第12話 戦いたくはないのですが

「アインとアリス。ちょっとあそこの木の裏に隠れてて」


「え? お兄ちゃんどうして? 何かあったの?」


 アインは親にひどくされてはいたが生まれ育ったのは王都だ。そのためアンデットの知識は少しあっても実際に見たことはない。


 それはアリスも同じでこの緊急事態に頭がついていってない。


「ヴィークくんそれより私は……」


「いいから早く!」


 アインの聞いたことの無いヴィークの緊張した声。ただごとでは無いと急いで木の裏に身を隠す。アインとアリスには何があったのか分からなかった。


「まさか本当にアンデットがこんなところにいるとはな。何が起きてるんだよ」


 出てきたのはまさかの死霊使ネクロマンサーい。アンデットの方でも下手をしたら殺されると言われるくらい強いやつで下級のアンデット、例えばスケルトンやゾンビなどを創り出す特殊技術があるかなり上位のアンデットだ。冒険者では遭遇した場合は撤退することもあり得る。


「なぜこんなところにお前のような上位のアンデットがいるんだ。ここら辺りのアンデットは昔全滅したんじゃないのか?」


 上位のアンデットには知能を持つ奴もいるのでこうやってヴィークは情報を掴もうとまずは会話をすることにした。


「……我の名はヤヴォル。我々は確かに全滅した。しかし偉大なるお方がまた我々を復活させてくれたのだ。そして我々は偉大なるお方の計画のために忠義を尽くすことを決めたのだ」


「あのお方とは誰だ。それに計画って何を考えている」


「それを貴様に教える必要はない。貴様はここで死ぬんだからな。皮肉だったな。我を警戒して大声で隠れるように指示しなければ貴様に気づくことはなかったのに」


「それはちょっと困るな。俺にはまだやりたいことがたくさんあるもんで。こんなところで死んでられないんだわ」


 ヴィークはマジックボックスから1本の剣を取り出した。刃渡り30センチくらいの短刀。白光のするとてもきれいな剣。ヴィークがある遺跡で見つけたもので、前まで持っていた剣がボロボロだったので予備として持っていた。もしテイトにバレたら奪われる可能性もあったからずっと使う場面は無かったけれど。


「まさかまだ戦わなければならないなんてな。勇者パーティーのメンバーでも、冒険者でもないのに。まぁ仕方ないか。身体強化エンハンスフィジカル


 ヴィークの身体が緑色に光った。身体強化の魔法で身体や人間の五感を強化することができる。ただこの魔法をヴィークがアンデットとの戦いの前線での戦闘で使用することはなかった。つまりそういうことで……


「行くぞ!」


 地面を力強く蹴って相手に向かう。ヤヴァスはスケルトンを自分の前に召喚した。スケルトンを倒すのに時間を掛けてさせてその間に魔法を使おうという戦法だ。


 しかしヴィークはそれをさせなかった。右手に持った短刀でスケルトンの首を次々と刎ねていく。それはまるで相手の急所を的確に攻撃するアサシンのよう。


 これにはヤヴァスも驚いた。さっき召喚したスケルトン20体が瞬殺されたのだ。このなんともなさそうな少年に。


 ヴィークは「完璧ななる魔法の使い手」の加護を持つが、この加護は剣技を強化するものではない。


 しかし、少ない魔力だけで戦線を戦い抜けるのは困難だったので、独学で剣を使えるようにしたのだ。その結果、短刀が1番良かった。


 アンデットを骨だけでできたポーンと言われるものと人間のような肉体を持ったリッチと人類は定義した。ポーンは首を刎ねるか身体を大破させることでその偽りの命は活動を停止する。リッチは人間みたいに傷を深く負えば消滅する。特殊能力があるのに結構身体自体は脆い。


「10体いて一体2秒と考えて20秒ってとこかな。まぁ追い出されて一瞬で腕が鈍るわけはないか」


 何かぶつぶつ言っていたがヤヴァスに聞こえることはなかった。


「さて、もう召喚しないのか?それとも、もう駒がきれたか?」


「くっ!」


 ヤヴァスは用意していた最大火力の火球ファイアボールをヴィークに向けて放った。大きな火の玉がヴィークに向かって飛んでいく。常人なら一撃受けたら恐らく死に至るくらいの威力がある。それをヴィークは避けることもせず直接受けた。直後に大きな煙が上がった。


「ふ、ふははは!あの小僧、我を馬鹿にしおってもう木っ端微塵で死んでおるだろう」


「お、お兄ちゃん!」


「ヴィークくん!」


 木の裏から隠れて見ていたアインとアリスが悲鳴にも似た声を上げた。膝を崩してそのまま涙を流し始めた。涙で地面が湿っていく。大好きなヴィークが居なくなってしまった。これからもっと楽しい時間を過ごせるって思ったのに。それが今の一瞬で無くなってしまったと思った。


「お兄ちゃん、お兄ちゃん!」


「私が無力だったから……サポート魔法を発動しようとしたのに身体が言うことを聞かなくて」


「あの男以外にまだ人間がいたのか、まぁいい。すぐに死なせてやる」


「それは無理だ。アインとアリスは俺が守るって言ってんだから。俺の大切なアインとアリスに手を出そうとするな」


 それはアインの後ろから聞こえたヴィークの声だった。聞き間違えるはずのない2人の大好きな人の声だった。

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