49時限目「開いた溝【クロナード兄妹】(中編)」


 大きな物音に一同は固唾をのむ。

 前方に何がいたのか。エージェントであるノアール・クロナードは既に気が付いているようだ。


 アカサはそっと、明かりであるランプを向けてみる。

 最新型のランプはそれなりの火力で辺りを照らしてくれる。


「……これが、」

 暗闇の奥、次第に姿が現れていく。

「“犯人”なのか?」

 遺跡に入る前。ギルドの面々から厳重注意されていた巨大モンスター。


 アホみたいにデカい蛇の魔物。

 その名を……“ビッグコブラ”。


 顔部分が魚の開きのように広がっており、牙はどんな巨大生物もあっという間に熔解してしまう猛毒が含まれている。

 ビッグコブラはゆっくりと顔を起こし、反撃を入れてきたエージェントの少女を睨みつけ威嚇している。第二派の攻撃を仕掛けてくる気満々だ。


「攻撃を仕掛けるです」


 向こうが反撃を開始するよりも前、ノアールはビッグコブラへと立ち向かう。


「ちょ!? あんなデカい魔物、女の子一人で!?」

「大丈夫ですよ」


 エージェントの青年・カルーアは慌てるアカサをなだめるように言う。


「魔術師の凶悪犯確保数過去37件。巨大モンスターの討伐記録15件……伝説のカーラー・クロナード程とは言えないけど、彼女もその伝説の魔法使いの苗字を引き継いでいるだけの事はある。あんな蛇相手には負けはしないよ」


 ただ、デカいだけ。人間にとっては脅威でしかない生物ではあるが、カルーアはその魔物を“あの程度”で片付ける。



 ___実際、圧倒している。

 ビッグコブラは動きこそ早いが、首を直進させられるだけだ。馬鹿正直に真っすぐな攻撃しか仕掛けてこない為、反応さえ出来てしまえば簡単に回避できてしまう。


 飛んでくるコブラの顔面に、何度もビンタと蹴りを与える。

 仰け反る蛇の姿。とても、小さな女の子の腕力とは思えない威力。


「……体の一部分のみに結界を張る。僕の完風総甲の応用、ですね」


 敵を弾き飛ばす結界。風の鎧を身に纏う。

 ノアールはそれを体の一部分にのみ纏い、剣としているのだ。敵の身を切り刻む透明な刃を身に着けた素手は、何度も何度も蛇の眉間に叩きこまれる。


「とはいえ、女の子一人に任せっぱなしというのも男として気が引けるし、何より怒り狂った蛇系の魔物は皮膚が固くなる。ノアールだけじゃ、ダメージが足りないだろうね」


 カルーアは軽く準備運動をし、加担へ入ろうとする。


「ここは俺達エージェントが囮を引き受けよう。魔物退治のスペシャリストと呼ばれた君達の実力、ご拝見だ」


 そのまま、ノアールと一緒にビッグコブラの攻撃の気を引かせる囮を買って出る。


「……聞いたかね諸君。我々、気が付いたら魔物退治のスペシャリストの助手みたいな扱いを受けているぞ。アイオナス君のストラップのような扱いだ」

 ロシェロはサークルのリーダーである。いつの間にか、ブルーナの部下のような扱いを受けていることに何処か不満を覚えているようだった。


「任されたのなら、期待にこたえるぞ」

 ブルーナは既に猟銃を構えている。

 エージェントが気を引いている隙にサークルの面々で大打撃を与える。ここにいる面々ならば、隙を見せている魔物相手ならばどれだけ頑丈だろうと突破は容易い。


「よし! それじゃあ、シャドウサークルの大活躍と行こうじゃないか。作戦プランBで行くぞ」

 気を取り直し、ロシェロは各メンバーに命令を入れる。


「クロナード君は敵の姿勢を崩せ、その後に私が動きを封じて無防備にさせる。アイオナス君は一撃必殺の弾丸をお見舞いしてやれ!」

 前回、宝石亀と戦った時と全く同じ作戦プラン。ワンパターンな気がしなくもないが、この作戦が一番効率もいい。


「スカーレッダ君は……ああ、うん。ランプを持っていてくれる?」


「ロシェロ先輩。私が人前で魔法使えないのを考慮してくれているのは分かるんですがね。なんかこう、雑用以外に仕事って来ないものかなーって、思ったりするんですよ。最近」


