第十四話 牛後よりも鶏口
「ご苦労様」
「「「終わったぁーーー」」」
この二週間。
ノースリバー北岸の野営地からノースリバー南岸で魔物を狩り続けた俺たちであったが、ステゴザウルスモドキ、ティラノモドキ、ブロントサウルスモドキなど。
かなり充実した恐竜大図鑑な日々を過ごしていた。
導師とアームストロング伯爵は、今は攻勢一本槍だと言って狩りばかりさせるし……。
ようやく狩りを終えて戻ってきたのだが、三人も働きづめで大変だったようだ。
途中で手伝いを拒否する可能性も考慮したのだが、どうにかやり遂げたとイーナから聞いていた。
「(意外だったな……)」
「(三人の話によると、これまでは分家や親族の娘だったから、そこまで貴族扱いでもなかったみたい)」
だから逆に貴族らしく見せようと、あの言動であったり、ヒラヒラのドレス姿でここに向かおうとしたりしたのか。
自分なりの貴族らしさを無理に実践していたようだ。
「ええと、大丈夫?」
「あの……」
「どうかしたの? マチルダさん」
「なんとか二週間はこなしましたが……」
「バウマイスター辺境伯様の妻になるのは難しいので……」
「辞退したいのです……」
俺の計画通りだ。
三人の心を折って、バウマイスター辺境伯家への嫁入りを辞退させることに成功した。
完全に言い切らないのは、彼女たちはちゃんと理解しているからだ。
自分たちは所詮はお飾りでしかなく、いくら自分たちが辞退しようとしても一族や家臣たちがそれを許さないのだと。
「解決方法はあるよ」
「それはどんな方法ですか?」
「教えてください!」
「お願いします!」
三人は身を乗り出して俺に尋ねてきた。
「簡単なことさ。いかに自分が強くあるかだ。当主夫人になるのだから、その地位に相応しく振る舞う。一族や家臣が許さない? 逆に実質当主に逆らうような奴は、罰するか追い出せばいい」
いくら当主夫人でも、次の当主を産まない限りは自分がナンバーワンなのだ。
自らの意思で家を差配し、邪魔する者は秩序破壊者として容赦なく罰する。
「そうすることで、彼らは黙って言うことを聞くようになるさ。所詮はただの家臣や一族なのだから」
「ですが、今のレーガー伯爵家において三人のうちの誰が当主夫人になっても、他の二人を支持する一族や家臣たちの反発が大きいはずです」
「それも手はある!」
「「「あるんですか?」」」
「とても簡単なことさ。俺が陛下にお願いすればすぐに実行できる。あとは君たちが、自分の道を歩み続ける覚悟を決められるかどうかだね」
「バウマイスター辺境伯様、お願いします!」
「私たちはもう、主導権争いを繰り返す一族や家臣たちに振り回されたくないのです!」
「どんな方法でも受け入れますから」
「その覚悟があればよし! その策とは……」
俺は三人に、今の状況を打破する策をそっと耳打ちした。
「なるほど!」
「この方法なら、少なくとも私たちの懐はなにも痛みませんね」
「お婿さんも自分で決められます」
「じゃあ、そういうことで」
俺は、三人を連れて王城へと向かう。
表向きは、陛下にガトル大陸の状況を報告するためであったが、実は……まあどんな策かはあとでわかることだ。
早速陛下に進言したところ、『了解した』とお墨付きを貰い、これで俺はレーガー家の後継者争いから無事に離脱することに成功したのであった。
「バウマイスター辺境伯様はいらっしゃるか?」
「失礼な奴だな。ここにいるよ」
二週間の常在戦場な日々を終え、レーガー家に対する方策を陛下に報告したので、俺は奥さんたちと王都の屋敷で寛いでいた。
庭では子供たちが遊んでいて、それを見ているだけで心が洗われるようだ。
アポなしで変なのが乱入してこなければな。
「ヴェル、彼らは?」
「あの元レーガー侯爵家の一族や家臣の方々で、まったく融通が利かない、欲深い人たちだ」
俺はイーナに、屋敷に押しかけてきた連中の正体を教えてあげた。
「旦那様、アポなしでもよろしいのですか?」
「一回だけは説明してあげるのが情けかなって。理解できなければ知らないけど」
「なるほど、わかりました」
俺はリサを下がらせてから、彼らの言い分を聞いた。
「バウマイスター辺境伯様! あなたは栄光あるレーガー家をなんだと思っているのですか?」
「栄光ある?」
