第18話 大量発生の原因

「キャッ!」


 思わず悲鳴を上げてしまった。

 数分前、ビルの屋上から落ちたはずだったのに、なぜか今は目の前で不愉快な滝を見せられている。


「シバ! 大丈夫ね!? 体調悪かったのか?」


「体調の問題じゃなくて、もらいゲロ体質なんだよ……んぐっ。なんかこの辺り匂うから……ってごめんなさい。嫌なもの見せてしまって……」


 ……あれ!? 私からの匂いだと気が付いていない? これなら、はぐらかせそうかも。


 私の口臭がとどいて感づかれないように、少し距離を置いて気を付けながらしゃべった。


「だ、大丈夫ですよ。この近くって居酒屋とか多いじゃないですか。その辺に酔っ払いが吐いたのかもしれませんね、ははは……」


「確かに、そうかもしれませんね。でもさすがに、歩道の真ん中にこれはいけないよな……ナビーたちは先にあっちを助けに行ってちょうだい。俺は、これを片付けて行くから」


「そうだね。そのソーメンチャンプルーチャンプルー片付けたら、急いできてよ。また、いつマジムン魔物が出てくるかわからんから、警戒しないといけないからさー」


「わかったけど、食ったものは言わなくていいわ! しかも、チャンプルーで表現するな!」



 シバと呼ばれている男性を残し、私とナビーと呼ばれている女の子は、倒れている5人のもとに急いだ。

 夏生なつきから治してほしいとお願いしたが、倒れたのが最後なので治すのも最後だと言われた。

 ナビーは他の4人のうち、スーツを着た40代くらいの男性の横に座って、仰向きにさせた。


「今からマブイグミという、身体にマブイを戻す儀式みたいなものするから、よく見といてね」


「マブイ……? なんですかそれ」


「あんた、マブイわからないわけ? うちなーんちゅじゃないの?」


 ……あれ? マブイって、沖縄出身なら知ってて当たり前の物なの? 


「うちなーんちゅですけど……」


「まあいい、マブイとは魂のことさー。さっきいっぱいいた奴らは|マジムンと言って、人の魂を落とす魔物だわけよ。マジムン魔物が落としたマブイを、身体に戻してあげるのがマブイグミって言うから覚えといて」


