第339話 早巻き、アキツシマ統一作戦遂行中(その2)
俺たちが、アキツシマ島に上陸してから二ヵ月ほど。
魔族の国と王国、帝国の交渉は笑えるほど停滞していたが、その間に領地の整備は進めていた。
バウマイスター伯爵領本領と、南方諸島、海竜の巣がある海域にある島々、そしてバウマイスター伯爵領南端にあるアキツシマ島北部領域。
人が住めそうな島への調査と移住も始まり、それらの島々との間に、中、小型魔導飛行船の定期航路が開かれた。
港は俺たちが魔法でなんとかしたので、早くに運行が開始されたのだ。
船員に関してはとにかく人手不足なので、退役した元空軍軍人たちを期間限定で雇用した。
彼らに若い未経験者たちをつけ、教育しながら船を動かす。
泥縄感があったが、なんとかなっている状態だ。
彼ら退役した軍人たちは、みんなヴァイツ侯爵や他の空軍閥貴族の紹介で働いている。
当然、息子の件で俺と揉めているプラッテ伯爵と繋がりがある連中は排除しているので、王城で彼は盛大にブチ切れたそうだ。
俺の排除を目論んでいるらしく、ヴァイツ侯爵から注意するようにと連絡が入った。
ローデリヒにも通達が行っており、プラッテ伯爵と縁がある人間はバウマイスター伯爵家に仕官できなくなったり、商人でも商売から排除された。
貴族を続けていると、こういう完全に敵対する人物が出てくるそうで、貴族なら誰にでもあることなので気にしないでいいと、ローデリヒには言われた。
いくら人手不足でも、敵対勢力と縁がある人間を雇って足を引っ張られたら意味がないそうだ。
そんなわけで、今日もプラッテ伯爵は機嫌が悪いみたいだ。
忙しい俺は王城に行かないので、直接それを確認したわけじゃないけど。
オッサンの渋い顔をわざわざ見に行く趣味はないので、放置でいいだろう。
空軍も協力してくれたので、広大なバウマイスター伯爵領内の移動は魔導飛行船で行えるようになった。
最近、王国と帝国との間でも貿易量が劇的に増大しているので、空軍の軍人たちは忙しい。
プラッテ伯爵と縁が深い連中も、対帝国貿易ではハブられているわけではないので、プラッテ伯爵の悪巧みに手を貸す者は少ないそうだ。
自分の思い通りにならずに余計イライラしているらしいけど、あの息子を見ていると、我儘な部分は遺伝なのかもしれないな。
そんなわけで、バウマイスター伯爵領の開発は順調だ。
魔法使いが多いのも有利な原因であろう。
アキツシマ島北部については、中央で権勢を誇る三好家はなにも言ってこない。
地味に商人の活動を阻害されているが、交易はバウマイスター伯爵領とできるので、北部の領民たちに不満はなかった。
俺が公共工事や開発を積極的に行って彼らにお金をばら撒き、それは王国発行のセント硬貨で、それを得た彼らは、北からやって来た魔導飛行船により運ばれてきた産品を購入する。
特に人気なのは、バウマイスター伯爵領で生産量が増大しているお米、魔の森で採れる果物類、海産物、塩、砂糖などであった。
他にも、装飾品、衣服、工芸品、芸術品なども売れた。
『北部の領民たちはそこまで裕福だったかな?』と疑問に思ったのだが、実はこれらの品は、転売するために購入しているようだ。
三好家は商人が北部に行くのを禁止したが、個人レベルの行商までは制限していない。
取り締まる余裕がないというのが実情らしいけど。
よって北部からでも、個人なら商品を持って中央に行けるのだ。
中央は富裕層が多い地域なので、彼らに舶来物を高く売って儲ける商売が流行しているそうだ。
最近北部では、羽振りのいい領民がボチボチと現れ始めた。
一人で行商に行くので、途中荷を奪われるケースもあるそうだが、一回の失敗は一回の成功で補填可能なので、個人で中央に行商に行く者たちが多い。
それに対策も考えたそうで、関所がある場所で集団移動するようになって行商の成功率が上がったようだ。
彼らは代金として金や銀の塊を受け取り、それをセント硬貨に両替した。
徐々に東部、西部、南部の富裕層もバウマイスター伯爵領産の品を欲しがり、それに北部の領民たちが応えて儲る。
いくら三好家でも、個人の欲までは制限できないようだな。
次第に北部に富が流出していったが、それを俺が気にしても仕方がないであろう。
向こうが対処する問題だからだ。
