第272話 爆炎のキンブリー

「ところで、ふと思ったのですが……」


「なにを思ったんだ? 伯爵様」




 リサが、導師を酒量で圧倒した翌日。

 俺は朝食の席で、ブランタークさんに疑問に思っていることを聞いてみた。

 

「ううっ……二日酔いである」


 その横で、導師が二日酔いで苦しんでいるが、気にしないことにする。


「伯父様、これを教訓にお酒の量を抑えましょうね」


「いや、勝負でなければあんなに飲まないのである……」


 酒量のみならず、翌朝の体調でも導師は敗北を味わっていた。

 二日酔いで朝食がほとんど食べられず、エリーゼから酒の飲みすぎを注意されている。

 どうやら罰も含めて、『解毒』の魔法はかけてもらえないようだ。

 こう見えて、エリーゼは生活習慣の乱れや不摂生に厳しい人であった。

 言い方は優しいが、強い意志をもって相手に反省を促す。

 なので導師でもなにも言えず、水をチビチビと飲んでいた。

 もう一方の当事者であるリサは、普段と変わらない様子で朝食を静かに食べている。

 前日の夜に、あれだけの量のお酒を飲んだ人には見えなかった。

 肝臓が丈夫だとか、そういうレベルの話ではないな。


「導師のことか?」


「いえ、じゃなくてですね……」


 俺が以前、アホ公爵と決闘をした時、ブランタークさんが高名な魔法使いの話をしてくれた。

 一人は、今静かに朝食を食べている『ブリザードのリサ』だ。

 彼女はやっとこの環境に慣れたようで、間に女性が入ればブランタークさんと目を合わせられるようになった。

 俺となら、二人だけで土木工事に出かけられるようになっている。

 男性との会話はまだ難しいが、確実に進歩していると言っていいだろう。

 そしてもう一人の魔法使い、『爆炎のキンブリー』なる人物がどういう人なのか、なんとなく気になったので、知っていそうなブランタークさんに聞いてみたのだ。

 俺は、まだ彼と顔を会わせたことがなかった。


「ああ、あいつか……」


「知っているんですね」


「悪い奴じゃないよ。むしろいい奴だな、普通に接する分には……」


 どこかブランタークさんの言い方に引っかかるものを感じるが、変わり者が多い凄腕魔法使いの中でも、圧倒的に常識人の部類に入るとの話だ。

 

「高名な魔法使いの中では、俺と双璧で常識人だな」


「「「「「「「「「「えっ?」」」」」」」」」」


 ブランタークさんから出た予想外の発言に、俺たちの視線が一斉に彼へと向いた。

 でもまさか、エリーゼまでもがブランタークさんイコール常識人という評価を疑っているとは思わなかった。

 意外な事実を聞いたという顔をしている。


「常識人ですか? ブランタークさんが?」


 なんだろう?

 間違ってはいないと思うのだが、それは隣に非常識の塊である導師がいるから比較論でそう思われているだけかもしれないし……とにかく微妙に引っかかってしまうのだ。


「俺は至極常識的だろうが! 俺よりも、伯爵様の方がよっぽど変わってるぞ!」


「ううっ……」


 逆にブランタークさんから変人だと指摘され、俺は言葉に詰まった。

 人に言えない事情などを加味すると、確かに少し変人扱いされても不思議ではないような……。

 でも俺だって、この柵の多い世界で頑張っているのだから。


「伯爵様、この話はよそう」


「はい……」


 世間から見れば、魔法などという異能を使いこなす時点で変人扱いなのだ。

 無理に、同類同士で叩き合う必要などない。


「リサがブリザードで、キンブリーが爆炎だろう? 魔法使いの世界では、二人一組でライバル同士みたいな扱い?」


 二人はペアを組んでいるわけではないが、確かにそんなイメージを感じてしまう。

 内情をよく知らない人なら、余計にそう感じるだろう。


「氷と炎ですからね。」


「キンブリーは男だからな。まあ、そういう噂が立ったこともあるな」

 

