閑話34 世界が変わっても、婚活であり得ない条件を出す人はいる(その6)

「すぐに普段懇意にしている貴族たちに手紙を送り、応援の兵を頼むのだ!」


「お館様、紛争で他家の力を借りるのはよろしいのですが、それ相応のお礼が必要になります」


「紛争に勝利すれば、バウマイスター辺境伯領を好き勝手できるのだ。お礼はそこから支払えばいい」


「わかりました。貴族たちに手紙を送ります」


「任せたぞ」





 駄目だ。

 お館様は、お年を召されてからすっかりボンクラになってしまった。

 若い頃はここまで酷くなかったというのに……。

 広大な領地を持ち、王国でも有数の大貴族にまで上り詰めたバウマイスター辺境伯家に紛争を仕掛けるなどあり得ない。

 向こうはすぐに数百、数千の兵力を集められるが、ロッテンマイヤー公爵は少し裕福な法衣貴族でしかない。

 領地を持っていないから家臣の数も少なく、多くの兵を集められない。

 お館様は、寄子たちや知り合いの貴族たちに応援を頼めと指示を出したが、果たしてどれだけの貴族が応じてくれるか……。

 それはそうだ。

 地方の在地貴族たちがお互いに兵を出し、領地境で睨み合うのなら王国政府もなにも言ってこないが、王都で紛争など起こしたらあとでなにを言われるか。

 しかも今回の紛争は、ロッテンマイヤー公爵家の方から仕掛けてしまった。

 私はあの場にいた家臣たちに、どうしてお館様を止めなかったのだと問い詰めたが、バウマイスター辺境伯に挑発されたお館様が激高した瞬間に言い放ってしまったので、止める間がなかったそうだ。

 

「(家臣たちの怯えた目……。下手にお諫めしてクビになるのは嫌だから、結局は同じことか……)貴族たちに送る手紙の用意をしないとな」


「シーゲル様! 大変です!」


「どうかしたか?」


 私が紛争の準備を始めようとした瞬間、書斎に若い家臣が飛び込んできた。

 かなり急いでいたようで、私の目の前で激しく息を切らせている。


「それが……。ロッテンマイヤー公爵家がバウマイスター辺境伯家に紛争仕掛けた件が王都中に広がっています」


「もうか?」


 お館様とシルヴィア様が屋敷に戻って来られてから、まだ二時間も経っていないぞ 。


「どういうわけか、王都中にバウマイスター辺境伯家がロッテンマイヤー公爵家に紛争を仕掛けられたと書かれた瓦版が、号外として無料で配布されているのです!」


「バウマイスター辺境伯の仕業か!」


  彼はまだ若いのに、年を取って気が短くなったお館様を挑発して紛争を仕掛けさせ、その経緯が詳細に書かれた瓦版を王都中に配らせている。

  バウマイスター辺境伯は文芸にも理解があり、王都の書籍工房や瓦版の版元とも懇意で、彼自身や彼の奥さんたちも本を出版して、なかなかの売上をあげているとか。

 だから彼らはバウマイスター辺境伯に協力し、恐ろしい速度で号外を大量に刷り、王都の住民たちに無料で配ったのだろう。

 ロッテンマイヤー公爵家がバウマイスター辺境伯家と紛争になった経緯を多くの平民たちに知られたら、お館様が王族の血を引くからという理由のみで、上から目線でバウマイスター辺境伯家に無理難題を押し付けようとしたことで大いに批判されてしまう。

 そうでなくとも、平民たちは家柄のよさを自慢して威張り腐る貴族が大嫌いなのだから。

 陛下も、バウマイスター辺境伯家ではなくロッテンマイヤー公爵家に苦言を呈し、最悪罰を与えられるだろう。


「完全に先手を打たれてしまった。バウマイスター辺境伯、若いのに油断ならない人物だ……」


 とはいえ、このまま座視するわけにもいかない。 

 どうにか貴族たちの応援を集め、バウマイスター辺境伯に対抗していかなければ……。


「シーゲル様、大変です!」


「今度はなんだ?」


 続けて若い家臣が書斎に飛び込んできたので事情を聞くと、彼はとんでもないことを言い始めた。


「このお屋敷が、軍勢によって包囲されています! 推定で千人は超えているものかと」


「なんだと? どうしてそんなに早く?」


 瓦版の件は仕方ないにしても、いくらバウマイスター辺境伯家に動員能力があるとはいえ、その領地ははるか南方にある。

 バウマイスター辺境伯は『瞬間移動』が使えるが、短時間でそれほどの人間を移動させられるわけがない。

 そう読んでまだ時間があると思っていたのに、その軍勢は一体どこから湧いて出たんだ?