逆に、アキツシマ島の焼き物、織物、工芸品、美術品なども王国領で売れるようになった。
中央に出かけた行商人たちが仕入れ、それをバウマイスター伯爵家で買い取り、さらにそれをバウマイスター伯爵家が領内や王国領で販売して利益を稼いだのだ。
ミズホ公爵領の特産品と共に、リンガイア大陸では珍しいデザインの品ということで、好事家の金持ちが高く買ってくれた。
彼らに言わせると、ミズホ公爵領の品とはまた少し違って面白いのだそうだ。
そんなわけで、特にトラブルもなく静かな生活に戻ったが、米沢城で恒例となったオヤツの時間になると、エルが逃げ出そうとするようになった。
「なんか居心地悪いなぁ……。俺、ちょっと仕事が……」
「こんにゃろ、俺を置いて抜け出すな」
バウマイスター伯爵領内で工事をしている女性陣を除き、ほぼ全員が集まってお茶を淹れ、購入しておいたお菓子を楽しむ時間になったからだ。
そこには、ルル、雪、涼子、藤子も加わり、大半が女性で男は俺、導師、ブランタークさん、エルしかいない。
最初は導師に訓練を受けていた七条兼仲も参加していたが、『女性ばかりで疲れる』と逃げるようになった。
ブランタークさんは、あまり気にしていないようだ。
エリーゼが淹れてくれたマテ茶に愛飲しているブランデーを垂らし、カタリーナに毎日窘められている。
「お師匠様、飲酒は夜になってからですわ」
「飲酒じゃねえぞ。お菓子の材料に香りづけで酒を入れることは多いだろう? これも、お茶の香りづけなんだよ」
「その割には、お酒の量が多いようですわね」
「お前さん、俺の妻みたいなことを言うな」
「ヴェンデリンさんは深酒をしないので、わざわざ注意する必要がありませんから。お師匠様の奥様の代わりに注意しているのです。ご心配でしょうから」
「へいへい。わかりましたよ」
カタリーナの注意をブランタークさんは軽くかわしたつもりでいたが、いつの間にか自分で作ったマテ茶五割ブランデー五割の飲み物を、リサに飲み干されてしまった。
「こらぁ! 一気飲みすんな! 超高級ブランデーなんだぞ!」
「確かに、酒精分は濃かったですね」
「かぁーーーっ、これだから酒の味がわからん奴は」
リサはお酒に強いし、味の利き分けにも長けている。
ただ、世間で高価だと言われているお酒を無条件にありたがることはなかった。
ブランタークさんお気に入りの超高級ブランデーも、古くてアルコール分が濃いお酒、程度の認識なようだ。
「バウマイスター伯爵、今日のお菓子は?」
導師は美味しいものが食べられれば問題ないので、周囲に沢山女性がいても気にしなかった。
「ところで、お館様」
「どうかしたのか? 雪」
「実は、三好長慶が死んだという噂が流れてきました」
重病で伏せっているとは聞いたが、死んだと言う噂が流れたということは、病状が悪化してそのまま……ということなのか?
「三好家の策略で実は生きていた、なんてことはないのかな?」
「エルヴィン殿、中央の三好家からすれば、長慶は生きていた方が都合いいわけでして、あえて死んだなんて噂を流す必要はないわけです」
「うちが調子に乗って中央を攻めたら、戦場に健在な長慶がいて、俺らは大混乱とか。そんな策じゃないの?」
エルの奴、『死せる孔明、生ける仲達を走らす』みたいなことを言うな。
「その可能性も否定できませんが、やはり三好家は長慶の死を隠そうとする可能性が高いです。なにしろ、三好家は後継者争いがありますので」
後継者を決めずに当主が死んでしまっては、三好家は大きく混乱してしまう。
たとえ策でも、三好長慶が死にましたなんて言うわけがないか。
「三好家は、後継者を決めていないのか?」
「決めていないというか、決められなかったというか……」
日本の戦国時代に似ているようで当然世界は違うため、同姓同名の武将でも色々と差異があった。
「長慶の子には、庶兄義興と次男義継がおります」
「よくある後継者争いである!」
「そうですね」
雪は簡潔に、現在の三好家が置かれた状況を説明してくれた。
ブロワ辺境伯家と同じか……。
「一族や有力家臣がバラバラに義興と義継を支持して、家が割れているわけだ」
「お館様の想像どおりです」
義興には、長慶の弟三好実休、安宅冬康、十河一存と、重臣松永久秀か。
義継には、一族の三好長逸、三好政康と、家臣の岩成友通、内藤長頼が。