 ライバル同士だが、男女の仲もあったのではないかという噂が立ったことも、過去にはあったようだ。

 だが、それはただの無責任な噂だと俺たちならわかる。

 リサは、あのメイクと衣装の時には男性など寄ってこないし、今の綺麗なお姉さんモードだと男性と話ができないからだ。

 これでは、男女の仲になるのは難しい。


「無責任な噂だそうですわ」


 カタリーナの通訳で、リサはその噂を否定した。

 フルフルと首を横に振っている様子が可愛らしい。


「年齢が近かったからな。もっとも、キンブリーは既婚者だけど。愛妻家だって有名だぜ」


「爆炎で愛妻家なんですか?」


 俺は、導師のような暑苦しい人物を想像してしまった。

 導師もああ見えて、愛妻家の部類に入るからだ。


「いや、至って普通の奴だからな。基本的には」


「基本的には?」


「一度、実物を見た方がいいかもな」


 とはいえ、俺も爆炎のキンブリーもお互いに忙しい身だ。

 そう会う機会もないだろうと思っていたら、ちょうどいいタイミングで顔を会わせることになった。


「バウマイスター伯爵はん、助けてくれませんか?」


 俺が常々お世話になっているレンブラント男爵から冒険者としての依頼を受けたのだが、なんとそれに、爆炎のキンブリーも参加することになったのだ。


「嫁の実家の依頼なんですわ」


 仕事自体は、レンブラント男爵の正妻の実家、ロットナー男爵家からの依頼だそうだ。


「ロットナー男爵領内にある、小規模な魔物の領域の解放なんやけど……」


 ロットナー男爵領は王国北部にあり、この度結ばれた帝国との講和条約と交易の促進を利用して領地を発展させたいらしい。

 だが、それには一つの条件があった。


「領地のちょうど真ん中に、ちっこい魔物の領域があるんですわ」


 小規模だが、これのせいでロットナー男爵領の可住領域はドーナツ状になってしまっていると、レンブラント男爵が説明する。


「この魔物の領域は小規模やし、特に金になる魔物や、採集物があるわけでもなく、冒険者たちにも人気がないんで、あまり収益にならんのですわ。それならここを解放して、帝国国境と王都方面を結ぶ街道を作った方がええという話になりまして……」


 領内の交通の便もよくなり、可住領域の拡大と、大規模な農地開発も可能となる。

 上手く開発できれば、下手な子爵家よりも実入りがよくなるポテンシャルを秘めていると、レンブラント男爵は計算していた。

 確かに領地の中心部が魔物の領域だと、開発効率やアクセスなどで不便かもしれない。


「もしかすると、中心部にある魔物の領域のせいで男爵領にされたとか?」


「バウマイスター伯爵はん、よくわかりまんな」


 そのため、魔物の領域を開放してから大規模開発すれば、子爵への陞爵も可能になるはずだとレンブラント男爵は言う。


「魔物の領域なら北部にも沢山あって、そっちは冒険者が多いんですわ。だから無理して不人気な魔物の領域を残す必要もないわけでして。依頼料は相場を、ワイが確実に支払うさかい、お願いしますわ」


