第341話 東方DQN三人娘(前編)

「バウマイスター伯爵、島の平定は順調ではないか。夏休みの自由研究で、その詳細を発表したいところだぞ」


「魔族の学校でですか? ちょっと題材が刺激的すぎますね」


「冗談だ。魔族という種族には、民主主義を過剰に崇拝し、王政を憎んでいる偏った連中も一定数いるからな。戦乱の渦中にある島を平定する伯爵の話などすると激高する先生もおるのでな。民主革命で開放するのが正しいと騒ぐはずだ。余たちは、農業指導、土地の改良で報酬が貰えればいい」




 アキツシマ島に上陸してから二ヵ月半。

 現在バウマイスター伯爵家は、島の北部、西部、中央を完全に掌握した。

 三好家の本拠地大津はバウマイスター伯爵家の本拠地となり、降伏した三好義継以下三好家の面々は、生活の場を大津にある屋敷へと移している。

 とはいえ、この島の統治にバウマイスター伯爵家側から大量に人員を割けない。

 三好家の力は必要であり、彼らは領主から代官になって統治に必要な人員を提供した。

 現在、西部で兵を集めて俺たちに対抗した三好義興も降伏したので、西部の統治体制の確立にも大忙しだ。

 その土地の領主を代官に任じて、バウマイスター伯爵領の法や税制を受け入れさせる。

 その代わり、魔法使いは井戸を掘り、道を拓き、農地を開墾し、新しい作物の種子や苗を提供し、その栽培方法を伝授した。

 農業指導については、魔王様が連れてきた魔族たちが担当している。

 その成果に応じて、俺が魔王様に代価を支払う契約だ。


「まだ夏休みも残り半分ほど、あまりに長いと逆に疲れるな」


「羨ましいですけどね」


 夏休みが三ヵ月って……あれだけ学生の期間が長いから当たり前なのか。


「モールたちも頑張っているな」


 魔王様の農業法人に入社してまだ短いので、彼らは農業技術を勉強中だそうだ。

 元々いい大学を出ているから、覚えはとてもいいようだけど。

 モールたちは、その農業法人で知り合った女性たちと結婚するのに色々と物入りなので、手当てが出るこの仕事に志願した。

 今日は、雪の手伝いをしているはずだ。

 それにしても、俺たちと出会い、そのままついて来た時からそうだが、あの三人はとても決断が早い。

 色々と考えてしまう俺からすると、少し羨ましく感じてしまう。

 今の俺たちの課題は、バウマイスター伯爵家が命じた島全体の代官秋津洲家と、副代官細川家の力をいかに増やすかであった。

 秋津洲家は飾りでも仕方がないが、細川家に実務能力がないと、再び降伏した領主たちが反抗しかねない。

 支配体制の強化には長い年月がかかるが、今は俺たち魔法使いの実力をその目で直接見たので大人しく従っている。

 飴として各所で井戸を掘り、開発も進めているので、領民たちからの支持が厚いのは幸いであった。

 細川家当主である雪の負担は大きいが、臨時でモールたちと、バウマイスター伯爵家からも文官を派遣し、これまでに降した領主の一族や家臣からも人を出しているので、今のところは特に大きな問題もない。


