21時限目「再邂逅【暗闇ガレージハウス】」
五日目。今日は登校日、だ。
いつにも増して重い足取りでクロードは部屋を出る。
「よぉ、クロード。一緒にいこーぜ」
部屋を出ると、カバン片手にソルダが待っていた。
わざわざ待っていたというのだろうか。今日も仲良く友達目指して奮闘中のようだ。
「……はぁ」
こうして出待ちしてくれる相手が女の子だったなら、みたいな理由でガッカリしているわけではない。かといって、誰かと関わりたくないというわけでもない。
理由は一つ。
クロードの重荷の理由は、その制服のポケットにしまわれた“とある部屋の鍵”にある。
「おいおい! 朝から元気ないじゃないの! シャキっと行こうぜ、シャキっと!」
テンションの低いクロードの背中をソルダが張り手で叩いて来る。
(……騒がしいなぁ)
目覚ましには最適、とでも言うべきだろう。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
(一時間目は座学、か)
おそらく、今日の座学の授業内容も、既に王都で習った内容だろう。
一足先に勉学が進んでいるクロードが参加する理由はない。復習という選択肢もあるかもしれないが、それよりも優先する事がある。
「それでは、今日もお元気に」
先生が立ち去り、生徒達の姿勢が崩れていく。数分間の準備時間に、何気ない世間話が再び華を咲かせ始めていた。
「よっすー! クロード君っ! ちょいと話があるんだけど、聞いて行って、」
「ごめんなさい。この後、用事があるので」
隣の席のアカサが話しかけるよりも先に離脱。
正面入り口は塞がれているようなもの。だったら、唯一の退路である窓から脱出。教材用具一つ持ち出すことなく、クロードは教室から去って行った。
「……トホホ、めっさフラれてんじゃん。私ィ」
ここまで全力の拒否反応。乙女心には結構な傷がつく。見た目にそれといった自信もあるが故の敗北感もあった。
「さて、と」
乙女心に軽い傷がついたところで、アカサも一息ついて窓から外に出る。
「何処に行こうって言うんだい。教えなさいよ、転校生」
既に背中が豆粒ほどに小さくなったクロード・クロナード。
性懲りもなく、アカサはその背中を追いかけ始めた。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
女子寮、に足を踏み入れる前。クロードは入り口の警備員と話を通す。
「ふむふむ、クロード・クロナード君ね……ちょっと待ってて。おーい、来たぞー。連れて行ってやれ」
女子寮のテリトリー前では男性の警備員二人が見張りをしている。
何の用事もなく男性が女子寮に足を踏み入れることは禁止されている。不法侵入なんてしようものなら不埒な生徒が現れたと職員会議もの。下手をすれば退学だってあり得る。
性的不審者のレッテルを貼られて人生バッドエンドだ。
入り口で警備員にロシェロ・ホワイツビリーの名前と同時に生徒証を提示すると、特に怪しむ様子も見せずに彼を目的地であるガレージハウスへと連れて行ってくれた。
「それじゃあ、用事が終わったら連絡頂戴ね。一人で出歩いたら駄目だよ」
入場許可を貰ったにしても、ここは女子寮。男子一人がウロチョロしていては、説明を受けていない女子生徒から思わぬ誤解を招く。お礼を言い、警備員と別れる。
「……ここか」
目の前には、ロシェロのガレージハウス。
鍵を使って勝手に入ってもいいと言われた。ピッキングでカギを開けていたアカサを思い出す限り、出入りは自由であるようだ。
だが、そんなに堂々と入っていいものか。気に入らない相手だとしても、相手は年頃の女子であるのだから。
「静か、だな」
鍵を使い、ガレージに足を踏み入れると、前回と同じで“上半身だけの巨大な甲冑の戦士”が出迎える。
「ということは、先輩のスケジュール通り……」
部屋に入っても歓迎の一声がない。おそらくだが、ロシェロはこの前と同じ部屋でグッスリ眠っているのだろう。
「それでいいのか、先輩」
ここまで堕落に満ちた“スケジュール通り”なんてあるのだろうか。
クロードは思う。どれだけ自由な人なのだろうかと。どれだけ自堕落なのだろうかと。余計に先輩らしさが失せて何処か吹っ飛んでしまう。
階段を上り、整備されていない木の扉の前へ。
念のためノックを数回。三セット行って返事が戻ってこないのを確認した後に、お邪魔しますと一声かけてから、静かに入室する。
「……いた」
あまりに汚れた部屋。歩くたびにハウスダストが舞い上がる。
カーテンも閉め切られた部屋。最初こそ視認は難しかったが、うっすらとした暗闇に目が慣れたところで、その姿を目の当たりにする。
