【1章 美しき労働】『ラブ&ピース』

 今日も結局湯船にはありつけず、シャワーだけ浴びて自分の部屋に戻った。

 四六時中ついてくるドロシーだけど、夜の九時になるとすっかりおねむちゃん。思いっきり朝方で、ヴァンパイアに向いてないお嬢ちゃんだ。

 おれはお姫サマを部屋にエスコートして寝かしつけ、「おやすみなさい」と呟いた。

 しっかり鍵をかける。指さし確認、オッケー。

 これでドロシーは入ってこれない。早寝早起きのドロシーちゃんは、朝7時には来やがる。

 吸血の機会を狙ってやがんだ。

 おれを、ケンゾクとやらにしたいらしく、飽きることなく熱烈ラブコール。

 吸血鬼なんてなってたまるか、はは。

 おれの部屋はシンプルだ。目立つのはキングサイズのベッドくらい。キャンディの手入れのおかげで、ベッドのシーツはシワ一つない。

 テーブルの上に3通、封書が置いてある。これはおれへのラブレター。今日は少ないな。

 んじゃ、一気に紹介しよう。

『人格をねじ曲げる治療法。こんなやり方で良心が痛まないのか!』

 30代、自営業の方から。

『死ね』

 50代、主婦の方から。

『ひとごろし』

 10代、学生の方から。

 どうもありがとう。みなさん、立派なご意見をお持ちだ。

 こうして毎日毎日、熱烈なラブレターが届く。だ。

 おれから言わせりゃ、こいつらの神経の方がどうかしてる。恐ろしいことに、こいつらは被害者どころかその関係者でもないやつらなのさ。

 正義の味方気取り。

 自分は正しいことをしていて、悪いやつおれらならいくら傷つけてもいいって勘違いした、想像力貧困な愛すべき一般市民。もしおれがこの言葉を苦にして自殺でもしたら、どうお考えになることやら。

 ……ま、言いたいやつには言わしておけばいい。この治療は必要なんだ。

 ふぁーあ。

 おれは大きくアクビをして、その「ラブレター」をビリビリに破り捨て、宙にばらまく。悪意の固まりの雪じゃあ、雪合戦一つ出来やしない。

 まったく、いつまでたっても眠くならねぇ。もう日は跨いでいるのに体中が疼いて止まらない。りんごのパイの続きを食べ、再びベッドにもぐる。

 明日は、なにをしようかね?

 なんだってできる。おれには金も女も時間も、なにもかもがあるんだ。

 最高で完璧な美しき生活。

 ただもちろん、これで満足はしていない。

 おれは、国を変えたいんだ。いや、世界を。

 外の世界に出れないおれにとって、塔の外の世界は全て他人事だ。だからこそ、まるで神様みたいな気分で、世界を変えてみたいって思うんだよ。

 暇つぶしなんだ。

 おれはこの空間から、てんやわんやになる世界を見つめる。

 ただ、悪いようにする気はない。おれのやっていることはきっと、いい方に世界を変えていくんだよ。きっとね。

 ラブ&ピース。

 おれは正しいことをしている。

 世の中のやつらに、わからせてやる。

 おれは有名になるだろう。教科書に載っちまう。世界を動かした、人間として。

 電気を消してベッドに寝転がる。少し肌寒い。そろそろ毛布を出した方がいいかもしれない。

 目を瞑った。嘘みたいに眠気が襲ってきた。明日も昼から起きればいい。

 粘つくような白い睡魔に、そっと脳みそを預けちまおう。

 羊が1匹、羊が2匹。

 更生されるべき極悪犯罪者迷える子羊ども――連続殺人犯のジジイなんかが、健気に柵を飛び越えるところなんかを想像して、眠りにつくんだ。


 ……あ、そーだ。そういや言い忘れてた。

 寝る前に一応、言っとくよ。


 実はおれ、アンドロイドなんだ。てへ。

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