「あっ、そうそう。バウマイスター伯爵に頼まれた魔道具だが、手に入れてきたぞ」


「早いですね」


「在庫が余りに余っていたからな。とても安かったぞ」


 俺が魔王様に頼んでいたものとは、海水を真水にろ過する魔道具であった。

 この島は、中央にある琵琶湖から離れれば離れるほど水不足に陥りやすい。

 琵琶湖から流れるわずかな支流や水路を広げてはいるが、黒硬岩の地形に阻まれるとそこでお手上げになってしまうからだ。

 そこで、魔族が持つ海水を真水にろ過する装置が役に立つというわけだ。

 魔族が作る魔道具は性能もいいので、海岸沿いの岩山の上に置いてホースで水を引いても十分な水量を確保できる。

 井戸と合わせれば、北部と西部の農業生産量は増大するであろう。

 ろ過した塩分とミネラルも、上手く加工すれば塩になる。

 この島は塩も不足気味なので、水と塩を握るバウマイスター伯爵家の支配力は増すはずだ。


「結構な魔道具というか、王国でも帝国でもまだ実用化していない装置ですね」


 海水を真水に変える装置など、今の魔道具ギルドでは研究すらしていないかもしれない。

 俺は魔道具ギルドに所属していないので、実はこっそりとやっている可能性もあったけど。

 それでも、実用化していなければ意味がない。


「ゾヌターク共和国は、元々水資源が豊富だからな。昔はそれなりに需要があったのだが、今は人口減と水道業者の仕事がなくなるから、すべて倉庫の肥やしとなっておる。装置の一部は災害用に保管され、残りは中古市場で叩き売られたが、漁業関係者がたまに買うくらいかの。と、ライラが言っていた」


 この装置もそうだが、魔族が作る魔道具は魔力効率がよく、頑丈で、性能もいい。

 そりゃあ、貿易交渉が上手く行かないわけだ。

 ローデリヒからの情報によると、とにかく魔道具ギルドの妨害が酷いらしい。

 彼らも失業の危機なので、必死なのはわかるのだが……。


「バウマイスター伯爵は、勝手に魔族の魔道具を購入して大丈夫なのか?」


「この島だけなら大丈夫でしょう」


 バウマイスター伯爵領本領で、魔族が作った魔道具を使用していたら問題になるはずだ。

 目敏くプラッテ伯爵の密偵たちが見つけ、王城に報告するだろう。

 でもこの島だけなら、バウマイスター伯爵家の人間以外は立ち寄らないので問題はない。

 というか、異民族で人口四十万人の島を領有して統治しなければいけないのだ。

 時間もないし、これくらいのズルをしてないとやっていけない。


「結局、バウマイスター伯爵領と確定した島で、入植可能な島は百を超えました。海竜のせいで海上船舶の使用が難しいので、開発には魔道具の力が必要ですね」


 南の僻地なら、魔道具ギルドも口を出せないはずだ。

 しばらくは政情不安定という理由から、バウマイスター伯爵家の人間以外は立ち入り禁止なので、魔族から購入した魔道具を開発に使う予定である。

 いまだ王国と魔族の国との間に正式な貿易協定は結ばれておらず、両国の法に他国から魔道具を輸入してはいけません、と書かれているわけではない。

 王国の法には帝国と勝手に貿易をしてはいけないとは書かれているが、魔族の国については想定外なので記載されていなかった。

 帝国との貿易も、実は一部北部諸侯たちが帝国と密貿易をし、それを王国政府が黙認していたのは公然の秘密であり、法の運用は結構曖昧だったりする。

 つまり、俺のやっていることは違法ではない。

 脱法とでもいうべきか?

 王城にいるプラッテ伯爵に知られると攻撃されそうなので、今はこの島でしか購入、使用していないけど。


「まだ他にも色々と頼むかも」


「手間賃が貰えれば大歓迎だぞ」


 魔王様たちは、魔族の国の市場に流れている中古魔道具をこちらに持ってくるだけで利益が稼げるので、俺からの提案に大喜びであった。

 メンテナンスについては、現在この島の魔道具職人たちを集めて教育中であった。

 魔王様の農業法人にも魔道具のメンテナンスに詳しい人がいるので、最悪その人に頼めば修理はできるので問題ない。

 魔道具を動かす魔力については、バウマイスター伯爵家の人間の方が優秀な魔法使いが多い。

 魔道具が便利で多用されるほど、バウマイスター伯爵家の支配力が増す仕組みだ。


「農地を耕す耕運機など、市場では余りに余っていて叩き売られておるぞ」


「魔族の国の農業では、それら魔道具をよく使うのでは?」


 どう考えても、鍬で畑を耕すような農業はしていないと思うな。

 アメリカのように、デカイ耕運機とかで広大な畑を耕していそうだ。


「段々と、企業経営で農地が大型化しておるからな。古い小型の農機具が余って、中古市場が飽和しておるのだ。趣味で農園をやる人間くらいしか客がいない。しかも、壊れにくいからな」


