第49話 正式な公表

「じゃあ……」



 パッと明るい表情になったフィルメラルナに、ヘンデルは露骨に胡乱そうな目を向けた。



「しかし、君があの若者に会いに行くのを許すわけにはいかないよ? もちろん静養室にも顔を出されては困る」



 フィルメラルナの言いたいことなど、何でも分かってしまうのか。


 先に釘を刺されてしまった。



「彼の婚約者は生きているとはいえ、まだまったく気を抜けない状態だ。意識も戻ってないようだし、高熱も続いている、いわば生ける屍とも取れる。静養室とは呼んでいるが、実のところ集中治療を施すための部屋だ。物々しいから体面上〈静養〉と呼んでいるがね。そんな重病人である彼の婚約者の元へ、君を行かせるわけにいかないだろう。その上、君はまだ正式な神妃ではないんだ。一応、現在だって存在を隠している身の上なのだよ」



 エルヴィンの言葉が脳裏に浮かんだ。


 額に蔦の聖痕を持つ自分の存在が、今の不安定な神妃をめぐる状況において、いかに影響を及ぼすものか。



 望んで神殿に来たわけではないし、今もまだ父親はどこかに捕えられ、何かを調査されているのだろう。


 そんな理不尽な扱いを受けている今でさえ、フィルメラルナはこれまでの生活に戻りたいと願っている。



 こんなこと何一つ起こらなかった。


 これは全部夢で、目が覚めたらいつもと同じ町娘としての朝を迎えていたいと。



 けれど――。



 きっと、もう戻れない。


 何もなかったことにはできない。



 そうフィルメラルナの深層心理が訴えていた。



「まぁね。正直に言うと、そろそろ……私たちも限界なのだよ。神殿といわず、王宮といわず、少しずつイルマルガリータがいない状況に気づき始めている者もいる。人の口に戸を立てられるものでもないし、近いうちに君を正式に新しい神妃として公表したいと考えているんだけどね」



 どうだろう?


 とヘンデルは視線を送った。



 この目録士がフィルメラルナの意向など、本気で汲んでくれるとも思えない。


 現に同意を確かめる目線は一瞬だけで、返事を待つつもりもないようだった。


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