第43話 集いし九賢者
円卓を囲うようにある十三の玉座に、十人の賢者が揃った。
「この玉座に座った時 我らは対等となる──王であろうと躊躇うな ただ世界の秩序の為に語り合え」
サンサイドを統べるコルヌスの号令により、全ての賢者が席につく。
「──空席……か」
この場にいるのは十人。しかし、用意されている席は合計"十三"である。
元々この部屋は九賢者設立より前に用意された部屋であり、全ての席が埋まる事を前提に用意されていたからだ。
「増える事はあっても まさか……減らす事になろうとはな」
空席となってしまった玉座に対し、コルヌスは微かに感傷のこもった視線を落としながら言葉をこぼす。
次々と集った星座の力を持つ者達。その中で姿を見せず、沈黙を保ち続ける者達がいた。
蟹座、天秤座、蠍座である。
同じ星の力を持つ者のうち三人が、敵となって牙を剥いたのだ。
「円卓会議を始める」
嘆いていても始まらないと、コルヌスは改めて集いし同胞達へ開始を宣言する。
何を語るか、何を述べるか、この瞬間から
「では先ず私から報告を」
「エリアスか──謹慎ご苦労であったな」
「これはこれは 先に言われてしまいました」
騎士団長であるエリアスの謹慎は、先の戦にも少なからず影響を与えていた。
「皆様にはご迷惑をおかけしましたが 改めて復帰する事になりましたので どうか改めてよろしくお願いします」
「いや嬉しい嬉しい」
「水を刺さないでいただけますか?」
「これでも祝ってんだよ」
エリアスの隣で冷やかすピスケス。本来なら王であるコルヌスの前でそのような態度を取らないが、この会議の時だけは別であった。
「よろしく頼むぜ 騎士団が動かせないってのはかなりの痛手だったからな」
「そうね〜小規模拠点の制圧の時に思い知らされたわ」
ピスケスの隣から口を挟んだのはアリエスである。
「謹慎のタイミングが最悪だったわね 戦力がかなり制限されての出撃だったから被害も大きかったもの」
衛生兵士団長であるアリエスからすれば、自分達の部隊に仕事が来ないのは願ってもない事であろう。
イレギュラーな事態が多く発生したとはいえ、出撃に制限をかけられていたというのは、被害の拡大を招く結果になったと考えるのは当然であった。
「その意見には同意
そんなアリエスに、タリウスは異議を唱える。
「が……出撃に制限をかけたのは"同盟国との関係"によるものだ 中衛後衛を出せたところで総兵数に変わりは無かっただろう」
サンサイドと同盟を結ぶ国からすれば、自らの国の兵を派遣し、その強さを他国に見せつける事も重要である。
終戦直後の消耗した隙を突き、戦争に参加していなかった国が攻めてこないとも限らない。強さのアピールはそれらの抑制も兼ねていた。
少人数でも自国の兵は戦えると証明するだけでなく、犠牲となる兵も極力抑えたい。
そう考えられたからこそ、兵を出さないという選択肢が選ばれたのだ。
「私も別にエリアスさんを責めているわけじゃないわ ただ今後九賢者の謹慎についてはよく考えてから判断すべきだと思うの」
「その点については問題無い」
アリエスの提示する問題に対し、レグルスは既に対処していた。
「敵側に我々と同じ力を持つが現れたのだ 今後は戦力を抑えろなどと言う輩もいないだろう」
自らを神の使いであり人類の頂点に立つ王であると、最上級天使である熾天使から
最早手加減などしてはならない相手である。今までの前提であった『敵は一枚岩では無い』が、根本から間違っていた事を表していたからだ。
「奴等の目的はこの世界に『神を降ろす』事だそうだ ただの狂信者と切り捨てる事は容易ではあるが 同時に難儀でもある」
願いが叶うとされた伝説を信じ、各地で争いを始めた者達を従え、その為ならば自らの命を懸ける者もいる程に統率がとれた敵である。
数が多いだけではない、伝説は間違い無く本当だと、確信を持って戦う"信者"なのだ。
「とても不思議ですよね……何故そんな胡散臭い"モノ"に命を懸けられるのか」
「分からん! あんな伝説など子供ぐらいしか信じぬであろうになぁ!」
「子供のお前らが言うかぁ? それを」
双子の弟であるポルクスの疑問に、兄であるカストルが全力でわからないと胸を張っていた。
本来この手の話題には瞳をキラキラと輝かせ、心躍らせるだろう少年二人は、非常に冷めていた。
「僕達これでも十一ですし 今更信じませんよピスケスさん」
「その通りだ我が弟よ! 今時の子供を舐めるなよピスケス!」
「いや別に舐めちゃあいないが……」
「そして……
「流石に鋭いなカストル」
指摘通り、本来誰も信じないような伝説を鵜呑みにし、戦争にまで発展したのには理由があるはずである。
ただ闇雲に戦いを始めるなどありえない。何故殺し合いにまで至ったのか、おそらくその方法が『正しい』のだと知っているのだ。
「裏で手を引いているのはまだ分からないが その者が証拠でも見せたか……或いは騙されているか」
「──騙されてはいないと思います」