完全に真っ二つに割れていると、雪は説明する。
「それって、ミヨシナガヨシってのが死んだら大変だな。あっ、もう死んだんだっけ?」
ブランタークさんの予想どおり、中央で天下人を名乗った三好家は当主長慶の死で完全に真っ二つになった。
だが、その後の行動は斜め上であった。
「えっ? 意味がわからない」
「ですから、三好軍が攻めてきました。義継と彼に組した方の軍勢です」
雪が放っている密偵が、三好軍の大軍五千がこの米沢城を目指して進軍中であると報告してきた。
当主が亡くなって混乱していると思ったら、意外な行動に出てきたな。
「どうして家督争いで揉めている義興の軍勢と戦うのではなく、うちなのかね? 実は家督争いに決着が着いたので、かねてからの懸案事項であった北部に攻め入って来たとか?」
「わかりません。そんなすぐに決着するような問題ではないのですが……。とにかく対応をしませんと」
「バウマイスター伯爵、籠城であるか?」
「いいえ、迎え撃ちます!」
この島のバウマイスター伯爵家諸侯軍の動員を解かず、訓練と開発に使っていてよかった。
すぐに三千の軍勢で南下を開始、米沢城の南二十キロほどの時点で両軍が睨み合う。
「侵略者に告ぐ! この三好家当主である義継に、秋津洲高臣を寄越すのだ!」
俺たちは最初、どうして義継たちが家督継承のライバルを無視してまで攻めて来たのか不明であったが、彼が涼子を差し出せと言った時点で、攻めてきた理由が判明した。
義継はこの島で一番の名族の出である涼子を妻にして、義興に対し後継者争いで優位に立とうとしているのだ。
「嫌です!」
涼子は、すぐさま義継の要請を断った。
「私はバウマイスター伯爵様の妻になる身です! あなたの元には参れません!」
「……」
断ってくれたまではいいのだが、その理由はどうなんだろう?
なんか、みんなの視線が痛いんですけど……。
「そもそも、そちらが涼子様を中央に住めないようにしておいて、今さらその要求はおかしい! 第一、今の三好家の当主は誰なのです? 秋津洲家から嫁を迎え入れるのですから、最低でも三好家の当主でないと。もう一度聞きますが、あなたは三好家の正式な当主なのですか?」
「そうだ! この三好義継こそが三好家の当主だ!」
「では、義興殿はどうなのです? 三好家が泥沼の後継者争いをしていることなど、とうに掴んでおります。あなたは、義興殿を納得させて当主の地位についたのですね?」
「それは……」
この義継という若者、雪に理論整然と質問されたら途端にタジタジとなってしまった。
間違いなく、義興と後継者争いを続けたままなのであろう。
というか、それに勝つべく涼子を妻にしようとしていることは明白だ。
「なあ、坊ちゃんよ。お留守にしておうちは大丈夫か?」
「無礼な! 三好家嫡男であらせられる義継様に向かって!」
ブランタークさんは最初から強気であった。
俺たちはどうせ余所者だし、向こうは天下人を自称している連中で、下手に出ると舐められて下に見られかねない。
三好軍は数十名の魔法使いを従えているが、大半が初級で全然大したことはない。
なにより俺たちは、魔族という不安要素を抱えている。
よって、力でわからせて早くこの島を平定するのが一番だと、ブランタークさんは判断したようだな。
彼が身構えたことにより、俺たち全員が臨戦態勢に入る。
「魔法を使うんだろう? かかってきな。でなければ、ションベンを漏らす前に家に帰りな」
「ジジイがぁ!」
ブランタークさんのわかりやすい挑発で、若い義継は激高した。
「我ら三好一族と家臣団を舐めるなよ! 余所者の魔法使いの実力、見せてもらおうではないか!」
総大将である義継の命令で、三好軍の軍勢の中から次々と魔法使いたちが前に出てきた。
彼らは三好家の一族、家臣、服属領主たちで、この島の魔法使いは偉い人が大半という法則はわかりやすくある。
「数は多いのである! しかし、雑魚ばかりなのである!」
「そりゃあ、導師と比べたらみんな雑魚でしょうけどね……」
「三好長慶が天下人を名乗るほど栄達できた理由の一つに、一族や家臣に魔法使いが多いというのがあります」
確かに、雪の説明どおり魔法使いは多いな。
ただし大半が初級ばかりだけど……。
義継は……辛うじて中級の下くらいか?
