11時限目「罪【告げられる明日】」


「……」


 次に目を覚ました時、クロードは自室のベッドの上にいた。

 怪我は昨晩の内に回復。医療班の技術力の高さと言うべきだろうか。


 彼はベッドから自力で起き上がれるようにもなっていた。

 傷口も完全に塞がっている。見た目が気になるのならガーゼの付け替えだけ行った方がいいと一言も添えられた。


尤も、彼はそんなこと気にもならないために引きはがすのだが。


(……教室、行ってもいいのかな?)


 起き上がってから歯を磨き、朝の空腹は段ボールの中にしまっておいたフルーツバーで誤魔化すことにした。

魔物退治の戦場でもよく使われる非常食は、こういう忙しい時の間食としても利用されるのだ。


(僕、退学になる……のかな?)


 制服は予備でもう一着用意されている。昨日まで来ていた制服は補強が終わるまでは待ってほしいとの連絡も入っている。


 だが、彼は予備の制服に袖を通すことはなく、ただ眺めているのみだ。


 昨日の一件。中庭での暴動に関して、正当防衛を証言してくれる者は誰もいない。この学園のトップとも名高い生徒に正式な裁定を食らった以上、もうこの学園にはいられないと考えるべきなのか。


(……行くだけ、行ってみよう)


 今のところ、学園側からは何も連絡は入っていないし、アーズレーターにも他の誰かからの伝言は記録されていない。

 教室に向かえば分かる事だろう。教員の口から何か言われるかもしれないし、教室に入った地点で注意の一つでもされることだろう。


 ……軽い公開処刑のようなものだとクロードは思っている。

 だが、周りからの意見と同様、こう思うべきなのかもしれない。


 ___自業自得なのだ、と。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


 通学用のカバンを手に、教室へと向かっていく。

 転校初日のあの日と違って、違う緊張が漂っている。


「……首が、寂しい」


 その理由は単純だ。 

 部屋の中であろうと外すことなく体に巻いていたストールがなくなっている。医療室で目を覚ました頃には病衣に着替えさせられ、前の制服と手荷物はアーズレーター以外手元になくなっていた。


 没収されたのか。或いは、あの光で消え去ってしまったのか。

 お気に入りのおしゃれアイテム。それ以外に、持ち歩いていた魔導書もなくなったことで気分が悪い。酔っ払いのような慣れない足の進み方で、教室へと向かっていく。


「……あっ」


 教室の前に到着すると、彼は足を止めた。


「やぁ、おはよう」

 クロードの属する教室のすぐ前で待っていたのは……昨日の対戦相手であったジーン・ロックウォーカー。


「あ、あの……その、」

「こうして面を向き合ったら、まずは挨拶だ。挨拶はしっかりと挨拶で返す……最近の庶民は、そんな単純なことも出来ないのかい?」


 妙に緊張していたクロードに対し、ジーンは指摘をする。

 何か言いたげであることは分かるのだが、その前に人間であるならば礼儀としてやるべきことはある。それさえも出来ないのかと、上級生の先輩として軽い説教を交わしてきたのだ。


 クロードが最も嫌っていると思われる、“嫌な貴族の振る舞い方”で。



「あっ……お、おはよう、ございます」


 指摘されてから彼も気づいたのか、すぐさま頭を下げて彼は挨拶をする。

 

(……どうして、この人がここに)


 昨日の一件の後だ。思い当たる節満載のクロードはより緊張が高まる。

 教師の口よりも先に……聞きたくもない裁定が今、彼の口から下されようとしているのだろうか。


(あ~……やっぱり、こうなるのか……)


 嫌な予感くらいしていた。

 冷静になればよかったことなのだ。我慢ならないという理由で魔法を暴力として使った。この学園でもきっと、その行為は重罪に他ならないのだろう。


(……父さん、母さん。ゴメン。折角、学園に入れてくれたのに)

 ここにきて、後悔が体にのしかかってしまう。

(みんなも、ごめん……僕、やっぱり、変われ……)

