27時限目「アーティスト【アカサ・スカーレッダ】」
荷物を取り返し、一同は街中へ戻ってきた。
ソルダはアーズレーターを使って実家と連絡を取っているようだった。子供達との約束を果たすため、上手く親を誤魔化してセッティングしているのだろう。
「……」
時間は既に夕刻前。路地裏での一件もあって遅くなってしまった。
既に数名のアーティストたちが楽器を手に取ってスタンバイしている。この街が夕暮れに染まるとき、街中に人が集まる瞬間に演奏を始めようとしていた。
「あの、スカーレッダさん」
「ん?」
不意に呼ばれ、アカサは首をかしげる。
「貴方も、演奏家なんですか?」
見間違えでなければ、あの時に見えたバッグの中身は楽器だった。
バイオリンやチェロとも違う。クラシックなどで使われているものとは違う弦楽器だった。
「あー、まぁ、そんな感じ?」
細長いバッグを手に肯定する。
「見えちゃってた?」
「ええ」
子供達の手によってオープンされていたバッグ。中身を正直に見てしまったことをクロードは白状する。
「見慣れない楽器ですけど、それは……?」
「ああ、これね」
足を止め、再びバッグを開く。
何度見ても独特な形。バイオリンなどのように木造品ではないために、一目見ると一種のガラクタの寄せ集めのようにも見えてしまう謎の楽器。
「“エレクギター”って言うんだって。古代人が使ってた娯楽品」
ギター。当然、知らない楽器ではない。
この街では勿論、王都の方で弾き語りをしている人を数人見かけたことはあった。
しかし、クロードが抱えているギターのイメージとは違いすぎる。
何せそのギターは木造品ではないうえに空洞がない。鉄の上で張られた弦、お世辞にも整っているとは言えない独特な形状。
空洞の代わりに埋め込まれた魔法石。バッグの中には他にも色違いの魔法石が二つほど放り込まれていた。
「骨董品?」
「ジジ臭い言い方してんじゃねぇぞ、コノ野郎」
遠回しにガラクタ呼ばわりされたようでアカサは笑顔で対応。当然、眉間に皺は寄っているのだが。
「まぁ、骨董品と言えばそうなっちゃうけどね。これは掘り出された物を今の技術で使えるようにしたモノ。結構面白い音出すよ、コレ」
自慢げな表情で楽器を語る。
つい先ほどまで、師匠の事を語っていたクロードのように、楽しそうに。
「……え、聞きたい? しょうがないなぁ~ッ!!」
近くの壁に寄り添い、アカサは楽器を取り出した。
ちなみにだがクロードは当然、聞きたいなんて一言も言っていない。この流れに乗って、演奏を見せようとするその姿。もしかしなくても、見せたくてしょうがないのだろう。
「それじゃ一曲、いってみよう!」
弦を弾く。楽器が鳴る。
他の楽器とはまた違う独特な音が……魔法石に反響して鳴り響く。
演奏を始めると、アカサは夢中になっていた。
完全に自分だけの世界。あたりの声もシャットダウンして、無我夢中に楽器を鳴らし続ける。
「……?」
独特な音。
ギターやバイオリンなどのように余韻もあり、耳に残る様な音。
しかし、“優雅さ”がない。
むしろクロードからすれば、何処か下品な感じがあった。金切り音にも似た音が乱暴になっているだけ。音楽はよく分からない彼だ。その旋律が快いモノとは最初は思えなかった。
不協和音。古代人はこんな下品な音を楽しんでいたのかとも思っている。
「おおっ……!」
だが、隣を見ると、その演奏を前に拳を握って盛り上がっているソルダ。
不良たちも自然とリズムに乗り始めている。徐々にだが、アカサのソロ演奏に引き寄せられていた。
「ロックだねぇ!」
“ロックンロール”。
「そう! ロックンロールッ!」
古代語で“盛り上がる”という意味がある。他にもテンションが上がったり、気持ちが高揚したりする際に使う事があるという。
ロックンロール。ソルダ達はこの演奏をそう呼んだ。
「……っ、っ?」
最初は不協和音のようにも思えた金属音。
だが、耳がそれに慣れてくると、次第に快い演奏に聞こえてくる。いままで見かけてきたギターとは違う刺激。他の演奏にはない唯一無二の盛り上がりを味わいながら、クロードの身体も小刻みに揺れていく。
盛り上がっていく。
クロードも気が付けば、アカサの演奏に取り込まれていた。
「センキュー……」
演奏を終え、アカサは満足そうに腕を上げる。ピックと呼ばれる小道具を持って。
ソルダ達不良生の拍手喝采が、アカサに賞賛として送られていた。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
「お前、たまに演奏したりしてるのか?」
「うん。といっても、最近弾いてなかったら今日は久々にねっ。最近は部屋で弾くくらいだけど」
ソルダ達の賞賛にチョロくも照れているアカサ。自慢げにギターを語り、演奏へのこだわりなど、何処か軽薄そうに思える話が続いている。
だが、クロードは思う。
ソルダ達の言う通り、あの演奏には他の演奏にはない刺激がある。気が付けば気持ちも盛り上がっている。ロックンロールだった。
彼自身も楽しんでいた。アカサの演奏を。
「……スカーレッダさんって」
だが、同時に気になることもあった。
「“歌わない”んですか?」
他の演奏にはない……というよりも、それは楽器ではなく“個人の違い”。
ふと気が付いたことに対して、軽い気持ちで漏らしてしまったその言葉。
「……ッ」
一瞬。
アカサは気まずい表情で立ち止まった。
「ま、まぁ。アレかな。私は楽器の演奏だけで勝負してみようって感じ? うんうん」
何か誤魔化すようにそう話すと早走り。
「さぁ、そろそろ帰るぞー! 門限すぎちゃうからねー!」
「あ、それもそうだ! オマエら、急ぐぞッ!」
全力疾走。笑顔を浮かべたまま走り去っていくアカサを追いかけ、不良生徒達も走っていく。
「……」
クロードも早走りで追いかける。
そんな中、何処かモヤモヤした気持ちを浮かべていた。
アカサ・スカーレッダが走り去る前に見せた……いつも通りの軽薄そうな顔。
まるで化粧の様。
複雑そうに歪んでいたその本性を、隠せていないように見えていた。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
……数時間後。
一同が寮についてから結構な時間がたった。
買い置きしておいたインスタント品で夕食を終え、クロードは復習ついでに風の魔導書に目を通している。
まだ、その魔導書の全てを理解したわけではない。7割近くの謎を残したその魔導書を前に、彼は毎日格闘を繰り広げているのだ。
「ちょっと、休憩するか」
ゴールはなかなか見えない。数多の魔法使いが挑戦を断念したレベルの難易度だ。ちょっと頭を捻った程度で攻略できるものではない。
意地による追及は逆に頭を歪ませ、思いがけない方向へと逸れてしまう。一度、頭の空気を入れ替えるためにクロードは部屋を出る。
外の空気を吸いに行きたかった。
「あっ」
部屋の鍵を閉めた直後、クロードは声を漏らす。
「やぁ、クロード・クロナード」
そこにいたのは“ジーン・ロックウォーカー”。
寮暮らしではない実家暮らしのエリート生徒。
門限の時間。貴族の無理で寮へと足を踏み入れてきた、最強の魔法使いの一人がフランクに声をかけてきた。
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