閑話15 スライムイモ(前編)

「今日は、わざわざ魔法で王都に送ってもらって助かりました。このお礼は必ず」


「お気になさらずに。ファイトさんは王国主催の『農作物品評会』に招かれたのですから、責任を持ってお送りしたまでです」


「私ごときが、そんな大層な行事に呼ばれるとは思っていなかったので驚きですよ」


「ファイトさんは優れた成果を出したので、招待されて当然です」





 カチヤの兄でオイレンベルク騎士爵領の次期当主ファイトさんは、移転した新領地において『マロイモ』の増産と品質向上に成功し、今では王国のみならず帝国の農業関係者たちにまで、その名を知られるようになった。

 濃厚な舌触りと上品な甘さ、というちょっと矛盾した味の説明になってしまうが、マロイモはそのまま蒸かして食べても美味しく、王都の高級な製菓店では、マロイモを使ったお菓子を作って人気を博しているところも多い。

 少数だが、帝国も輸入を始めたとも聞く。

 かなりの高級品扱いだが、とても人気だそうだ。

 そしてなによりも大きいのは、陛下がマロイモを蒸かしたものをよくオヤツとして食べているという点かもしれない。

 いわゆる、王室御用達に近い扱いとなったわけだ。

 そんな事情もあり、ファイトさんは今年度の王国主催農作物品評会に招待された。

 この会は王国政府が主催し、優れた農作物とその生産者の表彰と紹介を行うイベントで、これに呼ばれることは農業関係者にとってとても名誉なことだと聞いた。

 とはいえ、オイレンベルク騎士爵領はバウマイスター辺境伯領と同じくらい王都から遠い。

 そこで俺が、ファイトさんを『瞬間移動』で王都まで連れて行くことになったのだ。


「実はうちも、毎年農作物を出品しているのです。だから俺も招待されていまして」


「そういえばそうでしたね」


 バウマイスター辺境伯領も、実験農場で品種改良、試作生産された農作物を毎年出品している。

 魔の森の果物の木を植樹し、魔物の領域でない場所で育てるとどうなるのか?

 バウマイスター辺境伯領はほぼ全域が亜熱帯から熱帯なので、普通に栽培できるようになるかもしれないと、試験栽培に取り組んでいる。

 他にも、地下遺跡から出土した古代魔法文明時代の穀物や野菜の種子、エリーから購入したゾヌターク共和国の種子や苗の栽培も実験しており、バウマイスター辺境伯領の農作物はかなりの早さで進歩していた。

 時間がかかる品種改良をすっ飛ばしているので、当たり前といえば当たり前なのだけど。

 その成果を発表するため、バウマイスター辺境伯家も毎年品評会に出展していたのだが、今年の俺はファイトさんの面倒を見なければいけない。

 そちらの仕事は、すべて家臣たちに任せていた。


「この前いただいた野菜の種は、丸々とした野菜が実りました。みんな、喜んでいましたよ」


「それはよかった」


 試験農場で栽培した野菜の種子をファイトさんに送ったのだが、さすがは農業のプロ。

 早速領民たちと栽培して、その実りのよさを実感してくれたようだ。


「あれほど素晴らし種子をいただけるとは恐縮です」


「野菜の種子はファイトさんへの正当な報酬ですから、お気になさらず」


 農作物の品種改良先進国である魔族の国でも、マロイモほど甘い芋は存在しなかった。

 そこでファイトさんが、栽培方法込みでエリーの会社に種イモの提供を行い、その報酬として、魔族の国の進んだ野菜や穀物の種子を貰ったというわけだ。

 

「ただ、相当に育てるのが難しいみたいですね」


 エリーたちは、早速放棄された山の斜面にマロイモ畑を作って栽培を始めたと聞いたけど、思った以上に苦難の連続で、収穫できた甘いマロイモの比率が二割以下と、散々な結果だったらしい。

