閑話34 世界が変わっても、婚活であり得ない条件を出す人はいる(その4)

「しかし、酷い目に遇いましたよ」


「本当です。ですが、さすがにもう諦めたでしょう」


「どれを選んでもハズレである!」


「導師も酷いことを言うな。まあ俺も同感だけどな」




 王都のお屋敷へと向かう帰り道。

 俺とブライヒレーダー辺境伯、導師とブランタークさんは、とんでもないお見合いパーティーに参加させられた愚痴を零し続けていた。

 多分、俺たちのあとに会場を離脱した他の男性参加者たちも同じように思っているだろう。

 しかしながら、前世で到底ありえない結婚相手の条件を出し続け、いつまでも結婚できない結婚適齢期を逃した男女を直に見たことがあるけど、この世界にも存在するとは思わなかった。

 

「さすがに、このあと陛下に苦言を呈しておくのである! 下手に同情してこのようなことをすると、かえって不幸になる人が増えるのである!」


「まあそうだな。変に夢を見せただけなんだから」


 もし彼女たちが我儘を言わず、自分たちの身の丈に合った男性を探してくれというのなら、今回のようなお見合いパーティーを開いても意味があったはず。

 しかし残念ながら、彼女たちが結婚できない理由は自分たちの中にあったというわけだ。


「バウマイスター辺境伯、 家族の元に送ってくれないか?  なんかすげぇ疲れたわ。娘で癒されたい」


「某も屋敷に戻るのである!」


「私も王都の屋敷に戻りましょう」


 ブランタークさんをブライヒブルクの自宅まで『瞬間移動』で送り、導師とブライヒレーダー辺境伯と別れた俺が王都バウマイスター辺境伯邸に戻ると、明日一緒に王都で観光や買い物をするつもりで連れてきたエリーゼたちが出迎えてくれた。

