閑話21 シャーウッド子爵(その5)

「ふぇーーーー、朝風呂最高!」


「一週間連続のお休みで、朝から酒を飲んでも文句を言う奴もいない。最高だな」


「宮仕えは大変なのである! なので、たまにはよかろうなのである!」


「「……」」


「(ヴェル、導師ってそんなに仕事熱心なのか?)」


「(それを聞いてどうするよ?)」






 俺、エル、ブランタークさん、導師のモラトリアムは一週間も続いていた。

 導師が懸命にシャーウッド子爵を説得したので、彼はまだあの世に戻るつもりがない……導師が『某の体に纏わせた聖光を用い、抱きついて浄化しようか?』と尋ねたら大人しくなったので問題ないであろう。

 シャーウッド子爵としても、導師よりもエリーゼに浄化されたいようでこの世への残留を決めていた。

 今も、王都にある風呂屋のVIPルームにある大浴槽の端に立っている。

 彼は幽霊なのでお風呂には入れないし、その前に服を着たままだが、それでもお風呂のよさは感じられるそうだ。

 とても満足そうな表情で立っていた。


「ヴェル、今夜はどこに行くんだ?」


「随分と派手に遊んでいますけど、お金はまだ大丈夫なのですか?」


「問題ないのである!」


 導師による説得のおかげで、いつもは三年に一度、一日か二日遊んであの世に戻るシャーウッド子爵の滞在は、異例の一週間に及ぼうとしていた。

 俺は三日くらいで導師の企みもバレるかと思ったのだが、教会からするとシャーウッド子爵は取り扱いが難しい存在のようで、なにも言ってこなかった。

 『霊の浄化は教会が一番!』という評価に傷をつける存在なので、できるだけ穏便にあの世に戻ってほしいというわけだ。

 実は導師が、硬軟織り交ぜて半ば強引に引き留めているのだが……。

 シャーウッド子爵が死後デビューを果たしたとはいえ、ゴーイングマイウェイを極めた導師が相手になると、その行動も縛られてしまうというわけだ。


「ブランタークさん、次のお店のあてはあるんですか?」


「あるぜ。王都は、リンガイア大陸でも一二を争う歓楽街を抱えているからな」


「一二とは言っても、競争相手は帝国の帝都である!」


 両方とも一国の首都なので人口も多く、そういうお店が多くて当然というわけか。

 色々あって、現在は両国とも景気がいいからな。

 人々が、稼いだ金でたまの潤いを求めるのはおかしなことではない。

 人間、たまにはそういうこともね。


「辺境伯様、楽しいだろう?」


「楽しいですね」


 浮気ではないけど、酒を飲みながら綺麗なお姉さんたちと話をするのがこんなに楽しいとは思わなかった。

 それと、いつもは忙しい俺が一週間も休みを取れたのも大きいと思う。


「それにしても、バウマイスター辺境伯の影響が大きいお店が多いのである!」


「そうだよな。あんな衣装、よく思いつくぜ」


「根がスケベなんだな」


「エルに言われたくない」


 リンガイア大陸における、綺麗なお姉さんとお酒を飲むお店事情だが、これまではみんな同じようなドレス姿が大半であった。

 ところが今では、俺が考案して作らせたメイド服、バニースーツ、布地が少ない水着、セーラー服、ナース服、巫女服(修道服だと教会から怒られるので)、ミニスカサンタ、浴衣、着物などが、そういうお店で働く女性たちの制服に採用され、多くの客で賑わっていた。

 女の子が男装しているお店や、軍服姿のお店も、一部熱烈なマニアの間で大人気なのだそうだ。


「キャンディー殿の服飾工房が、バウマイスター辺境伯の依頼で縫製し、販売していたのであるが、あっという間に真似されてしまったのである!」


 この世界には、著作権の概念はないから仕方がない。

 どうせ俺も、前の世界の服をパクッただけなので人のことは言えないのだから。

 それに、キャンディーさんの服飾工房は相変わらず大忙しだそうだ。

 真似をしたとはいっても、縫製技術の差でキャンディーさんの服飾工房に品質が大きく劣るらしく、高額でも高品質の服を求めるお店は、彼女?がほぼ独占しているようだ。

 その手のお店で女性が安っぽい服を着ていたら、客も興ざめしてしまう。

 低品質品は安いお店で需要があるそうで、上手く住み分けができているようであった。


「またその手のお店ですか?」


「まあな。実は、そのお店の女性たちの服装は、辺境伯様が考案したやつじゃないんだ。ベッケンバウアーの実家が、売り上げアップのために売り込んだんだと。そのお店、すげえ人気なんだよ」


