71時限目「情熱【クロードとアカサ】」


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 アカサの絶叫にクロードは振り返る。


 騎士はアカサの胸に触れているだけ。突如奇声を上げたアカサは白目をむきながら痙攣と絶叫を繰り返している。


 痛み、死を覚える程の痛覚が彼女を襲っている。今の彼女に意識なんてものはない。ただ、本能のまま。体の危機信号が無理矢理その痛みを吐き出しているだけだ。


「アカサ!!」

「大丈夫だ」


 思わずアカサの元へ飛び込もうとしてしまったクロードをカルーアが止める。


「体の中に仕込まれたウイルス。アレと似たような症状は王都で確認されている。だが、それを抱えた患者の数は指で数えるほどしかない……王都の方でも、アレを治せる人間はそうはいなかった」


 まさしく不治の病。王都の医者もお手上げの難病である。

 

「何なんですか。体の中に仕込まれている、そのウイルスっていうのは」

「……“魔族の血”だ」


 カルーアは、イエロの質問に答える。


「人間の体には害でしかない特殊な魔族の血……いや、最早血とは言えない。あれは、人間の体に巣食う“一種の液体生物”だ」


 体内の血に寄生し、そしてすべての機能を停止させる液体生物。それが、体の中に仕込まれたウイルスの正体だという。


「魔族……っ!? あの殺し屋達は、魔族だっていうのかよ!?」

「いや、おそらくだが違う」


 カルーアは続けて答える。


「可能性はゼロとは言い切れないが……人間が“魔族の力”を扱うことは不可能ではない。体の中に、それを制御する何かを仕込むことが出来たのならな」

「……魔族の血」


 マタンゴを覚えているだろうか。魔族は人間と違い、今も尚、未知の進化を遂げている。環境によっては手の付けられない怪物に進化することも……彼の出会った、あの“巨大マタンゴ”が一種の例だ。


 人間の肉体に魔族の血を流し込み、それを制御できたのならば未知数の力を使うことが出来る。言うなれば、一種のドーピングだ。


「それって」

「ああ、立派な“違法”だ」


 薬物による肉体強化などはこの時代において珍しい事ではないし、違法というわけでもない。だが……それが“人間の手に余る代物”となったのであれば、話は別だ。


 人類の脅威。それを体の中に宿すともなれば……何が起きるのか、わかったモノではない。



「魔族の力を持った殺し屋同盟“モールジョーカー・ファミリー”。行方をくらましていたが、まさか評議会と絡んでいたとはな」


 エージェント。王都が追っていたという犯罪組織。その組織は何という偶然か、評議会のドリア・ドライアと繋がっていたのである。


「液体生物をどうやって体外に追い出すか色々と方法を模索したが、中々に取り出すことは出来ず、乱暴にやれば肉体そのものを壊しかねなかった……だが、体内の液体生物のみを駆除することが出来る力を持った魔法使いが、最近見つかってな」


「それが、あの魔法使いの騎士……」


「そういうことだ」


 魔法使いの背中をカルーアは眺める。


「魔法は兵器にもなれば希望にもなる……」


 この世には、いろんな魔法使いがいる。

 人類の脅威になりかねない力もあれば、人の希望になる力もある。そして、その希望は真の意味で未来への架け橋となる。


「治療に関して問題はない。あとは……あの子次第だ」


 アカサ・スカーレッダの肉体が耐えるかどうか。

 今まで以上に根強く張り付いているという液体生物。駆除をするには相当な時間と介入を許さなければならない。白目をむいて発狂を続けるアカサのあの現状が、その恐ろしさを痛感させる。


