17.慈愛と復讐の間 レクフルさん作

「唐揚げは奥が深い」

「なんだ急に」

 何やらしみじみと言っているが、啓馬が食べているのは唐揚げじゃなくてチキンだ。


 時刻は夕方、俺は小説の更新が終わった後だった。


 やっと連載作の2章が終わったのだ。長く苦しい戦いだった。やりたい事はまだまだ出来てないから3章のプロット整理して、これから練らないとな……と考えている最中、やはり突然この男はやって来た。

 珍しく深刻そうな顔をしてたもんだから、とりあえず部屋に入れたんだが……こいつは俺の前に某チェーン店のチキンを置いて――


「唐揚げ食いたかったのに、唐揚げ売ってるとこが無くてさ」


 との言ってのけたのだ。

「この辺は弁当屋多いのにか?」

「唐揚げ単体が無かったんだよ」

 なら仕方がないんだろうか、いやそうでもないだろ。そう俺が色々とツッコミをする前に、炬燵に足を突っ込みチキンを齧っていた啓馬は難しい顔をしたまま話し始めた。


 ――そして、冒頭に至る。


「俺、今までなんで自分の作る唐揚げが今一つだったのか分からなかったんだ。昨日も食べたけど全然思ってた味と違ってて」

「……待て、昨日唐揚げ食ったのに今日も食いたくなったのか?」

「だから、調べてみたんだ」

「無視すんな」

「そしたら、味付けの順番が重要らしくて、俺今まで順番がおかしくて後一歩だったって気が付いて……実際に作って食べた時、そりゃあもう衝撃だったさ。店の味みたいになって」

 自分の世界に入り込んでしまったようでこちらのツッコミは無視されてしまった。そして昨日の唐揚げを思い出してるようで、天井を見上げながら「美味かったなぁ」と呟いた。その呟きで、俺はツッコミたくなる口をチキンで塞いだ。胡椒が効いててパンチのある味だ。普段食わないけどやっぱ美味い。

「結局、何が言いたいんだ?」

「下準備に大切さを学んだってとこ?」

「なんで疑問形なんだか」

「あ、そういえば今日レビューよろしくな」

「はいはい」

 土産を持って来る時点でこういう流れになるだろうと思った。俺は腹が膨れていくの感じつつ、食べ終えると手を洗いに行くために立ち上がった。


 今日レビューするのは、レクフルさん作、「慈愛と復讐の間」だ。


「で、感想は?」

 本日何本目になるだろうチキンに食いつきながら啓馬が尋ねてきた。皿の上には肉を平らげられてしまった骨の数は、既に俺の皿の上へと乗っている数より多い。


「うーん、話は悪くないのに、最初で全部ネタバレされてる感が強いかもしれない」

「っていうと?」

「最初に女神の伝説が出て来る。その後に、ある館で予言されている話に出て来る姿の子供が母親の命と引き換えに生まれた。その子供を館の主人に恨みを持ってる魔女が入れ替えを行い、連れて帰った。ここまではいいと思う」

「ファンタジーゲームの導入みたいで結構よさそうだな」

「でも冒頭で魔女が復讐のために自分の子供を置いていき、復讐相手の子を自分の子を連れ去るまで、どうしてそんな事をしたかの理由も全部説明してしまったのは『ネタバレし過ぎかな』と思う面が強い。『そうだったのか!』っていう新しさが薄くなるんじゃないか? 俺はそう思ったかな」


「うーん、でも展開を知っててもどう転ぶか分からないから物語なんじゃないか?」

「だけど『どうして?』『なぜ?』っていう読者の気を引く疑問点をバラ撒いていくんじゃなくて、最初に全部置いてしまうのは、これが読み切りだったらまだ分かる。でも連載作でやるのは謎を消化していくんじゃなくて、後の話を消化するだけになりそうだと思ったかな」

