第15話 ピンチヒッターは伝説のヒーロー

 

 ――こいつが主砲か。いいだろう、こうなったらド直球だ!

 

 俺は振りかぶると、思い切り腕を振った。次の瞬間、爆音が轟いてあたりに焦げ臭い臭いが漂った。俺が咳き込みながら様子をうかがうと、黒焦げで転がっている武器と顔をしかめてうずくまっている崖渕の姿が見えた。どうやら当て損ねて自打球を喰らったらしい。


「くっ……さすがだな。ストレートと同じフォームなのに、わずかに球がブレた」


「悪いな、癖なんだ。緊張するとこうなっちまう」


「――だが、勝負はまだこれからだ!」


 崖渕は不敵に笑うと、ダメージのない右足で跳躍した。


「……うっ」


 崖渕のボディーアタックを回避した直後、俺の右手に何かが絡みついた。見ると、俺の手首にいつかの敵が使ったようなチェーンが巻きついていた。


「そらっ」


 崖渕が手にしたチェーンを引くと、俺の身体はあっさりと通路の床に転がされた。崖渕は床に倒れたままの俺を鎖で手繰り寄せると、腰に携えていた別の武器を取りだした。


「いい機会だ。二度と俺たちには向かわぬよう、その綺麗な方の腕にも敗北の烙印を押してやろう」


 崖渕はそう言うと、手にした武器のスイッチを入れた。焼き鏝のような武器の先端が赤く染まると、耳のすぐ傍でじりじりという嫌な音がした。


「――くそっ」


 俺は倒されたまま片手でポケットを弄ったが、あいにくと『魔球』も『ロージン』も何もなかった。


「くらえっ!」


 崖渕が赤く染まった焼き鏝を振りかざした、その時だった。どすっという鈍い音がして、ふいに崖渕の動きが止まった。俺が思わず身を捩ると、崖渕は武器を放りだして白目を剥いたままその場に崩れた。


「いったい、何がどうなったんだ?」


 俺が呆然としていると、通路の奥から長身の人影が幽霊のように姿を現した。


「――やれやれ、昔はセンターの奥からワンバウンドでバックホームできたんだがなあ」


 俺の前で足を止めたのは、端正な顔立ちの男子生徒だった。


「あんたは……」


「通りすがりの者だよ。品のないラフプレーが遠くから見えたんでね」


「どんな武器でこいつを倒した?」


「武器じゃないよ、ただの硬球さ。寒風寺零君」


 男子生徒は倒れている崖渕の傍らに転がっているボールを拾いあげると、俺の前にかざしてみせた。


「なぜ俺の名前を?」


「この旧校舎で起こる大抵の変化は僕の耳に入ってくるんだよ。一応、忠告までに教えておくと、君たちの扱っているヤマの黒幕はイモ―タルソサエティなんかじゃない。連中の裏にまだ正体を現していない悪党が存在しているんだ」


「どうしてそんなことを知っているんだ?…あんたの名前は?」


「三年の市井いちいだ。咲にもよろしく言っておいてくれ。かつての許嫁、ドラフト市井も近頃じゃずいぶんとすれて品がなくなったとね」


「許嫁?……ボスの?」


 市井と名乗る男性は俺の問いには答えず、現れた時と同じように幻めいた足取りで通路の奥へと消えていった。



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