第十二話 資格
「はい、駄目!」
「ルイーゼさん、どうしてですか?」
「これから色々と働くのに、どうしてそんなヒラヒラしたドレス姿なの?」
「それは、バウマイスター辺境伯様の目の保養のためですわ」
「貴族の淑女は、常に美しく着飾るべきですから」
「今日に備えて、ドレスを特注しましたの」
「うわぁ……凄いなぁ……」
現地に飛ぶ前、俺とルイーゼが三人を見て頭を抱えていた。
魔物との戦いが続く最前線に出るのに、なぜかこの三人は派手派手のドレス姿でやってきたからだ。
というか、一族なり家臣の男たち。
お前ら、本当に軍系貴族の一族や家臣なのか?
ピクニックでも、こんなに動きにくい格好はしないと思うぞ。
「(……ねえ、ヴェル)」
「(こらまたたまげた)」
俺の予想の斜め下のバカさ加減だ。
こんなんでは、レーガー家が軍務卿の持ち回りに復活なんてあり得ない。
きっと、前当主と一緒に陸小竜に食われた連中は、まだまともだったんだな。
残った出涸らしたちは、誰もこの三人の服装に疑問を抱かなかったのだから。
「その格好では駄目なので……あそこかな?」
「そうだね」
俺とルイーゼは、先にある場所へと寄った。
「いらっしゃーーーい! あら、若い子ばかりね。バウマイスター辺境伯様の新しい奥さんたちかしら?」
「あのね……キャンディーさん」
「ふーーーん、そうなの。ルイーゼちゃんも大変ねぇ」
ルイーゼが事情を説明すると、キャンディーさんはすぐに適切な服を用意してくれた。
「お洋服ってのは、その場所や状況に適したものを着なければ、かえって顰蹙を買うものよ」
「ですが、私は貴族の娘です」
「ガトル大陸の解放と開拓には、多くの貴族様たちも参加しているわ。女性は珍しいけど、さっきみたいな格好で行ったら、確実に総スカンね。陛下のお耳にも入るんじゃないかしら? 『邪魔をしにきた連中がいる』ってね」
「「「……」」」
実際キャンディーさんの言うとおりで、アームストロング伯爵やその配下の武闘派集団に怒鳴られるかもしれない。
地味で、汚れることは前提で、動きやすく、洗濯もしやすい服装が一番なのだ。
「あなたたちなんてまだ若いから、綺麗に着飾らなくても可愛いからいいじゃないの。私なんてもう若さがないから、お肌の張りもなくなってきて困っちゃうわ。あっ、これに着替えてね」
「「「「「……」」」」」
キャンディーさんのお肌の張りについてはなんとも言えないが、これで準備はできたので、急ぎ『瞬間移動』でガトル大陸へと飛んだ。
「一瞬で南方の大陸に……これが魔法……」
「マチルダさん、まずはエリーゼの手伝いからね」
「はい。わかりました」
まずはノースランドに到着したが、先に俺が『瞬間移動』で送ったエリーゼたちは、早速教会が設置した医療所で働いていた。
解放された土地の開発で怪我をする者がいて、くわえてアームストロング伯爵は、魔物を狩りながらさらに南への進出を目指しており、魔物によって怪我をする兵士や冒険者たちが運ばれてくるのだ。
それも重傷者ばかり。
「血ぃーーー!」
パトリシアが、運び込まれた血まみれの冒険者を見て顔を青ざめさせていた。
気絶するかと思ったが、思っていた以上に度胸があったようだ。
「エリーゼ、思ったよりも数が少ないんだな」
「ノースリバー北岸にも臨時の医療所ができたそうで、中・軽症者はそこで治療を行っているそうです」
「ここに運び込まれるのは、重傷者だけか」
「もし魔物が前線に近いその医療所を襲ってきて、腕のいい治癒魔法使いを失うと大変だと、伯父様が……」
アームストロング伯爵か……。
彼も導師と同じく、エリーゼの伯父だからな。
どっちも全然似ていないけど。
そして見た目は脳筋なのに、意外とそういう繊細な部分も見せるわけだ。
さすがは軍部の重鎮。
死んだレーガー侯爵なんかよりも、よっぽど色々と考えているんだよな。
「俺は、エリーゼの指輪に魔力を籠めるしかできないな」
「ボクたちは、エリーゼのお手伝いね。治癒魔法をかける前に、負傷者の包帯を外して、傷を洗ってから消毒するんだよ」
「治癒魔法があるのに、どうしてそのようなことをするのですか?」
「魔力の節約だね」
パトリシアの問いに、ルイーゼが答えた。