 レンブラント男爵が報酬の支払いを約束するのであれば、取りっぱぐれる心配はないはずだ。

 彼は大金持ちなので、妻の実家に魔の森解放と大規模開発に必要な資金を貸すのであろう。


「解放してくれへんと、うちも困るさかい」


 多分、開発が上手くいけばロットナー男爵家は家臣を増やし、そこにレンブラント男爵の息子たちが入る予定なのであろう。

 なるほど、子供たちのためにも失敗はできないというわけか。


「レンブラント男爵にはお世話になっているので、勿論引き受けますよ」


 これからも、バウマイスター伯爵領の開発は続く。

 それに重要な役割を果たす、レンブラント男爵のお願いを聞くのは当然と言えた。


「助かりますわ。バウマイスター伯爵はん、おおきに」


 そんな事情があり、俺たちはレンブラント男爵の『瞬間移動』でロットナー男爵家領へと飛んだ。

 メンバーは、俺、エル、ヴィルマ、カチヤ、リサである。


『実戦の機会だったのに残念じゃの』


『修練を怠らないように』


『先輩であるヴェンデリンの忠告に従うかの。お土産を頼むぞ』


 テレーゼは、まだ未熟だと言うブランタークさんの意見と、彼女が魔法使いになった件はなるべく伏せておきたいという、大人の事情でお留守番となった。

 本人は少し残念そうだが、彼女自身は大分魔法が使えるようになったので、早く実戦で使ってみたいのかもしれない。


「エリーゼたちがいなくても、十分にバランスは取れているのか?」


「エル、普通に考えたらこんなに贅沢なパーティはねえって」


 カチヤが、エルの疑問に答えるように反論する。

 確かに、純粋な魔法使いが二名もいるのだから贅沢なパーティであろう。


「これに加えて、爆炎も混じるんだろう? よほど油断しなきゃ大丈夫だと思うぜ」


「でも、小さくても魔物の領域。魔物の数はかなり多いはず」


「そうか、手つかずだもんな。あいつら、すぐ増えやがるから」


 ヴィルマの言い分に、カチヤは納得した表情を浮かべた。

 人気がなくて冒険者があまり利用しないと聞いているので、思った以上に魔物でひしめいている可能性があった。

 今まで解放されていない点からしても、意外に骨の折れる依頼かもしれない。

 だからこそ、火力に期待できる俺たちに依頼がきたのであろうが。


「あれ? 意外と人が多くないか?」


 レンブラント男爵の案内でロットナー男爵領の中心部にある魔物の領域へと向かうが、そこでは多くの冒険者たちが集まって狩りや採集をしていた。

 それにエルが気がつき、俺に知らせてくる。


「まさか、こんなに冒険者を雇ったのか?」


「カチヤさん、ちゃいまんがな。ロットナー男爵家への税金が、この魔物の領域限定でゼロなんや」


 普段は、ロットナー男爵家への税金と、冒険者キルドへの上納金で三割を徴収されるのに、今はこの魔物の領域で獲れる獲物と採集物に限り、冒険者ギルドへの上納金だけ納めればいいという風にした。

 同じ成果でも実入りが二割も増えるとあれば、沢山の冒険者たちが集まって当然というわけか。

 利益で釣って魔物を狩らせ、その数を減らす作戦のようだ。


「さすがに、冒険者ギルドへの上納金はゼロにならない」 


「そりゃそうでっしゃろ、ヴィルマはん。ロットナー男爵領の開発が進んでも、冒険者ギルドが直接儲かるわけやありまへんし」


 冒険者ギルドとしても、ロットナー男爵家だけを優遇するわけにはいかないというわけか。


「俺たちも討伐に入るのですか?」


「いやいや、税金サービスキャンペーンはもう一ヵ月もやっておりまして、おかげで魔物も大分減ったんですわ」


 残り少ない魔物は肩慣らし程度で討伐しても構わないけど、本命は爆炎と組んでのボスの討伐だと、レンブラント男爵がエルに説明した。


「ここのボスって竜ですか?」 


「こんな小さな魔物の領域やさかい、竜なんておりまへん。『バーサークバード』がこの領域のボスなんですわ」


 バーサークバードとは、簡単に言うと大きな鳥型の魔物である。

 魔物の領域にいるボスの中では、最弱に等しい存在だと思う。

 ただし、その討伐には厄介な点もあると、冒険者予備校の講義で習った。

 なぜなら、普通ボスは一匹か多くて二匹なのだが、バーサークバードに限って短期間で大繁殖するからだ。

 運が悪いと、バーサークバードの集団に襲われてなぶり殺しに遭う可能性が高い。


「成鳥が最大全長五メートルの鳥、数十羽か……」


 しかも、このバーサークバードは意外と頭がいいそうだ。

 集まっているところを一網打尽、という単純な手は通用しない。

 全滅を防ぐため普段は集結しておらず、必要に応じて集まり、多数で敵を嬲り殺しにする知性を持っている……すべて冒険者予備校の講義と本からの知識で、実はバーサークバーと戦ったことがないんだよなぁ。