「クソッ!」


 ロッテンマイヤー公爵家の筆頭家臣として、詳細を確認しなければならない。

 私は書斎を飛び出し、屋敷の窓から外の様子を伺った。 

 すると、完全武装の兵士、騎士、そして一貴族が動員したにしては多すぎる魔法使いによって屋敷が完全に包囲されていた。

 特に魔法使いたちは、正面門にまるで見せつけるかのように配置されており、その先頭にはバウマイスター辺境伯の姿もあった。


「なっ! これはどうなっているんだ?」


「シーゲル様、危ないですよ!」


 私は若い家臣たちの制止を振り切って屋敷を出て、 屋敷を包囲している兵士たちの詳細を調べ始めた。

 これが戦争なら即座に矢が飛んでくるのだろうが、紛争なのでその心配はない。

 実際、軍勢の様子を調べ始めた私に対し、バウマイスター辺境伯は攻撃命令を出さなかった。


「(存分に調べてくれて結構ということか……)」


 これは戦争ではなく紛争なので、私を傷つけるのは問題があるからだ。

 だが、これが紛争であるがゆえに、ロッテンマイヤー公爵家は王都中に恥を晒した。

 号外によって、この紛争はロッテンマイヤー公爵家が先に仕掛けた事実が世間に周知されているのに、わずか数時間でロッテンマイヤー公爵家の屋敷がバウマイスター辺境伯の軍勢によって包囲されているのだから。


「なっ!  ただの紛争でそこまでやるか?」


「パパぁーーー!」


 自分の屋敷を包囲している軍勢を見たお館様とシルヴィア様が絶叫しながら腰を抜かしてるが、在地貴族の紛争とはそういうものだ。

 家のメンツのため、可能な限りの軍勢を集めて相手を威圧する。

 マフィアのようなものだと言う平民も多いが、私に言わせればマフィアも貴族もそれほど差はないと思う。

 それよりもロッテンマイヤー公爵家の当主が、 七十歳を超えて紛争というものを完全に理解できていなかったことの方が、私も含めた家臣たちをガッカリさせた。


「シーゲル、なんとかならないのか?」


「なんとかと仰いましても……」


 屋敷にいる家臣、使用人、メイドを合わせても三十名ほどだ。

 使用人とメイドたちに、武装してバウマイスター辺境伯の軍勢と対峙しろなんてとても言えないので、戦闘可能な人員は十名ほど。

  千人を超えるバウマイスター辺境伯の軍勢を排除するのは不可能であった。

 

「我が家には魔法使いがいるではないか。マキソンの火魔法で脅せば、すぐに屋敷の包囲を解くはずだ」


「残念ながら、マキソンではバウマイスター辺境伯に歯が立ちません」


 ロッテンマイヤー家は公爵なので、魔法使いを雇っている。

 だが、下級で火魔法しか使えないマキソンと、竜すら倒すバウマイスター辺境伯では勝負にならない。

 それどころか、彼の妻たちには多くの全員魔法使いがいるのだから。


「あのお館様……大変申し上げにくいのですが、マキソンはバウマイスター辺境伯を見たら屋敷から逃げ出しました」


 家臣の一人が、マキソンが逃亡した事実をお館様に告げた。


「なんだと! これまで高給を取っておきながら、こんな大切な時に逃げ出すなんて!」


 お館様が逃げ出したマキソンに激高するが、どうせ彼がやる気を出してバウマイスター辺境伯と魔法勝負をしても万が一の勝利もあり得ないので、結果はあまり変わらなかったはずだ。

 それなら勝負を避けてとっとと逃げ出し、他家に雇われた方が得だと彼は考えたのだろう。

 実際今でも慢性的な魔法使い不足なので、すぐにマキソンの再仕官先は決まるはずだ。


「あの恩知らずがぁーーー! まあいい。シーゲル、すぐに貴族たちに援軍の要請を送るのだ! 彼らと屋敷の戦力で挟み撃ちにすれば、バウマイスター辺境伯も負けを認めるはず」