力強く否定するのは、スピカである。
「仮に偽りの伝説だとした場合 この戦争の意味が理解できません 黒幕がいるのならばこの戦いに意図がある筈 そうでなければあり得ないのです」
もし仮に戦争を引き起こしたい"だけ"の場合、態々伝説が存在すると広める意味は無い。
戦争を起こした場合に生じる利益を欲しているのであれば、そのような回りくどい口実では無く、もっと単純に戦争を引き起こせば良いからだ。
「目的は間違いなくどんな願いも叶うという伝説なのでしょう だから皆 己の願いの為に戦っているのです」
伝説否定派である九賢者からすれば、そんなら夢物語あり得ないと断じていたが、ここまで大規模に発展している事実から目を背けてはならない。
「これからは我々も
「……本気で言っているのか?」
スピカの提案に、コルヌスは鋭く睨みつける。
「ここサンサイドは伝説否定派の中心となって動いてる 他国との同盟関係でいられるのも 同じ考えもつ国同士の連携を円滑に行う為だ」
そんな国が伝説の存在を肯定すれば、国同士の連携は確実に難しくなるだろう。伝説の肯定は、伝説の争奪戦に参加を表明するに等しいからだ。
「ただでさえ不安定な関係を崩しかねん その提案は却下する」
「ですが……!」
「仮に伝説の存在が確かであれば尚更秘匿すべきだ この戦が終わったとしても 再び戦争は起こしかねん」
伝説が実現すると分かれば、今以上に争いは増えるだろう。
今この戦争に参加していない人達の多くは半信半疑の状態である。本当に実在するのなら良いが、確証を持てないからこそ、争いを避ける選択を取る人々がいるのだ。
「無闇に情報を開示すれば余計な混乱を招くのは明白だ お前の考えは甘すぎる」
冷たく突き放される。コルヌスの口ぶりはまるで、スピカの意見を最初から聞く耳持たないといったものに感じさせた。
「スピカ お前の"純粋"さは時に人々を危険に晒す事もあると知れ 世界はお前の思っている程に綺麗では無いと」
「──ッ!」
目を合わせる事もなく、ただ冷淡に言う。スピカは真正面から否定され、俯き黙る。
静まり返った円卓の間。このまま暫く続くかと思われた静寂を、一人、自らの沈黙を破り、状況を変えた。
「保留にすべきだ」
タウロスである。
「
「
コルヌスへ答えた。
「『悪魔の証明』」
この世界に『白いカラスは存在するか否か』という議題であれば、肯定する者は証拠を示せば良い。
白いカラスはいる。何故ならこの場に連れてくる事が出来るからと。
しかし、
この世に白いカラスは居ない、それを示す証拠を提示する方法が無いからだ。
「我々の存在は『不安定』だ 伝説否定派を掲げておきながら 否定する根拠を持ち合わせていない」
「しかし肯定派は証拠を出せる……という事ですか?」
相変わらず必要な事しか口にせず、タウロスは隣りのエリアスへの返事は無言の頷きだけであり、そのまま話を続けた。
「……今までは夢物語と断じていたが 奴等はいつ どの時を狙って その証拠を示すのかが分からない もし示すのであれば──」
「我々が事実を隠蔽した事が露呈した時……か」
コルヌスの言葉にタウロスは強く頷く。伝説の存在を民衆に隠し、虚言だと否定していた今までが『反転』する。
「奴等が伝説を示すのが先か 真実が知れ渡る事が先か……どちらにせよ 我々の立場は変わるだろう」
この世界の命運を握っているのは、他でも無い、『伝説肯定派』なのだ。
「タウロスちゃんの意見は一理あるわね 私達の考えはどうあれ 隠していた事じたいを許さない人も多いと思うし」
「オレ達が隠したところで敵がバラせば無駄になるな」
「ったく! なんだってこう上手くいかないかねぇ!」
「──おかしくはありませんか?」
自分達の在り方が揺らぐ。不安や憤りを見せる他の九賢者でただ一人、エリアスは疑問を口にした。
「何がですか? 今の話で分かりにくいところなんてありましたか?」
「ならば我ら双子がエリアス殿に存分にご教示しよう! どの辺りか聞こうではないか!」
「いえ タウロス様のお話ではなく 敵の動きについてですよ 私が言いたいのは ここまで否定派は"上手くいきすぎている"という事です」
そもそも否定派の規模は未知数ではあったものの、国と個人という差を考えればどう考えても国である。
にも関わらず、ここにきて後手に回っているのは、否定派がサンサイドへ侵入した時からずっとであった。
「敵の術中に嵌まったと言われればそれまでですが そうなる『理由』があると思うのです」
侵入を許し、攻めた筈の戦では大きな被害を受けた。全てが悪い方向へ導かれるかのように。
「それは何だ? 言ってみろ」
「たとえば──」
その一言に、場の空気は変貌する。
「
いずれ英雄と呼ばれる旅人は一人の戦姫に恋をする 藤原 司 @fujiwaratukasa
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