71話トロール戦

 突然現れたトロールだっだが、俺の頭は冷静だった。


 確か、こいつは食人鬼とも呼ばれ、ドラゴンに続いて人類の敵とされる。


 そして俺は、すぐに戦力の彼我の差を確認するため——行動に移す。


 剣を下段に構え、待ちの姿勢を取る。


「ブヘェ!」


 その巨体から棍棒が振り下ろされる!

 それを余裕をもって躱すが……その際に風圧を受ける。

 これは……迂闊には近づけないな。


「速さ、威力共に申し分なし。喰らえば、骨の二、三本は持ってかれるか」


「ブヘェエエ!」


 おそらく、俺を食べようと手を伸ばしてくるが……。


「動作は遅い——テェー!」


 引き小手により、相手の攻撃を躱しつつ、腕を斬りつける。


「グヘ?」


 血を流しているが、大したダメージではなさそうだ。

 剣道の技であるが、引きながら攻撃するため、どうしても威力は低くなる。


「あまり近寄らずに、徐々にダメージを与えるパターンが良いか?」


「うむ、アレス様。相変わらず冷静な判断ですな」


 隣にクロイス殿がくる。

 俺は敵から視線を逸らさずに、クロイス殿に確認する。

 幸い、奴は俺を警戒しているのか、じっとしている。


「トロールは一体ですか?」


「ええ、近場にはこの一体だけです。他の敵は娘達が対処しております。おや、来たようですね」


「「「アレス様!」」」


 後ろに三人の気配を感じる。

 その力強い声に、俺は決断する。

 顔を見なくも、みんながやる気なのはわかったから。


「クロイス殿——俺たちでやります」


「ほう? トロールは歴戦の勇士でも苦戦する相手ですよ?」


「俺は、それを超えなくてはならない。こんなところで、退くわけにはいかない」


 この数年間考え続けていた……俺が転生した意味を。

 まだ答えは出ていないが……状況証拠を積み重ねた結果、何かしらはあると判断した。

 女神の結界、異世界からの召喚者、見慣れた風景、クロスという龍……。

 そして闇魔法という特殊な能力……本来は、魔族のみが使えるという。

 これで何もないと考える方がおかしいほどに。

 だとすれば……何が起きてもいいように、強くならなくてはいけない。

 何より……俺は二度も死ぬわけにはいかない。

 もう二度と大事な人を悲しませたくないから……結衣達のように。


「アレス様……わかりました。貴方の覚悟を尊重いたしましょう。ただし、危ないと思えば無理にでも助けに入ります……よろしいか?」


「ええ、それで平気です。ありがとうございます」


「いえ、これもまた仕える楽しみの一つですから。では、雑魚はお任せください」


 微笑を浮かべながら、クロイス殿が後ろに下がる。


「グヘェェー!」


 それを見て、トロールが動き出す。

 もしかしたら、クロイス殿を警戒していたのかもしれない。


「舐められたものだな…… みんな! こいつを倒す! 力を貸してくれ!」


「「「はいっ!!!」」


「ありがとう! さて……カグラ! 相手の強度が知りたい!」


「はっ! 拙者にお任せを!」


「グヒャャ!」


「なんの!」


 棍棒の一撃を避けて、懐に入る。


「セイァァ——!」


 気合いの入った一撃が、トロールの出っ張った腹にめり込む!

 それをくらい、奴が少し後ろに下がるが……血は出ていない。


「……何?」


「う、うそ?」


「これは……色々考えないとですね」


「くっ! な、なんなのだ!?」


 ひとまず下がってきたカグラに問いかける。


「感触は?」


「……攻撃が跳ね返るというか、反発したというか……」


 ゴムのような感じか?

