第50話:間者
「さて、氏子衆の結束が固まったら、間者を始末するかのう」
石姫皇女のそのひと言で、地獄の釜が開いた。
奴隷希望者の中にスパイ密偵がいる事は誰の目にも明らかだった。
その不安が俺の心を蝕んでいたのも確かだ。
多分だが、覚えている以上の悪夢を見ていたのだろう。
黙ってライラが夜伽してくれる日数が増えていた。
ライラが添い寝できない日には、他の巫女が黙って夜伽してくれそうになったが、それだけは精神力を総動員して断っていた。
「ふん、ふん、ふん、今から楽しい間者狩り。
嬲り殺しにしてやろう、本人家族に主人一族、神の力で天罰じゃ。
一族郎党皆殺し、血統絶えて滅ぶのみ」
なんと言っていいのか分からない歌詞の唄を、実に楽しそうに歌いながら、石姫皇女は奴隷希望者の掘っ立て小屋を巡っていた。
石姫皇女と俺の周囲には、完全武装に自警衆がいる物々しさだ。
何度もの襲撃で氏子衆が得た武具は、領主の正規兵や優秀傭兵団に匹敵する。
しかも鉄剣や鉄盾だけではなく、鋼鉄製の斧まで持っているのだ。
最初は石姫皇女や俺が神だという事に確信が持てなかったのだろう。
また長年スパイとして活動していて、自分の演技力に自信があったのだろう。
全スパイが、石姫皇女の歌を聞いても逃げることなくとどまっていた。
それが彼らの運命を決し、俺の心に大きな負担を与えることになった。
ずっと人間の歴史を見てきた石姫皇女に手心などありはしない。
「この者は領主の間者で、雪深くなってからそりで奇襲する領主軍を手引きする事になっておった、極悪非道な大嘘つきじゃ。
もう心の中は読んだから生かしておく必要はない。
下手に生かしておいたら火をつけて逃げるから、危険を少なくするためにこの場で首を刎ねて殺してしまえ」
その後の事は、何も思い出したくはない。
見せしめのために情け容赦のない厳しい処分が下された。
この地の領主はもちろん、近隣の領主もスパイを送り込んでいた。
予想通り多くの商人もスパイを送り込んでいたが、石姫皇女が心を読めることを理解しているアルフィは送ってこなかった。
「この者は、わらわや広志が本当の神か確かめるために送り込まれた間者じゃ。
村に被害を与える事も、村人を傷つける事も禁じられておる。
まあ実害はない奴じゃが、そのままというわけにもいかん。
特に厳しい重重労働を課しておけ、逃げようとしたら主人に呪いをかけてやる」
村人を傷つけないタイプのスパイは、その場で殺されずにすんだ。
だが、破壊工作員や引き込み以外のスパイでも、許されない者もいた。
「こやつも、わらわや広志が本当の神か確かめるために送り込まれた間者じゃ。
だがこやつは心が卑しく、盗みや強姦を企んでおった。
このようなモノを野放しにしておいては、村のためにならぬ。
この場で殺すのじゃ、広志が吐こうが倒れようが遠慮するな」
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