第13話 先発デビューは闇のマウンドで
「それじゃ、私は壱係に戻るわ。あなたはレッドかリードと合流して」
咲は第四医務室を出ると、あっさりと俺に「お役目ご免」を言い渡した。
「わかりました。身辺にお気をつけて、ボス」
「うふふ、言うようになったわね。でも私のことなら心配いらないわ。あなたこそ充分に気をつけることね、ゼロ。うちに将来のエース候補が配属されたことは闇の連中にもきっと知れ渡ってるわ」
「はい、わかりました。気をつけます」
俺は咲の屈託のない笑顔に、逆に戦慄めいた物を覚えた。この女上司は俺がすでに敵の標的になりかかっている事を承知であえて、お供をさせたのだ。
――猛獣の巣の中で手を離して、いきなり身を守る実地訓練かよ。やるじゃねかボス。
俺が旧校舎の中では僻地と揶揄される最北ブロックの廊下を歩いていると、いきなり端末が鳴った。
「ゼロか。リードだ。三時に情報提供者の妹と会う手筈になった。合流できるか?」
「ちょうどこっちもボスのお供が終わったとこです。合流したいと思いますが、場所はどこです?」
「南ブロックの地下にある『ベースプラント』っていう学生カフェだ。医務室からだと、結構遠いかな」
「わかりました、行きます。旧校舎の造りにまだ慣れてないんで、ちょっと手間取るかもしれません」
「そいつは構わないさ。充分、気をつけて自分のペースで来てくれ」
「ありがとうございます」
俺はリードに礼を述べると、通話を終えた。南ブロックというと、中央部にあるセンターブロックを横断してさらに向こう側だ。やれやれ、ちょっとした遠足だなと俺は肩をすくめた。
長い最北ブロックを歩き続けているとふいに廊下が途切れ、小さなラウンジと二方向に伸びる通路が目の前に現れた。
「このどちらかがたしかセンターブロックに直接、繋がってるんだったな。うっかり間違えたら遠回りになっちまう。ええと……」
俺が手がかりになる表示はないかとあたりを見回していると、いきなり背後で金属の塊を擦り合わせるような異様な音が響いた。振り返ると一方の通路が防火扉で塞がれ、通行不能になっていた。
「なんだこれは……どこかで小火でも出たってのか」
俺が予期せぬ事態に思わず身構えると、前方の通路から染み出すように複数の人影が姿を現した。
「くくく……こいつが噂のエース候補か。壱係への恨みを晴らすいい機会だぜ」
「どんな大型新人か知らねえが、一軍戦の恐ろしさを身体に植え付けてやるぜ」
「ヒャッハー、見慣れねえ新顔がデビューしてきやがった。俺の得意技、死のピッチャー返しで地獄に送ってやるぜ」
薄暗い通路の入り口で待ち構えているいかれた三人組を見て、俺は自分が置かれた状況を理解した。
――そうか、これが俺のデビュー戦ってわけか。いいだろう、先発完投してやるぜ。
俺はポケットの中から『魔球』を取り出すと、指の感触を確かめるように軽く握った。
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