「もしもし、警察ですが」




 夜、いきなりの着信に、私は一度ネットカフェを出て再度かけ直した。




 「はい、なんでしょうか」私は警察からの電話が初めてだったので、少しびくびくしながら答える。そして、胸騒ぎばかりが心を揺さぶった。




 「えー、神奈川悠希さんでよろしいでしょうか」




 「はい、間違いありません」




 「そうですか……。突然で申し訳ありません。あなたの父の神奈川進さんがお亡くなりになりました」




 「え?」なんで?ついさっき会ったばっかりなのに。何故?私はどうしようもない恐怖感に震えた。




 「え、どういうことですか?だって私、ついさっき父に会ったばっかですよ。元気だったはずです」




 「いや。神奈川さん。落ち着いて聞いてください。進さんは殺されたんです。ええ、もう犯人も捕まっています」




 「殺された……」昨日の自分ならざまあみろと思ったかもしれない。だがさっき、父さんは父さんなりに今までのことを謝り、これからの自分の道を開けてくれた。そんな父さんが突然死んだ。殺された。私は息が詰まった。だが何とか声を捻り出す。




 「犯人が捕まったって。誰なんですか」私は訊ねる。電話越しに相手は、少しためらったように声をうねらせた。しかしやがて、呼吸音が聞こえて、それからゆっくりと言葉は発せられた。




 「あなたの、母です。神奈川優香です」




 私はその言葉に、何故か妙な納得感と、意味の分から無さで唇を噛む。母さんが、お父さんを殺した。




 理由は、なんだ?




 「そこで、申し訳ないのですがこれから警察署へ向かって欲しいのです。中央警察署までパトカーでお送りします。今、どちらにいらっしゃいますか?」




 私は小さな声で言った。




 「○○駅です」




 するとしばらくして、パトカーが来た。私は緊張しながらパトカーの後部座席に乗り込む。中には、運転手の警官と、助手席もう一人が乗っていた。私は挨拶すると、助手席の方が「忙しいところ、申し訳ありません。私は警部補の林です。よろしくお願いします」と言った。




 「いや、そんな。だってお父さんが亡くなったって」私はともかく第一に確かめたいことを口走った。すると助手席の警官が暖かいペットボトルのお茶を差し出してきた。




 「思うことも多々あるでしょう。でも、一旦落ち着いてください。じゃないとあなたも辛いでしょう」




 「……分かりました」私はそう言うとペットボトルのキャップを外した。




 警察署に着くと、私は真っ先に待合室へ通された。




 「それでは、軽くあなたの行動履歴、と言いますかね。今日どうなされたか教えて貰えませんか?」林さんが言った。




 「今日、あ、今朝は○○山の麓のホテルでですね、ちょっと泊まっていて、お昼は街の駅にいって買い物をしました。それから、一旦実家によろうとして……」私はそこで一旦言葉を区切った。




 「そして、お父さんに会いました」




 「進さんにあったのですね」




 「はい……」私は下を向く。少しの沈黙が流れた。




 「それで、進さんとは何を交わされたのですか?」




 私はどう返せば良いかを悩む。しかし、素直にさらけ出すしかないと思った。




 「決別、の話です」




 「決別?」林さんは不思議そうに訊ねた。




 「まあ、絶縁しようって話だったんです。私事ですけど、私、両親に食事代と料理作りを無理強いさせられていたんです。それで、いくらなんでもあんまりだったので、絶縁して生きていこうと思ったんです。そしたら家の近くでお父さんにあったんです」




 「そうですか。それで進さんはなんと?」




 私はぐっと手のひらを握ると、震える感情を押さえながら言う。




 「土下座して、謝ってきました。お母さんに隠れて私名義のクレカにお金を貯めてくれていたようで、それと一緒に、ごめんと言っていました」




 「そうですか……」すると林さんは少し難しそうな顔をした。それはそうだ。私が父に絶縁を言いつけた瞬間、父が母に殺されてしまったのだから。




 はっきりいって意味が分からない。私は何故だろうか、と様々な憶測を立てる。だがそれはいくらなんでもデタラメなものばかりで、結局、意味が分からないと言う結論に至ってしまった。




 参ったように私は目の前の机に突っ伏す。すると林さんが「大丈夫ですか?」と聞いてきた。




 「大丈夫です。大丈夫ですけど。母はいまどこにいるんですか」




 「地下の留置場ですけど……。会いますか?無理はしなくて良いですが」




 じわりと汗が滲み出てきた。怖いと言う気持ちが大きいようだった。けれど、今日、私は決めたんだ。




 決着をつけると。


 もう私はひとりじゃないから。

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