どちらにしても、よほど油断しなければ負けることはない。
「バウマイスター伯爵、やるのである!」
「えっ? 俺ですか?」
「導師様、俺にやらせてくれよ」
「藤子は駄目!」
急な出陣であったため、勝手について来てしまった藤子にはやらせないにしても、わざわざ俺が相手にする必要もないような……。
ルイーゼとかヴィルマが、とても戦いたそうにしているし。
「バウマイスター伯爵、連中は犬と同じである!」
一万年以上もこの島の中で過ごしてきたので彼らはとても排他的……かと思ったが、そこまで酷いわけでもない。
北部の領民たちも、バウマイスター伯爵家の支配に従順だ。
まあ、悪政は行っていないし、井戸を沢山掘ったからなぁ……。
「この島では、魔力イコール権威、権力なのである!」
「ああっ! 逆だったのか!」
俺は勘違いしていた。
この島の領民たちは、お殿様の血筋がいいから従っているのではなく、お殿様が魔法使いだから従っていたのだ。
水がある中央を除くと、この島では硬い黒硬石の岩盤を破って井戸が掘れる者が尊敬され、従うようになる。
近年、秋津洲家の力が衰え島内が群雄割拠状態なのは、新しい井戸を掘れる領主様が現れなかったから。
一応魔力があるので領主には従うが、そこまでの求心力はなかったというのが真相か。
「三好家は経済力がある中央を、政治力と一族家臣にいる魔法使いの多さで押さえました」
とはいえ、長慶自体が取り立てて優秀な魔法使いというわけでもない。
彼の政治力、組織力で纏めあげていた三好家は、彼の死で分裂したのであろう。
「それを再び纏めるため、バウマイスター伯爵は力を見せなければいけないのである!」
「師匠の仰るとおりです! お館様の偉大な魔法を見せれば、義継のガキなど!」
ここに、七条兼仲というわかりやすい例えがいるからな。
彼は俺が魔法で倒したら、忠実な家臣になったのだから。
「では、俺が相手をしよう」
「ふんっ! ガキがあとで吠え面かくなよ!」
「悲しいですね」
「つうか、この島の連中は相手の魔力量を計れる奴が少なすぎる!」
ブランタークさんは、この島の魔法使いのレベルの低さを嘆いた。
でも、逆に高いと苦労するから、俺はこれでいいと思うんだ。
「我ら鉄壁の組織力を誇る! 三好家魔法軍団!」
「へえ、大層な名前だな」
「ジジイ! そこで茶々を入れるな!」
義継君は若いのであろう。
自慢気に自分が率いている魔法使いたちの紹介を始め、それに呆れたブランタークさんが茶々を入れていた。
戦闘を前に自己紹介もどうかと思うが、この島の戦争とはこんなものらしい。
兵力は脅しで、大半は総大将や武将が魔法で勝負をつけるようだ。
血みどろの戦闘をしないで済む分、悪い話ではないか。
それにしても、三好長逸、三好政康、岩成友通、内藤長頼か。
どこかで聞いたような……。
俺は歴史マニアじゃないから、そこまで詳しくないんだよなぁ……。
「火炎魔法を巧みに操る『火奏者』の三好長逸!」
「風魔法の名手『風武者』の三好政康!」
「土魔法の名人『岩弾』の岩成友通!」
「水魔法『水刃』の内藤長頼とは俺のことだ!」
見ていると、痛々しいくらいに張り切って自己紹介をしているが、残念ながらみんな初級レベルの魔法使いだ。
魔法使いは珍しいから、魔法が使えるだけで天狗になる人がいるのはヘルムート王国でも、帝国でも同じ。
彼らの自己アピールタイムが激しいのは、さほど珍しい光景でもなかった。
この島でも戦になれば、将である魔法使い同士が魔法勝負をするケースが多いと聞く。
この派手な自己紹介は、宣伝も兼ねたお家芸なのであろう。
中央の三好家ともばれば、余計に目立つ必要があるだろうからな。
「導師、あいつら恥ずかしいな」
「まあ、某には無理なのである」
ブランタークさんと導師は、彼らの派手な自己紹介を居た堪れない表情で見ていた。
確かに、地方プロレスのレスラー紹介みたいだ。
「じゃあ、そろそろ始める?」
「ふん! 貴様のその余裕もそこまでだ!」
「吠え面かくなよ!」
「我ら三好家の力を思い知るがいい!」
「地べたに這いつくばらせてやるわ!」
それから数秒後、彼らは全員痺れてその場で動けなくなり、率いていた軍勢は全員降伏した。
当然犠牲者はゼロで、それだけはよかったと思う。
俺は、平和主義者なんだ。
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