第31話 奇異な視線
「しかし、このような夜更けに、フィルメラルナ様を塔にお連れするわけには……」
勢いにまかせて神妃の部屋にきてしまった行動を、アルスランは今になって恥じているようだった。
けれどフィルメラルナには、そんな問答をする時間すら惜しく感じられた。
「わたしのことは気にしないで。今すぐ行きましょう」
ディヴァンから立ち上がろうとしたフィルメラルナの目前に、アルスランが手を差し伸べる。
騎士としての礼を欠かないその仕種に、彼自身の立場が単なる一介の兵ではないと伺えた。
確か、先ほど従騎士だと言ったか。
正真正銘、この国の騎士となる未来を約束された地位であり、おそらくは貴族の中でも高貴な家柄の出身なのだろう。
そんな者の婚約者を、塔に幽閉するとは。
いったいどんな理由が、イルマルガリータにあったというのだろうか。
フィルメラルナの疑問は深まるばかりだ。
「ここにヘンデルとエルヴィンを呼ぶのなら、いっそ塔の方へ呼んで」
そう言いながら、扉の外で様子を伺っている侍女や衛兵に目を向けた。
何を恐れているのか、両手をもみ絞る侍女たち。
フィルメラルナが近づけば、それに合わせて一歩後ずさる兵士たち。
先ほど、ヘンデルとエルヴィンを呼ぶよう囁きあっていたことを咎めているわけではないのに、互いに責任を押し付けあうように顔を見合わせている。
もう、心底うんざりだった。
「何か言いたいのなら、ハッキリ言っていいのよ」
強く言ってみれば、みなフルフルと首を振る。
そして、彼らの瞳を正面から見据えたならば……理解してしまった。
彼らが心配しているのは、アルスランなのだと。
彼の無事を案じている。
フィルメラルナにはだんだん分かってきた。
イルマルガリータという聖女が、この王宮でどのような存在だったのか。
どんなに彼女が我侭で、儀式に出なくとも。
その心の気まぐれで、誰かを幽閉しようとも。
神に選ばれし妃を、誰も罰せはしないのだ。
もちろん、これはまだ一つの可能性にすぎない。
フィルメラルナの漠然とした、勘の範疇。
けれど、だけれども――。
「わたしは塔に行くだけ。他に目的はないわ。だからアルスランに危害は決して及ばない。夜半にここへ来たのだって、わたしが彼を呼んだの。彼のせいじゃないわ。だから安心してくれていい」
そう言っただけで、信じるものでもないだろう。
みんな目をこれ以上ないくらい大きく開けて、奇異な視線を向けている。
分かってもらえないもどかしさが歯がゆいが、これ以上他に言いようはなかった。
「行きましょう。アルスラン」
添えられた腕を逆に引っ張るようにして。
フィルメラルナはその場を立ち去った。
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