「囮をやらせようにもその役割奪われちゃってるからね」


「世の中残酷だぜ……」


 適材適所という言葉がある。アカサはその言葉を飲み込み、皮肉に笑うダンディな大人を演じるようにランプを片手で持っていた。



「では、頼むぞ。クロナード君!」

「了解……ッ!」


 作戦プランは頭に入れてある。

 エージェントが気を引いている間、ビッグコブラの懐に潜り込み、両手で無防備な肉体へそっと近づける。


「吹っ飛べッ!!」


 割風砲。高速詠唱ではない、それなりの出力で。


 上半身と下半身の境目。突然の奇襲に蛇の広い上半身が再び壁に叩きこまれる。しかし、それは大したダメージには当然ならず、少しずつ起き上がってくる。


「大人しくしたまえ」

 クロードの隣、両手を広げたロシェロが構えている。

 両手から飛び出すのは超高圧電流だ。奇襲によるダメージで無防備となった上半身に放たれた電流が、蛇の意識と自由を奪っていく。


 まるで、操り人形のように蛇は口を開いていく。

 最早顔面も痙攣を繰り返している。瞳も白目をむいたビッグコブラは最低限の意識を保つだけでも精いっぱいだった。


「それじゃあ、ブルーナ先輩。やっちゃってください」

「言われなくとも」


 猟銃から放たれる、魔物退治の弾丸。


 内側から魔物の肉体構造をメチャクチャにし、最後には粉々に肉塊に爆散させてしまうエグイ武器だ。ブルーナは魔物相手に何の躊躇いもなくそれを放つ。


 仮に、この蛇が行方不明事件の犯人であるならば、一秒でも早く始末しなくてはならない。


 弾丸は、大きく広げていた口の中へと放り込まれた。





 ブクブクと、ビッグコブラの上半身が膨れ上がっていく。

 内側で広がっていく火薬。血管を上昇させ、細胞を次々と膨張させていく。次第に膨大な熱はビッグコブラの体を風船へと変えてしまい……最後、爆散。


「うわぁ……相変わらずエグッ」


 ビッグコブラの上半身が消えてなくなってしまう。

 首だけすっ飛ばされた人間のように恐ろしい姿だ。慣れてしまっているにしても、雑用係のアカサは顔色を悪くしていた。




「……ふむ」

 ロシェロは電撃を解除すると、ドキドキ遺跡探検グッズを再び取り出し周囲を確認する。

「この蛇以外に反応はないな。もうこの遺跡には何もいないぞ」

 特に変わった反応もない。学者によって調べ尽くされたこの遺跡にはもう何の面白い要素はない。


 それは、ひとまずの任務終了を意味していた。


「よし。お疲れ、ノアール」

 カルーアは囮の役目を終え、ノアールへと声をかける。

「……君のお兄ちゃん。相当やるじゃないか。あんな巨体を吹っ飛ばしちまうなんてさ」

「隙を見せた相手になら簡単なことです。褒められたものじゃないです」

 フォロー、を入れているようだったが、やはりノアールは冷たい反応のままだ。

 

「……」

 その会話は、当然クロードにも聞こえていた。

 当の本人は、それは聞かぬフリでスルーしているようだったが。



「確認するです」

 蛇の遺体の中から、人間の遺体が見つかるか否か。

 複数見つかりさえすれば、犯人は決まったも同然である。最終確認のため、ノアールは下半身だけとなった蛇の遺体へと近づいて行った。


「……ん?」


 一人、宙を向いていたクロードの体がピクリと動く。


 “音”がした。

 きしむ音。何かが“ヒビ割れる音”。


 クロードの視界は、その音のする先……“ノアールの足元”へと向けられている。


「ッ!? ノアールッ!!」


 クロードは慌てて駆けだす。

 そして、そのままノアールの片手を握る。


「えっ?」


 突然迫ってきた兄に対し、ノアールは呆気にとられた。



 瞬間。クロードだけに聞こえていた小さな音。

 何かが“壊れていく音”は次第に___


 その場にいる全員に聞こえるようになる。



 ___砕けていく。

 あまりにも古すぎる為、当然ボロが出ているこの遺跡……蛇の遺体の手前。クロードとノアールの足元が“崩れていく”。


「「……ッ!?」」


 落ちていく。

 クロードとノアールの体は、崩れた足場から真っ逆さまに暗闇へと落ちていく。


「クロードッ!?」


 アカサ。そして残りの面々も気が付いた頃には。

 クロードとノアールは、闇の中へと消えて行ってしまっていた。

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