32時限目「燃料補給【宝石亀】(後編)」


 渓谷に到着すると、険しい坂を下りていく。


「クロナード、手はいるか?」

「僕は男です。これくらいどうにか……おっとと」


 あまりに急すぎる坂と悪すぎる足場。女性陣のほとんどは座り歩きで移動している。立って歩いていたのはクロードとブルーナくらいだ。


 クロードもたった今、脱落して座り歩きになったわけであるが。


「ちょいちょいロシェロ先輩。私達明らかに秘境レベルの領域に足を踏み入れてる感じあるんですが? 宝探しにでも来たんですか? そもそも、こんな危険地帯、たかが生徒が立ち入っていいところなんですか?」


「安心したまえ、スカーレッダ君。私は学園成績トップを飾り続けてるし、仮にも最高評議会に目をつけられている立場の人間なんだよ。ある程度の行動と自由は許されている」


 誰よりもインドアなイメージこそあったが、本人に興味のある目的があったとなればステータスが真逆に変動している。もしかしたら、このグループ内で一番の行動派はロシェロなのかもしれない。


「……霧も濃くなってきた」

 人気のないこの地点。霧も立ち込めてくる。目を凝らし、クロードは坂を下りきった。

「ここにいるのか」

「あぁ、この先だ」

 ずっと立ったまま。見事なバランス感覚を見せつけたブルーナが答える。


「“宝石亀”はこの先にいる」


 ブルーナの視線の先、濃くなっている霧の先に“シルエット”が見える。

 そのシルエットは背中を向けている。


 巨大な尻尾、デカイ図体。地を這ってドッシリと歩くその姿。

 背中の甲羅には“大量の魔法石”がキノコのように生えまくっている。まるで歩く宝石そのものだ。


「……ジュエルタートル。魔素が蔓延する地域で現れた突然変異種。主に遺跡付近で発見される、か……生で初めて見たけど、本当に魔法石が背中に生えてるんだ」


 魔素は、二酸化炭素や酸素に近い分子。人間の魔力を促進させる養分と言ったところだ。場所によって自然発生し、人工的に作られるモノもある。主に、遺跡で多く見られる現象とのことだそうだ。


 魔素は生命に幾つもの影響を与える。魔法石の誕生、そして、魔素を吸い込んだことにより未知の進化を遂げた生命を誕生させること。


 彼らの目の前に現れた“ジュエルタートル”もその一体だ。

 元より、敵から身を守るために、がら空きの背中を固い甲羅で覆っている生物。それを更に頑丈にさせるため、洞窟の中で背中を壁へ擦り付け、肥料や石などを引っ付ける習性があるらしい。


 そんな独特な背中。魔素を浴びたことで、背中に魔法石そのものを生成してしまう亀が現れるようになったようだ。それがこのジュエルタートルである。


「遺跡の近い場所。アイオナス君の解析通りだ、発見したぞ」

 まだ、亀はロシェロ達に気が付いていない。呑気にアクビをしたりして、散歩を楽しんでいるようである。


「我々の目的は、あの甲羅だ。魔法石ではない……魔法石そのものを生む甲羅には相当な量の魔素が込められている。ゴリアテを動かす燃料の一候補として、利用できそうだ」

 今回の目的は、ジュエルタートルの甲羅。亀を仕留めた後、気絶しているところでいただくことにする。


 ……立派な密猟ではと考えたものもいるだろう。

 だが気にしてはならない。世の中は弱肉強食だ。


「よっしゃ! それじゃあ、早いところ狩ってしまって」

「あ、待ちたまえスカーレッダ君。そんなに近づいたら、」


 ロシェロが何か言いかけたその時だ。



『……?』

 何かに気づいたように、宝石亀が振り向く。


「……そいつ、頑丈な皮膚で身を守ると言っただろう。それくらいデリケードで敏感な生き物だ。敵の足音とか速攻で気づくほど、聴覚は鋭いぞ」


 その解説、もう少し早く行うべきだっただろう。

 結構な音量で喋りながら近づいてしまったアカサ。あっさりと宝石亀に気づかれてしまい、目が合ってしまう。



『_____ッァアア!!』

 宝石亀が吼える。

 そして、背中を百八十度回転させたかと思うと、近づいてきた人間を敵とみなして追いかけてくる。重厚感のある四足歩行で。


「ぎゃぁあああっ! 見つかっタァアアアッ!!」


 アカサ、高速で百八十度回転。

 残りのメンツも走り出す。気づかれてしまった瞬間、反射的に足を走らせたのだ。人間の危機察知というものである。


「全く、言わんこっちゃない」

「そういう重要な情報は先に言わんかーいッ!?」


 この情報に関してはロシェロから前もって情報はなかった。


(良かった。この馬鹿が先に出て行って)


