第8話 お迎えにあがりました

「なにが……」



 いったい、何が起こっているのか。


 自分を見据える男たちの、刺すような眼差しに怯んでしまったフィルメラルナの足が、僅かに後ずさる。



 その動作を、再び逃げようとしているのだと感じたのか。


 銀髪の男が、再度制止の声をあげた。



「あなたが逃げれば、この男の命はありません」



 スラリと金属の音を響かせて。


 鞘から抜き去られた長剣が、ランプの明かりを受けて不吉に光る。


 その刃が、無理矢理膝をつかされた父親の首へとピタリ当てられた。



 どうして、こんなことになっているのだろう。



 混乱を極めたフィルメラルナの頭は、収拾がつかない状態に陥っていた。



「や、やめて! 父さんを放して!」



 叫んだフィルメラルナは、ふらりとした足取りで、窓辺から銀の騎士の方へと歩いて行く。


 徐々に明るい場所へ足を進める度に、騎士たちの瞳が大きく見開かれていき――。


 やがて、誰のものともなくゴクリと嚥下の音が響いた。



 次の瞬間。


 ザッと音を立て、三人の騎士はその場に膝をつく。



「どうか、どうか気をお鎮めになってください。私たちはあなたをお迎えにあがったのです」


「む……かえ?」



「我々と、王宮のリアゾ大神殿へご同行いただきたいのです」



 王宮?


 神殿?


 なんのことだろう。



 分からないと首を振る。



 拘束されたままの父親を見れば、この上もなく悲しい顔をしていた。


 目に溜まっているのは涙だろうか。


 母が死んでも、明るく気丈に自分を育ててくれた父親が泣いている。



 フィルメラルナの胸は押しつぶされそうだった。


 急激な嘔吐感に襲われ、ぐっと口元を手で覆う。



「……失礼を承知で申し上げますが……体調がお悪いようですね?」



 何かをひどく警戒するように、妙に丁寧な口調で代表格の騎士が告げる。


 その様子に、怒りを覚えた。



 突然人の家に乗り込んできて、父親を殺すと脅され。


 そして、迎えにきたと意味不明なことを言い、挙げ句の果てには、まるで化物にあったかのように警戒される。



 具合が悪い?


 当然だろう。



 いったい何の冗談だ。


 いい加減にして欲しい。



「だから何だと言うの? わたしはどこへも行かない。出て行って、出て行ってよ!」



 全身全霊の叫びに、その場の空気がヒヤリと固まる。



 頭に血が上ったせいか、酷い目眩に襲われたフィルメラルナは、そのまま崩れるように倒れてしまった。


「フィーナ!」と叫ぶ父の声も遠くなる。



 薄れゆく意識の中で、誰かの力強い腕に支えられ、そのまま抱きあげられた。



 自分の意志を無視して、部屋から連れて行かれるのを。


 フィルメラルナは、ただただ虚ろな瞳で見ているしかできなかった。




 ザーーーーーッ。




 神の怒りに触れたかのように。


 何の前触れもなく雨が降り出した。


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