第108話 涙の再会

 ヨーリーはあのみなもとの為朝ためともの実の息子、源為頼ためよりだった。


「何で父親に殺された話をした後で、そんなに笑えるんだよ。こっちがどう反応していいか困るんだけど」


「200年も前の事だからね。それに、父上が20年前に現れた時から、ようやく父上を成仏できる可能性ができたから嬉しいんだ。まあ、その可能性と言っても、お兄さんたち頼みなんだけど……」


 苦笑いをして頭をかいているヨーリーの隣で、師匠がお願いをしてきた。


「実は、ヨーリーも住民票を記入しておらず、ニライカナイから脱出することができるのだが、うんじゅなーあなた達が現世に帰るときに連れて行ってくれないか?」


「ちょっと待ってください! ヨーリーは200年も捕まらずに、ニライカナイで暮らしていたってことですか?」


 ヨーリーが思い出し笑いをしながら説明してくれた。


「拙者の魂が自分の身体から離れてすぐ、このニライカナイに吸い込まれるように送られた。そしたら、直ぐにグソーあの世兵が近づいて来たんだけど、幼かった拙者はおびえてしまい、その場から走って逃げたんだ。そして、たまたま入った家が神の盲点で、ヒヌカン火の神が仕事を怠けて遊んでいたんだよ」


 ヒヌカン火の神は、サボっていた事が一番偉い神の耳に入れば大変なことになるからと、子供相手に必死に口止めしてきたが、幼いながらもしたたかだったヨーリーは、とりあえず自分の命令を聞くことを条件にした。


 その後、ヒヌカン火の神の仕事が現世の情報を集めて一番偉い神に伝える事だと知ったので、為朝ためともの情報も収集させていた。

 しかし、ニライカナイに為朝の魂が現れることはなかったが、20年前にやっと情報を得ることができたという事だ。


「ヨーリーの事はわかったんですけど、グソーあの世兵のおかしらである師匠さんが、どうして手を貸しているんですか? 神ではないのですよね?」


 うなずいた師匠が答えようとしたが、ヨーリーが止めに入った。


「ダメダメ! 楽しみはとっておかないと。それじゃあ、答え合わせのために、師匠の息子さんと剛さんがいるところまでみんなで行くよ!」


「はあ……何がわんよりも長死にだ。200年たってもわらばー子供のままじゃないか。まあいい、せがれとの感動の再会を期待しようかの」



 俺たちはヨーリーの案内に従い、複雑な道順で進んで行く。こうすれば、神に居場所を悟られずに済むらしい。

 そして、グソー兵が待機するための、交番の様な小屋に到着した。


「ここも神の盲点だから大丈夫。さ、入って入って!」


 ヨーリーに背中を押されて中に入ると、剛のほかに見知った人が立っていた。中に入った順で名前を呼ばれる。


「シバ! ナビー! 琉美!」


 ナビーは驚きと喜びで俺を押しのけて前に跳び出した。


巴志はし王! 何でくまーにここに?」


「なんてことだ! ワシのせいで……わっさいびーんごめんなさい。わっさいびーん……」


 尚巴志しょうはしは泣き崩れ、地面に額をこすりつけて謝ってくる。

 その後ろの剛は、絶望的な表情で固まってしまった。


 どうやら、俺たちが死んでしまったから、ニライカナイに来たのだと思っているようだ。


「何しているんですか尚巴志王! 頭を上げてください。俺たちは死んでいないので、悲しむ必要はありませんよ。剛さんも安心してください」


 尚巴志はゆっくりと顔を上げて、目の前で片膝をついていたナビーの手を握った。


「本当だな! 死んでいないのだな!」


 その時、遅れて師匠が中に入ってくると、尚巴志に声をかけた。


「サハチ、あんしみーどぅさんや久しぶりだなわんと同じくらいの、おじーになっているさー」


 サハチとは尚巴志しょうはしの童名で、その呼び方をするという事は、師匠は尚巴志の父親という事みたいだ。


たーりー父上! どうしてナビーたーと一緒に?」


はっさよーあきれた! わんとの再開には涙を流さないのか? 感動の再会を期待していたのだぞ!」


わっさいびーんすみません。もちろん嬉しいですが、ナビーたーが無事だという事には勝てませんよ。やしがだけどたーりー父上がグソー兵のお頭をやられていると、ヨーリーに聞いていたので、息子として誇らしいと思っていました」


