第四話 街の建設と脳筋軍団
「この線を引いたところを掘ってください。深さは二メートルを目安に。あの二足歩行の小さな竜たちは飛ぶことができず、高くジャンプもしないようです。早く走るのに特化していますから、この溝を飛び越えることはまずないはずです。堀を掘り終えたら、石壁の設置もお願いします」
「わかりました」
「しかし、上手く逃がしてくれてありがとうございます」
「いやあ、あの雰囲気はどうも苦手で……アッシュ男爵もですよね?」
「私は、築陣や城の建築などが専門でして……。エドガー侯爵の周囲にもああいう人たちが多いので、ちょっと難儀することがありますね。あの方は、私の能力を認めて厚遇してくれるのですけど……」
「暑苦しい面もあると?」
「それです。バウマイスター辺境伯も、導師がねぇ……」
「ええまあ……ですから、気持ちはよくわかるんですよ」
未知の大陸に進撃しないで済んだので、俺とアッシュ男爵は街の建設に従事していた。
アッシュ男爵によると、ベースキャンプのある場所は海岸部分が港に適さないそうだ。
そこでベースキャンプより少し東に行ったところにある、内湾沿岸を囲うようにして街を作ることにした。
まずはアッシュ男爵が区割りを行い、俺は街を囲む堀を魔法で掘り始めた。
この堀があれば、二足歩行の小さな竜たちは街に入って来れないはず。
とはいえ絶対とは言えず、これは早く終わらせなければならない。
それが終わったら、堀の内側に沿うように高い石壁を作る。
材料は、バウマイスター辺境伯領から魔法の袋に入れて持ってきていた。
この二つが完成すれば、とりあえずは安心かな。
「ヴェル、街の出入りはどうするんだ?」
「とりあえずは、板を渡せばいいさ」
跳ね橋を作れればいいのだけど、それでは時間がかかってしまう。
二足歩行の小さな竜への対策もあるので、とりあえず入り口は一ヵ所だけ。
そこに兵たちを置いて、人の出入りには堀へ板を渡すことになっていた。
「いちいち板を渡すのね」
「ずっと板が渡してあったら、二足歩行の小さな竜が入ってくるからさ」
「それもそうね。それにしても……アームストロング伯爵様も、導師も、ブランタークさんたちも、あの暑苦しい貴族たちや兵士たちも。あれだけ二足歩行の小さな竜を狩ってから進撃したのにね……」
まだ建設中のこの街を窺う二足歩行の小さな竜たちの姿があった。
数もかなり多い。
進撃、強行偵察……言い方はなんでもいいけど、あの面子だったので虐殺レベルで目につく二足歩行の小さな竜を倒してから出かけたのだけど、数が減った印象はあまりないかな。
「導師たち、大丈夫かな?」
「大丈夫。全部薙ぎ払うし、どうせそんなに遠くに行けないから」
「導師たちでも?」
「無理。物量には勝てない」
「それもそうか」
ルイーゼがアームストロング伯爵たちを心配しているが、ヴィルマの言うとおりで、この人数だとしばらくは、二足歩行の小さな竜の駆除が精一杯でなかなか先に進めないだろう。
彼らは武闘派だが、レーガー侯爵のように無謀ではない。
夕方までにはここに戻って来る予定になっていた。
「今は、拠点作りが最優先かな」
「街を作ればもっと援軍を呼べる。探索にも人手を割けるさ」
というわけで、俺が街作りに志願したのはただ前線であの暑苦しい人たちと戦いたくないから、だけではないのだ。
だからこそ、アームストロング伯爵も俺の提案を受け入れたのだから。
「普段やってることと、あまり変わりないけどね」
「そうだけど、じゃあルイーゼはアームストロング伯爵や導師と一緒に、二足歩行の小さな竜を狩り続ける仕事の方がいいか?」
「あははっ、ボクはパス」
ルイーゼも、あの脳筋軍勢に加わるのは嫌だったようだ。
魔法で街を作る仕事なら、バウマイスター辺境伯領内で慣れている。
伊達に、ローデリヒの課す厳しいノルマを達成し続けてきたわけではない。
「むしろ、このペースなら楽なくらいだ」
「悲しい言い方ね、ヴェル」
「すっかり、魔法での領内開発が板についてしまったよね」
イーナ!
