第11話冬馬君はつい承諾してしまう

 さて、後30分で仕事が終わろうとした時、それは現れた。


 俺は、とりあえず冷静を装う。


 何故なら、他にお客様もいるからだ。


 これから言うのは、あくまでも個人的意見である。


 よく店員とお客が知り合いの場合……こうなることないか?


「あ!誰々さんじゃん!ここでバイトしてたの!?」


「あ!何々君!そうなの!えー!偶然だね!」


 ……というような会話をよく見る。


 まあ、このくらいなら良いとは思う。


 後は暇だったり、他にお客様がいなければありだとは思う。


 もちろん、店長から許可が出た場合の話だ。


 だが仕事が疎かになったり、他の従業員の迷惑になったり、友達とずっと喋ったりする奴を見ると、俺はイライラする。


 お金を貰っている以上は、しっかりと働くべきだと思うからだ。


 従業員同士でも、仲が良いのが悪いとは言わない。


 だがずっと喋ってたり、お客様が呼んでるのに気づかなかったりする。


 それに静かに食べている人には、迷惑以外のなにものでもないからな。


 長くなってしまったが、つまり俺の取るべき行動は……。


「お客様は、2名様でよろしいですか?」


「え?あ、そうだよね。はい、2名です」


「お姉ちゃん、知り合いー?」


「後でね、今お仕事中だからね」


 ほう……わかっているな。

 今、正直好感度が上がったぞ。


「では、席にご案内いたします」


 俺は2人を4人用の席に案内し、仕事に戻る。

 2人用は、埋まっているからな。


「何々?お友達?随分可愛い子だね?」


 やたら嬉しそうだな……だが……。


「……店長、仕事してください」


「冬馬君の言う通りだな」


「はーい……」


 めちゃくちゃ落ち込んでるな……ハァ、仕方ない。


「店長、後で話してあげますから」


「え!?よーし!お仕事頑張るか!あと、別に話しても良いからね!」


 なんというか……憎めない人なんだよな……。


 その後、黙々と仕事をこなしていると、清水が手を挙げている。

 なんだか、恥ずかしそうにしているな……何故だ?

 ちなみに、清水達以外のお客様はいない状態だ。

 何故なら、注文に20分もかかっているからな。


「お客様、ご注文はお決まりですか?」


「ひゃい!あ!はい!」


 おいおい……どうした?顔真っ赤だぞ?


「お姉ちゃんの、お友達ですか?」


 ……今は、お客様いないな。

 モードを切り替えるか。


「ああ、そうだよ。同じクラスだよ」


「男嫌いなお姉ちゃんの友達!えっと、清水誠也って言います。よろしくお願いします」


 うむ、礼儀正しく良い子だ。

 こういう子は好きだな。

 俺とは違い、捻くれてなさそうだ。

 容姿も、ジャニー○系で俺とは正反対だ。


「ご丁寧にありがとな。俺の名前は、吉野冬馬だ。よろしくな」


「冬馬さんですね!はい!お願いします!」


「で、清水?大丈夫か?」


「う、うん。こういうとこ初めてで……」


「僕がお願いしたんだ。お父さんとお母さんが仕事でいないから、ラーメン食べたいって」


「なるほど、そういうことか。だから、注文も時間かかったのか」


「それは、また違うんだけど……」


「ん?どういう意味だ?」


「ううん!なんでもないの!……えっと、この味噌ラーメンをお願いします」


「僕も!後、餃子と炒飯も!」


「はいよ。じゃあ、少し待っててな」


 俺は厨房に戻り、友野さんにオーダーを伝える。


「冬馬君、炒飯と餃子をお願いしても良いか?」


「はい、やりますね」


 まずはフライパンに油を入れ、強火のままで放置。

 次に餃子を専用機に入れ、タイマーをセットする。

 炊飯器から米をよそい、卵をかき混ぜる。

 油がパチパチいわなくなったら、卵を投入!


「すぐに米を入れてっと……」


 フライパンを振りつつ、おたまで米と卵を絡ませる!

 そしたら塩と胡椒を入れ、またフライパンを振る!

 次に、焼豚とネギを入れる。

 仕上げに、特性醤油ダレを少々入れる。

 そして、軽く混ぜ合わせたら完成だ。


 そのあとは餃子の水を切り、油を入れ蓋をする。


「友野さん、味確認お願いします」


「どれ……うん、美味い。合格だ」


 よし!滅多に褒めない人に褒められると嬉しいよな!