「サハチも別地区のお頭をやっているのだろ? 流石、わんの子やっさーだな


 尚巴志と師匠は穏やかな表情で抱き合い、親子の再会をした。

 それを見たヨーリーは、空気の読めない発言をする。


「感動的な親子の再会だけど、はたから見るとお爺ちゃん同士が抱き合っていて、ちょっとあれなんだけど……」


 目をうるおしていた琉美が、ヨーリーの発言に激怒した。


「余計なこと言わないでよ! 私は感動していたんだからね!」


「そうだね。悪かったよ」


 ヨーリーは寂しそうな顔で琉美に謝った。

 もしかすると、師匠と尚巴志の父と子の関係が、自分と為朝の関係とあまりにもかけ離れすぎて、思うところがあったのかもしれない。


 琉美もヨーリーの表情から何かを感じ取ったのか、気まずそうな顔をしている。


 すると、ナビーが空気を換えるように師匠に疑問をぶつけた。


「それじゃあ、師匠って言うのは巴志王の父で中山王だった、尚思紹しょうししょう王の思紹ししょうだったってことなんだねー。最初に言ってくれたら警戒しないで済んだのに、何で隠していたわけ?」


「ヨーリーがな、うんじゅなーあなた達とサハチが再開するときの、驚く反応を見たかったんだよ。わんは、ナビーには名乗りたかったのだが、仕方なく我慢していたのだ」


「何で私に?」


 尚思紹ではなく尚巴志が満面の笑みで説明を始めた。


たーりー父上は、あかんぐゎー赤ちゃんのナビーを死ぬ直前まで可愛がっていたからな。確か、亡くなったのは2才くらいだったかねー。立派になった姿を見て、名乗りたくてうずうずしていたと思うぞ」


 尚思紹しょうししょうは優しい笑みを浮かべ、ナビーに向かって両手を広げた。


「ナビー、こっちに来てくれないか」


 ナビーは俺たちに見られていることを気にしながらも、尚思紹の懐に入り抱きしめられることを許した。


「あんなにぐなぁ小さいだったのに、今や琉球を第一線で守っているのだよな。成長した姿を見ることができて、本当にうれしいさー」


 すると、尚巴志がナビーを奪って抱きしめた。


たーりー父上だけずるいさー。今度はワシが……」


「えー! 離して!」


「この機を逃せば2度とできないだろうから、絶対に離さない!」


 ナビーはもがいているが、力強く抱きしめられているので離れられないようだ。


「もう、好きにしなさい……」


 尚巴志と尚思紹は、あきらめたナビーを思う存分で始める。


 ナビーたちはほっといて、こっちは剛と話し合うことにした。


「俺たちは、剛さんのマブイを連れ帰るために、ニライカナイまで来ました。だから、一緒に帰りましょう」


「どうして、こんな危険を冒してまで、僕なんかを助けに来たんだ?」


「どうしてって言われても、助けられるのは同じ世界の人間の俺たちだけみたいなんですよ」


「違う、そうじゃなくて。僕は君たちを襲ったんだぞ?」


「そうですね。でも、ナビーは、剛さんがこんな風になってしまったのは、自分がマジムン魔物退治に関わらせたせいだと、責任を感じているみたいなんですよ。ナビーが剛さんを助けたいと思っているから、俺たちはここに来ただけです」


 琉美が俺の話の続きを伝えた。


「私たちは、剛さんを助けるために来たんじゃなくて、ナビーを守るために来たんです。だから、私とシバには引け目を感じないで下さい。その代わり、ナビーの助けたいという想いに答えて欲しいです」


 俺と琉美の言葉を聞いて、剛はしばらく黙っていたが、覚悟を決めた顔つきになった。


「正直に言うと、僕はそのまま死んでもいいと思っていた。一緒に帰ろうと言われても、そんな気になれなかった。でも、僕に何かを選択する権利はもうないのかもしれない。それが、僕自身の事だとしてもね……これで僕の罪が消えるとは思っていないが、これからは君たちの指示に従うことにするよ」


 ナビーは尚巴志と尚思紹から逃れてきて、剛に言い切った。


「剛を元の世界に返さないと、私の気が収まらないわけよ! だから、絶対に生きて帰りなさいよ!」


「ごめん……本当にありがとう」


 すると、ヨーリーが手を叩きながら話を割った。


「そっちの話はまとまったみたいだね。それじゃあ、アマミキヨ様とシネリキヨ様の救出の話を始めてもいいかな?」


「え!? 救ってほしい神って、アマミン様とシネリン様だったのか?」

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