 彼女たちを見ると同時に、俺は安堵のため息をつく。


「(美人は三日で飽きると言うけど、別に飽きないよな)」


 じゃあ、元は美しかった人も多いはずの貴族令嬢たちも三日で飽きるのかと問われたら、絶対にそんなことはないと思う。

 いや、彼女たちの言動には飽きないかもしれないが、そもそも一緒にいるのが苦痛だろうから、やっぱり彼女たちとの結婚は勘弁してほしい。

 残念ながら、俺にはそこまでのボランティア精神はないから。


「ただいま、みんな」


「あなた、なにかあったのですか? ルックナー侯爵様が主催するパーティに、ブライヒレーダー辺境伯様や伯父様と一緒に参加したのですよね? お顔の色が……」


「それがただのパーティーじゃなかったんだ。もう二度と参加したくない酷いパーティーだった」


 半ば奇襲のようにお見合いパーティ―に参加させられた旨を説明すると、エリーゼたちはあからさまに不機嫌な表情を浮かべた。

 それはそうだ。

 仕事上のお付き合いの延長線上にあると思われていたパーティーに夫が出席したら、実はお見合いパーティーだったのだから。

 まさに、『聞いてないよ!』だろう。


「ヴェルは、アニータ様の大軍と渡り合ってきたんだ。だから疲れたような表情をしているんだね」


「肉体的よりも精神的に疲れた」


 彼女たちは何が何でも条件がいい男性と結婚したいから、男性側としては言質を取らせるわけにいかない。

 俺はそれほど興味を引かれなかったが、せっかく沢山ご馳走が出ていたパーティーにも関わらず、みんなほとんど食べずに警戒態勢を維持していただけなのだ。

 それが終われば疲れるに決まっている。

 三時間も緊張し続けるというのは本当に疲れることなのだから。


「彼女たちが結婚できない理由はよく理解できた。どうしてあんなに上から目線で、自分のことは棚にあげて、他者への要求が高いんだろう?」


「自分を客観視できないと厳しいわよね」


「だよなぁ」


 まさにイーナの言うとおりである。

 とはいえ、もうこれで面倒事は終わりだ。

 俺たちはせっかく王都に出てきたので、夕食は王都の高級レストランに行き、帰りにみんなで楽しく買い物をしてから、その日は王都の屋敷で就寝した。

 そして翌日。

 昨日の疲れも取れたのでバウマイスター辺境伯領に『瞬間移動』で戻ろうとしたところ、王都の屋敷を管理している家臣が血相を変えて飛び込んできた。


「お館様、大変です!」


「大変? なにかあったのか?」


「それが……」


「離しなさい! この私を誰だと思っているの? バウマイスター辺境伯様の新しい正妻シルヴィアなのよ! もし私に無礼を働けば、ロッテンンマイヤー公爵家があなたたちに罰を与えますから!」


  昨日のお見合いパーティーで話をした、ロッテンンマイヤー公爵家の令嬢……俺の母親よりも年上だとあとで聞いたけど……シルヴィア嬢が屋敷に入り込み、俺の正妻だと言い張って、彼女を追い出そうとする家臣と警備兵たちを困惑させていた。

 これがただの暴漢なら、すぐに取り押さえて屋敷の外に叩き出すのだけど、相手が公爵家の人間なのでどうしたらいいか戸惑っているようだ。

 女性だというのも、手を出しにくい要因だろう。


「エルヴィン様、どうされますか?」


「どうって……。ヴェル、この人は本当にロッテンンマイヤー公爵家のオバ……ご令嬢なのか?」


 俺たちと共に屋敷に泊まっていたエルが、俺がシルヴィア嬢の前に姿を見せると彼女の正体を尋ねてきた。

 もし彼女が本物だったら、手荒なことをするとあとで問題になるからだ。

 

「(エルたちは、彼女が偽物だって思ってるのかも……)」


 ロッテンンマイヤー公爵家のシルヴィアを名乗る、ゴージャスな服装に変装した平民のオバさんだと思ってそうだ。

 普通に考えたらそちらの可能性が圧倒的に高いのだけど、残念ながら彼女は本物である。

 俺はエルにそっと耳打ちして、その事実を伝える。


「(マジで? お前、 昨日のお見合いパーティーで口が滑ったんじゃないのか?)」


「(滑るか!  そこは一番注意したわ!)」


 というか、あのお見合いパーティ―に参加した男性参加者は全員注意している。

 だから三時間後、逃げるようにパーティー会場をあとにしたので確認はしていないが、一件も結婚どころか、次のデートも成立しなかったのだろう。

 ルックナー侯爵とエンデルス内務卿に文句を言う機会が与えられるのなら、全員あの紙に二人の名前を書いたのことは確実だ。


「(確かに、もしお前が急に熟女好きになって、彼女と結婚することにしたとしても、翌日にいきなり屋敷に乗り込んできて、自分はバウマイスター辺境伯家の正妻ですって名乗らないか。冷静になって考えてみたら、急に寒気がしてきた)」


「(奇遇だな。俺もそうだ)」


 これはつまり、現実が直視できないということなのだろうか?

 陛下から相談されたルックナー財務卿とエンデルス内務卿は、打算もあって、多くの貴族たちに恨まれることを覚悟して、一件も結婚が成立しなさそうなお見合いパーティーを開いた。

 チャンスは与えたというアリバイを作るため。

 そして、未婚の貴族令嬢たちに最後の思い出の機会を与える、的な目的はあったのかもしれない。

 だが今気づいたのが、それはかえって悪手だったんだろうな。


「(昨日、頑張っておめかしをしてお見合いパーティーに参加したのに、誰からも結婚を申し込まれなかった。その現実が彼女壊してしまったのかもしれない……)」


 条件のいい男性とのお見合いパーティーが開催されなければ、彼女たちは『そんな機会があったら、絶対に自分は選ばれている』と、同じ境遇の仲間たちとお茶を飲みながら話をして一日を過ごしたかもしれない。