 贅沢な話ではあるが、この島以外では使えないか。

 いや、待てよ……。

 前に魔の森の地下倉庫から大量に得た魔道具の数々、もし魔族の国と交易が始まれば、あの品々でもあっという間に性能が悪い古い品々という扱いになってしまう。

 盗難を怖れてほとんど死蔵していたが、ここは積極的に用いて、バウマイスター伯爵領本領の開発を進めるべきか……。


『それがよろしいかと思います。特にトンネルの方からは苦情が多いので』


『ああ、馬糞の臭いが凄いんだっけ?』


『はい』


 早速携帯魔導通信機でローデリヒに連絡を取ると、彼は魔道具の積極的な活用に賛成してくれた。

 特に開通したトンネルで、そこを通る馬が出す馬糞の臭いが問題になっていたそうだ。

 警備を担当するトーマスからも『馬糞拾いに任務のかなりの部分が割かれ、なにかあった時に対処が遅れる。なによりもの凄く臭いです』と苦情が入っていたのを思い出した。


『トンネルの両端に拠点を持つ商人なら、大型車両でトンネルを輸送してあげて手間賃を取ってもいいよな』


『トンネルは長いですからね。トンネルを往復する人員に支払う割増賃金を考えますと、運賃を取っても苦情は出ないどころか喜ばれると思います』


 発掘された魔道具にはトラックも多いので、これをトンネル内で往復させればいい。

 個人商人だけなら、通るレーンを指定すればそれほど馬糞も出ないはずだ。

 軽トラのような車両で、馬糞を拾う清掃担当者を雇ってもいいな。

 臭いから、少し給金をよくすれば希望者もいるはずだ。

 集めた馬糞は、以前から肥料に加工しているので問題ないはず。


『本領では、発掘魔道具の使用を。アキツシマ島では、魔族の国から購入した中古魔道具で開発を促進する』


『畏まりました。早速手配します』


 俺が方針を伝えると、ローデリヒはすぐに対応すると返答した。

 この手際のよさ、やはりローデリヒが領主でも問題ないよな。


「というわけなので、これから中古魔道具の仕入れを頼みます」


「ライラがいうには、違法ではないが騒ぐ輩も多いので、上手く誤魔化しながら購入を図ると言っておったぞ」


「それは理解しています」


 魔族でも国粋主義的な連中が、『売国奴だ!』と魔王様たちを批判するかもしれない。

 ライラさんは優秀なので、そういう危険は犯さないのであろう。

 向こうでは需要が少ない中古魔道具でも、こちらでは十分に使い道がある。

 メンテナンスや簡単な修理くらいなら、こちらの魔道具に詳しい人間にでもできるのだから。

 エネルギー源である魔力も、俺たちの他に、魔の森で採れる魔石で十分に補えるから問題ないであろう。

 ルルがいた島の大半を占める魔物の領域、ここも探索と冒険者の活動が始まれば、採取できる魔石の量が増えるはず。

 不便な場所にあるが、アキツシマ島の人たちなら、魔導飛行船の航路があれば、冒険者として狩猟に励んでくれるかもしれない。

 統一後には軍縮が進むであろうし、農地の拡大で余った人員を吸収しきれなかったり、農民には向かない人たちの仕事として、冒険者稼業も悪くないであろう。

 強い不満を溜め込んで反抗的になったり、犯罪に走るよりは、冒険者稼業でひと山当てるという方向に持って行った方がいい。

 いわば、ガス抜きの一種だ。


「順調でなによりだ。余も力を蓄え、余の代では無理でも、子や孫がみなさまに愛される魔王様になれるよう、ここは金稼ぎをしておこう。おっと、もうこんな時間か」


「これから、なにか予定でも?」


「夏休みの宿題をしなければ。特に日記は毎日必ずつけなさいとライラが言うのだ」


 この魔王様、年齢の割にはしっかりしているのだが、やはり小学生なんだよな。