 ああ……。

 ベッケンバウアーさんが絡んでいるというだけでわかってしまったな。

 あれか。


「ブランターク殿、話に聞く限り楽しそうなお店であるな」


「その分、いいお値段だけどな」


「まだカジノで勝った分が残っているのである! 問題ないのである!」


 この一週間豪遊の限りを尽くしたが、あれだけの大金、そう簡単にはなくならない。

 マイナス分は教会が補填してくれるけど、プラス分は返却しないといけないので、導師は意地でも全額使い切ろうとしていたが、どだい無理な話だったのだ。

 そのおかげでこの一週間。

 俺たち五人はとんでもない豪遊をしていると、歓楽街で評判になっているそうだが。


「私も楽しみになってきました」


 実はシャーウッド子爵も、そんなにあの世に戻りたかったらエリーゼところに行く機会などいくらでもあったはずが、それをしてないので自分も十分に楽しんでいるのであろう。


「昼はご馳走を食べて体力をつけ、夜になったらそのお店に行くのである!」


 全員がブランタークさんの提案に賛成し、俺たちは夜にその評判のお店へと出かけるのであった。






「これは凄いですね。あの世の方々へのいいお土産になりますよ」


「噂には聞いていたけど、これは絶景だな」


「この世の極楽なのである!」


「ヴェル、凄いな。王都はなんでも最先端だな」


「ああ(まさか、こういうお店を実現してしまうとは……)」



 俺たちが向かったお店は、いわゆる『ランジェリーパブ』と呼ばれるものであった。

 以前はなかったそうだが、俺が考案した衣装を着て接客するお店が増え、そちらに客が集中するようになったため、女の子を下着姿で接客させるお店を考案した人がいたというわけだ。

 世界は違っても、人間の考えることは同じというわけだ。


「高価な下着だな」


「お客さん、下着よりも私に集中してくださいね」


「バウマイスター辺境伯、叱られたのである」


「あははっ……」


 このランジェリーパブ、入場料だけでもかなり高額だったが、多くの客で賑わっていた。

 女の子たちが着けている下着を見ると、確かにベッケンバウアーさんの実家のお店の品だとわかる。

 品質のいい高額の下着で、女の子たちも綺麗な子ばかり。

 なるほど。

 入場料が高額なのも納得できるというわけだ。


「この店、人気なのも頷けるな」


「是非ご贔屓に」


「常連になりたいな」


 エルもとても楽しそうだ。

 そのうち、バウマイスター辺境伯家の用事で王都出張を命じると、必ずこのお店に寄りそうな気がしてしまう。


「そして、あちこちに見える顔見知り……」


 誰とは具体的には言わないが、この店に通えるってことはそれなりの財力がある証拠。

 知り合いの大貴族たちの比率が高いのは、仕方がないことであった。


「ううむ、その下着、少し解れているな。脱いでくれれば、ワシが補修してやろう」


「いやだぁ。お客さんのエッチ!」


「「「「……」」」」


 あきらかに、某魔導ギルドで色々と研究している人の姿があったが、俺たちはスルーすることにした。

 この店の下着は、彼の実家が提供している。

 彼の来店は接待であり、本当に下着が解れているのかもしれないのだから。


「バウマイスター辺境伯様、これからの予定は空いていますか?」


「どうだったかな?(キタァーーー!)」


 突然、お店のナンバーワンだという女の子からこれからの予定を聞かれた。 

 まさかこれが、俗に言うアフターデートのお誘いというやつであろうか?