「レーガー侯爵家は七百年もの歴史がある、王国でも有数の古い大貴族家なのですぞ! それを!」
「最近はそうでもないと思うけど?」
先々代はニュルンベルク公爵に討たれ、先代は勝手な行動をして魔物に食われ。
栄光どころか、恥しかないという。
しかもさっき、何気に侯爵家だと言っていたが、当然今は侯爵ではない。
最初の計画であった伯爵家でもなかった。
「正確には、ルーター男爵家、ソーサリー男爵家、アバンス男爵家に分離独立でしょう? お三方の夫人たちは全員が納得しており、たかが一族や家臣程度が当主夫人に文句を言うなんてどうなんでしょうね?」
「「「「「うぬぬ……」」」」」
彼らにとっては腹立たしいかもしれないが、俺が言ったことは正論であった。
いくら彼らが騒いでも、もはやどうにもならないのだ。
特に、あの三人がお互いに納得し合って家を三つに分けてしまったことは。
三人で一つしかない伯爵夫人の座を争い、それになれても自分を支持しなかった一族や家臣たちが抵抗勢力になる。
そんな面倒なレーガー家など、完全になくしてしまえと俺は提案したのだ。
レーガー家の財産を三つに分け、マチルダのルーター男爵家、パトリシアのソーサリー男爵家、ヘレンのアバンス男爵家に。
三つとも、レーガー侯爵家の分家や家臣の姓であり、これで二度と軍系貴族の名門レーガー侯爵家は復活できない運びとなった。
将来は知らないけど。
「どうせ家臣団が三つに割れたんだから、ここは争いを避けるべく分離した方が平和ってものだよ」
俺は正論しか言っていない。
三人はこのくらいの家なら、当主夫人として無難に運営できると考えた。
婿だって、格下の家から受け入れて裁量権を手放さないようにする。
男爵家になってしまったが、実質ナンバー1になれたのだ。
レーガー侯爵家の親族その他大勢の時よりも遥かにマシであろう。
「バウマイスター辺境伯様、あなたが三人を唆したのですか?」
「人聞きが悪いな。俺は争いが嫌いなんだ。三人の誰がなっても、レーガー家は主導権争いで揉め続けるじゃないか。陛下の心配のタネになるので、俺は解決方法を奏上させてもらったのさ」
俺は三人を連れて王城に向かったが、それはレーガー家のご令嬢の身で、前線のお手伝いを頑張ったので一言お声をかけていただくためであった。
そして陛下は、三人にどんな褒美が欲しいのかを尋ねた。
すると三人は、それぞれ独立したいと願い出た。
陛下は、よかろうと受け入れたわけだ。
「もしかして、君たちは陛下のご決断になにか文句があるのかな? あるのなら、俺が一緒に陛下に奏上してあげようか?」
「いえ、そんなことはございません」
「私も……この方策が一番いいような気がしてきました」
「私もです……」
陛下の名前を出したら即座に黙ったな。
当然と言えば当然だけど。
「お三方は、新しい家の立ち上げなどで忙しいはず。こんな時に手伝わない一族や家臣なんて、整理の対象だろうな」
俺は暗に、『お前ら、こんなところで油を売っていると、リストラかもしれないぞ』と言ってやった。
そうでなくても、今三人は忙しいはずなのだから。
自分でやらなければ、一族や家臣たちに操られるだけ。
彼女たちはそれを自覚し、二週間ほど前線で精神を鍛えてもらったので、今はキビキビと動いていた。
そんな彼女たちからすれば、ここにいる連中なんてクビにしても惜しくないだろう。
「手伝わないでいいの?」
「「「「「すぐに手伝います!」」」」」
自分たちがリストラの危機だと理解した彼らは、逃げるように俺の屋敷を出て行った。
「これにて、一件落着」
「ヴェンデリン、お主も貴族らしくなったの」
「テレーゼ、それは褒めているのか?」
「当然じゃ」
レーガー家を三つに分けて独立した三人の男爵夫人たちだが、自分の好みで能力がありそうな貴族の子弟を婿とし、彼らをガトル大陸に派遣して功績を稼がせ、自分が産んだ子供たちが当主になるまで実権を握り続けた。
そして、最初は次期当主夫人争いで仲違いしていた三人であったが、すぐに仲直りし、同じ立場の者同士、終生仲良くするようになったそうだ。
いつの世も、いつの世界も、開き直った女性は強いということの証明であった。
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