 体が震え始める。

 泣き出しそうにはなっていた。だが、それは許されない。彼は罪人として罪を受け入れ、その処分を果たさなくてはいけないのだ。


「あ、あのっ、僕っ、」


 覚悟は決めている。被害者ぶった顔をするのはダメだ。

 一人の罪人として……クロードは覚悟を決めて、下げ続けていた頭を上げた。



「すまなかった」


 顔を上げた先。

 そこに広がったのは、思いもしなかった映像。


 “頭を下げて謝罪する、ジーン・ロックウォーカーの姿”であった。


「……え?」

 思わずクロードは固まってしまう。


「昨日の暴動の一件、証言者が現れたんだ……君は、被害者だった」

「あ、あの。それは、どういう、」


 状況が呑み込めないクロードはただただ慌てるばかりだ。


「悪趣味な台本じゃ、役者も客も感動出来ないって事なのよね~」


 教室の扉が開き、そこから現れるのはアカサ・スカーレッダの姿だ。

 その手にはアーズレーター。画面は撮影した映像が表示されている。


「君に襲い掛かってきた生徒達はお金で雇われてたんだってさ。とあ~る、ボッチャリ系のワガママお坊ちゃまのポケットマネーとやらでガッポリね」


 とあるワガママなポッチャリ系お坊ちゃま。

 最初こそ何のことやらとクロードは首をかしげていたが、次第に思い出す。


「あっ……」


 そういえば転校初日。挨拶がてらにイビリ散らした態度をとってきた上に返り討ちにあった小太りの生徒がいた。


「スカーレッダ君や別の生徒から、男子生徒を金で雇い、君を襲わせるよう命令した決定的瞬間など、証拠となる映像が次々と出てきた……私もまた、彼の口車に乗せられていたようだ」


 ジーン・ロックウォーカーもまた、小太りの生徒から一言聞かされていたらしい。

 男子生徒達の発言、そして突然この学園にやってきた生徒の謎多き経歴。


 調べていくうち、クロードの経歴には悪行らしきものが記録されており、そのことも相まって、小太りの生徒の話を鵜呑みにしてしまった。


「君を助けたのは、そこにいるスカーレッダ君だ。もう一人は……すまない。名前を出さないでほしいと言われてね」


 しかし、決闘を終えて数時間後。彼へ証拠品を渡しに来た生徒達がいたらしい。

 一人はその瞬間を最後まで目にしていたというアカサ・スカーレッダ。他にも一人生徒がいたらしいのだが……その人物は匿名により、名前は明かすことが出来ないのだという。


「本当にすまなかった。その一件に関しては、謝罪をさせてほしい」


 ジーンはしっかりと頭を下げ、謝罪する。


「……だが、やりすぎであったのも事実だ」

 謝罪、それとは別に、もう一つ“警告。

 ジーンがこの場にやってきた本題はもう一つ存在した。


「正当防衛とはいえ乱暴すぎる。人間相手に、魔法による加虐行為は決闘など神聖なる地以外では暴行として罪に問われる……今回のように、事実が事実であっても、相手の怪我次第では、君の退学処分はあり得た」


 今後、生活に難が出るほどの大けが。

 医療班の技術をもってしても復活は難しいレベルにまで傷を負っていた場合……“殺人未遂”として罪に問われていた可能性もあった。例え、その人物が学生であったとしても。


「何より、君はまだ分からないことがある……向こうの一件の事も、まだ詳しくは知らないんだ」


 今回の一件は正当防衛である無罪となったが、彼が向こうで行ったとされる“悪行”に関してはまだ真実が分からない。


 集めた情報では、誰もが言うに『クロード・クロナードが無実の魔法使いを殺しかけた』と口にするのだというそれ以外に情報がない。


「今後しばらくは、君は監査処分に近い立場となるだろう。君がこの学園にいられるかどうかは今後の行動次第だ……だから、今後どうするべきかはしっかりと考えてくれたまえ」


 こうは言うが、ジーンはこう思っている。


 “これだけ真っすぐな少年が、本当にそんな悪行に手を染めたのだろうか”と。

 今回の一件もほとんどが正当防衛だ。そして倒れる前に彼が発した言葉……向こうでの事件は、何か裏が隠されているのではないかと。


 何はともあれ、一件も一件なので、しばらくの間は様子見という事になる。

 変な行動を起こせば即会談。一発退学もあり得る立場であったことをクロードは警告されたのだ。


「余計な暴力は、自分の首を絞める。それを、覚えておいてほしい」


 そう言い残すと、ジーンは“届け物”をクロードに渡す。


「あっ……!」


 “ストール”と“魔導書”だ。

 新品同様に綺麗になったストールと、以前と変わらないままの姿の魔導書が返却されたのだ。


「上手く直せているか分からないが、大切なものなのだろう?」


 ストールと魔導書が彼の手に渡ったのを確認すると、ジーンはそっと背を向ける。


「……慣れない街、その上で更に肩幅の狭い立場であるかもしれないが」

 気の毒だと、ジーンは思ったのだろうか。

「この街は、君が抱いている印象よりは……暖かいぞ」

 彼の緊張を解く一言だけを残し、その場から去って行った。

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