 実際、アカサが先に出なかったら、クロードが出ていくはずだった。

 仕事を手早く終わらせる。その気持ちが幾つもあったクロードは心の底から安心する。こんなバカな役が回ってこなくてよかったと。


 四人とも全力疾走。まずは距離を取って、安全圏を確保する。



「あれ、でもコンナに早く走ってもいいもんですかね……アイツ、凄くトロそうだし、少しペースを落としても、」

 そっと、アカサは後ろを振り向く。



『___ァアアアアッ!!』


 その速度。車並。

 マラソンの選手でもない生徒相手なら、余裕で追いつくほどのスピードで距離を詰めてくるジュエルタートルの姿が。


「って、早ァアッ!?」

「かなりの臆病者だからな。逃げ足も相当早い……勝てると思った相手には一方的に襲ってくるようだが」

「だから、そういう大事な情報は先に言わんかいとあれほどッ!?」


 その情報を知っていたらもう少し慎重に行動していたかもしれない。

 相手がトロそうな奴だったからと完全に油断した。アカサは亀の事を良く知るロシェロとブルーナの二人に反省を求めていた。


「……勝てると思われてる、か」

 追いかけてくるという事は、ここにいる四人は亀よりも下と思われている。

「亀にそう思われるのは癇に障る」

「ああ、そうだな。逃げてばかりでは癪だ」

 走りながら、ブルーナとロシェロは戦闘態勢に入る。


「諸君、いよいよシャドウサークル初の共同作業だ」

(あっ、カレーの事、ノーカウントにした)

 余計なことは口を挟まず、心の中で思うだけにするクロード。

「我々の戦闘能力の高さを、あの爬虫類風情に見せつけてやろうじゃないか。作戦名・オペレーション・エクスプロード。我々の能力をフルに生かし、あの亀を粉砕する!」

「いや、粉砕したらダメでしょ」

 今、つけたであろう作戦名。ロシェロはノリノリで作戦名を口にする。


「まずはクロナード君。君の暴風で亀の足止めを頼む。あれほどの巨体、吹っ飛ばすのは難しいかもしれないが、動きを止めることは出来るはずだ」

「了解です」


 クロードは魔導書に手を伸ばす。

 相手の動きを止める。となれば、残りは何をするかは大抵想像がつく。


「そこで我々の出番だ。動きを止め、狙いやすくなったところを、私の電撃とアイオナス君の弾丸で仕留める。私達の攻撃は追い風に乗る。回避は不可能だ!」

「かしこまった、リーダー。タイミングは任せる」


 ブルーナは弾丸を装填する。


「それじゃぁ、行くぞ! オペレーション・エクスプロード、始動だ!」

「……あの、先輩? 私の仕事はござらないのか?」

「いざ、突撃ッ!!」


「無視してんじゃねーぞぉっ、チビィッ! 遠回しに戦力外通告してんじゃねぇええ!!」


 戦力外のアカサを置いて、三人は行動を開始する。


「食らえっ……!」

 クロードは魔導書を作動。両手から突風を放つ。

 相手を押し飛ばすのではなく、吹き飛ばすだけの暴風をジュエルタートルに放った。


 ……流石と言ったところか。暴風は相当なもので、亀は足を止める。

 完全に動きが鈍くなった。狙ってくださいと言わんばかりに静止してしまっている。


「よし! 我々の出番だ!」

 

 既に、ブルーナは銃を構えている。

 それを横に、振り向いたロシェロは足を止め、魔方陣を発生させる。


「どれだけ頑丈だろうが、この攻撃は防げまい……“万能の穿ち槍ランス・エルク”」


 魔方陣から現れたのは、細長い電撃の矢だった。

 片手でそれを握りしめ、標的を確認し、座標の計算なども脳内で補完を始める。目を見開き、姿勢を固定し、狙いを定める。


「……行くぞ、アイオナス君!」


「了解」


 合図は下った。

 銃撃、そして電撃の槍。


 二つの攻撃は、クロードが放つ追い風に乗って、一直線に亀目掛けて飛んでいく。




『……ッ!!』


 亀の顔面に命中。

 爆破、そして電撃。


 “甲羅の中にいた亀は爆散する”。

 頑丈な甲羅のみを残して……。


「見事だ! 我々の勝利だぞ!」

 計画通り。ロシェロは満足そうな表情だ。


「見事だよ、アイオナス君。クロナード君も見込んだ通りだ」


「当然だ」

「……どうもっす」


 ブルーナはクールに受け答え、クロードは照れ臭かったのか小さい声で返事をした。



「さぁ! これから甲羅を運んで帰るぞ……スカーレッダ君、手伝って」


「もしかして私、野暮用の為だけに呼ばれた?」



 これだったら、授業出てた方が数百倍良かったかもしれない。

 ただ一人、アカサは消化不良否めない表情で、四人がかりなら持ち運べる大きな甲羅に手を伸ばした。

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