「私、明日はお休みなんです。バウマイスター辺境伯様は?」


「今のところは予定はないかな」


 実は導師次第としか言いようがなかったが、カジノで稼いだ金を使い切っていない以上、彼がこのモラトリアムを終わらせるつもりはないはず。

 つまり、明日もお休みというわけだ。


「それなら、導師様も、エルヴィン様も、ブランターク様もご一緒に王都の郊外に旅行するのもいいですね」


 別のナンバー2だと聞いたエリーゼ並に胸が大きい女の子からも誘われ、俺たちは今の流れのままだと、女の子たちとアフターで旅行に行くことが決まりそうであった。


「(ヴェル、いいのか?)」


 この流れを止めるべく、エルが俺にそれはまずいだろうと言ってきた。

 不倫旅行と思われてもおかしくはないからだ。

 それにしても、エルが止めに入るとはな。

 これは意外な展開だ。


「(導師とブランタークさんは乗り気みたいだけど)」


 ここで『結構です』と断るのも、この場を悪くするのでよくない、みたいな?

 俺がやっぱり日本人だから、その場の空気を読んでしまうんだよ。

 それに、世の中の女の子たちと旅行に行く男性が全員不倫するわけでもないし。

 そう、これは俺の心を潤すミネラルウォーターのような行事、学校の遠足みたいなものだ。

 この一週間、王都の飲食街と歓楽街ばかりで飽きたからな。

 あと、俺はバウマイスター辺境伯だ。

 導師があちこちで金を派手に使って景気を刺激しているのを、同じ貴族として手助けする義務があると思うな。


「(お前、よくそんな屁理屈を思いつくな)」


 この一週間の成果だな。

 俺は今、バウマイスター辺境伯に相応しい言動ができる、真のバウマイスター辺境伯に生まれ変わったのだ。


「(嫁たちに殺されるぞ)」


「(それはエルがだろう?)」


 エリーゼたちは優しいからな。

 そんなことはないはず。

 それに、バウマイスター辺境伯に相応しい女性のあしらいくらい、ちゃんと覚えないと。


「(駄目だこりゃ。この一週間で完全に導師に毒されてやがる)」


「(ふんっ、なんとでも言うがいい)」


 一泊程度の小旅行をするとして、さてどこに行こうか?

 導師とブランタークさんと相談しようかなと思っていたら、突然シャーウッド子爵から眩しい光が発生し、彼の体が徐々に透明になって消えていくではないか。

 俺たちは一体なにが起きたのか理解が及ばず、ただその場で唖然とするだけであった。


「シャーウッド子爵さん?」


「エルヴィンさん、私の修行はこれで終わりです。実は隠していたのですが、功徳はその気になれば一回の下界で纏めて積めたのです」


「今回で終わりってことですか?」


「はい。神様がもう十分と判断したので、エリーゼさんに浄化してもらうことなく、こうして天国に戻って行くわけです」


 シャーウッド子爵は、わざと三年に一度一日か二日下界で楽しむスケジュールを組み、修行を終える日を先延ばしにしていた。

 ところが、導師が無理やり彼を引き留めて放蕩の限りを尽くしたので、この一週間で完全にノルマを達成。

 あとは、生まれ変わるまで天国で修行を積むため、二度と下界には降りてこないと宣言した。


「なんとぉーーー! 三年後、また同じことをしようと思ったのにである!」


 導師はこれからも三年に一度、シャーウッド子爵の下天を利用して遊びまくる計画を立てていたが、実は功徳は一回の下天でいくらでも積めるという事実を彼が隠していたため、ノルマを達成したシャーウッド子爵は浄化なしで天に昇ろうとしていた。