 それでもファイトさんに言わせると、切り開いたばかりの畑でちゃんと甘いマロイモが収穫できただけでも大したものらしい。

 それだけ、魔族の国が農業先進国であるという証拠でもあった。


「二年~三年と栽培を続けて畑の土がこなれたら、もっと甘いイモの比率も上がりますよ」


「絶対に続けると言っていました」


「十年も経てば、完全に土がこなれますからね。そうすれば、少し楽になります」


 農業とは、土を作ることが基本というわけだ。

 それに、二割以下しか出荷できなかったとはいえ、マロイモはとても高価だったにもかかわらず、あっという間に完売してしまったそうだ。

 栽培には手間がかかるが、栽培できれば高く売れる。

 魔族の国に相応しい、高額の商品作物というわけだ。

 甘いマロイモの収穫比率が半分を超えれば十分に採算が取れると、ライラさんはとても喜んでいた。


「うちの領地にもマロイモの栽培に適した斜面は多いけど、人手がなぁ……」


 バウマイスター辺境伯領は、本当に人手が足りないからなぁ……。

 場所はあるので、もっと時が経てば……。

 最悪、土地だけファイトさんに貸与して栽培を委託する方法もあるのか。

 今度、ローデリヒに相談してみよう。


「それにしても、王国主催の品評会ですか……」


「いやあ、ほら、ファイトさんはマロイモの栽培で受賞するに足る功績を挙げたわけで……」


 急にファイトさんの表情が曇ってしまった。

 この人は、お偉いさんが沢山出席しそうな堅苦しい席が苦手だからなぁ。

 実は俺が陛下から送り迎えを頼まれたのだって、陛下は前のトンネル騒動でファイトさんの性格など百も承知しており、もし参加を嫌がって逃げられでもしたら困るという理由からであった。

 俺は、ファイトさんの捕縛係でもあるのだ。


「年に一度だけですから……本人は五年に一度も出席すればよくて、あとは代理人に任せることも可能ですから」


「はあ……」


 マロイモ以上に甘いイモでも登場すればわからないが、これから毎年ファイトさんは表彰される予定だ。

 だが、領地は王都から遠いし、農作物の品評会の表彰なので、『畑の管理が忙しいから、今年は代理人が表彰式に出席します』というのが許される土壌があった。

 相手は農作物だから、その辺は融通が利くというわけだ。

 それでも、最初の表彰くらいは王都に来てね、という話であった。


「これから最低でも五年に一度は、王都で大貴族様から表彰されるのですか? 代理人? 父に頼んでも絶対に逃げますし、うちの家臣たちなんてもっと嫌がりますよ」


 そういえばそうだった。

 名誉とはいえ堅苦しい席に喜んで出席するような人は、最初からオイレンベルク騎士爵領になんて住まないものな。

 オイレンベルク卿も、気の弱さではファイトさんと似たり寄ったりだし。


「まあ、あとのことはあとで考えましょう」


「ええ……」


 実は、今回は陛下自らが賞状と賞金を渡すと言ったら、この人、どこかに逃げてしまいそうだ。

 仕方がない。

 騙して連れていくことにしよう。


「兄貴、せっかくの王都なんだから、観光したり、お土産を買ったりとかあるだろう。今回、マリタはお腹が大きいから一緒に来れないんだ。たまには気の利いたプレゼントを贈るくらいしないとさぁ」


