第162話 修学旅行~その2~

 全員が揃ったら、バスのに乗り込み……。


 バスの後方座席に座ったのだが……。


 若いバスガイドさんが、一生懸命に説明をしているが……。


 俺はそれどころではなく……全神経は右肩に集中していた。


「……ん……」


 何せ、綾が寝てしまったからだ。

 景色を見たいからと窓際に座らせたが……。

 途中で急にうつらうつらし始めて……この状態である。


(うわ……まつげ長い……これでいじってないとか反則だな。肌も綺麗だし……本当に可愛い子は、何もしないのが一番良いっていうのは真実だったか)


「えへへ……」

「ニヤニヤして……何の夢を見てるんだか」


 思わず空いてる左手で、頬をふにふにする。


(相変わらず柔らかい……もちもちしてるし。ずっと触っていられるな……はぁ、今のうちに堪能しておくか)


「あら、寝ちゃったのね」

「あちゃー、起こすのも可哀想かなー?」


 後ろにいる黒野と森川の声がする。


「ああ、起こすのもアレかと思ってな。どうしたもんか迷っているところだ」

「そんなこと言って、綾の寝顔を堪能してるんじゃないのー?」

「ふふ、そうね。そこなら吉野にしか見えないものね。特等席を独占ね」

「まあ……否定はしない」


(こんな可愛い寝顔、他の男に見られてたまるか)


「昨日、あんまり眠れなかったみたいだしねー」

「そうなのか?」

「ええ、楽しみでね」

「遠足前の子供か」

「ふふ、まあ……高校生活最後のイベントだから」

「そうだよね……吉野、綾を裏切ったら私達が許さないから」

「愚問だな。この俺を誰だと思ってる?」

「そうね。綾一筋の馬鹿男ね……いい意味で」

「確かに。でも、男ってわかんないからなぁ〜。綾の代わりに見張ってないとね」

「それはそうね」


(綾は良い友達を持ったな……いや、俺もだな)







 その後、バスは進み……。


 定番の場所に到着する。


「ふぁ……」

「ほれ、コーヒー飲むか?」


 先ほど起きた綾に、飲みかけのコーヒーを手渡す。


「うん、ありがとう……えへへ、間接キスだね」

「お、おう」

「ふふ、今更かな?」

「いや……そう言われると、なんかムズムズするものがあるな」

「そうかも。じゃあ、行こっか?」



 バスを降りたら、綾は黒野と森川と歩き出す。

 綾との思い出を作りたいのは俺だけじゃない。

 独占したい気持ちはあるが、それでは自分本位すぎる。


(綾は大人びてきたし……俺も見合う男になるために、どっしり構えてないとな)






 俺の方は、男連中と寺を歩いていく。


 色々と歴史あるものを見ていくが……。


「わぁ……すごいね」

「そうか? 俺にはわかんねえ」

「マサには感性がないからね」

「う、うるせえし。冬馬だって俺側だろ?」

「違う……と言いたいところだが、良さがわからん」


(……どうやら、俺が大人になるのはまだまだのようだ)







 そして夕方になり、旅館へと向かう。


「うわぁ〜!」

「おお、すごいな」


 いわゆる、老舗の温泉宿だ。

 親父が『旅費が高い!』とかぼやいていただけはあるな。


「ここ、温泉がいっぱいあるんだって」

「へぇ、女子は喜びそうだ。あとは……確か、卓球台とかもあったな」

「小さいゲームセンターもあるみたいだよ?」

「じゃあ、あとで行ってみるか」

「うん!」






 綾と別れて、俺は男子専用の階に行く。

 当たり前だが、女子専用もあり、その通路には常に見張りがいる。

 毎年馬鹿がいて、色々と問題になったので……。

 ある時から、違反をした奴は次の日の自由行動がなくなるそうだ。

 さらには勉強をさせられ、反省文まで書かされると……。


(まあ、女子の部屋に行くとか……気持ちはわかるが、俺には用はないな。別に、ここでなくても二人きりになれるわけだし)


 俺たちの部屋は四人部屋で、もちろん同じ面子だ。

そして、すぐに食事が運ばれてくる。

今回は部屋ごとに食べるようになっている。

俺たちは美味しいご飯を食べつつ、会話に花を咲かす。


「なんだかんだ言って、寺周りも結構楽しかったな」

「僕はふつうに楽しかったけど……こういう風な修学旅行なんて初めてだし」

「俺も楽しかったぜ! 何を見るかじゃなく、誰と見るかだな」

「おっ、いいこと言うね。うん、その通りかもしれないね」


(……この俺が修学旅行を楽しんでいるか。しかも、あいつら以外の友達と……)


 母さんが死んでから、俺は何もかもがつまらなかった。

 全ての色がなくなり、真っ白な景色だけが広がっていた。

 あの時の俺が、今の光景を見たら……とてもじゃないが信じられないだろうな。





 その後休憩したのち、浴衣に着替えて大浴場へ向かう。


「しかし、アレだよな」

「あん?」

「なんつーかよ……この面子で修学旅行の班組むとは思ってなかったぜ」

「ああ、そういうこと。確かに、俺とマサは中学一緒だったけど、冬馬や啓介と仲良くなったのは最近だしね」

「それを言うなら、僕の方だよ。全然関わりがない人たちだったもん」

「クク……」

「何笑ってんだ?」

「いや……さっき、似たようなことを考えてたからな。月並みな言葉だが、お前達と仲良くなれて良かったよ。まあ……これからもよろしくな」

「おう、もちろんだ」

「ぼ、僕も!」

「マサと啓介に同じく。というか、冬馬とは長い付き合いになりそうだしね」

「黒野と綾は、これからも友達を続けるだろうな。まあ、お前が振られなければだが」

「おっ、いうね。そっちこそ……ないね」

「なさそうだね。清水さん、冬馬君にベタ惚れだし」

「何十……何百の男が泣いたか」

「いや、わからんさ。ただ、努力はするけどな」


(……この出会いも、綾がいなければなかったかもしれないか)


 本当に……綾には感謝しかないな。


 俺の景色に色を塗ってくれた女性なのだから。

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