「ただ、属性が無属性やから、攻撃魔法はなんでも効くんですわ。それほど頑丈でもあらへん」


「えっ? ああ、そうなんだ。姉御が言うには、確かにどんな魔法でも効くけど、一撃で殺せる程度の強力な魔法でないと駄目だってさ」


 今日は、カチヤがリサの通訳をするようだ。

 彼女はベテラン冒険者らしく、バーサークバードについて説明してくれた。

 過去に、討伐経験があるのかもしれない。 


「あと、手負いにしてからの放置は駄目なんだってさ」


 リサの説明……喋っているのはカチヤだけど……によると、手負いにして五秒も放置すると、その名の通りにバーサークしてしまうらしい。

 バーサーク化すると、死も恐れず、狂ったように全力で周囲の生き物に手あたり次第攻撃を仕掛けるようになる。

 実力のない魔法使いが中途半端に攻撃してバーサーク化させ、そのまま殺されてしまうケースがたまにあるそうだ。


「そんな事情がありまして、爆炎はんも依頼を確実にこなすためには実力がある魔法使いが複数名必要だと言うんですわ。生憎と、ワイは攻撃魔法は苦手でして……」


 レンブラント男爵は『移築』と『瞬間移動』に特化した特殊な魔法使いなので、魔物の討伐は苦手であった。

 攻撃魔法がほとんど使えないのだ。


「理に叶った意見ではあるか……。いいでしょう、共同作戦」


「ほな、爆炎はんを紹介しますわ」


 魔物の領域を解放しようとしているので、ロットナー男爵家は臨時に諸侯軍を徴集し、多数集まった冒険者たちの管理をしていた。

 本陣に移動すると、そこに三十歳前後に見える若い男性魔法使いがいる。

 顔は普通だと思うが、いかにもマイホームパパといった感じで、とても爆炎の二つ名を持つ凄腕魔法使いには見えない。


「爆炎はん、バウマイスター伯爵はんを連れてきたで」


「レンブラント男爵殿、希望を叶えていただき感謝いたします」


 レンブラント男爵に対し、丁寧にお礼を言う爆炎のキンブリー。

 その様子からは、『爆炎』というイメージは感じられなかった。


「バウマイスター伯爵殿ですね、お噂はかねがね」


 キンブリーは、俺にも丁寧に挨拶する。

 貴族に対して様ではなく殿つけで呼ぶのは、高位の魔法使いが貴族に匹敵する社会的地位を有しているからだ。

 別段、失礼に当たるわけでもない。


「お仲間の方々も、なかなかにお強いようで……」


 エル、ヴィルマ、カチヤとお互いに自己紹介をしながら、キンブリーはその実力を読んで感心したような表情を浮かべる。

 まあ、こういう実力の計り合いは冒険者ではよくあることだ。


「それで、そちらのお嬢さんなのですが。以前にどこかでお会いしたような……」


 キンブリーは、自分とよく比較されるリサがあまりにも変わりすぎて、誰だかわからないようだ。


「ですが、この魔力には覚えが……」


「キンブリーさん、この人はブリザードのリサです」


「へえ、魔力の質に覚えがあると思ったら……って! えーーーっ!」


 キンブリーは、派手な装飾品とメイクをやめ、普通の女魔法使いの格好をしたリサをまじまじと見つめ、驚きの声をあげるのであった。





「さすがに驚きましたね……」


 キンブリーさんは、再びまじまじとリサを見ながら驚いている。

 リサは、これまで何度も顔を合わせた経験のあるキンブリーさんとは目を合わせられるようだ。

 お話は……男性はまだ俺でも無理だけど。


「リサとキンブリーさんは、過去につき合っていた?」


「ヴィルマさん、それは噂の類ですよ」


 ヴィルマは、みんなが聞きたいとは思っているがなかなか聞けない質問を、ストレートにキンブリーさん対しぶつけた。

 彼女も、実はとてもいい根性をしていると思う。


「年齢もほぼ同じで、魔力量もほぼ同じ、得意魔法は火と氷で、男と女。噂になる素地はありますよね?」


 確かに、つき合っていると言われたら信じてしまうかもしれない。


「そもそも私には、妻がいますからね」


 男性が、三十歳をすぎて独身というのが難しい世界だ。

 ましてや、キンブリーさんは高名な魔法使いとして稼いでいる。

 お見合いを断るのも難しいのであろう。


「へえ、どんな奥さんなんですか?」


「よくぞ聞いてくれました!」


「へっ?」


 ちょっとした世間話でエルが話題を振ると、ギンブリーさんは勢いよく食いついてきた。


「メリーは私の幼馴染でして、二歳年下なんですけどね……」


 なぜか突然始まってしまう、キンブリーさんの愛妻との馴れ初めや、自慢話。

 そういえば愛妻家だと聞いていたので、どうやらそういう人だったようだ。

 商社マン時代にも、飲み会などで、長々と奥さんと子供の自慢話を始める人がいたのを思い出す。

 こちらが先に話を振った以上、まさかやめてくれとも言えず、周囲に微妙な空気が広がり始めた。

 社交辞令的にも、露骨に興味がないという表情を浮かべるわけにもいかないからだ。

 俺がレンブラント男爵の方を見ると、彼は『失敗した!』という表情を浮かべていた。

 先に俺たちに、その話題を振らないよう注意すべきであったと後悔しているのであろう。