「「「「「「「「「「……」」」」」」」」」」


 人間とは、困窮すればするほど、あり得ない未来予想図を描き、それを目指して行動するという。

 確かに今のお館様はその状態であり、もう負けは決まっているのに、いまだに悪あがきを続けているのだから。


「(とはいえ、私はお館様の命令には逆らえない)お前たち、手紙を持って貴族たちの屋敷に向かってくれ」


「ええっ? 屋敷は包囲されているのにですか?」


 私のあきらかに無謀な命令を聞き、家臣たちは動揺を隠せない様子だ。

 それはそうだ。

 屋敷がバウマイスター辺境伯の軍勢に完全包囲されているのに、他の貴族の屋敷に援軍の要請に向かえというのだから。


「安心しろ。バウマイスター辺境伯は通してくれる」


「本当にですか?」


「ああ、私はそう確信している。賭けてもいいくらいだ」


「なるほど! バウマイスター辺境伯も貴族の端くれ。正々堂々と戦えるよう、我々が軍勢を整えればで待ってくれるのだな」


「なるほど。そういうことでしたか」


「急ぎ援軍を呼びに行ってきます」


 お館様の考えを聞いて安心したのだろう。

 家臣たちは私が書いた手紙を持ち、他の貴族たちの屋敷へと走り出した。

 そして私の予想どおり、バウマイスター辺境伯の軍勢は彼らに手を出さなかった。


「貴族は正々堂々と戦うべきもの。そんな古臭い慣習を守るため、我々が送り出した援軍の使者を止めることができないとは。残念ながらその甘さが敗北を導くのだ」


「さすがはパパ。バウマイスター辺境伯家を自由にできるようになったら、宝石が散りばめられたドレスが欲しいし、香水も魔の森の素材をふんだんに使った新作を調合して欲しいわ。指輪やアクセサリーにつける宝石も、王国で一番大きなものにしてもらうの」


「……」


 残念ながら、お館様はなにも理解しておられなかったか。

 バウマイスター辺境伯が、我々が送り出した援軍の使者を止めなかったのは、この状況で援軍に来る貴族が一人もいないことがわかっていたからだ。

 シルヴィア様は……この人を他家に嫁にやらないでよかった。

 かえってロッテンマイヤー公爵家の評判を落とすだけだっただろうから。


「(お館様とシルヴィア様は、必ずこれまでにつき合いがあった貴族が援軍を送ってくれると信じているようだが……)」


 勝てもしない紛争に援軍送る貴族など一人もいない。

 それに今回は事情が事情だ。

 ロッテンマイヤー公爵家に手を貸し、自分たちもバカの仲間なのだと世間に知らしめるために経費をかける貴族など一人もいない。

 なにより、バウマイスター辺境伯家と敵対する気などさらさらないだろうからな。

 

「(ロッテンマイヤー公爵家の負けは確実だな)」


 バウマイスター辺境伯が率いる軍勢の詳細を調べてみると、ブライヒレーダー辺境伯家、アームストロング子爵家他、今回お見合いパーティーに出席させられた貴族の大半が軍勢を出していた。

 他にも、正妻の交代をお館様から要求されたホーエンハイム子爵家他、王国軍の要職にある者たちと、今回のお見合いパーティーを開催したルックナ―侯爵家とエンデルス侯爵家の家紋をつけた完全武装の兵士たちもいた。


「ふん! 少しばかり調子がいいからといって、それ目当てに仲間が集まっているようだが、千年の歴史があるロッテンマイヤー公爵家が援軍を呼べば、すぐにこれの倍は集まるわ」


「さすがはパパね」


「(駄目だ、二人はなにもわかっていない……)」


 お館様は、この紛争をバウマイスター辺境伯家とロッテンマイヤー公爵家との争いでしかないと思っていないようだが、それは大きな間違いだった。

 バウマイスター辺境伯は、貴族としては決して有能ではなく、陛下からの信用もないロッテンマイヤー公爵を、この機会を生かして潰そうとしているのだ。

 

「(バウマイスター辺境伯は、お館様とシルヴィア様がいる限り自分にまとわりついてくるだろうと考え、多くの貴族たちを巻き込んでロッテンマイヤー公爵家を潰そうとしているのか……)」


 今回のお見合いパーティーの 被害に遭った者たちからすれば、第二のお館様を防ぐための見せしめ。

 そして私が考えていた以上に、ロッテンマイヤー公爵家は多くの貴族たちから嫌われていた。

 さすがに本人はいないが、閣僚たちの家の軍勢が多数参加しているということは、これを機に予算の無駄遣いであるロッテンマイヤー公爵家を潰そうとしていることの表れだろう。