ただ怪我人に治癒魔法をかけるのではなく、包帯を外して傷を洗って消毒するのは、たとえば傷口に土や魔物の抜けた牙、爪、体液がついていると、傷が治る時に体内に内包して、あとで炎症や腫れを引き起こすケースがあるからだ。
あとは、治癒魔法の使い手に傷口の範囲を明確に示すのもある。
そうすることで、使用する魔力量を節約できるのだ。
ただ包帯の上から治癒魔法をかけるのと、傷の範囲を明確に意識してから治癒魔法をかけるのとでは、同じ魔力量で前者だと七~八人治せるものが、後者だと九~十人を治せる。
実は俺の治癒魔法はショボイので、自分なりに工夫した結果なのだけど、教会にも同じようなノウハウが存在し、エリーゼは俺にえらく感心していたけど、自分も同じことをしていたという。
教会ではスタンダードになっているやり方だ。
そのため、治癒魔法使いには傷の洗浄と消毒を行う助手がいた方が効率が上がる。
特に重傷者の治療には必須と言ってよく、まずは三人にそれを手伝わせようというわけだ。
彼女たちは、実はエリーゼと同じく治癒魔法が使えました。
なんてことはないので、バウマイスター辺境伯家に嫁ぐには、このくらいのことはできてほしいという最低ラインであった。
「うわぁ、すぐに治るけど、バッサリだね」
「まったく、油断しちまったぜ」
まずはお手本ということで、ルイーゼが重傷者の腕に巻かれた血まみれの包帯を外し、綺麗な水で洗浄、さらに高濃度の酒から作ったアルコールで消毒していく。
俺なら卒倒しそうなほどバックリと切れた傷跡だが、負傷者はアームストロング伯爵家の家臣で武闘派にして、主君と似たような人間である。
かなり痛いはずなのだが、ルイーゼと気安く会話を交わしていた。
やせ我慢もあると思うが、負傷慣れもしているのだと思う。
「では、治しますね」
「エリーゼ様、俺がここに運ばれる前に魔物の大攻勢があってな。導師様が最前線で戦っているんだが、結構負傷者が増えるかもしれない。見たこともない魔物が増えたからな」
エリーゼに治療してもらいながら、負傷した家臣のお兄さんはノースリバー南岸の様子を教えてくれた。
「傷は塞がりましたが、今日は休養してくださいね」
「エリーゼ様、ありがとうございました」
厳ついが礼儀正しい家臣のお兄さんは、休養すべく自分のテントへと戻っていった。
「こんな感じでお願いね」
「「「……」」」
ルイーゼが三人に対し、また負傷者が来たらこういう風にやってくれと説明したが、彼女たちは動物の死体すら見たことがないのであろう。
顔を青ざめさせていた。
素人さんには酷であるが、エリーゼたちは普通に対応できている。
できなければ俺と結婚できないわけで、三人は顔を青ざめさせながら、次々と来る患者たちの処置をなんとかこなしていた。
「ヴェル、さっきのお兄さんの言っていたとおり、急に増えたね」
「最前線で、導師とアームストロング伯爵が組んで虐殺劇をして、この負傷者の数か……」
ノースリバー南岸で足止め状態なので、とにかくそこにいる魔物たちを倒して減らさないと、偵察すらできない状態なのだ。
ならば、減るまで倒せばいいと考えるのがあの脳筋兄弟である。
魔物はそれに対応するわけで、結果的に負傷者が増えるわけだ。
死者は……今は考えないでおこう。
これはもう、ヘルムート王国が生存圏を広げるための戦争みたいなものだからな。
死者が一人も出ないわけがないのだから。
「エリーゼ様! 急ぎお願いします!」
「わかりました。あっ……」
これからかなりの重傷者が来ると、一人の兵士が叫びながら駆け込んできた。
エリーゼが三人に対し『ちょっと、これは見ない方がいいのでは?』といった表情を向けたのだが、三人は今でも一杯一杯でそれに気がつかず、退去させる前に重傷者が運び込まれたのが不幸の始まりだった。
「右腕と左脚が噛み千切られたのです! エリーゼ様、急ぎ治療をお願いします」
「右手と左足はありますか?」
「ここにあります!」
「急ぎ洗浄と消毒を!」
右腕と左脚が千切れ、応急処置で止血をされた顔面蒼白の重傷者と、彼の腕と脚を持ってついてきた若い兵士を見た三人は、その場で気絶してしまった。
気持ちはとてもよくわかる。
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