質すと、マッドは人聞きが悪いと言わんばかりに眼鏡のブリッジを押し上げた。
「わかったわ。それじゃ白銀旭の方はリードに行ってもらうことにして、マッドとゼロで『イモ―タルソサエティ』に聞きこみに行ってちょうだい。仮に『ファイヤーボール』が内部にあったとして、井石が盗みに入ったのなら騒動の痕跡が残っているはずよ。その上で『
「承知しました、ボス。……しかし難儀なミッションをいとも簡単に命じてくれるなあ」
マッドがぼやくと咲が「部下を信頼している証拠と思うのね」とぴしゃりと言い放った。
「さすがは泣く子も黙る壱係のボスだ。……そんじゃ新入り君、ひとつよろしく頼むよ」
マッドが眼鏡の奥の目を細め、俺は「お手柔らかに」と覚えたての愛想笑いを返した。
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