 夏休みの宿題が気になってしまうのだから。


「陛下、夏休みの日記でしたら、日記を書くのを忘れたとしても、必ず天気はメモしておいた方がいいですよ。それも、向こうの天気をです」


 魔王様は、ここにはいないことになっているからな。

 ここの天気を日記に書いてしまうと、整合性が取れなくなってしまう。


「ライラのことだから、毎日の天気はメモを取ってくれていると思う。日記の内容は当たり障りのない記述にしているぞ」


「魔王様のクラスに何人クラスメイトがいるか知りませんが、天気が間違っていなければ、担任の教師もわざわざ日記の記述が本当かどうか、確かめたりしませんよ」


 これらの知識は、主に小学生の頃の記憶から出ている。

 学校では当然夏休みの宿題が出て、一番面倒なのは絵日記であったが、俺は絵が下手なので難儀したものだ。

 日記には天気を書く欄があり、一週間ほどサボると天気を忘れてしまうこともあったが、昔とは違ってインターネットで調べられるのは救いであった。

 父に聞くと、昔は天気を忘れると大変だったらしい。

 真面目に日記をつけている同級生から情報を得たりしていたそうだ。


「自由研究はどうです?」


「毎日農業に関わっておるからな。二十日大根とホウレンソウをプランターに植えて、世話をしながら観察しておる」


 野菜を育てて観察日記をつける魔王様。

 とてもシュールな光景である。

 

「収穫したら、バウマイスター伯爵にも振る舞ってやろう」


「ホウレンソウはお浸し、ラディッシュは浅漬けとか、炒め物も美味しいですね」


「うーーーむ、バウマイスター伯爵は料理にも詳しいな。楽しみにしているがよい」


 魔王様は夏休みの宿題をしようと、大津城内に用意された自分の部屋へ向かおうとした。

 ところが、急になにかを思い出したように振り向き、俺に頼みごとをしてくる。


「バウマイスター伯爵、時に台形の面積の求め方を知っておるか?」


「はい」


 前世では、一応それなりの大学は出ている。

 この世界も長いので、多少記憶が怪しい部分もあるが、小学生の算数くらいならほぼなんとかなる。

 数学ですか?

 残念、俺もモールたちと同じく文系の学部だったのだ。


「モールたちも忙しくて、この城にほとんどいないからな。教えてくれる者がいないのだ」


「まあ、わかる範囲で教えますよ」


「すまんな。それにしても、バウマイスター伯爵は若いのに博識よな」


 たまたま覚えていただけだが、俺は魔王様の夏休み中、定期的に勉強を教えるようになるのであった。






「ヴェル、いつの間にそんな勉強ができるようになったの?」


「いつの間にっていうか……魔法を勉強するついでさ」


「ふーーーん、そうなんだ。魔法の本って、難しい内容のものも多いからね」




 昼食の時間。

 魔王様は嬉しそうに俺が勉強を教えてくれたのだと話をし、それを聞いたルイーゼは『どうして自分たちと同じく最終学歴冒険者予備校卒業の俺が、なぜ高等な算数を知っているのか?』と聞いてきた。

 魔族の国では初等教育で習う図形の面積を求める公式も、王国と帝国ではアカデミーの入学試験合格を目指す予備校で習う高度な内容であったからだ。

 地形の面積を求めるのに使えるが、下級でも役人になろうとしなければ習う必要はないからだ。

 不動産屋は土地の面積がわからないと損をするので、これは家伝みたいな形で子弟にのみに教育したりすると、前に胡散臭いリネンハイムから聞いたことがある。

 代々の役職がある法衣貴族には習わないといけない高度な勉学もあったりするが、領主でも文章の読み書き、それも漢字が混ざると読めない地方領主など珍しくもないので、魔族の国はそれだけ教育が進んでいる証拠であった。