薄着で、へそを出して、口からヨダレを垂らしながら。
ソファーでグッタリと眠ってしまっているロシェロを発見した。
実に無防備。何とも無防備なのか。
自称天才。二回目の対面の際には完膚なきまでにクロード・クロナードを瞬殺してみてた天才が今、心を開いていない男を前にヘソを出して、グッスリ眠っている。
「えぇ……」
当然、クロードはリアクションに困っていた。
見た目は子供だが、仮にもロシェロは17歳の思春期乙女。目のやり場に困るという意味もあるが、ここまで変に無警戒な瞬間を見せられると、こんなのに敗北したのかとクロードは自身に落胆したくもなる。
「えっと、何て言ってたっけ、確か……」
部屋に入る前、ロシェロから言い渡された事。
一つは、勝手に部屋に入ってもいいという許可。そして、万が一、部屋に入って眠っていた場合は……“手順通りに起こしてほしい”と。
「ここだよな」
“まずはカーテンを開けて、部屋を明るくしてくれ”
指示された通り、カーテンを開いて部屋に日光を招く。
直射日光。窓から差す光はダイレクトにロシェロの元へ。無防備だった彼女の姿がより鮮明に映し出される。
「くかー」
起きません。
第一関門。実行しましたが全く効果がありません。
「……すみませーん。起きてくださーい」
その次に指示された事。
“たぶん、カーテンを開いた程度じゃ起きないだろうから、声かけてくれ”。
言われた通り、小さく声をかけてみるも___。
「むにゃむにゃ」
起きません。
第二関門もほどなく陥落。というか、起きないことをクロードは大体察していた。
「……すぅー」
深呼吸。クロードはドッと腹を膨らませる。
「起きろォッオオオーーーーーッ!!」
“それでも起きなかった大声で叫んでいいよ。近所迷惑とか気にせずに”
“防音対策はそれなりに完璧だからね。信用してくれたまえ”
ぶっちゃけ、ストレスの意味合いが強かった。クロードは有り余る怒りの種を暴力ではなく、今まで控えこんでいた声に最大出力で注ぎ込んだ。
「……うるさいな、そんな野良猿のように叫ばなくとも起きる。鼓膜を破る気かね」
クロードの健闘がついに花を開いたのか、ロシェロは不機嫌そうに目を覚ました。
(女の子じゃなかったら殴ってたな)
こんな対応。キレるなと言う方が無理がある。
しかし、約束は約束だ。敗北者は大人しく、怒りを堪えながらロシェロを笑顔で出迎える。
「ようこそ。待っていたぞ」
しっかりと目を覚ましたところで、ソファーに座ったままロシェロは彼を歓迎する。
「……着替えないんですか」
「この部屋には君一人だ。問題なかろう」
「大アリだよ」
異性という壁が存在する以上、少しくらいは警戒をすべきではないのかとクロードは当然ながらの指摘をした。
「君は不埒な真似をする生徒じゃなかろうに。それとも、そのなりで私の肉体に性的興奮を覚えているのかね? 私は乙女として嬉しくも思うが、こんな幼児体系を好むなんて将来不安にも思えるぞ。クロナード後輩」
「あぁ、もう……いいですよ。そのままで」
幼児体系云々の前に最低限のエチケットがある。
色々と申し出たいことはあったが面倒なので黙ることにする。これ以上話を拗らせたら、向こう側から癇に障る攻撃を仕掛けられそうだったから。
「……ところで、僕をここに呼んだ理由って」
「何、大まか君の予想通りだと思うよ。不思議と君の心理が読み取れる」
もしかしなくても、ここへ連れ戻された理由は一つだろう。
「表情に出てました?」
「そうだな。鮮明だったぞ」
説明する時間は必要なさそうだ。単刀直入に話を進められるので助かるとでも言うべきか。
「……どうして、僕をココに入れたがるんですか」
クロード・クロナードをシャドウサークルと呼ばれる謎のチームに勧誘する。
何故、そこまでしてこだわるのか。クロードはリーダーと思われるロシェロに問う。
「前にも言った通り、私は君に興味がある。そして、仲良くなれると思ったからだ」
友達にはなれない。キッパリふられた後であろうとも、気にする素振りもなく進める。
「……君にも“夢”がある」
表情に出ている。そして、彼の唐突すぎる感情の起伏に怪奇行動。
「しかし、それは邪悪に阻害されたのだろう」
ロシェロはクロードの事についてはある程度調べていた。そして、彼の行動をここ数日の数時間のみで観察し、その予想の答え合わせをする。
そして、ロシェロの質問は___
まるで、自身の事と一緒に照らし合わせるような言い方だった。
「随分と理不尽に、な」
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