 導師の完全な計算違いというわけだ。


「こら! 消えるな!」


「無茶を言わないでくださいよ、もう終わりです」


「ここの女の子たちと旅行は?」


「行きたかったですけどね。私はもうこれで抜けます」


「シャーウッド子爵がいないと駄目だろうが!」


 ブランタークさんの言うとおりで、シャーウッド子爵がいるから教会のバックもあってこれまで好き勝手できたのに、彼がいなくなればこんな楽しい日々ももう終わりだからな。

 別に好き勝手やればいいという意見もあるが、ブランタークさんとしても娘さんの手前、シャーウッド子爵というアリバイはありがたかったのであろう。

 今、そのアリバイである彼が天に昇っていくわけだが。


「バウマイスター辺境伯、それでは」


「はぁーーー? シャーウッド子爵がいなくなるってことはつまり?」


「長かったバカンスも終わりってことだな」


「もう少し頑張ろうよ!」


「いえ、さすがに無理です。それでは消えます」


 シャーウッド子爵は呆気なく消えてしまい、これにて俺たちのモラトリアムは呆気ない終焉を迎えるのであった。

 なお、本当にシャーウッド子爵はこれ以降、二度とこの世に姿を見せなかった。

 俺としては、三年に一度ならまた来てほしかったのに……。

 導師が欲をかくから。





「あのシャーウッド子爵を完全に浄化してしまうなんて、さすがはあなたですね」


「うん、まあね……」


「(よく言うよ。ただ遊びまくっていただけのくせに)」


「(エルも人のことが言えるのか?)」


「あなた、エルさん。どうかしましたか?」


「「ううん! なんでもないです!」」


 結果的にシャーウッド子爵が完全に浄化されてしまったため、俺たちは教会関係者からえらく感謝され、エリーゼはそんな俺を尊敬の眼差しで見ていたのだが、純粋な彼女に褒められると少し心が痛い。

 本当は、ただ導師の企みに乗ってただ遊んでいただけだからな。

 とはいえ、実質一週間のお休みが取れたのだ。

 これ以上贅沢を言っても仕方あるまい。


「シャーウッド子爵の件はこれでもう終わりだ。今日からは、バウマイスター辺境伯領の開発を促進する仕事が始まるわけだ」


「さすがはあなた。仕事熱心ですね」


 エリーゼ、頼むから少しは俺を疑ってくれ。

 ただ、お休み明けだから、今度はちゃんと働かないとなという、極めて日本人的な思考で言っているだけなのだから。


「ローデリヒ、これからの予定は?」


「はい。お館様は教会からの無理難題を成し遂げるため、一週間も大変でしたので……」


 さすがは教会。 

 ただ一週間遊んでいただけなのに、ローデリヒがこれからの俺のスケジュールに配慮してくれるなんて。

 遊んでいたのに悪いくらいだな。


「……早めていた計画に遅れが生じましたので、二ヵ月ほどお館様はお休みがありませんな」


「はい?」


 俺は最初、ローデリヒが言っていることが理解できなかった。

 こいつはなにを言っているのだと。

 二ヵ月休みなしなんて、それはどこのブラック企業なんだよ!


「教会の案件とはいえ、お館様が一週間も不在だったのは辛い。よって、拙者は心を鬼にしてお館様に存分に魔法で活躍していただきたく」


 なんと言うことだ。

 一週間遊んでいたら、その分あとのお休みがなくなってしまったなんて!


「あははっ、そんなことだろうと思ったぜ」


 エルの奴。

 他人事だからって!


「エルヴィンも仕事が詰まっているので、二ヵ月お休みなしです」


「俺もかよぉーーー!」


「エル、残念だったな」


「こんちくしょう!」


 そんなわけで、俺とエルは本当に二ヵ月休みナシで働かされた。

 翌日、ブランタークさんから魔導携帯通信機で連絡がきたが、やはりブライヒレーダー辺境伯も甘くはなかったようで、しばらく休みがないと愚痴っていた。

 導師は……あの人はどうせ普段仕事なんてしないので、得したのは彼だけなのか。

 それを聞いた時、もの凄く理不尽に感じてしまったのは俺だけじゃないはずだ。

 天国の神様、一度くらいあの人に罰を当ててください。

 こんなことなら、シャーウッド子爵なんてすぐに浄化してしまえばよかった……とはいえ、ああいうお店も楽しいんだなということは理解できた。

 今度、お休みの時に王都に出かけてみようかな。




「おや、シャーウッド子爵ではないですか。今回は随分と長い下界でしたね」


「ちょっと面白い方々に出会いまして。それと、私もアルフレッド殿と同じく生まれ変わるための修行を始められることになりました」


「それはよかったですね。そういえば、下界には下着を着た綺麗なお姉さんが接客してくれるお店があるとか? この前死んだ人が教えてくれたのです」


「行きましたよ、楽しかったですね」


「私も早く生まれ変わりたいですね」


「アルフレッド殿は、さぞや女性にモテるでしょうに」


「ああ、そういうのと、こういうのは別なんですよ」


「なるほど」


 天国に戻った直後、知り合いであるアルフレッド殿と下界の話でかなり盛り上がった。

 その話の中で、彼の弟子があのバウマイスター辺境伯だと知ったのだが、やはり彼は、アルフレッド殿の弟子とは思えないほど地味だなと感じてしまうのであった。

 魔法の才能は、決して彼に劣ってはいないと思うけど。

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