 ファイトさんの送り迎えということで俺と同行していたカチヤが、ついに我慢できなかったようで、ファイトさんに苦言を呈し始めた。

 今回、ファイトさんの奥さんであるマリタさんは、二人目の子供を妊娠中で王都に来れなかった。

 その代わりに、普段苦労をさせているお詫びも込めて、綺麗な服やアクセサリーくらい贈れと。

 カチヤから見てもマリタさんは幼馴染なので、余計兄に強く言ったみたいだ。


「わかったか? 兄貴」


「……」


「どうかしたのか? 兄貴」


「人間、結婚すれば変わるものだね」


 ファイトさんは、いつの間にか女性らしい気遣いができるようになった妹を見て、とても感動していた。


「いやあ、女性は奥さんや母親になると変わるものだ。驚いた。あの幼い頃、蟻の巣に水を流して『洪水ゴッコ』をしていた妹と同一人物とは思えない」


 カチヤ、子供の頃にそんなことをしていたのか……。

 でも、俺も子供の頃にやった記憶があるな。

 そんなに珍しいことでもないのか。


「あたいの子供時代の話なんてどうでもいいから! 夫として、マリタになにか買って帰れよ! 金がないわけじゃないんだから!」


 カチヤの言うとおり、オイレンベルク騎士爵領の金回りは悪くない。

 元々貴族として見栄を張るという慣習が一切なく、収穫したマロイモがとても高く売れるからだ。

 実はメロン農家が高収入だとか、それに似た話なんだと思う。

 週に一度領地に来るようになった魔導飛行船により、増産したマロイモはブライヒブルクや王都に運ばれ、かなりの高値がつくようになっていた。


「勿論、マリタには普段苦労をかけているから、賞金も出るし、なにか買って帰るさ」


「それがいい」


「それで、カチヤ。私は田舎者でよくわからないのだけど、どういう品を贈ればマリタは喜ぶのかな?」


「……」


 そのたった一つの質問で、カチヤが一瞬で硬直してしまった。

 そういえば、カチヤにはそういうセンスが皆無だったんだ。

 全部エリーゼとかに丸投げできるから、ファッションセンスを磨くなんてしていない。

 カチヤ本人は、『そういうのはエリーゼの担当』とか平気で言っていたし。

 ここにきて、そういうことをサボった因果が巡ってきたな。


「旦那……」


「しょうがないなぁ」


「おおっ! さすがは旦那だ! あれ? でも旦那も……」


 そう。

 実は俺も、女性に気の利いたプレゼントを選ぶセンスとかはあまり持ち合わせていない。

 だが、それを解決するいい方法があるのだ。


「セバスチャンにお任せで」


「なんだ。エリーゼの実家の執事じゃないか」


「だって、セバスチャンは完璧だもの」


 彼は伊達に、王都で長年ホーエンハイム子爵家に仕えているわけじゃない。

 下手な田舎貴族よりも、よほど洗練されたセンスを持っているのだから。


「それが嫌なら、カチヤが自分で選べばいいさ」


「旦那ぁ、そんなわけないじゃん。セバスチャン、最高!」


 実際、品評会のあとでプレゼント選びに同行させたら、とてもセンスのいい品を選んでくれた。

 マリタさんも大喜びだったようで、さすがはセバスチャンだと俺とカチヤは感動してしまったが、それはまた別の話。





「兄貴、水を飲むか?」


「うん……」


「情けないなぁ。陛下から叱責されたんじゃなくて褒められたんだぞ。もうちょっと、堂々としていればいいのに」


「代々貴族なのが不思議な我が家の人間に、陛下の前で堂々とした態度は無理だよ。でも、ようやく終わったぁ……」



 俺とカチヤはファイトさんを連れて王都へと飛び、そこで行われていた農作物の品評会に参加した。

 品評会は、前世でJA(農協)がやっていたようなものと同じだと思う。

 王国各地の有名な農作物が展示され、それぞれの部門で優秀な成績を残した者の代わりに領主が表彰される。

 陛下が、直接農民を表彰するわけにいかないからだ。

 領主があとで、表彰された農作物を栽培した農民に褒美を与えるのが普通なんだが、オイレンベルク騎士爵領では生産指導者と領主が同じであった。

 農業研究家肌の貴族は珍しくはないのだが、ファイトさんのように表彰まで受けてしまうレベルの人は珍しい。

 知識は豊富でも、実際に栽培となると現場の農民の方が経験豊富で、いい結果を出すケースが多かったからだ。

 そんな中で、ファイトさんは表彰式の直前で陛下から表彰を受けるのだと知って卒倒しかけた。

