第54話:湯たんぽ

 俺は異世界に長く滞在することにした。

 日本と異世界を行き来していて、季節がずれるのが嫌だったのだ。

 日本が春で異世界が冬ならまだ我慢できるが、夏と冬では体調が狂ってしまう。

 いや、春と冬でも体調が悪くなりかねない。

 神の力を分け与えれているとはいえ、現実に心身症になったのだ。

 日本と異世界で2度も春病にはなりたくない。


 だが異世界に長くいると、見たくない物を見てしまう事になる。

 石姫皇女と俺は常春の境内で過ごすことができる。

 だが氏子村の者達は、雪深い季節を寒さに耐えながら暮らすのだ。

 巫女衆に寒くないかと尋ねたら、俺が買い与えた防寒具を嬉しそうに抱きしめる仕草をして、これがありますから暖かいですという。


 だが俺にはどう見ても寒そうに見えてしまうのだ。

 お節介かと思ったが、氏子村を見て回った。

 氏子衆が、俺の支援で暖炉や囲炉裏の燃料の心配がいらないとうれしそうにいう。

 巫女衆だけでなく若衆や自警衆も防寒具のお陰で大丈夫だという。

 そう言われても俺には寒そうに見えてしまう。


 掘っ立て小屋に住む、氏子衆よりも貧弱な防寒具の奴隷希望者にも聞いた。

 暖炉はないが薪ストーブがあるから大丈夫だという。

 毛布があるから夜寝る時も以前のように凍えなくてすむと言われた。

 嬉しそうに感謝を込めて言われると、どうにもいたたまれない。

 もっと何かしてあげられるのではないかと思ってしまう。


 俺の子供の頃は、練炭の掘り炬燵や豆炭あんかだった。

 だがあれは火事の原因になるし、低温火傷の可能性もある。

 この雪深い季節に家が火事になることだけは絶対に駄目だ。

 今の日本には充電式の電気湯たんぽや電気あんかがある。

 ベンジンを利用したカイロという手もある。

 だがこの世界に持ち込んでも維持するのが難しい。


 結局俺は湯たんぽを買い与えることにした。

 湯たんぽなら森で切り出した材木を使って湯を沸かせばずっと使える。

 燃料として使う薪代も、本来なら馬鹿にならない負担だ。

 だが氏子村には石姫皇女と俺という非常識な存在が現れた。

 最初に無償で一人数十羽の廃鶏を分け与えておけば、繁殖させる事で普通の生活を維持できるようになるかもれないのだ。


 溶融亜鉛メッキ鋼板製で2・5リットルのお湯が入れられる、専用袋付きの湯たんぽ2400円を、5000個買って1200万円使った。

 彼らにお金を使うのはいいのだが、石姫皇女のためにもお金を使わなければいけないのは、どうにも複雑な心境になる。

 出張料理人を自宅に呼んだり食べ歩いたり、食材をネット購入したりして150万円使っていたので、残金が2億1450万円になっていた。


「広志、こっちで長く過ごすというのなら、覚えたイベリコ豚料理を作るのじゃ。

 難しい事は言わん、香辛料を利かせた厚切りロースを焼くのじゃ。

 骨付きのスペアリブにカレー粉を振って焼き上げるのじゃ」


 石姫皇女は本当に我儘だな

 だがそれなら俺にも作れるし、俺も食べたいからいいか。

 

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