 彼女が壊れてしまうか。或いは治療に耐えきるか。



「……アカサっ」


 クロードはただ、祈るばかりだった。

 今、クロードが出来る事は祈るだけ。助かるかどうかはアカサ次第。彼女がその痛みに耐えきれるかどうかの戦いだ。


「お願いだ……神様っ……!!」


 両手を閉じ、空を見上げる。


「アカサを、アカサをっ……!」


 届くかどうかもわからない祈り。

 ただただ願うばかり。クロードは心の中で、彼女の無事への祈願を叫び続けていた。








「___終わりました」


 一息ついた。騎士の魔法使いは立ち上がり、アカサに背を向ける。


「ア、アカサは……」


 無言。あまりに呆気ない終わり。クロードは不安を抱いたまま、騎士に結果を問う。


 助かったのか。助からなかったのか。

 ギリギリの死の淵。行われた治療は上手くいったのか。







「“無事ですよ”」


 騎士の魔法使いは、一息ついてから答えた。


「相当鍛えられていますね。今回は状態が状態なだけに、かなりの荒治療になりました……痛みも想像を絶するものだったはず。ですが、彼女はそれを“耐えきりました”」


 考慮こそしたが、助けるためには多少乱暴にならざるを得なかった。妥協できない治療の結果、アカサは地獄のような痛みを味わうことになった。


 しかし、彼女は耐えきった。

 耐えきってみせたのだ。



「……ありがとうございますっ!」


 クロードは頭を下げて、お礼を言う。


「本当にっ、本当にありがとうございますッ……!!」


 それは心からの感謝だった。

 どれだけ頭を下げても足りない。どれだけ言葉を、その感謝の言葉を吐こうと、言い切れない。こみ上げる気持ちをクロードは一杯に吐き出した。



「……心地、いいですね」

 騎士の魔法使いは一言漏らす。

「貴方の笑顔は」

 何を言いたかったのかは分からない。それだけ言い残すと、アカサの元を去っていく。



「これより、住民の避難誘導へ移ります」

「ああ、他の連中にも伝えてある。頼むぞ」


 街はパニック状態。ドリア・ドライアの強行を許す前に、まずは一人でも被災者を増やさないために避難誘導を行う。カルーアの命令の元、避難誘導へと向かおうとした。



「あ、あのっ……」

 クロードは魔法使いを呼び止める。


「な、名前はっ……」


「“エーデルワイス・レッドクレーン”と申します」


 騎士の魔法使いは自身の名を口にした。


「……忘れません。その名前、貴方の事を」


 友達を助けてくれたことを感謝する。その一生において、恩人の名を忘れない。


 エーデルワイスも又、その感謝を受け止め振り返る。

 笑顔だったのか分からない。だが、一瞬だけ、心地よい吐息が聞こえたような気がした。


「では、これで……」


 エーデルワイスは笑顔を浮かべ、その場を去って行った。


「クロード」

 そっと彼の肩を叩き、イエロが呟く。

「早くいってやれ」

 後ろ。ベンチで眠ったままのアカサ。


「……うん」

 イエロに言われるがまま、アカサの元へ向かう。


 顔色も戻っている。呼吸もしている。

 最初こそ、恥じらいもあって触れることを躊躇ったが……クロードは静かに、アカサの胸に触れる。


 “跳ねている”

 心臓が動いている。鼓動を上げている。


 生きている。本当に助かっている。


「……なに、女の子の胸を触ってるのさ」


 声も聞こえる。

 朧気に開かれた瞳。ぎこちなさこそあるが、いつもの陽気な笑みを浮かべるアカサの顔がそこにある。


「……触りたくて、触ったんじゃないから。スカーレッダさん」

「なーにが、スカーレッダさん、よ?」


 今にも泣きだしそうなクロードの両頬を、アカサが触れる。


「“アカサ”って呼んでた癖に」

 ぎこちなさも解けていき、満面の笑顔が帰ってくる。

「ハッキリ聞こえてたんだから」

 ずっと、彼の声は届いていた。



「アサカっ……!!」


 クロードはアカサの無事を見届け、心の底から声を上げた。

 

 『本当に良かった』

 その一心で深く、大きく、強く、泣いた。

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