73時限目「陰謀打破【マジシャンズ・ホープ】(後編)」


 一瞬だけ、背中を向けた隙をクインザは見逃さなかった。

 空気を切り裂く豪速球。視覚でとらえるのは不可能な速度で飛んでくるウイルス弾は、背を向けたジーン目掛けて飛んでいく。


「ジーンッ!」


 ブルーナはそれが見えていた。故に叫ぶ。


 “だが、遅い”。

 

 豪速球のウイルス弾は、ジーンの背中目掛けて命中する。

 あたりには紫色の霧がこみ上げる。人の体内組織を壊滅に追いやり、そして何れは自然的な流れで死に追いやる“都合の良い怪物”が体内に埋め込まれる。


「……大丈夫だよ、ブルーナ」

 ジーンは、背中に攻撃を許しながらも笑っている。

「分かってるさ。彼女は“影から平気で人を撃ってくる女”だということ」

 紫色の霧が“消えていく”。


 自然消滅にしては明らかに不自然な消え方……ジーンは傷を負ったのにも関わらず“無傷”だ。


 撃ち込まれた弾丸は“何か”に分解されていく。水をかけられた石鹸の泡のように溶けてなくなっていく。ジーンの顔色は明るいままで、ウイルスの侵入を許したようには見えない。


「前は動揺こそしたし、油断してしまった。私の落ち度だ」

 振り返り、ジーンは己の非を認める。


「だが、もう二度同じ油断はしない。君のような卑劣に遅れはとらないさ」

 “光の結界”だ。

 クロードの割風砲をも容易く分解してしまった光の鎧。学園最強と呼ばれた所以、無敵であると言われた理由が今、ここで再び証明される。


 光の結界は紫のウイルス弾を弾き飛ばした。ウイルスこと液体生物も、光によって塵となって消えていく。


 ジーンがその場にいる限り、液体生物の生存を一切許さない。繁殖も許さない。クインザの攻撃は最早、無効にされたも同然。


「くっ……このっ!!」


 それを、クインザは分かっていた。

 ジーン・ロックウォーカー。王都のエージェントからも一目置かれる、ディージー・タウン最強の魔法使い。彼を相手では、正面で挑んでも勝てる相手ではないという事を。


 だからこそ、不意をついて先手を打った。そして、無力化することに成功した。

 だが、どのような手を回されたのか。気が付けばジーンは目覚め、こうしてまた窮地に立たされている。


「しかも私は、君のくれた休暇のおかげで絶好調だ。鳥になったように体が軽いよ」

「はぁっ……はぁっ……!!」


 ジーンの余裕の態度にクィンザは焦りだす。

 影からひっそりと人を撃つ事しか出来ない。そのような勝利手段ばかりを得てきた彼女は一心不乱でウイルスを放ち続ける。


 ___意味がない。

 だが、そうするしか彼女には選択肢がない。退くことなど出来やしない。


「このっ! このっ……!」

「諦めるんだ」


 ジーンは片腕から光の矢を放つ。


「あがっ……!?」

 クインザの肩を透かす。

 当然、狙いが逸れたわけではない。これは……“わざと外した”。


「降伏するんだ。君達の犯した罪はあまりにも大きい。だが、まだ引き下がれる」


 まだ、人間としての良心があるのなら……ここで引き下がれば助かるチャンスはある。王都側もチャンスを与えてくれるかもしれない。


 あるかどうかも分からない希望だ。

だが少しでも、微塵でも希望があるのなら。例え相手が、故郷を滅ぼそうとした大悪党に手を貸した人物であったとしても……ジーンは、無駄に命を散らすことを拒んだ。


最後の警告を無視したとなれば、次は本気で撃つ。怪我では済まないというジーンの最後の警告だった。


「……降伏?」

 クインザは肩を押さえる。たった一発、掠っただけで体からエネルギーが奪われる。

 自慢のウイルス弾以上の威力。その力の差をクインザは分かり切っている。だからこそ、ここは彼の与えてくれたチャンスに従うべきなのだろうと体も微かに反応を示してはいる。