「ボクも習おうかな?」


「ルイーゼ、これが算数のドリルだぞ」


「どれどれ……」


 ルイーゼは、魔王様から夏休みの宿題である算数のドリルを見せてもらう。


「……ボクはいいや」


 残念ながら、ルイーゼには性に合わなかったようだ。

 元々勉強するのが似合わないからな。


「あっはっは! 某たちに勉学など不要! ようは強ければいいのである!」


「導師、俺らは魔法使いだ。さらに言うと、導師は王宮筆頭魔導師だろう? 多少の教養は必要じゃないのか?」


「某の次の王宮筆頭魔導師に期待するのである!」


「げほっ!」


 突然導師から肩を叩かれ、食事をしていた俺はむせてしまう。

 相変わらずのフリーダムぶりだが、俺がこの島の開発に魔族から購入した中古魔道具を使っているのを黙認してくれているからな。

 導師が黙認しているんじゃなくて、陛下が黙認しているのだけど。

 その代わり、ちゃんと一定数の魔道具は陛下に献上している。

 ただ不思議なのは、陛下はその魔道具の存在を魔道具ギルドには一切知らせていないらしい。

 交渉の邪魔をしてくるので、知らせる義理も渡す義理すらない?

 魔族の進んだ魔道具が、さらに型落ちの中古品だと知ったら余計に妨害してくるかもしれないので、陛下も黙っているのかもしれない。


「俺ですか?」


「左様、バウマイスター伯爵はアルフレッドの知識と魔法を継ぐ知に長けた魔法使い。今は某が武に長けた魔法使いとして陛下に仕えているのである! こういうのは個性であり、どちらが上とかそういうのはないのである!」


「導師、誤魔化しただろう?」


 自分が武闘派なのは個性で、知識とか教養は自分の次の王宮筆頭魔導師である俺に任せる。

 つまり、このまま死ぬまで勉強なんてしないと導師は断言したのだ。

 まあ、導師が真面目に勉強しても、なにかの役に立つのか相当疑問が残るのだけど……。


「言うほど、俺も勉強していませんが……」


 さすがに、前世で勉強したことは記憶が薄れつつある。

 忘れないようにたまにメモしているが、書く前に忘れてしまったこともあるからなぁ……。

 

