第十三話 お手伝い
「三人とも大丈夫?」
「あっ、はい……」
「ルイーゼさんは大丈夫なのですか?」
「その前にエリーゼ様です! あの方はホーエンハイム枢機卿の孫娘で!」
「エリーゼが一番慣れているんじゃないかな?」
介抱され目を覚ました三人に対し、ルイーゼが一番凄惨な光景に慣れているのはエリーゼだと語った。
「エリーゼは前線には出ないけど、そこでえらいこっちゃな大怪我をした人たちをよく治しているからね」
グレードグランド討伐、帝国内乱、冒険者として活動中に大怪我をした他の冒険者を治療することも多い。
中には、手足が斬り飛ばされたり、魔物に食い千切られたり、内臓が見えるほどお腹がバックリと斬り裂かれていたりと。
そんな状態でも、エリーゼは顔をしかめることなく笑顔で治療をする。
恐がったり、気持ち悪がったりしたら、患者が不安を覚えてしまうからだ。
「間違いなく、一番肝が据わっているのがエリーゼだよね。カタリーナは駄目」
「失礼な! とはいえ、私の治癒魔法では軽傷者しか治せないのも事実。冒険者をしていれば、あのような光景を定期的に目撃することになるので、少なくともあなた方よりは慣れていますけど」
「でもさぁ。あんたら軍系貴族の当主夫人を名乗るのに大丈夫なのか?」
「カチヤさんでしたわね。いくら軍系貴族の妻や子女でも、自分が戦場に出るわけではありませんし、怪我をしても治療されてから帰宅するので、慣れていないのは当然です」
カチヤの言い分に対し、ヘレンが反論した。
間違った意見ではないな。
「普通の貴族ならそうだけど、うちはこういう変わった貴族家だから、慣れないと厳しいんじゃないか? 一回や二回で済むって保証もないんだし」
俺たちは冒険者も続けるし、ガトル大陸の解放と開発はなかなか進まない。
これからも俺たちが呼ばれるケースも多いはずなので、慣れてもらわないと。
少なくとも他人の足を引っ張ることがないようにしないと、俺への嫁入りは非常に厳しいものがある。
「それは、急にあのような凄惨な光景を見たからですわ」
「他のことで貢献します!」
「炊事や洗濯などの仕事もあると聞きました。それを手伝います。寝ている場合ではありません」
最初はただの世間知らずかと思ったら意外と根性があったようで、すぐに起き上がった三人は、炊事や洗濯の手伝いをすると志願してきた。
「それならお願いしようかな」
エリーゼの補佐はルイーゼとカチヤと神官たちに任せて、俺と三人はノースランドの端にある王国軍の駐屯地へと向かった。
するとそこでは、イーナ、ヴィルマ、アマーリエ義姉さん、テレーゼ、リサ、フィリーネが洗濯や食事の準備、武具の清掃や修繕などを行っていた。
他にも、女性冒険者、移住者の女性たちが手伝って後方支援を担っていた。
「アマーリエ義姉さん、お手伝いの助っ人を連れてきました」
「それは助かるわ。お願いしますね」
アマーリエ義姉さんに戦闘力は皆無だが、それでもできる仕事はある。
フィリーネに教えながら、一緒に洗濯をしていた。
「ブライヒレーダー辺境伯様のご令嬢まで!」
マチルダが自分たちと同じような格好で兵士たちの服を洗濯するフィリーネを見て驚いていたが、彼女は元々平民と同じ暮らしをしていた。
一応、アマーリエ義姉さんが見ていたが、そんなに教えることもないようで、二人で黙々と洗濯をしている。
「フィリップ公爵閣下まで!」
「元だぞ。お主は?」
「パトリシアと申します」
「そうか、よしなに」
レーガー伯爵夫人を目指すパトリシアであったが、他国とはいえ公爵にして皇帝候補であったテレーゼに対してはかなり遜った態度を見せていた。
もっとも本人は、懸命にジャガイモの皮を剥いていたのだが。
「ジャガイモ? 補給物資にあったかな?」