 倒れている男性の胸に両手をあてがい、目を閉じて何かをつぶやき始めた。


マブヤー魂よマブヤー魂よウーティキミソーリ追いかけておいで。マブヤー、マブヤー、ウーティキミソーリ……」


 何度か同じ言葉を繰り返すと、男性が目を覚ました。


「よし! 次は隣のおばさん」


 目が覚めて、何が起こったのかわからずに焦っている男性を気にも留めず、隣で倒れている50代くらいの女性にマブイグミを始めた。

 ナビーは他にも、若い女性2人をあっさりと治してしまった。

 目が覚めた人達は、何があったかわからず混乱しているようだったが、こちらを怪しみながら去っていく。

 最後は夏生の番だ。

 これでやっと安心ができると思っていると、突然不安になることを言われた。


「最後は、あんたにやってもらおうね」


「えええええ!? やれって言われてもできませんよ!」


「大丈夫! 私が一緒にやって感覚をつかませるだけだから。うり、うり」


 流されるように夏生の胸に両手をあてがうと、その上からナビーが手をのせた。


「始めに、この身体にセジをまとわす」


「セジ?」


「霊力のことで、誰にでも大なり小なり持っている力のことだね。マジムン魔物が見えるならセジ霊力も感じることができるさー」


 自分の手を伝って、ナビーの手から見えない水のようでもあるし、風のようでもある何かが流れていく感覚があった。


「何か流れている……」


「これがセジ霊力の感覚だから、覚えといてよ。それから、近くにあるはずのマブイに、ここにあなたの身体があるよと教えてあげるから、私が言うことを真似して」


 ナビーが目を閉じたので私も目を閉じると、暗闇の中に青白く人をかたどったもやを確認した。

 夏生にまとわせたセジ霊力が、離れたマブイに対しての目印になるということなのだろう。


マブヤー魂よマブヤー魂よウーティキミソーリ追いかけておいで。マブヤー、マブヤー、ウーティキミソーリ……』


 何度も聞いていたので、ナビーと同じタイミングで唱えることができた。

 暗闇の中に白く輝く光の玉が、浮いた状態でユラユラとこちらに近づいてくる。

 必死に唱え続けると、光の玉が青白いもやの体に入っていった。


「もう大丈夫だから、起こしてあげて」


 目を開いて手を離すと、夏生が目を覚ました。


琉美るみ? あれ? 何で私、寝ているの?」


 混乱している夏生を起こして、思い切り抱きしめていた。

 夏生が大丈夫だと確認したら、安心して涙が止まらなくなった。


「どうしたの琉美? また気持ち悪くなった?」


「ううん。それはもう大丈夫だから。それより、無事でほんとによかった……」


「あっ! そういえば、倒れている人達はどうなったの?」


「みんな起きあがって、もう行っちゃったから大丈夫だよ!」


 立ち上がった時、シバが片付け終わってこちらに来ていた。


「もう終わったのか……あっ、親友助かってよかったですね」


「はい……」


 急に男性に話しかけられたので、夏生が困惑気味にきいてきた。


「そういえば、そちらの女の子もだけど、琉美の知り合いなの?」


「うん! 私たちの命の恩人だよ! で、これから私は、この人たちの仲間になるの! だからもう、夏生に心配かけないで済むのよ」


「はい!? ねえ、琉美、大丈夫? 何が何だか知らないけど、もう少し考えたほうが良いんじゃ……」


 夏生が言いたいことはわかる。親友が初対面の怪しい2人組と、急に仲間になると言われたら流石に止めたくもなる。

 だけど、流れで夏生を治すことが条件みたいになってしまったが、そもそも自殺を防いでくれたうえに、親友を助けてくれたので、私を必要としてくれているこの人たちに、恩返しがしたいと思っている。


「この人たちは、私のこれまでの苦しみを解決してくれる希望なのよ! だから、夏生には受け入れてほしいの!」


 ナビーが横から付け足してきた。


「私たちを面倒見てくれている人は、議員だから大丈夫よ。悪いようにはしないさー」


 夏生はまだ、不信がったままだ。


「その議員って誰なんですか? 議員って必ずしも信用できる人たちじゃないですよね?」


「あり? 議員って、みんないい人じゃないの?」


 興奮気味で話を聞き入れる様子のない夏生を、シバがなだめてきた。


「すみませんが、部外者には名前を簡単に教えられません。迷惑がかかるんで。まあ、今すぐにってことじゃないから、ゆっくり話し合ってください」


 私だけには内緒ということで、こっそりとその議員が美魔女県議会議員の古謝花香こじゃはなかだと教えてもらった。

 まさか、あの有名な人だとは思いもしなかったが、働く女性のあこがれ的な存在なので、会えるなら会ってみたいと思った。


 今日は、連絡先だけを交換して帰ることにした。

 夏生は機嫌が悪いままで、私が何と言っても怪しい、怪しいと疑ってばかりだ。

 一度、偽者ユタにだまされたので、異常に警戒しているのだろう。

 だけど、あの人たちは本物だ。どうにかして夏生を説得したい。


 家まで送ってもらうと、そのまま夏生を部屋に連れて行き、私があの人たちの仲間になりたい理由を、しっかりと伝えることにした。


「今日ね、私が気持ち悪くなって吐いたでしょ? その時、人が倒れていた場所に、今まで見たことがない数の変な生き物が見えていたから、気持ち悪くなって吐いたのよ。そのあと、夏生は助けようとしてそこに向かったじゃない?」


「そう! そしたら、なぜか倒れていた。なんだったのあれ?」


「私が見える変な生き物に触れたら、魂が身体から出ていくんだって。それで、夏生は倒れたんだよ……それを見た私は、もう耐えられなくなってしまって、自殺しようとビルの屋上から落ちたのよ」