 1年かけて、ようやく合格が増えてきたな。

 ちなみに不合格の場合は、俺のまかないになる。


「もう、上がりだろう?ラーメン食ってくか?俺のスペシャルだ」


 そう言って、口角を上げる。

 いやカッコいいわ、こういう人。

 ちなみにスペシャルとは、店には出していないものだ。

 調味料をブレンドして作る、友野さんオリジナル味噌ラーメンだ。

 これが、物凄く美味い。


「マジですか!?食いたいです!」


「あいよ。じゃあ、餃子と炒飯出してあがりな」


「はい!ありがとうございます!」


 俺はご機嫌で、清水達に提供する。


「どうぞ、召し上がれ」


「凄いね!吉野君!炒飯作れるんだね!カ、カッコイイと思う!」


「お兄さん、凄い!お姉ちゃんは何も作れないんだよ!」


「ちょっと!?」


「ほう、そいつは意外だ」


「はぅ……もう、誠也ったら」


「気にすることはないんじゃないか?誰にでも得意不得意はあるだろう。完璧な人間なんかつまらないぞ」


「吉野君……えへへ、ありがとう」


……悔しいが、いちいち可愛い奴だ。


「……じゃあ、ごゆっくりどうぞ。俺は上がるからな」


「あ、うん。ごめんなさい、邪魔して……」


「別に邪魔じゃない。それに……褒められて嬉しかったよ」


 俺が裏に戻ると、店長がニヤニヤしていた。


「冬馬君、彼女なの?あの子、ずっと見てたよ?」


「違いますよ、ただのクラスメイトですよ」


「えー?あの目は違うよ。恋する乙女だよー」


「乙女って……店長、歳を考えてくださいよ……」


 俺は、ロッカーを開けて着替える。


「うーん、勿体ない。冬馬君いい子だから、モテると思うんだけどなぁ」


「いやいや、今はそういうのはモテないですよ。じゃあ、飯食っていきますね」


「そうなんだねー。うん、ごゆっくりどうぞ」


 俺は裏口を出て、表から入り直す。

 すると、友野さんがこっちへ来る。


「ラーメンはあの席に置いたからな。なんだ、可愛いし性格も良さそうじゃないか。大事にしろよ?」


 そう言って肩を叩き、厨房内に戻った。

 ……友野さん、貴方もですか……!

 これは、しばらくからかわれそうだな……。

 俺は仕方ないので、同じ席に着く。

 もちろん、清水とは対面に座る。


「よ、吉野君!炒飯美味しい!」


 何故か、清水の顔が赤く見える……気のせいか?


「美味しいです!」


「そうか、ありがとな」


 俺は、ラーメンをすすったあとに答えた。

 そして照れ臭くなり、誠也君の頭を撫でてしまう。


「うわっ……凄い、お父さんみたい」


「ん?どういう意味だ?」


「うちのお父さんは、海外出張してるの。だから、滅多に会えないから……」


 そうか……寂しいよな。

 生きていても会えないんじゃな……。


「でも、良いんだ。お父さんは頑張ってるもん」


「そうか……偉いな、誠也は」


「へへ、褒められた」


「吉野君……ありがとう」


 その後、黙って食事をとる。

 せっかくのスペシャルラーメンが伸びてしまうからな。



 そして、食べ終わった。

 いや……相変わらず美味いなぁ。

 今なら、どんな頼みも聞いてしまいそうだ。

 俺は、少し余韻に浸る。


「ほら!冬馬君!送っていかないと!」


「い、いいんです!迷惑かけちゃうので……」


「ダメだよ!危ないよ!娘がいる身としては心配だよ」


 なんだ?人が余韻に浸っているというのに……。


「店長、うるさいですよ。よくわからないが、俺が行けばいいんでしょ?行きますよ」


「それでこそ、冬馬君だ!じゃあ、お疲れ様!また、よろしくね」


「え?え?……良いの?送ってもらっても……」


「わーい!僕も、もっとお話したい!」


 ……俺は、今なんと答えた?


 送るとかなんとか……そういうことか。


 仕方ない……一度承諾したものを反故ほごにするのは、俺の信念に反する。


 俺は、清水を家まで送ることになったらしい……。




  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る