「(バウマイスター辺境伯家だけでロッテンマイヤー公爵家を紛争で破ると、色々と問題が発生する。彼と知己である多くの貴族を巻き込むことにより、ロッテンマイヤー公爵家を潰したことで被るであろうデメリットを極限まで分散し、紛争に参加させた貴族に、ロッテンマイヤー公爵家との紛争で勝利したという功績まで分け与えることができる)」


 一家が数名~数十名しか出さなくても、これだけの家が参加すれば、軍勢は余裕で千人を超える。

 これまでつき合いがあるからという理由で、ロッテンマイヤー公爵家へ援軍を送ろうかと思っていた貴族たちも、これで完全に動きを封じられた。

 なぜなら、バウマイスター辺境伯家以下多くの貴族たちを敵に回してしまうからだ。

 

「(そうなっても構わないと思う貴族が現れるほど、お館様にはカリスマもない。終わったな……」


「ふん! ロッテンマイヤー公爵家を助ける援軍の多さを見て吠え面かくがいいわ!」


「パパって強くて最高! あの若造に吠え面かかせてやってよ。ロッテンマイヤー公爵家の娘に恥をかかせたんだから、そのぐらいの罰は当然よ」


 自分たちが完全に詰んだことにも気がつかず、援軍がバウマイスター辺境伯たちを蹴散らすと信じてはしゃぎまくっている二人。

 私は彼らに白けた視線を送ることしかできなかった。


「(父も祖父も曾祖父も、先祖代々ロッテンマイヤー公爵家に仕えていたから私も仕えたが、まさかこんなくだらない理由でロッテンマイヤー公爵家がなくなってしまうとは……)」


  親を選べないように主君を選べなかった私は自分なりに頑張ってみたが、残念ながら運命には逆らえなかったようだ。

 

「パパ、援軍はどれだけ来るかしら?」


「どんなに少なくても二千……いや三千だな。あまりに多いと騒動が大きくなってしまうから、ある程度でお断りの手紙を書かなければいけなくなるかもな」


「さすがはパパ、顔が広いわね」


 それからしばらく、お館様とシルヴィア様は絶対に実現しないであろう妄想を語り続けていたが、日が暮れるまで援軍は一人も到着せず、その日のうちに屋敷が占領されて降伏し、紛争はロッテンマイヤー公爵家の完全敗北という結末になったのであった。





「シーゲル様、お屋敷の掃除は完全に終わりました」


「ご苦労、ブリックス。これだけ綺麗にすれば、このお屋敷を王国に引き渡せるな」


「シーゲル様、俺たちはこれからどうなってしまうんでしょう?」


「どうなるも、ロッテンマイヤー公爵家は今回の騒動の責任を取らされて改易となった。お館様もシルヴィア様も他の家族も教会に送られたし、財産も全額没収。私たちに退職金が出たのが唯一の救いだな。しばらくは食い繋げるが、一日も早く新しい働き口を見つけないと」


「もう貴族様に仕えることはできないでしょうね」


「それを諦める前提でいた方が、心が病まずに済むぞ」



 元ロッテンマイヤー公爵家筆頭家臣である私シーゲルは、部下であったブリックスと共にお屋敷の掃除をしていた。

 すでにロッテンマイヤー公爵家の資産……金銭は当然として、シルヴィア様が買い漁った高価な家具、オーダーメイドの高級ドレス、独自に調合してもらった香水と化粧品、高価な宝石がつけられた指輪やアクセサリーなどは王国政府に没収されており、これらはすべて換金されて、バウマイスター辺境伯家以下紛争で兵士を出した家に分配されると聞いた。

 それにしても恐ろしい話だ。

 シルヴィア様が参加されたお見合いパーティーは、陛下が温情で一度くらいチャンスを与えてやれとルックナー侯爵とエンデルス内務卿にお願いした結果開催されたと聞く。

 陛下も二人も、まさかお見合いパーティーの結果があそこまで酷いものになるとは思っていなかったようで、だから女性参加者の中で最も悪目立ちした……いや、お館様が勝手に暴走しただけか……ロッテンマイヤー公爵家を潰すことで、この騒動を抑えようとした。

 紛争で、ルックナー侯爵とエンデルス内務卿もバウマイスター辺境伯家側で兵士を出したということは、この件で二人の罪は問われないし、王都で騒ぎを起こしたバウマイスター辺境伯も同じということなのだろう。