「え……!? 自殺って、琉美! ふざけないでよね!」


 夏生は怖い顔で怒ってきたが、私はそのまま続けた。


「ふざけてなんていない! 私は本当は死んでいたはずなの。だけどね、あの人たちは、空中にいる私を不思議な力で助けてくれたのよ!」


「……」


「あの人たちは、私しか見えていないと思っていた変な生き物と戦っていて、倒れた人を治せると言った。だから、私のほうから夏生を治したら仲間になると言って、お願いしたのよ。だから、わかってちょうだい!」


 真っ赤になっていた夏生の顔が、血の気が引いたように真っ青になった。


「……それって、私のせいじゃん……」


「違う! 違うよ! 夏生のおかげなんだよ! 今日、連れだしてくれなかったら、私は一生、普通の生活ができなかったと思うの。それにね、これまでも死のうとしたことはあったんだけど、踏みとどませてくれたのは、私を見捨てくれないでいた夏生がいたからなの。だから、自分のせいって思わないで、自分のおかげで親友の生きる道ができたって思ってほしいの!」


 夏生が涙をこらえきれずに泣いていたが、泣き顔を見られたくないのか、染めたばかりの金髪で顔を隠して何も言わないでいる。

 その姿を見て、こみあげてきた感情に身をゆだねながら、夏生を抱きしめると夏生も抱きしめ返してきた。


「夏生、いつもありがとうね!」


「わかったわ琉美。琉美が決めたことだから、それを邪魔はしない」


 私の両肩をつかみながら突き放した後、真剣な顔をして宣言してきた。


「だけどね、怪しいと思ったら、直ぐ言いなさいよ! 私がらしめるから!」


「ふふ! その時はお願いね!」


「琉美……歯、磨いてきな」





「……もう大丈夫そうだね」


 女性2人と別れて30分。

 またこの場所にマジムン魔物が大量発生する可能性があると思い、様子をうかがっていたが心配なかったようだ。

 なので、これからは大量発生の原因を突き止めることにした。

 街にマジムンが現れる原因で、考えられる要因は2つある。

 1つ目は、石敢當いしがんとうの魔よけの効果が利かないほど、強いマジムンが現れること。2つ目は、何らかの要因で、石敢當いしがんとうの効果がなくなってしまうことだ。

 1つ目ではないと、俺とナビーの意見が一致した。なぜなら、数は多かったものの、一体ずつが特別強いわけではないと感じたからだ。


 2つ目の原因に目算をつけて、とりあえず周辺の石敢當いしがんとうを調べまわることにした。

 この付近の筋道で、突き当りや曲がり角を探し回ると、合計15基の石敢當が粉々に壊されていた。


「何でこんなことに……? 子供のいたずらってわけでもなさそうだけど……」


「これは、意図的にやったに違いないさー。それに、いくら石敢當いしがんとうを壊したからといっても、1か所にあれだけのマジムンが集まるわけないし……」


「国際通りの1か所に集めるために、わざと石敢當を壊して安全な場所を確保し、その上でマジムンを連れて来て、暴れ回らせたことになるな。これって人間が関わらないとできないことじゃ?」


「そうだね……生き物由来のマジムンができるわけないから、多分、アマミキヨ様たちが言っていた、異世界琉球から来た人のマジムンの仕業なのかもしれないさー」


 人のマジムン魔物

 まだ見たことはないが、想像だけでも恐ろしいことはわかる。

 今まで戦ってきた生き物由来のマジムン魔物たちは、その生き物の特徴の強化だったり、連想されるような技を使うくらいなので、まだ戦いやすいほうだが、人のマジムンとなると、力に加え知恵を使った駆け引きなども出てくるだろう。

 それに、今回のように、自分が戦わずに裏で策略を練ることもあるので、やはり、人のマジムンは厄介だと感じた。


 壊れた石敢當いしがんとうの欠片をもって、ナビーにきいた。


「この壊れたやつはどうしたほうが良いのかな?」


 その時、背後から若い男性の大きな怒鳴り声が聞こえた。


「おい! お前がやったのか!」

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