26時限目「珍事【青春泥棒】(前編)」


 カーラー・クロナード。

 王都では有名な魔法使いであり、風の魔術を扱わせたら右に出る者はいない。彼女を師として崇拝した者も多く、そこから輩出された者の大半が王都で多大な結果を残している。


「ほう~、スゲェな、お前のばあちゃん!」


 年老いても現役。顔は皺だらけになっても、その活発さだけは衰えを見せなかった戦士だった。


「成程。親に憧れて、かぁ~」


 アカサをふと笑みを浮かべる。

 身元であり師匠であるカーラー・クロナードの話をするクロードは楽しそうな表情を浮かべていた。いつもは声が小さく、大人しいイメージを持つ彼ではあるが……今日の彼は一段とテンションが高かったような気がする。


 それほど、大好きだったのだろう。

 師匠であり、憧れの一人であったカーラーが。


「ちなみに、ばあちゃんは今も元気にしてるのか?」

「……ううん」


 ソルダの一言にクロードは首を横に振る。


「数年前に、病気で亡くなった」


 元気ではあるが、歳ということもあって、体には病を抱えているとも語っていた。

 英雄も歳には勝てず、ついには病を前に倒れたとのことだった。


「……ワリィ」

「大丈夫です。気にしてませんから」


 悪気もなく地雷を踏んでしまったソルダ。しかし、クロードは攻めなかった。不慮の事故として、諭したのである。


「この魔導書とストール、おばあちゃんの形見なんです」


 首に巻いたストールに触れて、また仄かな笑みを浮かべる。


「おばあちゃんが死んでから、僕は父さん達に、学園に通わせてほしいって交渉したんです……おばあちゃんの教えを無駄にしたくなくて。そうしたら、父さんが魔導書とストールを渡してきて」


 ストールと最強の風の魔導書はカーラーがいつも持ち歩いていた品だった。しかし、それは遺品として共に棺へ葬られることはなく、残されていた。


「『もし、クロードが学園に通いたいって言いだしたら、これを渡しておけ』……おばあちゃんも父さん達も、僕が学園に通う事を反対しなかった」


 父親の口から出てきたのは、カーラーの遺言だったという。

 師匠であったカーラーが使っていた魔導書。戦士を目指す者へ与えられた、最後の試練。


 ___いつまで続くかは分からない。しかし、きっと彼なら諦めない。

その望みを胸に、カーラーは卒業試験を遺していたのだ。


「おばあちゃんの後を継いだなんて言わない。僕はその領域になんて足を踏み込めていない。まだまだ、だ……学園に通って、もっと勉強して、いつか、おばあちゃんや父さんのような立派な魔法使いになる」


 アカサとソルダの前。

 恥じらう事もしないし、目を逸らすこともしない。その胸に宿る“自身の夢”をクロードは口にした。



「くぅーーー! 泣けるぜぇええええッ!!」

「なんて、家族思いな奴なんだよ、お前ぇえええ……!」

「俺達一生応援してるから! 困ったことがあったら何でも言え! 手伝うからよぉ!」


 ソルダを含め、不良グループは号泣しながらクロードを応援した。

 気持ちは嬉しいと言えば嬉しい。だが、周りも気にせずに大音量で泣き出されると視線が気になる。即刻辞めてほしいのも事実だった。


(なるほど、ね)


 アカサは理解する。

 転校初日、途中まで我慢できていたのにクロードは突如怒り出した。それは自身への侮辱にキレたわけではなく……“大切なストールを汚された”事に対してキレたのだろう。


 確か、小太りお坊ちゃまの痰はストールについていた。ソルダ達の攻撃もストールを傷つけるには十分な火力だった。


 それほど、大切な人だったのだろう。

 クロードにとって、その老婆というのは___


「……さて、と」

 アカサは立ち上がる。

「ご飯も食べ終わったし、そろそろ帰りますかっ」

 時間的にも結構長居した。この号泣している男達を何処かへ移動させないとお店の迷惑にもなる。


「今日は奢ってあげるから気にしなさんな♪」

「自分で払います。また、借りがどうとか言われたら困りますから」

「チッ、鋭ぇな」


 アカサは不満げに舌打ちをする。


「……なんとなく、貴方の考えてること、分かってきましたから」


 __もう、その手には乗らない。

そうは言いつつも、クロードは楽しげだった。


「ふふっ、本当にそうかな?」


 アカサもまた、楽し気にクロードに返事をした。



 なんだかんだ言いつつも、楽しい晩餐になった。クロードも満足そうな表情を浮かべている。今日の食事会は“成功”と言うべきだろう。


 その結果に満足している。アカサは軽くアクビを浮かべた後、席においてあった手荷物へと手を伸ばす。


「……あれ?」


 手を伸ばした。

 しかし、空振り。


「えっと……うーむ、あれぇ……?」


 気のせいじゃないかと思って、一度手を引っ込めてもう一度虚空に手を伸ばす。

 だがやっぱり空振り。気のせいでありたいと思ったアカサは視線を隣の席へ向ける。




 “ない”。

 背負っていた細長いバッグが、そこから消えてなくなっている。





「……」


 そっと、視線は窓へ。レストランの外へと向けられる。




 ボロボロの服の子供達が見える。

 細長いバッグは、子供達の手によって路地裏へと運送されていた。




「___待てぇええ、クソガキィイーーーーッ!!」


 鬼の形相を浮かべ、アカサは全力疾走。支払いのレジを素通りし、一目散に子供達の消えた路地裏へと向かっていった。


「ちょっ! 支払いっ、支払いっ!!」

「ん……どうした?」


 涙を拭き終えたソルダも気づく。


 ……残された伝票。

 クロードは一度それを手に取って、彼女の分を支払うためにレジへと向かっていった。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


 支払いを終えたクロードとソルダ達は、アカサの駆け込んだ路地裏へと入っていく。

 夕暮れという事もあって薄暗い。カビくさい通路を一同は進んでいく。



「あ、いたっ」


 進んでいくと、手のひらを額に掲げて目を凝らしているアカサの姿があった。

 前方の薄暗さにまだ目が慣れていないのか、それともカビ臭さに鼻をつまんでいるのか。一度、足を止めていたようだった。


「チキショウ、何処に行った……?」

 女性らしくない汚い喋り方。

 たまにこのような喋り方をするが、これが彼女の“素”なのだろうか。


「もしや、泥棒か?」

 ソルダも涙で視界は歪んでいたが、アカサの手荷物が減っていたことには途中で気が付いていた。慌てて追いかけたあたり、その泥棒の犯人を見つけたのだろう。


「ああ、そうだよ! クッソ、見つけたら纏めてケツを叩いてやる……ッ!!」


 荒い喋り方が続く。

 感情の制御がまるでなっていない。気持ちの入れ替えを終えたつもりで、アカサは乱暴な足取りにて先へと進んでいく。



「……ハッ!?」

 途端、暗闇の中でクロードは気づく。

「下がってッ!」

 アカサの手を引こうと手を伸ばす。



「_____ッゥ!?」


 しかし、その手は届いた頃には手遅れ。



 アカサの体はフワリと宙に浮くと、“何かに引っ張られるように吊り上げられた”。

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