第十六話 世界樹
「もの凄く大きな木だなぁ……見上げていたら首が……」
「普通に考えたら、こんな巨木あり得ないんだがな」
「ブランタークさん、つまりこれは自然のものではないと?」
「古代魔法文明の遺産かもな」
「これは木ですけど?」
「イーナ嬢ちゃん、古代魔法文明には生物の形や大きさを弄る魔導技術もあったと聞く。まあ、ベッケンバウアーの受け売りだがな」
「あの人のお話ですか……」
「あいつは研究だけは真面目にやるから、そこは信用できるだろう」
巨大な飛行竜を倒した翌日。
俺たちは、巨大な木の前に立っていた。
今、アームストロング伯爵が派遣した学術調査隊が巨木の測定や調査をしているが、幹の直径が一キロを超え、高さも五キロを超えるそうだ。
木というよりも山みたいなものだな。
当然自然界でこんな木はあり得ないので、ブランタークさんの言うとおり古代魔法文明時代の遺産である可能性が高かった。
地球でいうところの、遺伝子操作生物の類かもしれない。
もしかしたら、恐竜モドキたちも魔物化する前はそういう生物だったのかもしれないな。
「バウマイスター辺境伯!」
「どうかしましたか?」
俺たちは、ブランタークさんが世界樹と命名した木の傍でお菓子とお茶を楽しんでいた。
久々にエリーゼが淹れたお茶を飲み、フィリーネとアマーリエ義姉さんが作ってくれた焼き菓子を楽しみ、ブランタークさんがマテ茶に多めのブランデーを注いでいると、そこにアームストロング伯爵がやってきた。
「見よ!」
アームストロング伯爵は、テーブルの上に最新のガトル大陸北部の地図を広げた。
とはいえ、この大陸はリンガイア大陸と遜色ない大きさの大陸であり、二匹の領域のボスを倒したところで全体の何分の一かも不明であった。
ただ現時点で開放された領域だけでも、バウマイスター辺境伯領の数倍の大きさだそうだが。
「ここから、どのくらいの陸地が南に広がっているのかわからないのですね」
「あの巨大な山は、はたしてどのくらい遠くにあるのか!」
アームストロング伯爵が指差した遥か南方に、大きな山が見えた。
暑いくらいのガトル大陸にもかかわらず、頂上付近には雪も見えるので、よほど標高が高いはずだ。
となると、気が遠くなるほど遠方にあるのであろう。
「まずは、この巨木の調査が先だと思います」
「そうなんだがな! 美味い!」
アームストロング伯爵は、勝手にブランタークさんのブランデー入りマテ茶を飲み干してしまった。
ブランタークさんが渋い顔をするも、すぐにエリーゼがお茶のおかわりを淹れると、またブランデーを注いで飲み始める。
「ブランターク殿、これから調査なのに飲酒はよくないぞ」
「人のことが言えますかい。景気づけですよ」
「俺もそうだよ。さて、あの謎の巨木になにがあるかな?」
お茶の時間を終えると、俺たちは巨木の調査をすべく『飛翔』で巨木の大きな枝にとりつくのであった。
「魔物は……いないようですね」
「あのデカイ飛行竜を倒したんだ。いてほしくないがね」
「変な動物はおりますわね。ヴィルマさん……いきなり食べると危険ですわよ」
「ヴェル様がなにも言わないから大丈夫」
フィリーネとアマーリエ義姉さんに留守を頼み、俺たちは巨木の枝の上に立っていた。
まだ安全かどうかわからないので、魔法で飛べないエルたちも『飛翔』で運び、冒険者パーティによる探索の体を成している。
巨木の枝はとても大きく、まるで地面の上に立っているかのようだ。
今のところ魔物はいないことが確認され、カタリーナは小鹿くらいの大きさのリスに似た動物を発見していた。
数えきれないくらいある、木の枝についたレモン大のアセロラみたいな赤い実を取って齧っており、ヴィルマも木の実を取って口に入れていた。
俺が事前に探知してみたけど、毒はないみたいだ。
「ヴェル様、渋い」
「どれどれ……このままだと食えないな」
渋柿みたいな味で、栄養はあるから大きなリスは食べているのだろうけど、人間の口には合わないな。
「人が住めそうである!」
「そうですね。木の枝の上なのにまるで地面みたいで」
エリーゼは、巨木の枝の上の広さに驚いていた。
幹の直径が一キロを超えているんだ。
その太い枝の上に広場ほどのスペースがあっても、そんなにおかしくはなかった。
「(巨木すぎて、木の上に人が住めそうってのは凄いな……そんな創作物が前世であったような……)食べ物はあるからなぁ……」
実際、さっき動物と木の実はあったのだ。
水も……雨水を溜めておけば大丈夫か?