 俺とカチヤはファイトさんの両脇を抱え、彼が突然土下座をしたり、意識を失って倒れないか、注意して付き添うことに。

 マロイモの栽培では間違いなくリンガイア大陸一なのに、こうも気が弱いと困ってしまうな。

 カチヤとは兄弟なのに、大分違うようだ。


「ちょっとは、お袋でも見習えよ」


「私に、母さんの真似は無理だよ」


 オイレンベルク騎士爵領に陛下がやって来た時、ファイトさんとカチヤのお母さんは、まったく動揺することなくお茶を出し、陛下にマロイモを売っていたものな。

 きっとファイトさんは、完全に父親似なのであろう。

 あの人も、息子と一緒に土下座していたから。

 カチヤも度胸があるので、女性が強い家系なんだと思う。


「無事に表彰も終わったので、展示品でも見てみましょう」


「そうですね。なにか面白い農作物があるかもしれないですから」


 最大のプレッシャーから解放されたファイトさんは、ようやく元気になった。

 三人で、他の展示品などを見て回ることにする。

 会場には様々な農作物が展示されており、その前で複数の農業関係者らしき人たちが話し合っているところも多かった。


「ヴァーゲル子爵様、今年はもうちょっと安く売ってくださいよ」


「無理だな。畑を広げて収量も増えたんだが、最近の王都はどこに行っても『あるだけくれ!』だ。他の商人たちが仕入れ値を吊り上げるのだから仕方がない。今年は一割ほど値段を上げる予定だ」


「そんな、ご無体な」


「それでも売れるんだろう? 問題あるまい。畑を広げる費用だって無料じゃないんだぞ」


 どうやら、貴族と商人が商談をしているようだ。

 領地の主産業が農業である田舎貴族だと、王都にいるような法衣貴族とは違って、馴染みの商人などとは気安い口調で話をしたりする。

 こんな様子を、王都の貴族らしい貴族は『マナーもなっていない田舎貴族』と陰口を叩き、逆に在地貴族の方は『無駄にお高く留まった王都の貴族連中』と揶揄したりもした。

 同じ貴族でも生活がまるで違うので、双方が歩み寄るのはかなり難しそうだ。


「ファイトさん、商談はしないのですか?」


 せっかく王都まで来たのだから、他の領主みたいに商談でもすればいいのにと俺は思ったのだ。


「実は、今年収穫予定のイモまでみんな買い占められているのですよ」


「今年収穫予定って……まだイモが実っていないじゃないか」


 カチヤが驚いているが、相手は農作物だから天候不順などで収穫できない可能性もなくはない。

 それなのに、事前にマロイモを買い占めてしまう商人というのも凄いと思った。


「そうなんだけどね。イモが実ってから交渉しても間に合わないそうだ。よほどなにかなければほぼ前年どおりの収穫量だと思うから、損はさせないと思うけど」


 向こうが勝手に収穫前のマロイモを買い占めたのに、もし収穫できなかったらと、買い占めた商人たちの心配をするとは……。

 ファイトさんは本当に人がいいな。


「奪い合いかよ」


「人気があるとは聞いてたけど……」


 オイレンベルク騎士爵領産のマロイモは、現在最高級品として王都のセレブに大人気であった。

 商人としても、是非入手しておきたいのであろう。


「バウマイスター辺境伯殿の宣伝もよかったから」


「そうなのか? 旦那」


「ああ」


 俺はちょっと宣伝文句を考えただけだ。

 マロイモは、ケーキなどを食べるよりも太りにくくて健康にもいいですよと。

 サツマイモに似た芋なので、食物繊維も豊富で便秘に効果あり。

 ビタミンB群も豊富で、疲労回復や美肌効果あり。

 ビタミンEの力で抗酸化作用もあり。

 生活習慣病、更年期障害、冷え性を防ぎます。

 この世界の人間にビタミンとか食物繊維の話をしてもわからないと思うので、その辺はこの世界風に宣伝文句を改良してある。

 トンネル騒動の時のエリーゼたちの反応を見ればわかるが、特に女性にマロイモは大人気であった。


「マロイモは保存も利くからね」


「収穫したイモは、いつもムロに保存しているものな」


 これもサツマイモと同じで、収穫してから家の軒下などで二~三日乾燥させ、半地下式のムロにもみ殻や藁で包んで保存する。

 サツマイモの仲間であるマロイモを冷温保存すると逆に痛むので、商人からすれば魔道具である冷蔵庫や魔蔵庫も必要なく、在庫を分けて出荷し、価格を維持することも容易であった。