「アハハハハッ!!」


 しかし、プライドはそれを許さなかった。

 大人が子供に降伏する。そんな絵面で一生の笑いものにされてたまるものかと、クインザはなおも悪足掻きをすることを選ぶ。


「フザけるんじゃないよッ!!」

「……っ!?」


 クインザは辺り一面にウイルスの霧を放った。

 そんなものを撒き散らした地点で意味はない。ジーンとその隣にいる人物はウイルスの影響を受けることはない。その前にウイルスが消滅するだけだ。


 現に、紫色の霧はあっという間に消えていく。



「ハッハッハ……降伏するのは“そっち”でしょうよッ……」


 しかし、彼女の狙いは“ウイルスを体内に送り込む”事じゃない。

 濃密な霧の本当の狙いは……“例え、一瞬であろうと、姿を消すこと”。


「!!」


 気づくのが多少であれ遅かった。


「ひっひっひ……」


 姿を隠し、いつの間にか近くにまでやってきていたクインザは、弱っていたブルーナの体を人質にする。ウイルス弾を放つ指先を、ブルーナの口の中に突っ込んでいる。


「ほら、とっとと頭下げて泣き叫びなよ……調子こいてすみませんでしたってさ! 大人を舐めるんじゃないよッ!!」


 “人質”だ。

 例え結界によって無効化されるにしても、これだけのゼロ距離なら意味がない。体内へダイレクトに送り込むというその行為。量次第で下手をすれば即死だ。


「結界を解除なさい! そして、私に倒されなさい! そうすれば、この子を助けるか考えてあげようか!?」


 最後の最後まで卑劣な手を使って彼を追い詰めようとする。クインザはとても人には見せられない下衆な笑いで勝利を確信しているようだ。


「くっ……!」


 ジーンはブルーナを実の妹のように可愛がっている。付き合いも長い。彼の人柄を考えて、彼女を見捨てるはずがない。その確信があった。


 降伏しなければ直ぐに撃つ。クインザの最後の警告だった。







「……舐めるな」




 だが、その下衆な笑みは歪むことになる。





「うぐっ……!?」


 クインザの視界が、一瞬だけ真っ黒になる。



 “腹部に強いショックが叩き込まれる”。


 肘だ。

 ブルーナは彼女が油断をしている隙に思い切りクインザの腹部に肘を叩きこんだのだ。


(馬鹿なっ……ウイルスで体は衰弱しているはずッ……!? なんで、まだこんな力がッ!?)


 成人男性のパンチ以上の一撃が飛んできた。クインザは思わず彼女から手を離してしまい、指先も口の中から放り出されてしまう。



「どう、し、」


 思わず、疑問が口から漏れた瞬間だった。








 ___銃声が響く。

 ___一発の弾丸が、クインザの胸部に撃ち込まれる。





「て、____」


 そのまま、クインザは白目をむいて気を失った。


「安心しろ。睡眠弾だ。死にはしない……」


 ブルーナはいつもと変わらぬ姿勢。堂々とした立ち振る舞いで猟銃を片手で構えている。銃口から立ち込める煙。放ったのは、泥棒などを捕縛するために使用する睡眠弾だ。


 死んではいない。眠っているだけだ。

 かつてのジーンと同様。数日は目を覚まさない深い眠りへと。



「うっ……」

 瞬間、立ち眩みを起こしてブルーナは姿勢を崩す。

「おっと」

 ジーンも慌ててブルーナの体を支えた。



「……すまない。足を引っ張ったな」


 ウイルスが去ったわけではない。彼女は持てる力を振り絞って、クインザの悪足掻きに対抗したようだ。だが、体に鞭を打ちすぎたツケが来た。

 限界が近い。気を失いそうになる寸前。体を支えてくれたジーンに対し、一瞬の油断で窮地に立たされかけたことに詫びを入れる。


「いいや、君には助けられた。こうして私が生きているのも、君のおかげだ」

 ジーンはそっと、ブルーナの体を運び始める。

 “御姫様抱っこ”というものだ。ブルーナの体は非常に軽い。ブルーナにとっては、この上ない一生の不覚ともいえる光景だ。


「だから、今度は私が君を助けるよ」

「……そうか」

 しかしブルーナは珍しく、その厚意に甘えた。

 ジーンが目覚めた事。ジーンに褒められた事。それが嬉しかったのだろうか。

「やっぱり、君は……“優しすぎるよ”」

 しばらくの間、休暇を取る。

 ブルーナはジーンの腕の中で、静かに瞳を閉じた。



「___急がなくては」


 ウイルスはまだ体全体に回っていない。治療には余裕がある。

 

「おーーーいッ!!」


 森の方面からは、同じくサジャックを捕縛したソルダ達がやってくる。


 丁度いいタイミング。人手もやってきた。クインザを回収するために二度ここへ戻ってくる必要もなさそうだ。


 

 一同は共に無事を喜び、街へと向かう。

 “まだ、戦いは終わっていない”。

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