「(根回しでも、お館様はバウマイスター辺境伯に負けたのか……。お館様もシルヴィア様も、バウマイスター辺境伯家の屋敷に押しかけて奇妙な真似をしなければ、家が潰されることはなかったのに……それは無理か)」


 あとから聞いたところによると、お館様と同じく、お見合いパーティーの結果に不満を抱いて男性参加者の屋敷に押しかけた女性参加者や貴族が数名いたらしいが、ロッテンマイヤー公爵家の末路を知って大人しくなったとか。

 つまりは、一番こらえ性がなかったロッテンマイヤー公爵家だけが、間抜けにも袋叩きにされて潰されてしまったというわけだ。


「これからどうしたものかな」


「そうですよねぇ」


 掃除を終えた屋敷の鍵をかけ、あとはこれを王城に提出すれば、私のロッテンマイヤー公爵家筆頭家臣としての仕事は終わる。

 しばらく休んでもいいが、家族のこともあるので、なるべく早く次の働き口を見つけないとな。


「失礼、元ロッテンマイヤー公爵家の筆頭家臣であるシーゲル殿ですか?」


「私はシーゲルですが、あなたは……バウマイスター辺境伯家の家宰殿ですか」


「よくご存知で。ところで、バウマイスター辺境伯家に仕官されませんか?」


「いきなりですね」


 お屋敷の正門から出た私を呼び止めたのは、なんとバウマイスター辺境伯家の家宰ローデリヒ殿だった。

 それにしても、つい数日前まで紛争をしていた貴族の元家臣を雇い入れようとするとは……。

 バウマイスター辺境伯様は、見た目以上に豪胆な方のようだ。


「知っていらっしゃると思いますが、うちは常に人手不足です。それに加えて新興貴族なので譜代の家臣というものが存在せず、実力があれば出世のチャンスはあります。失礼ながら、ロッテンマイヤー公爵家に仕えていたあなた方を受け入れる家はないのでは?」


「……」


 ローデリヒ殿の言うとおりだ。

 いくらロッテンマイヤー公爵家が改易された原因がお館様にあるとしても、それを止められなかった時点で我々の評価もお館様と同じなのだから。

 そもそも他の貴族がよそ者を新しい家臣にすることなど滅多になく、人が欲しければ身内や、家臣の子弟を雇い入れるのが普通だという事情もあった。


「シーゲル様、よかったですね」


「あなたも、他の家臣の方々もバウマイスター辺境伯家に仕えませんか? 完全な実力勝負になるので、出世できるかどうかまでは保証できませんが」


「その前に、ロッテンマイヤー公爵家の元家臣が再仕官なんて難しいと思うので、よろしくお願いします」


「私もこのチャンスを生かそうと思います」


「いやあ、助かりました。うちは本当に人手不足ですからねぇ……ああ、忙しいのは覚悟してください」


 こうして私たち、ロッテンマイヤー公爵家の元家臣たちは全員、バウマイスター辺境伯家仕官することができた。

 二度と貴族に仕官できないと思っていたので、まさに渡りに船だ。

 

「(本当に我々を雇い入れるとは……。残念ながら、ロッテンマイヤー公爵とは貴族としての器がまったく違うのだな。このまま落ちぶれると思っていたが、思わぬチャンスを掴むことができた。今度こそ、自分の実力だけで出世するんだ)」


 もう旧主のことは忘れて、発展を続けるバウマイスター辺境伯家で頑張ろうではないか。

 お屋敷の鍵を届けた私は、急ぎ家族と共にバウルブルクに引っ越す準備を始めた。

 新天地で、自分の実力を試すのだ。







「未開地を開発すればするほど人手が足りなくなるんだが、なんとかならないかな? ロッテンマイヤー公爵家の家臣ってかなり少なかったし」


「じゃあ、また別の公爵に喧嘩売ったらどうだ?」


「嫌だよ、面倒なだけだから」


 ロッテンマイヤー公爵家に喧嘩を売ったおかげで、未婚貴族令嬢たちに押しかけられることはなくなったけど、紛争を短期間で終わらせるのは色々と面倒なんだ。

 俺が適当に考えた一日で終わる紛争でも、参加した貴族たちにロッテンマイヤー公爵家からぶん取った賠償金を分配したら、ほとんど利益がなかったという現実。

 戦争なんて損するだけだから、やるものではないな。

 俺は未婚の貴族令嬢とお見合いをしていたはずなのに、紛争になってしまったなんて。

 これだから貴族ってのは面倒臭いんだ。

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