第30話 解放の約束

「神妃様は……いえ、イルマルガリータ様は、三つ目の蒼玉月の後、ハプスギェル塔を解放されるとお約束になったのです」



 アルスランは、極めて簡潔に説明した。


 彼の言葉に妙な引っ掛かりを覚えたフィルメラルナは、さらに深く眉をひそめる。



 幾つめだったかは定かでないが、確か最後の蒼玉月はあの日だったはず。


 そう、メルハム教会に薬を届けに行った日。


 あの運命の夜だ。



「……解放?」



 そう訊ねた自分の胸が、ドキドキと高鳴るのを感じていた。



「はい。塔には……その、囚われている者がいるのです」


「――どういう、こと?」



 不吉な予感がぐっと体内を競りあがってくるのを押し殺し、ゆっくりとアルスランの瞳を見た。


 神妃の代理だと称する自分と、イルマルガリータとの関係が分からないからだろう。


 彼はこの先どのように説明すべきかを、悩んでいるようだった。



「その塔には、何があるの?」


「分かりません。私は単なる従騎士です。しかし――塔には私の婚約者が」



 そういうことか。


 事情は分からないが、その塔にはアルスランの婚約者が囚われていて。



 イルマルガリータは三つ目の蒼玉月の後、彼女を解放すると約束しておきながら、それを守らなかった。


 それどころか、当人は失踪してしまい……。



 だから、彼の婚約者はまだ塔の中に――。



「すぐに出してあげて」



 即答だった。


 フィルメラルナの脳裏には、暗くて狭い塔の内部で幽閉される少女の姿が浮かんでいた。



「しかし、塔にはイルマルガリータ様のお力によって施錠がなされております。何人なんびとも近づけません。そして、解放できるお方は、神妃様以外にはおられないのです」



 フィルメラルナは呼吸を止めた。


 ぐるぐると、頭の中が不快に回る。



 どれくらい前から彼女が囚われていたのか分からないが、少なくとも自分がイルマルガリータと思われる女性に会ったあの日から、既に一週間ほど経過しているのだ。


 イルマルガリータ以外近づけないその場所で。


 本人が失踪してしまった後の期間、その塔ではいったい――。



「案内して。今すぐわたしを、その塔に」



 命の危機感が、フィルメラルナの背中を押した。


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