第102話冬馬君は彼女に驚かされる

 ……流石の俺も……疲れた……。


「ゼェ、ゼェ……」


「ご、ごめんね!つい、楽しくて……」


「い、いや……気にするな。綾が楽しいならそれで良い……」


 結局、綾の気がすむまで走り続けた結果……グロッキーになったわけだ。

 なんと情けない……明日から走る量を増やさなくては。


「わ、私、飲み物取ってくるね!」


 ベンチから立とうとするのを、直接的に引き止める。


「待て、行くな。俺の側にいろ」


「は、はぃ……こ、腰が……はぅぅ……」


 ……意図してないところで、照れさせてしまったようだ。

 ……まあ、可愛いから結果オーライだな。


「さっきの状態を見て、大事なお前を1人にさせられるか」


「あぅぅ……はぃ……」


「ほら、寄りかかってくれ。それで元気百倍だ」


「そ、そうなの……?う、うん……」


 しばしの間、沈黙が続く……。

 だが、不思議と心地よい時間でもある。

 きっと、そう思える相手は稀有だろう。




 五分ほど経っただろうか?


「えへへ、なんか良いね」


「そうだな、これはこれで幸せだな」


「……こんな幸せで良いのかな……?たまに怖くなるの……」


「さあな?それはわからんが……まあ、それには同意するな」


「え……?冬馬君も……?」


「そりゃあな、そういうこともあるさ。綾にフラれたら、俺は生きていけんのとか考えるとな。まあ、基本的には考えないようにしてるけどな」


「そ、そんなことないもん!絶対ない!!」


「わ、わかった、わかったから、落ち着けって……」


「むぅ……ないもん、もん……」


「絶対とかはないものだ。俺は、それをよく知っている」


「……お母さんのこと……?」


「ああ、人生とはわからないものだ。もちろん、俺はこの先も綾といたいと思う」


「私も!冬馬君のこと好きだもん!」


「ありがとな……綾が俺を大事に想ってくれるように、俺も綾を大事にするつもりだ。多分、それさえ忘れなければ……まあ、まだまだガキだし。とりあえず、先のことは考えずに楽しくやろうぜ?」


「うん……なんとなくわかるよ。お互いに理解しあって、押し付けとかにならないようにってことだよね?」


「まあ、そういうことかもな。俺も上手くは言えないが……」


「ううん……でも、そうだね。フラれるとか別れるとか考えるのは勿体ないね!」


「そういうことだっ……と、では行くか」


「うん!」


「次はなにがしたい?」


「ビリヤードとかもあるみたいだよ?」


「へぇ?そんなものまであるのか。では、やってみるか?」


「うん!」

 




 ビリヤードの台がある場所に到着する。


「うわぁ……!お、大人って感じ……!」


「いや、高校生もいるから。まあ、確かに大学生の方が多いかもな」


 セーラー服姿の超絶美少女である綾に、男共の視線が釘付けになる。

 ……気にくわないな。

 年上だろうがなんだろうが、人の彼女をジロジロみるんじゃねぇ……!

 人睨みをすると、皆が視線を逸らした。


「あれ?冬馬君……何かした……?いつものアレがなくなった……?」


「いんや、なにも。ただ……俺の女だと知ってもらっただけだ」


「は、はぃ……あ、貴方のモノです」


「おい?顔を押さえて恥ずかしがるなら言わなきゃいいだろうに……まあ、可愛いから良いけどな」




 2人でキューを選び、まずは綾に構えてもらうが……。


「綾、ダメだ」


「え?へ、変だったかな……?」


「いや、そこじゃない。ボウリングの時と同じ状況になってる」


 キューを構える仕草というのは、お尻を突き出し前かがみになる。

 脚線美が眩しく……まあ、エロいということだ。

 一度散らした男共の視線が集まるほどに……。


「あっ——ど、どうしよう?」


「上に着てるセーターを腰に巻けばいい。ここは寒くないだろ?」


「あっ、そうだね……よいしょっと……これで良いかな?」


「ああ、超絶的に可愛い」


「ふえっ?えぇ——!?」


 ……女子にはわかるまい。

 セーターとか腰に巻くと、なんか可愛く見えないか?




 気を取り直して、再びポーズをとる。


「こうかな?」


「失礼」


 後ろから抱きしめるように、綾の両腕を修正する。


「にゃあ!?」


「なんだ、にゃあって……猫か」


「だ、だって……はぅぅ……」


「い、いや、顔真っ赤にされると俺の方も……」


「そ、そうだよね!そういうアレじゃないもんね!ごめんなさい!」


「いや、やらしい気持ちがなかったといえば……嘘になる」


「もぅ……正直者なんだから……」




 周りからの嫉妬の視線を感じつつ、綾にやり方を教えていく。


 その結果……やはり、基本的なスペックは高いようだ。


「えいっ!」


 今やっているのはナインボールだ。

 一から順に落としていき、過程は関係なく最後に九を落とした者が勝つというものだ。


「おっ、上手いな。最初のショットも良かったし」


「ふふ〜ん、私だってやればできるもん!」


「ポンコツ返上だな?」


「ポ、ポンコツじゃないもん!冬馬君の前だけだもん!」


「それは嬉しいことだな。俺だけの可愛いらしい綾ってことだ」


「はぅ……ま、負けました……」


「いや、まだボールあるからな?」


「私はキュン死しました……」


「おーい?綾さんやー?」




 その後も色々とゲームをしていく。


 そしてひとしきり遊んだ後、帰り支度を済ませたのだが……。


 なにやら、綾がソワソワしだした。


「どうした?」


「そ、そろそろ時間だね……」


「ああ、そうだな。テニスとかもしたかったんだよな?」


「う、うん……」


「遠慮はいらない。また来ような?」


「冬馬君…ありがとう……で、でもそうじゃなくて……」


「ん?要領を得ないな……なんでもいうと良い」


 すると、綾が鞄から何かを取り出した。


「あ、あの!これ!受け取ってください!」


「はい?え?な、なんだ?」


 なにやら、包装された品物?を突き出している……。

 あれ?俺誕生日でもないよな?

 綾は俺の生徒手帳見たから知ってるはずだし……。


 ……とりあえず、受け取ってみる。


「あ、開けてみて?」


「あ、ああ……これは……財布……しかも……」


 この間、綾とデパート行った際に気になったやつだ。

 二万円するから諦めだのだが……。


「うん、この間良いって言ってたから……初めてのバイト代入ったら、冬馬君に何か買うって決めてたの」


「おい、そんな大事なお金……」


「だからだよ?冬馬君は私に色々してくれてるもん。面倒とか、嫌だなとか一言も言わないで……だから、遠慮なく受け取ってください。だって……遠慮しちゃいけないんでしょ?」


「これは1本取られたな……あれか、リサーチされてたのか」


「えへへ〜、実はそうなのです。だから小物屋さん行きたいって言ったんだ〜」


「全然気づかなかったな……いつ買ったんだ?」


「弥生さんに、名倉先生の写真を見せに行った時かな」


「なるほど……ついでの用事はコレか……いやはや……驚きだ」


「えへへ〜、サプライズ大成功だね!」


 ……財布はもちろん嬉しい。

 ……だが、それ以上にその気持ちが嬉しい。


「綾、ありがとう。大事に使わせてもらうな」


「うん!それが一番嬉しい!」


 ……俺は、良い彼女を持ったな……。

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