「フィリップ公爵領からの贈り物でな。妾が物資に混ぜておいた。贈り物もいいが、アルフォンスの奴め分量を考えぬ……」
バウマイスター辺境伯家がガトル大陸開発に参加した直後、現フィリップ公爵であるアルフォンスから大量の陣中見舞いの品が送られてきた。
なぜかジャガイモだけだったのだが、テレーゼいわく豊作すぎて値崩れしたらしい。
「余り物で、ガトル大陸の産物でも貰えればラッキーという考えであろう。それに思ったよりも人気のようだしな」
特に、陸小竜の肉とジャガイモを用いた肉ジャガモドキが、兵士たちの間で人気であった。
陸小竜の肉は鶏肉に似た味なので、実質鶏肉ジャガか。
ブライヒレーダー辺境伯家からお米も大量に貰っているので、ご飯と肉ジャガの相性は抜群であった。
「このジャガイモの皮を剥き、適度な大きさに切り揃える。できるか?」
「やってみます」
「マチルダよりは上手なはず……」
「私が一番器用なので」
三人は、お互いをライバル視しながらジャガイモの皮を剥き始めた。
「(……ヴェンデリン様……)」
「(最初は温かく見守ろう)」
その包丁捌きはフィリーネに呆れられるほどであったが、何事も最初は上手くできなくて当然だ。
ここは慣れるまで温かく見守るべきだと、フィリーネにそっと伝えた。
「フィリーネ、コツなどを教えてあげてくれないかな?」
「わかりました」
フィリーネは、三人に包丁の使い方の基礎から教えていた。
「ブライヒレーダー辺境伯家の女性は、みんなできるのですか?」
「いいえ。私だけです」
フィリーネが家事が得意なのは、その生まれのせいだ。
当然、ブライヒレーダー辺境伯家の女性が自ら家事などするわけがない。
「だからこそ、フィリーネなのじゃ。ブライヒレーダー辺境伯は、バウマイスター辺境伯家がそういう家だと理解してフィリーネを嫁入りさせる予定なのだから」
それは事実だし、テレーゼは事前に俺の考えを聞いていた。
だからこそ、三人にプレッシャーを与えて諦めさせようとしているのだ。
「(この三人を認めると、王都の法衣貴族がこぞって娘を送り出すぞ。ヴェンデリンも大変よな)」
本当にそうなるから、貴族ってのは恐いのだ。
「(して、着地点は見えているのか? ただ諦めさせるわけではあるまい)」
「(テレーゼは誤魔化せないな)」
「(だと思うたわ)」
ガトル大陸で炊事、洗濯など、王国軍のお手伝いをさせて三人を諦めさせる。
当然これだけではない。
なぜならこれだけでは、この三人の背後にいる一族や家臣たちが決して諦めないからだ。
「(自分たちの生活もかかっているし、この三人はお飾りみたいなものだからね)」
もし三人の誰かが伯爵夫人になって俺の子を産んだとしても、レーガー家の実権は一族と家臣たちに握られてしまう。
ここは、この三人に自立してもらわなければ。
色々と大変なことを手伝わせているのは、そのための根性をつけてもらうためであった。
「俺は前線に出るよ。ヴィルマ、あと魔物の解体も教えてね」
「わかった」
「「「えっ?」」」
「人手が足りないのさ。魔物の素材は大切な資金源だから」
ガトル大陸の解放と開発には、多額の予算が必要となる。
狩った魔物の素材や魔石で補える部分は補わないといけない。
「大丈夫。すぐに慣れるから」
「「「いいっ!」」」
「今回は二週間ほどの滞在なので、その間頼むね」
三人は、俺がいないと王都に戻れない。
可哀想だが、頑張ってこの二週間、体も心も鍛錬してもらおう。
俺は、カタリーナとテレーゼとリサを連れて最前線へと向かうのであった。
導師とアームストロング伯爵が無茶していなければいいけど……。
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