「しかし魔族ってのは、幼い頃から難しい勉強をするんだな」


 魔族の初等教育イコールリンガイア大陸では高等教育と同じなので、エルも魔族の教育水準の高さに驚いていた。

 魔族は暴力的なイメージが強いので、ギャップも感じているのであろう。


「エルも勉強したら? ローデリヒさんを継ぐ立場を目指して」


「俺は武官でいいよ」


 ルイーゼから回ってきた算数のドリルを見て、エルはすぐにイーナに回した。

 どの世界の人間でも、基本的に勉強好きな奴なんて少ないからな。


「大体わかるけど、これで初等教育って凄いわね」


「イーナ、わかるの?」


「正式に勉強しているわけじゃないけど、たまにそういう本を見るから多少は」


「すげえ!」


 イーナは、分数の掛け算、割り算、平均値の求め方、平行四辺形、三角形、台形の面積の求め方など、小学生の算数レベルくらいは理解していた。

 空いている時間に、その手の本も読んでいたようだ。

 ヴィルマとカチヤが驚いていた。


「でも、このくらいならエリーゼも知っているわよ」


 それは俺も驚かない。

 彼女はホーエンハイム枢機卿の孫娘で教会に出入りしていたし、完璧超人であったからだ。


「教会は、やる気があれば色々と勉強を教えてくれますから」


 とても頭がいいのに、家が貧しくて勉強できない子供がいたとする。

 そういう子は、教会に面倒を見てもらいながら、アカデミーや上級官吏の採用試験を目指す者が多かった。

 教会としても頭のいい将来有望な子供に恩を売れ、信徒も増やせるわけだ。

 そして教会のお世話になった人たちは、老後に時間が空くと、無料で子供たちに勉強を教える。

 エリーゼも、空いている時間にそういう老人から勉強を教わっていたそうだ。


「なるほど。教会は、社会のセーフティーネットでもあるのか」


「陛下、セーフティーネットってなに?」


「貧しい困った人たちを救う最後の『安全網』、救済システムの一つだ」


「へえ、陛下は難しい言葉を知っているんだね」


「まあ、これでも魔王だからな」


 ルイーゼは、魔王様の知識に感心していた。

 確かに為政者を目指しているだけあってそれなりに知識はあるのだが、唯一の懸念は、少し算数が苦手な部分かもしれない。


「うーーーむ、こういう勉学は、学者や専門家が習う内容じゃな。妾も基本的なことしか知らぬ」


「私のような下級貴族出身者は、勿論学んでおりませんわ。知らなくても困ったことはありませんもの」


 テレーゼも帝王学を受けていたから、それなりに算数の知識もあった。

 カタリーナはそれどころではなかったはず。

 それに、分数の割り算や台形の面積の求め方を知らなくても、現状で困ることもないのだから。


「ヴェンデリン様、わかりません」


「うっ! 伊達家当主の俺がわからぬとは……」


 わずか五歳のルルと藤子が、算数を学んでいるはずがない。

 それよりも、まずは漢字の読み書きが先であろう。


「雪はわかるのか?」


「ええ、この島にも和算という学問がありますので。利息計算、運上金の計算、収穫量から税率の計算、不作の時の減免率の計算、開墾した土地の貢献度に比した分配、検地と。和算を使わないでは統治も侭なりませんので」


「雪はとても頭がいいのですよ」


 彼女と幼馴染である涼子は、雪が文武に長けた才女と呼ばれていたのだとみんなに教える。

 俺にもわかった。

 この中で一番頭がいいのは、間違いなく雪であろうと。

 当主名細川藤孝だものな。

 某戦国シミュレーションゲームだと、非常にステータスが優秀な人なのだから。


「私たちには魔法があります! お店のお手伝いをしているので簡単な計算くらいは……」


「私も商売人の家の子なので、会計の基本くらいはできますよ」


「私もです。お兄ちゃん、そういうの苦手だったから……」


 アグネス、シンディ、ベッティ。

 別に、無理に雪や魔王様に張り合わなくても……。

 三人は商売人の家の子なので、会計の基本はできるというわけか。


「せっかくみんなが集まったので、これからどうするかなんだけど」


 そうだった!

 今は、これからの方針について話し合っているのだった。


「えっ? あとは東部と南部の併合で終わりでしょう。魔族のこともあるから、早くしないと駄目なんじゃないの?」


 ルイーゼは、この島の統一を急ぐべきだという意見を述べる。


「それしかないわね。ユキさん、東部と南部ってどんな感じなのかしら?」


「ともに、複数の有力諸侯が勢力拡大を狙っている状態です」


 雪は、東部と南部の諜報活動にも力を抜いていなかった。

 まずは東部。

 ここは、農業と商業のバランスがいい地域だそうだ。


「今川家、北条家、武田家、上杉家、織田家などが有力諸侯ですが、飛び抜けた勢力はいません。この五家にしても、動員兵力は五百がせいぜいですから」


 聞いたことがある領主が多いな。

 織田家か……。

 やっぱり、信長さんがいるのかな?


「南部は、毛利家、長宗我部家、竜造寺家、大友家、島津家などが有力諸侯です。東部と状態は同じです」


 ドングリの背比べで、三好家のような大領主はいないわけだ。

 そのため、長年小競り合いを続けていると。


「まずは、東部から併合していこうか」


「それがいいと思います」


 雪も賛同したので、バウマイスター伯爵家諸侯軍は五千の戦力で東部へと進撃しようとした。

 ところがその直前、雪が東部の様子を探らせていた忍びから思わぬ報告が入ってくる。


「大変です! 今川家の当主が討ち死にしました!」


「今川って、義元?」


「そうですが……お館様は、よくご存じでしたね」


「井戸を掘っている時に、噂話で聞いたんだよ」


「そうでしたか」


 まさか前世で同じ名前の大名がいたとは言えず、俺は噂で聞いたと嘘をついて誤魔化した。

 今は、今川家の当主の名前よりも気になることがある。

 討ち死にしたって聞いたような……。


「討ち死にって言ったよな?」


 これまで何度か戦はしたが、敵味方双方に犠牲者は一人も出ていない。

 偶然かと思ったら、この島の戦はそんなもの。

 いや、討ち死にを出すのを極端に嫌がる傾向のようだ。


「由々しき事態です。織田のウツケが、まさか戦の決まりすら守らぬ女とは……」


「噂には聞いていたが……」


「しかも、当主を討つか? 普通」


 雪、三好義継、十河義興……彼には西部を任せるため、分家である十河の姓と家督を継いでもらった……は、戦で当主を討ってしまう織田家に批判的であった。


「でも、戦だろう?」


「お館様も、これまで何度か参加してご理解下さっているとは思いますが、戦で人殺しは所作見苦しいというのが常識です」


 この島の戦って、実はヘルムート王国の紛争とそう違いはないのか?