 筋肉と脂肪の層が厚いと見た方が良いか。

 カグラの攻撃で斬れないとなると……。


「グヘヘ」


「むぅ……ムカつくのだ。余裕のある顔して」


「セレナ、俺に合わせろ」


「ええ、分かってます! ウインドカッター!」


「フレイムアロー!」


「グガァァァ——!」


「チッ——!?」


「ひゃあ!?」


「きやっ!?」


「うわっ!?」


 なんと……咆哮でかき消した。

 これが、歴戦の勇士でも苦戦するトロールか。


「攻撃も、生半可な魔法も効かないとなると……手足を狙っていくしかないか。みんな、長期戦になる——覚悟してくれ」


 それぞれが頷くのを確認し、作戦を伝える。


「カグラは棍棒を持ってる右腕を!」


「了解なのだっ!」


「オルガ! 君が左腕を!」


「畏まりましたっ!」


「俺が足をやる! セレナはアイツの皮膚を突き破るほどの威力のある魔法を!」


「わ、わかりましたっ!」


「行くぞ!」


「「「はいっ!」」」


 散開して、それぞれが行動に移す。


 一番素早い俺が後ろに回り、トロールの足を地を這うように斬りつける。


「グヘェ!?」


「よし! 通るぞ!」


「セイァ!」


「シッ!」


 その隙を突き、二人が腕を攻めていく。



 手足から血を流し、奴は苦しそうな表情に見える。


 そして、このままいけるかと思ったが……そう甘くはないようだ。


「グヘェェ〜」


 醜い顔に、舌を出して、俺たちを舐めるように見ている。

 苦しそうな顔もしなくなっている。


「再生してる?」


「あっ——父上から聞いたことがあるのだっ! 少しだけどトロールには再生能力があるって!」


 なるほど……その少しというのが、俺たちのダメージを消している。

 つまり、少ししか与えられていないと。


「やはり、重たい一撃を与える必要があるか」


「すみません、僕にはそういったものはないです」


「いや、仕方がないさ。それぞれに役目がある。カグラ、魔力を剣にまとえるな?」


「へっ? え、ええ、アレス様みたいに自由自在にはいかないですが……」


「剣が敵に触れた瞬間に魔力を放出してみてくれ。おそらく、それなら……」


「わ、わかったのだ」


「オルガ、君には……」


 手短に作戦を伝える。


「なるほど、その時を待つと……了解です」


「危険が伴うし、タイミングと覚悟も必要だ。いけるか?」


「お任せください!」


「アレス様! おまたせしましたっ!」


「セレナ! 今から、アイツの胴体が空く! そこを狙え!」


「はいっ!」


「拙者の出番ということですね……ハァァァ——!」


「フヘェェ——!」


 トロールの棍棒と、カグラの大剣が激突する。

 その結果……棍棒を粉砕し、その腕までも切り取った!


「ブババッ!?」


「で、出来たのだっ!」


 インパクトの瞬間に魔力を放出しろという意味で伝えたが……。

 一発成功とは……相変わらず、恐ろしい才能だ。


「セレナ!」


「行きます! ……二つの風よ、交じり合い切り裂け——ダブルウインド!!」


 一つの風の刃が飛んでいき、遅れてもう一つが追いかける。


「グケェェエ!?」


 それが、ガードする腕がなく、隙だらけのトロールの腹に当たる時——重なる。

 その結果、十字の傷が生まれる。


「よくやった!」


 すでに準備を進めていた俺は、一気に距離を詰める!

 そこはもう、トロールの目の前だ。

 すぐさま傷口に刀を突き刺す。


「中からならどうだ? ——火炎刃!」


 剣先から炎を燃やして、トロールの腹の中を焼く!


「グケェェエエェ——!?」


 よし! やはり、中からならダメージが通る!

 そして、トロールが前に倒れそうになる。


「カグラ! 下がるよっ!」


「はいっ!」


 俺たちが下がった隙をつき……。


「ウオォォォ——!!」


 オルガが発したことない声を上げ、トロールの真下に潜り込む!

 そして次の瞬間……オルガの槍がトロールの脳天を貫いていた。

 それは誰が見ても、即死という状態だった。


「で、できた?」


「オルガ! よくやった! 」


「やりましたねっ!」


「やったのだっ!」


「い、いえ! みんなの方がすごいです! 僕はただ、トドメを刺しただけですから……」


「そんなことはないさ、オルガ。迫り来る巨体に滑り込む勇気、そのタイミング、正確な位置、そのどれか一つでも欠けていたら成功しなかった」


「アレス様……」


「みんなの勝利なのだっ!」


「えへへー、嬉しいですねっ!」


 ……よし、俺たちは確実に強くなっている。


 この戦いを通じて、俺は改めて再確認をする。

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