第140話試験を終えて

 二学期の体育祭や文化祭の慌ただしさが嘘のように、静かに時間が過ぎていく。


 それは期末試験が終わったからだったり、寒い季節の変わり目だったり……。


 一部の人たちは、もう来年からの受験に切り替えていたり……。


 クリスマスに向けて、虎視眈々と彼氏彼女を作ろうとしたり……。


 とりあえず皆、祭りの余韻から少し落ち着いたようだ。







 試験も無事に終わり、いつものように綾と帰る。


「冬馬君、テストどうだった?」


「まあ、まずまずといったところか。とりあえず、大きく下がることはないと思う」


 真剣に試験勉強はしたが、こればっかりは運も絡んでくるしな。

 大学受験も来年に控えているから、みんなも真剣に勉強するし。


「冬馬君はもう大学決めた?」


「いや、まだだな。言い方はアレだが、教員免許ならどこでも取れるし」


「そうだよね。うーん、わたしはどうしようかなぁー」


「英文科だろ? まあ、二人とも私立大学になるのかもな」


「うん、それだけは確実かも」


「お互いに有り難いことだよな。学費が高い私立に、親が行かせてくれるっていうんだから」


「ほんとだよね! わたし、びっくりしちゃった! あんなに違うなんて……そもそも、クラスには大学に行けない子もいるし……」


「まあ、家庭の事情は人それぞれだからな。森川みたいに大学に行くつもりもない人や、行きたくてもいけない人もいるだろう。恵まれていることを自覚しないとな」


「うん、そうだね。当たり前のことじゃないんだよね」


「ああ、そこを忘れてはいけない気がする」





 そのまま歩いていると——突然冷たい風が吹く。


 二人で繋いだ手だけが、暖かく感じる。


「ひゃっ!? うぅー……それにしても寒いね」


「いよいよ冬って感じになってきたな」


「あのさ、今更なんだけど聞いても良いかな?」


「ん? どうした?」


「なんで、


「あん? ……ああ、そういうことか」


 そういや、話したことなかったっけ。


「うん。冬馬君が落とした生徒手帳を見たから誕生日は知ってるけど……なんで、四月なのかなぁって」


 確かに、俺の誕生日は四月十日だ。

 冬馬という名前は、おかしいかもしれないな。


「いや、うん、そうだな……」


 少し下を向いて考えをまとめる。


「あっ——聞いちゃいけないことだった……?」


 すると、俺の顔を伺うように下から覗き込む。

 その際には無意識なのか、長い髪をかきあげている。

 このアングル好きだな……って、今はそういうアレじゃない!


「い、いや、そういうわけでは……」


「あれ? なんで顔を逸らすの?」


 お前が可愛いからだよっ!


「ゴホン! いや、なんでもない。そうだな………死んだ母さんが、冬が好きだったんだ」


「お母さんが……そっかぁ」


「俺も知ったのは、母さんが死んでからだったけどな」


「えっ? そ、そうなの?」


「ああ。それ以前にも聞いたことはあったが、本当は冬生まれだったのが、生まれるのが遅くて春になったとか言われていたな」


「なるほど、そういうこともありそうだね」


「だろ? だから俺も、それを信じていたんだけど……最後の時に言われたんだ、嘘ついてごめんなさいってな」


「それで、なんで嘘をついたんだろ?」


「冬が好きな理由っていうのが、冬っていうのは家族が家にいるからだ」


「へっ?」


「前に言ったろ? 自分の病気を隠して、子供達が元気に外で過ごしてくれたら良いって」


「う、うん」


「もちろん、それも本心だとは思う。でも、どこかで寂しかったのも事実だと思うんだ。母さんは、子供を産む前から長生きできるとは思ってなかったら……冬って家にいるだろ? 寒いから出かける頻度も減るし、子供のうちはクリスマスや正月は家族で過ごすし、寒いからみんなでコタツでぬくぬくしたりさ」


「あっ——そっか。特に理由を作ることもなく、子供と居られるってことだね!」


「そういうことだ。だから、冬馬ってつけたんだとさ。馬は母さんが午年だったからだし」


「へぇ〜ありがとね、冬馬君。大事な思い出を話してくれて……嬉しい」


「そりゃ、綾だしな」


「えへへ……あれ? じゃあ、麻里奈ちゃんも何かあるの?」


「ああ……うん、何もない」


「そ、そうなの?」


「母さんは二人目を産めるとは思ってなかったらしいから……あと、親父がつけたいって言い張ったらしい」


「へぇ〜そうなんだ」


「綾はどういう意味なんだ?」


「わたし? わたしは、古風とか和風とかって意味でつけたってお父さんが言ってたよ」


「なるほど、綾に相応しい漢字だな」


 傷みのない黒髪ロングに、スレた感じがないところとか。

 俺もそうだが、少し現代っ子ぽくないところとか。

 言葉遣いなんかも、割と丁寧だしな。


「そ、そうかな? そういえば、お父さんから連絡あったよ」


「な、なに?」


「予定通りに、お正月に帰ってくるって」


「そ、そうか」


 ということは、いよいよか。

 挨拶をしないといけない……こわっ!

 いや、しかし、これを乗り越えないことには……。

 というか、自分から言い出したんだし……。


「冬馬君?」


「ど、どうした?」


「いや、冬馬君こそ……汗かいてるよ?」


「ハハ……ほんとだ」


 どんだけ緊張してるんだか。

 まだ、会ってすらもいないのに。


「えへへ、わたし知ってるんだ」


「えっ?」


「お母さんから聞いたの」


「ああ、そういうことか。別に口止めもしてないしな」


「試験が終わるまでは話題にしない方がいいかなって」


「それは正解だ。俺が今から緊張してしまうからな」


「そ、そうなんだ?」


「そりゃ、大事な娘さんとお付き合いしてるって言うんだからな……骨の二、三本までなら覚悟しておく」


「そんなことしないよ!?」


「そうなのか? 俺は麻里奈が連れてきたら、とりあえずぶん殴るけど?」


「それはそれで、麻里奈ちゃんが可哀想だからやめた方が良いよ?」


「ぐぬぬ……綾が言うなら仕方あるまい」


「ふふ、そんなこと言って。麻里奈ちゃんに甘いくせに」


「……否定はできない」


 麻里奈にも、親父の説得を手伝うと言ってしまったし。


「あのね……冬馬君、ありがとう。わたしは、冬馬君が彼氏さんで幸せです。だから、お父さんに紹介したいです」


「お、おう」


 そう言い、綾がとろけるような笑顔を見せてくれる。


 これだけでも、勇気を出した甲斐があるというものだ。


 実際にどうなるかは……神のみぞ知るって感じだな。

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