「伏線を回収するタイプかと思ったら、ちょっと見ていて違ったと?」

「流れを見てると読者はなぜ少女が森の中で魔女の母親と住んでるか分かってるし、だから最初にプロローグを少し削って少年視点からのスタートにした方が、魔女と少女の謎も残ってもっと興味を持てた……と思う。決してストーリーが悪いとは思わないけどな」


「ストーリーの中身は大体話して貰ったけど……他はどんな感じだ?」

「まず文体についてなんだが、1話目は隙間こそが目立つが『気になる』くらい、ただ2話目と3話目でかなり隙間が空いてる文体になったのが惜しいと思うな。文章と文章の間をひたすら開ける必要はないと思う。ただ、会話文が発生する事で一気に文体が乱れてるように見えた」

「会話文で乱れる? 会話文って普通読み易さを上げると思うんだけど」


「前回も同じような話をしたんだが会話と会話の間の、必要のない部分にまで空白を挟むのは過剰梱包と同じで『親切を通り越して不親切』になりかねない。少女は母親から喋ることを禁止されてるんだけど、動物と喋れる能力を持つ。でもどんな台詞でも次の台詞には必ず改行を挟んで、沈黙部分は三点リーダーの連打で沈黙が表現されて、これがテンポもプロローグで出してた文章的な部分も崩してしまってると思う」

「小説らしさが薄くなっちゃったって事だな」

「さっき啓馬がファンタジーゲームっていう例え方をしたけど、まさにそのファンタジーゲームの文章を台詞ごと小説に移してるような印象を受ける。ただ媒体が違うから、ゲームとして正しい表現は小説にはミスマッチだと感じたかな」


「ここまで結構厳しめだけど、良い点は?」

「まずテーマ=タイトルで結構シンプルな話になるんじゃないかって期待が持てるところ。最初のネタバレ感は強かったけど、逆に言えば大筋の話自体は出来てるんだろうな、っていう印象は受けた。ストーリーはよっぽどなどんでん返しがない限り、盛り上げどころをきっちり抑えれば王道的なファンタジーになれそうな期待感は持てる。それだけに、文体の部分のマイナスが俺としては残念だとも思う」

「期待感が持てるストーリーなだけに、他を整えればもっと良くなりそうだって思う点は多い訳だな」

「だな。虐待されている少女――慈愛の女神の生まれ変わりが、少年と出会いどうなっていくのか……ってところで丁度いいとこだったから区切ったんだけど、話自体は結構シンプルそうなだけに、内容は好きな方だな。こんなとこだ」



「小説も唐揚げも下ごしらえが大事だって話かもな」

 レビューをアップロードし終えた後で啓馬がそう言って、チキンに手を伸ばした。先ほども言ったが、それは唐揚げじゃなくてチキンだ。そんなツッコミはもうしないが。

「地盤が大事だって話なら下ごしらえはともかく、唐揚げみたく5分くらい揚げてサクッと終わり! って事にはならないんだけどな。修正も入れなきゃいけないし」

 チキンなんて2つ食べれば十分は俺は途中から啓馬の胃袋へ消えていくチキンを眺めていた。一体どこまで食べるんだこの男。

「二度揚げはサクサク感が増すからな」

 チキンを食ってるというのに、またしても唐揚げに思いを馳せてるようだった。

「いつまで唐揚げで例えてるんだか……っていうか食い過ぎだぞ、啓馬。また太るんじゃないか?」

「その時はランニングにまた付き合って貰うからよろしく」

 なぜか俺まで走らされた去年の思い出が蘇り、自分でも顔が引きるのが分かった。

「ふざけんな、雪降ってるってニュースで散々言ってただろうが!」

「走ってるうちに温かくなるって、心配しなさんな」

 啓馬はやはり俺の話を聞いていないようで、抗議する俺を無視して笑顔でチキンに大きくかぶりついた。


 こりゃあまた太るな……と俺は未来の自分がジャージを着て走っている想像をして、溜息を吐いた。

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