 いくら高級品でも農作物なのでそこまで高価ではないが、安定した利潤を得やすい品なので、商人同士で奪い合いになっているのであろう。


「せっかく拡大したムロも、そこに貯蔵するイモがなくてね……」


「商売繁盛でいいじゃないか、兄貴」


「でも、カチヤに送るイモがなくなるかも」


「そんなぁ……」


 実家から送られるマロイモやその干しイモが大好物であるカチヤは、ファイトさんからイモが不足しているから仕送りができないかも、と言われ落ち込んでしまった。


「大丈夫、家族で食べる分くらいはちゃんと確保しているから」


「兄貴、脅かすなよ」


「今のところ毎年畑を広げているけど、マロイモが足りないのは事実なんだ」


「高く売れていいじゃん」


「高ければいいってものじゃないよ。普通の人が気軽に買えた方がいいんだから」


 ファイトさんは、マロイモが高級品扱いなことに不満があるようだ。

 欲がないというか、やはりこの人は農業博士資質の人物なのであろう。


「でもファイトさん、あそこにマロイモが展示されていますよ」


 他の領地で栽培されたものらしいが、商品見本としてマロイモが展示してあった。

 数名の商人が、興味深そうに商品を品定めしている。


「みたいですね」


「兄貴、いいのか?」


「なにが?」


「だって、ライバルじゃないか。種イモの管理とか大丈夫なのか?」


 カチヤは、オイレンベルク騎士爵領産の種イモが他領に流出したのではないかと心配していた。


「種イモの流出は仕方がないよ。ようはマロイモを商人から買えばいいんだから。それに、マロイモ自体は昔から大陸南方で栽培されていたからね」


 そう、マロイモ自体は、南方なら簡単に栽培できるので大量に存在した。

 オイレンベルク騎士爵領産のマロイモみたいに、甘く栽培するのが非常に難しいのだ。


「駄目だな、甘くない」


「これなら、普通のイモに砂糖でも混ぜた方がマシだな」


 展示品を試食した商人たちは、これは売り物にならないと判断した。

 試作品を展示していた貴族はガックリと肩を落としている。


「甘くないマロイモは、普通のイモに比べると小さいからね」


 この世界にもサツマイモに似たイモがあり、こちらは南方で大量に生産されている。

 マロイモは、このイモの原種から出た突然変異種なのだが、普通に栽培してしまうと味も素っ気もないイモになってしまう。

 栽培効率を考えると、普通のイモを栽培した方がいいという話になってしまうのだ。


「マロイモは、普通のイモと違って肥料も必要なのです」


 サツマイモの利点に、痩せた土地でも作れるというのがあるが、マロイモを甘くするには肥料が必要となる。

 甘く栽培できればいいが、できなければ作る意義をあまり感じない農作物というわけだ。


「オイレンベルク騎士爵領産のマロイモが高く売れるので、自分たちもと挑戦しているのか……」


「そうみたいですね」


 いくつかの展示品にマロイモがあったが、どれも甘くないようで試食した商人たちが首を横に振っていた。


「そう簡単に高級品の栽培はできないよね」


 ファイトさんのみならず、オイレンベルク卿やその先祖が苦労して栽培方法を確立させたのだから、そう簡単には真似できないというわけだ。


「兄貴、あのイモは変わっているな」


「そうだね、私も見たことがないよ」


 さらに見回っていると、ここでカチヤが珍しい作物を見つけた。

 マロイモのみならず、実は他の農作物にも詳しいファイトさんですら見たことがないイモ。

 俺も興味が沸いてきた。


「変わった形のイモ……イモだよな?」


「はい、我がベルクシュタイン男爵領の特産品通称『スライムイモ』です」


 まるでコンパニオンのように、変わったイモの説明を始める少女がいた。

 彼女がベルクシュタイン男爵ということはないであろうから、その妹か娘かもしれない。

 

「またリスキーな名前のイモだな……」


 実はこの世界にもスライムが存在しているが、かなり希少な魔物であった。

 魔物の領域の木の上、地下遺跡の天井などに潜み、獲物がその下を通ると落下して相手を包み込んでしまう。

 そして、強酸性の体液で獲物を溶かして栄養にしてしまうのだ。


 こう書くととても怖い魔物に聞こえるが、実はとても臆病な魔物で、獲物が小動物や小さな虫などでないと狩りを行わない。

 スライムはとても省エネな魔物であり、十年や二十年獲物が捕れなくても死なないので、冒険者の中には見たことがないという人も珍しくないのだ。

 その素材なり体液が高く売れるのであれば冒険者も懸命に狩ろうとするのであろうが、そんな事実もないので気にもされず、とにかく地味で目立たない魔物であった。

 