 それは現実逃避なのではないかという意見もあるが、実際にお見合いパーティーを開いてみればこの様である。


「(現実が認められなくて、ついに妄想の世界に入ったのか?)」


「(ショックが大きすぎて、彼女は無事に俺の正妻になったのだと思い込まないと、精神が崩壊してしまうのかも……)」


「(ルックナー侯爵、ひでえな)」


「(ああ、かえって残酷だな)」


「(陛下も残酷だな)」


「(いやぁ、陛下はそこは聞き流してほしかったんじゃないのか?)」


 頑張ってみましたけど、お見合いパーティーの開催はできませんでした。

 で、よかったんだと思う。

 ただ、それで評価が落ちるのは嫌だから、未婚の娘がいる大貴族たちに恩を売って少しでもプラスにしようと考えたのだろう。

 

「(ルックナー侯爵とエンデルス内務卿がお見合いパーティーの開催に成功すれば、自分たちの家にとってはプラスと計算を間違ったからこうなる)」


「(計算を間違えた?)」


「(ああ……)」


 昨日のお見合いパーティーに無理やり参加させられた男性参加者たちの恨みを買ったし、元々期待はしていないとは言っても、女性参加者たちの父兄はルックナー侯爵とエンデルス侯爵の不手際を責めるだろう。

 人間は感情の生き物なので、そこの計算を誤ると、今回のようにとんでもないことになるわけだ。


「(多分他にも、昨日のお見合いパーティーに参加した男性参加者の屋敷に押しかけている女性参加者がいるかもしれないぜ)」


「(うわぁ……)」


 俺もその光景を頭の中で想像し、今実際目の前で俺が目撃している惨劇と合わせ、早朝からテンションがガタ落ちだ。


「あなた、おはようございます」


「……」


 ちゃんと挨拶をしないと失礼ですよと、前世でも今世でも教わっていたけど、ここで彼女に挨拶を返すと、俺が彼女の夫であることを正式に認めたことになってしまうような気がして、俺は言葉を発することができなかった。


「(ヴェル、どうする? お前が許可すれば取り押さえることもできるが……)」


 エルが躊躇するのも無理はない。

 もしエルたちがシルヴィア嬢を取り押さえたあと、彼女がロッテンマイヤー公爵に暴力を振るわれたなどと訴えたら、さらに話が面倒くさくなることは明白だったからだ。

 彼女は腐っても公爵令嬢であり、だから普通の暴漢にように取り押さえ、屋敷から叩き出すことはできないのだから。


「(ロッテンマイヤー公爵を呼び出して、彼女を引き取ってもらうしかないよなぁ……)」


「あの……何事ですか?」


 屋敷内の騒動を聞きつけ、エリーゼも姿を現す。

 ついシルヴィア嬢とエリーゼを見比べてしまうが、その感想は言わないことにしよう。


「あら、側室のエリーゼさんではありませんか。これからはこの私、ロッテンマイヤー公爵家のシルヴィアが、バウマイスター辺境伯家の正妻として奧を取り仕切るので、あなたと他の妻たちは、私の指示に従ってください」


「えっ?」


 エリーゼが驚いた表情を隠しもせず、俺の方を向いて彼女の発言の真偽を確認しようとした。

 昨日のお見合いパーティーのことはすでに話であったし、俺が『処置なし』と言った表情で首を横に振ると、彼女は納得した表情を浮かべつつ、その目の奥にシルヴィア嬢に対する哀れれみの色も浮かべた。

 エリーゼは敏いので、すぐに事情を察してしまったのだろう。


「(そういえば、 心が逝ってしまった人も教会の領分なんだっけ?)」


「(俺の故郷でも、家から一歩も出られなくなってしまった人のケアは教会の神父さんがやってたな)」


 この世界では医療の大半を教会が担っているので、カウンセリングも同じというわけか。


「(宗教って、必要な人には必要なんだなぁ)」


「ヴェル、ロッテンマイヤー公爵がすぐに来るってよ」


「助かったぁ……」


「だといいな」


 エルの発言が気になったが、シルヴィア嬢がおかしな真似をしないように見張るのが忙しくて、すぐに忘れてしまった。

 そして彼の懸念は、ロッテンマイヤー公爵がシルヴィア嬢を迎えに来たことで表面化する。


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