ルイーゼ!
それは言うな!
悲しくなるだろうが!
「あなた、みなさん。お茶とおやつですよ」
とここで、エリーゼがマテ茶とお菓子を持ってきたので、おやつの休憩に入った。
「今日はお菓子を作っている暇がなかったので、バウルブルクのお店のお菓子です」
「エリーゼは、これから忙しくなるから仕方がないよ」
治癒魔法が使えるエリーゼは、他の治癒魔法使いたちと共に救護所に詰めていた。
今は建設作業中の軽い怪我くらいだが、現在進撃中の武闘派軍団が戻って来たら忙しくなるはずだ。
「死人が出なければいいのですが……」
ゼロは難しいかもしれない。
実際、すでにレーガー侯爵たちは死んでしまったからな。
ただ、それを優しいエリーゼに言うのは躊躇われた。
「総大将がアームストロング伯爵ですし、その辺の見極めは完璧だと思いますよ。レーガー侯爵は、自分の思惑だけで動こうとして判断を誤ったのでしょう。ふう……このお菓子はいいですね」
お茶の席に加わったアッシュ男爵は、行動を共にするのは暑苦しいと思っているが、アームストロング伯爵の軍事的な才能は認めていた。
「なにより、導師とブランターク殿がいますしね」
あの二人がいれば、あの程度の魔物にそう不覚を取ることもないか。
「さて、夕方まで頑張りますか」
「そうですね」
今日中に、堀をすべて掘り終えたいところだな。
そうすれば、ベースキャンプよりは安心して眠れるだろうからだ。
これに石壁ができれば、もっと安心できるであろう。
「しかし、ヴェルも慣れたものだな」
「さすがですね。バウマイスター辺境伯は。今度、王国軍の訓練に参加しませんか。野戦築陣を教えてあげますよ」
「考えておこうかな」
こっちに参加すれば、度々来るエドガー前軍務卿やアームストロング伯爵の誘いを断れるのだから。
彼らは、隙があれば俺を軍系貴族の仲間にしようとするから困ってしまう。
俺は体育会系じゃなくて文系だというのに。
「きっと、バウマイスター辺境伯はこちらの方が向いていますから」
街を囲う堀を掘削する作業は夕方までに無事に終わり、その直後、出陣していたアームストロング伯爵たちは戻ってきた。
見た感じ、多少の負傷者はいるようだが、戦死者はいなかったようだ。
「凄いですね。犠牲者が出ないなんて」
「まったく先に進めなくてよ。あの二足歩行の小さな竜たちは、大分倒したんだけどな」
「全然減らないのである!」
成果は導師の魔法の袋に入っているそうだが、彼とブランタークさんもいたので、さぞや沢山倒したのであろう。
「こっちに戻ってきたら、この街を窺う二足歩行の小さな竜たちが結構いてな。こりゃあ、バウマイスター辺境伯がいないと駄目だな。明日からは俺たちも街の建設を手伝うから、それが終わったら、バウマイスター辺境伯も一緒に進撃だ!」
「「「「「「「「「「おおっーーー!」」」」」」」」」」
アームストロング伯爵と脳筋軍団によって、俺の参陣も勝手に決められてしまった。
こんな理不尽……。
「バウマイスター辺境伯! 某とツートップで頑張るのである!」
導師がいるからか……。
いまだ俺は、導師の誘いをなかなか断れないでいたから、これはもう本能レベルで刷り込まれているんだろうな。
『奴には極力逆らうな!』と。
「辺境伯様、俺は後ろからその活躍を見守っていてやるぜ」
「……」
さっき俺が、ブランタークさんを見捨ててしまったことの仕返しか……。
「明日からみんなで街の建設を進めて、一段落したら探索を再開だ!」
結局、ハードモードに追い込まれる俺。
そこは嫌々譲るが、一日でも早くバウルブルクに戻ってフリードリヒたちの顔を見たいものだ。
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