「スライムの名を冠したイモ?」


「このスライムイモは、形もスライムによく似ていますから」


 形がスライムに似ているとはいっても、俺が想像する前世のRPGに出てくるスライムではなく、水溜まりのような形をしているイモであった。

 スライムに決まった形なんてないが、スライムのイメージにピッタリなイモではあるな。


「これ、美味いのか? 姉ちゃん」


「ええと……実はこのイモ、困窮作物なので……」


 普通のイモもそうだから、このスライムイモはもっと痩せた土地でも作れるというわけか。


「砂地でも作れます。一旦水を抱え込むとなかなか離さないので、少量の水でも育ちます。むしろ、少ない方がいいです」


「確かに、困窮作物だな。でも、どうして普及しないんだ?」


「それは……蒸かしたものがあるので味を見てみますか?」


「ちょっと興味出てきたから是非」


 少女の勧めでスライムイモを蒸かしたものを三人で試食してみたが、その味はお世辞にも美味しいとは言えなかった。

 

「味がないですね」


「水を食っているみたいだな」


 試食したファイトさんとカチヤは、微妙な表情を浮かべた。


「これ、栄養あるの?」


「ないことはないのですが、とても少ないみたいで、沢山食べないとお腹いっぱいになりません」


 少女の説明によると、大昔、ベルクシュタイン男爵領がある地方を大干ばつが襲った時、他の作物はすべて全滅という状態でも、スライムイモだけは通常どおり収穫できた。

 味は美味しくないというか無味だが、スライムイモのおかげで、ベルクシュタイン男爵領を始めとして、スライムイモを栽培していた領地では餓死者が出なかったと、少女は説明してくれた。


「ちなみに、今このスライムイモを栽培している領地は?」


「今ではうちだけです。あっ、申し遅れました。私、ベルクシュタイン男爵の十三女エステルと申します」


 十三女……八男である俺を上回る凄さだな。

 具体的になにが凄いのかと聞かれると困ってしまうのだけど。

 あと、ベルクシュタイン男爵、えらく頑張ったな。


「バウマイスター辺境伯です」


「知っています。偉大な魔法使い様ですよね」


「うん……」

 

 偉大かどうかは微妙な線だが、俺が魔法使いなのは確かだ。

 続けてカチヤとファイトさんも自己紹介したが、エステル嬢は表彰式を見ていたので、二人のことも知っていた。

 

「エステルさんは、このスライムイモの普及を目指しているのか?」


「決して美味しくはないのですが、すぐに大きくなって簡単に収穫できますから、飢饉の時には必要な作物だと思うのです。栽培しているのは私だけですけど」


 帝国にあるバカ大根と同じような作物らしい。

 バカ大根は暑さに弱いが、スライムイモはやはりサツマイモの仲間なので寒さに弱いそうだ。


「勿論、ベルクシュタイン男爵領の特産品というわけでもないのですが」


 そう言われたので見てみると、ベルクシュタイン男爵家の他の展示ブースには普通のイモが置かれていた。

 ベルクシュタイン男爵領の特産品は、普通のイモというわけだ。


「長年の品種改良により、ほんのりとした甘さが特徴で、料理に使いやすいので人気ですね」


「マロイモほど甘くないから、逆に料理には使いやすいのか」  


 マロイモはデザートの材料には向くが、料理には向かない。

 ベルクシュタイン男爵領のイモは、料理に自然な甘さをつける時に便利だそうだ。


「飢饉の時には必要になると思うのですが、不味いですからね。なにかいい利用方法があればいいのですが……」


 今日は変わった作物を知る機会を得たが、不味いという致命的な欠点のためか、俺たち以外に興味を示す者はおらず、現時点でスライムイモが普及する可能性はかなり低いと思われた。

 それにしても、スライムイモの普及を目指す貴族の少女か……。

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