27.アルトリウス列伝——ローマ人老医師と蛮族令嬢の奮闘 水狗丸さん作
川沿いの桜並木の桜がひらひらと舞っている。
今は満開という訳ではないが、夏に備えてしっかりと芽吹いた緑の葉と、その葉に譲るようにして落ちる薄桃色の花弁の甘い香りがする。信号待ちで目の前にひらりと落ちれば自然と目が花弁を追う。
春だ、とそこで俺は感じるのだった。
「で、春なのにまだ冬服を着てる事にそこで気が付いたと?」
啓馬は半分が呆れも入ってるように笑みを浮かべては俺の話を聞いていた。
そうなのだ。そこで漸く、俺は周りが半袖も着ている人が居る事に気が付いたのである。とは言え、その日の朝はまだ寒さも残ってはいたからセーフだ。昼間は暑くて堪らなくなったのだけど。
「いい加減、衣替えしないとなぁ……あぁ、やる事が沢山だ。忙しい、忙しい」
「忙しいのは良いけど、最近は連載作の更新もレビューも止まってるじゃないか」
その言葉にぎくり、と俺の背は氷を突然入れられたように伸びた。啓馬の視線はどことなく俺を責めるようなものである。
「という事で、今日はレビューの日」
「……分かったよ」
確かに春もあってか昼間も眠いわ、やる事は溜めてしまうわで、気が緩んでいると言われても仕方がない。肩を回して、スマホを取り出して、いつもの読む姿勢に入る。
今日レビューするのは、水狗丸さん作、『アルトリウス列伝——ローマ人老医師と蛮族令嬢の奮闘』だ。
「……拓也、なんか今日えらく時間かかってないか?」
「ん? あぁ、読み直す箇所が多くて」
「ほーん。で、感想は?」
「ステーキみたいな小説」
「ステーキ?」
俺の言葉に啓馬は食い気なのか単純な疑問なのか首を傾げた。
「厚い文章っていうか重量感がある。歴史小説って言われると確かにピッタリな文章なんだけど……でも分厚過ぎて『これは読者が十分に噛み切れないんじゃないか』と思ったかな。って訳で今回はメモに書くけど」
そう言って俺はメモを取り出す。とは言っても、全てを書いていくのはめんどくさいのでパソコンのメモ機能を立ち上げていくのだが。感想を打ち込んでいく事にした。
【あらすじ】
舞台はローマ帝国。花嫁修行の一環である家事や機織りには一切の関心を示さない、そんな変わり者の娘を屋敷に訪れた医師が母親から頼まれ、弟子兼娘として引き取る話、というのが大体10000字。当時の風習や屋敷、庭園の様子などは事細かに記されている。
【気になる点】
『
レモングラス、ゼラニウムなどなぜか花や草の種類はカタカナと漢字のバラバラな字があり一見すると統一感がなく、カタカナで統一した方が読み易い気がする。
『半円椅子』とかも、わざわざ出すより『椅子』とか『スツール』で良い気がするし。『
主人公の老人医師が訪れるきっかけとなった戦争の話も結構目が滑る。俺が作者の知識量に追い付かない事もあって、ローマの状勢より少女と老人の話が気になったのだが、情景を描く事を中心としており物語の進行自体はとてもゆっくり進んで行く。そのため10000字以内でローマの勉強は出来ても、ストーリーは進んでいないように思えた。
【良い点】
先ほども書いた通り、参考資料の多さもあってか当時の様子が事細かに描かれているのが分かる。だからこそだが、その細かい所にも熱を入れる情熱が『読ませる工夫』を勢いよく削いでしまっているというか、読者に対して『情報を全て知ってる前提』で読ませているような、率直に申し上げてかなり読み進め難い作品となっているのが非常に残念だった。
庭園を整備する奴隷、屋敷の様子、香草がどのように薬に使われていたかなど、そこに作者の情熱が感じられる点も多い。作者がどれだけローマが好きかはよく伝わる作品だと思う。上記の点さえなければなぁ……と思った所も多いが、それの抜きにすれば重厚な歴史小説を読みたい人向けではないだろうか。
書き終わったところでパソコンの画面を見せる。一通り読んだ啓馬は、笑みを消して代わりに顔をしかめて見せた。
「相変わらず手厳しいなぁ、雰囲気重視になるとルビ振りとかそういうの含めて、舞台を整える事もあると思うんだけど?」
「それでも統一感の無さが気になってしまうかな……俺の知識がない、っていう点を踏まえても」
「歴史小説って難しい字が多くないか?」
「うーん、専門用語を使う場合もあると言えばあるけど、その場合の回数って結構少ないというか……漢字なら緊張した局面で使ってある場合もあったと思うけど、基本的には人に読み易い字を使ってる印象が多いかな」
啓馬は「なるほど」と頷いた後に一通りのチェックを終えてからアップロードをし終えた。
そのままスマホを弄っていたのだが、ふと俺にスマホの画面を見せてきた。
「そういえば、この前、従兄弟が退院したんだよ」
「良かったじゃないか」
画面には病院服にはにかむよう花を抱えている少女がこちらを見ている。見るからに痩せて、肌は白い。儚さもあるその笑顔が、春の陽気とは真逆のようで目を惹かれた。
「美人だからって惚れるなよぉ?」
じっと見過ぎたらしく啓馬が揶揄うように茶化してきた。そういうつもりは全くなかったんだが。
「何の病気だったんだ?」
「肺炎だよ。熱が上がったり下がったりして大変だったんだぞ? おかげで卒業式は欠席になるし……でも学校の最初の登校ってさ、友達作って自然とグループが出来上がっていくからあいつ休みたくないって言って、すぐ学校だよ」
「大丈夫なのか?」
「仲間外れになるよりはいいんだと」
啓馬はそんな事を言いながらも、苦笑して画面に映っている少女を心配そうに見つめていた。なんとなくその気持ちは分かるが、学校という閉鎖空間において孤独にならないのは重要だ。俺には少女の気持ちが痛いほど分かった。啓馬もそれが分かってて反対はしなかったのだろう。
「学校は一人にならない工夫が大事になっちまうからなぁ……」
そんな事言いながらスマホを仕舞うと立ち上がる。
「って訳で……あいつの見舞い買って行かないとだし、今日は帰るな」
「俺からもよろしく言ってたって伝えてくれよ」
「おう」
啓馬が出て行った後、俺はもう一度少女の姿を思い出して、それから違う女性の姿を思い浮かべていた。そういえば、里見さんも剣道の練習中に腕を折った事があった。痛そうだと思っていたんだが、本人がやたら明るく笑い飛ばすから戸惑ったものだ。
過ぎた青春を思い返しながらも、外で散っては道を桃色に染める桜を思い浮かべ、俺は何となく立ち上がると窓を開けた。とは言っても、見える景色は道路と立ち並ぶ店と、後は歩いている人々で美しい光景でもなんでもない。
それでもまだ少しだけ涼しい風が吹いては、桜の木からすぐ近くで踊るように花びらが舞っている。
「頑張れ……」
なんとなく、呟いた。誰に向かった訳でもないが少しだけ眺めた後、俺は再び、ほんの少しだけ部屋へと戻っていった。窓を閉めようとすると、少し花の甘い匂いが鼻をくすぐった気がした。
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