「まあ、こんなところに人間が住んでいるわけがないけど」
「それがそうでもないみたいだな」
「本当だね。それもわかるだけで数十人」
「……えっ? 木に人が住んでいるのかぁ……」
ブランタークさんがいち早く、遠くから気配を消して俺たちを窺う存在……あきらかに人間であろう……を『探知』した。
ほぼ同時にルイーゼも気がついており、俺も改めて『探知』すると数十の人の気配を感じることに成功していた。
「この大陸に人が住めてしまうのね」
イーナが驚くのは無理もない。
こんな恐竜モドキばかり棲んでいるガトル大陸で、よく人間が生き残れたなと、誰もが思ったであろうからだ。
「だから、木に住んでいるんじゃないのか? あの巨大な飛行竜にしても、木に隠れていれば安全だ。食い物もあるみたいだしな」
「大きなリスと、渋い木の実だけ。辛そう」
「他にも食べ物があるのではないですか?」
「そうさの。住居は木があるから大丈夫なのか? 着る物は……木の皮か、さっきの大きなリスの毛皮もある。他に動物がいるやもしれぬ」
「みなさん、気配が近づいてきます」
カチヤ、ヴィルマ、カタリーナ、テレーゼで木の上での生活を想像していると、リサが俺たちを窺う数十の気配が接近してきたことを告げた。
「戦闘であるか?」
「導師、すぐに戦いにするなよ。無駄な争いは極力避けるべきだな」
安易に戦闘を目論んだ導師を、ブランタークさんが嗜めていた。
確かに、彼らが戦闘を望んでいる確証がないからだ。
「来ました」
エリーゼの声と同時に、彼らは俺たちの前に姿を現した。
「人間ですね」
「魔族とかではないのね」
「イーナ、彼らはほとんど魔力を持っていない……一人だけは違うかな」
「『世界樹』の外から人間が? あなた方はどこからいらしたのですか?」
この巨木、本当に世界樹って呼ばれていたのか……。
俺たちに声をかけてきた代表者らしき人物は、肌の色が白く、まるでエルフのような美少女であり、年齢は十五~十六歳くらいに見える。
少し華奢に見えるがとてもスタイルがよく、ルイーゼよりも濃い青色の髪を腰まで伸ばしていた。
もし耳が長ければ、その美しさと合わせて本当にエルフみたいなのだ。
他の男女も年齢は様々だが、基本的に肌の色が白く、やはりエルフみたいな人たちばかりであった。
服は主に緑色を主体とした色で構成されており、これは木の葉で色をつけているのかもしれない。
目的は、狩猟で動物に気がつかれないよう。
そして、俺たちが倒した巨大飛行竜の目を欺くためだと思われる。
彼らは全員山刀を腰に差し、背中に弓を背負っていたが、武器を構えている人はいなかった。
導師が思うほど好戦的ではないのであろう。
「私は、エルフ族の族長の娘アーシャです」
「エルフ族ぅーーー!」
この人たち、本当にエルフなのか?
しかし、この世界にはエルフとかドワーフとかはいないはず……。
でも魔族はいたし、ここはいまだ謎の多い大陸だ。
いないと決めつけるのは早計か?
「ヴェル、知ってるの?」
「あっいや……前に本で見たような……気のせいかな? 俺たちは、この大陸ではない他の大陸からやってきたものだ」
「合点がいきました。この大陸において、人間が世界樹の外で暮らすのは不可能ですから」
「外は魔物だらけですからね」
「私たちは、一万年以上もこの世界樹で暮らしております。世界樹の外に出れば、ただ魔物に食われるのみ。幸い、この世界樹は我らに衣食住のすべてを恵んでくれますので。ところで、長年我らを世界樹の外に出られないようにしていた『プテラノキング』を倒したのはあなたですか?」
「俺だけじゃなくてみんなで」
「それは凄いですね! 私の魔法では歯が立たなかったのです」
アーシャという美少女の顔が笑顔になり、同時に俺の両手を握ってきた。
美少女に手を握られるのは悪くない……しかし、今はポーカーフェイスである。
エリーゼたちに怒られるからだ。
「あの巨大飛行竜は、この地域のボスでした。今は巨木の周囲に魔物は一匹もいませんよ」
「つまり、我々は世界樹の外に出られるのですね?」
「大丈夫ですよ」
巨大飛行竜が倒された翌日。
この近辺に魔物一匹いなくなったのは確認している。
ボスが倒されたので、みんな他の魔物の領域に逃げてしまっのだ。
「あなた方は、昔この大陸に住んでいた人たちの子孫ですよね?」
「ええ、一万年以上も昔、北からの謎の災厄により、この『サウスランド』大陸は大きな被害を受けました。それだけならまだしも、さらに謎の生物が出現して繁殖まで始めてしまい……」
恐竜モドキの魔物たちが大量発生し、人間は食い殺されるか、大陸の外に逃げ出してしまった。
生き残ったのは、この世界樹に逃げ込んだ人たちだけのようだ。
「詳しい説明は父がしてくれると思います。是非、村へどうぞ」
「お邪魔させていただこうか」
「そうだな」
アーシャたちは巨大飛行竜を倒した俺たちに対しとても友好的であり、ならば詳しい事情を聞こうと、彼女たちの村を訪問することになったのであった。
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