 でも、上に立って調停をする者がいないから決着は必ずつける。

 戦自体も、魔法使いである大将同士の魔法比べや、武将同士による腕比べが主流というわけか。

 

「兼仲は、涼子と雪に降伏を迫っていなかったか?」


「あの時はとにかく水がなかったので、秋津洲家を力で抑え込んでも御所付近の水の優先使用権が欲しかったんです。討ち取ったり、滅ぼすつもりはなかったですよ」


 紛争と違うのは、時に利権や領地を奪われるケースがあることか。

 最後まで抵抗せず、利権や領地を渡してしまう。

 領主階級が魔法使いのため、兵や領民が自分の領主が魔法比べや腕比べに負けてしまうと抵抗しないで降ってしまうんだろうな。

 無駄な抵抗はしないと。

 こんな狭い島なので、本気で殺し合いの戦を始めると犠牲が大きくなりすぎてしまうと考えたのであろうか?

 でも、徹底して殺し合う気性でなかったから、俺の平定作業も順調なわけだ。

 強大な魔力でゴリ押ししているとも言えたが。


「戦に負けても滅ぼされる領主なんてほとんどいません。降って所属を変えるか、領主とその一族が追い出されるのが普通です」


 もしくは、西の大領主が兵を出せばすぐに降り、東の大領主が兵を出せば今度はそちらに降る。

 犠牲者は出ないが、島の統一も難しいというわけか。


「織田家はルールを破ったのか」


「どういう方法か知りませんが、当主を討ち取るなど不作法もいいところです!」


「そうだな」


「織田のウツケに相応しい行動ではあるか……」


 雪、義興、義継は、織田家のやり方に反感を覚えたようだ。

 俺が思うに、こんな茶番をしているから島が一向に統一されないのだと、織田家の人がブチ切れてしまったのではないかと思ってしまうのだが。


「織田家の当主って、どんな人なんだ」


「当主は織田信秀、とても商売熱心な方だと聞いております。義元を討ったのは、その長子である織田信長」


「信長?」


 ここに来て、織田信長の名前が出てしまった。

 今川義元が討たれてしまったのだから、これはつまり桶狭間なのか?

 

「織田家の当主の通り名は信秀だよな? 現当主がそうなのだし」


「それが、織田のウツケは『代々同じ名前を継ぐなんて古臭い! 私は、新たに信長の名を子孫に継がせるのだ!』と言ったそうです。本当の名は吉子というそうです」


 この世界の信長は女なのか。

 そして、本名は吉子(キチコ)……。

 その、これまでの常識を打ち破る行動を見るに、似合っている名前ではあるのか。


「あんまり関わり合いになりたくない」


「そうだよね。フジコの『眼帯の下の黒炎竜が!』なんてまだ可愛げがあるもの」


「ルイーゼ、この眼帯に下には本当に竜がいるのだぞ」


「はいはい、そうだね」


「こらぁ! バカにすると黒炎竜がルイーゼを焼き尽くすぞ!」


 ヴィルマ、残念だが東部を平定するのに織田信長との対決は避けて通れないんだ。

 ルイーゼ、藤子のはあくまでも魔法の威力を上げるメンタル強化方法だからな。

 彼女を挑発しないでくれ。

 あの炎の竜を出されると暑いのだから。


「どうせ戦わねばならないんだ。東部を速やかに平定するぞ」


 俺の命令で五千の軍勢は、一気に東部へと雪崩れ込んだ。

 果たして、この世界の織田信長はどう出てくるかな。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る