「(バウマイスター伯爵はん、爆炎はんは奥さんと娘さんたちの自慢話を始めると長くなるんや……)」


 それから二時間ほど。

 俺たちは、キンブリーさんの奥さんと娘二人の自慢話を延々と聞き続ける羽目になったのであった。






「様子見と、バーサークバードと対峙する前に、できる限り魔物を削りましょう」


「そうですね……(エル……)」


「(俺が悪いってのかよ! ちょっとした仲良くなるための世間話じゃないか!)」


「どうかなさいましたか?」


「「いいえ、なんでも」」




 キンブリーさんの奥さんと娘自慢を聞き終わってから、俺たちと彼はようやく魔物の領域に入った。

 レンブラント男爵は留守番だ。

 なぜなら、彼はほとんど攻撃魔法が使えなくて戦力にならないからだ。


「大分、冒険者たちが討伐したみたいだな」


 先頭で斥候役を務めるエルが、ほとんど魔物がいない魔物の領域を順調に進んでいく。

 ヴィルマとカチヤも、気配を探りながらエルの後ろについた。


「ロットナー男爵家への納税がないので、普段この近辺で活動している冒険者たちの大半が集まっていますからね……少しは残りがいますけど……」


 俺の『探知』でも、前方100メートルほどの位置に中型の魔物の気配をキャッチした。


「こいつは、私が倒しましょう」


「爆炎の二つ名どおりにですか?」


「いえ、それでは素材が焦げてしまいますからね」


 キンブリーさんは前に出ると、指先に小さな炎を魔法で作った。

 それを彼が『ふっ』っと軽く吹くと、指から離れた小さな炎はまだ遥か前方にいる魔物へと飛んでいく。

 よく見ると、魔物は小さめの熊であった。

 その口の中に小さな炎が飛び込み、直後に魔物は口から煙を吐いてその場にのたうち回る。

 数十秒後、魔物は痙攣を起こしてから動かなくなった。


「えっ? どういう魔法だ?」


 カチヤは、キンブリーさんの魔法に驚くのも無理はない。

 俺もそうで、彼は極少量の魔力で作った炎だけで、魔物をあっという間に倒してしまったのだから。


「姉御はわかるのか? なるほど……あの炎で魔物の肺を焼いたらしいぜ」


 キンブリーさんは、火魔法の使い手である。

 火魔法は、魔物への損傷が大きいので冒険者には不利な系統と言われている。

 逆に戦争では、一番頼りにされる系統であったけど。


「肺が素材になる魔物は少ないので、焼いて呼吸できなくするのです」


 魔物の肺だけを、効率よく火で焼いてしまうわけだ。

 焼けて呼吸ができなくなり、肺の中の酸素も魔法の燃焼でなくなってしまう。

 魔物は、窒息死を避けられれないという仕組みか。

 そうやって倒せば素材の大半は無傷であり、キンブリーさんほどの魔力があれば多くの魔物を始末できる。 

 つまり、稼げるというわけだ。


「爆炎じゃない」


「ヴィルマさん、私は爆炎の魔法が一番得意ですが、使う場所くらい弁えますよ」


 キンブリーさんの二つ名『爆炎』がつけられた理由。

 それはとある紛争に呼び出された時、両軍が見守るなか、一つの岩山を爆発魔法で吹き飛ばしたからだそうだ。

 そのあまりの威力に、自然と両軍の兵士たちがキンブリーさんを『爆炎だ!』と言い始めた。

 それ以降、彼の二つ名は爆炎のキンブリーとなったわけだ。


「バーサークバードの相手は明日にしますか」


 キンブリーさんの意見により、その日はなるべく多くの魔物を狩る作業に没頭した。

 夕方になったので本陣に戻ると、レンブラント男爵が出迎えてくれる。


「バウマイスター伯爵はん、みなさん、ご無事ですか?」


「はい、なにかありましたか?」


「いえね、バーサークバードに中途半端に手を出した冒険者がおったようで……」


 この一日だけで、冒険者の死傷者が二十名を超えるという、予想外のアクシデントに見舞われたそうだ。


「若い冒険者パーティが、一匹だけバーサークバードに手傷を負わせたようですわ」


 バーサークバードを中途半端に傷つけるのは、最悪の行為である。

 傷ついた個体がバーサーク化して傷つけた者たちを死ぬまで攻撃するし、すぐに多くの仲間を呼んでしまう。

 仲間の死で刺激された無事な個体も攻撃に加わって、無謀な行動をしたパーティの他にも、多くの死傷者が出てしまったそうだ。


「そんなわけでして、バウマイスター伯爵はんとキンブリーはんにお願いするしかありませんわ」


「レンブラント男爵様、バーサークバードの推定数はわかりますか?」


「多分、五十匹は超えていると言われてまんな」


 エルの問いに、レンブラント男爵が答える。


「多いなぁ……」


 すべてが成体ではないはずだが、幼体でもバーサーク化すると厄介な存在になる。

 なぜなら、バーサークバードは他の野生動物や魔物と違って、そうなると自分の身を心配しなくなるからだ。

 体がいくら壊れてもリミッターが外れたように攻撃を繰り返すので、その脅威度は高くなってしまう。

 

「この魔物の領域は森が大半。いくら魔物でも、そこまで体が大きい鳥が狂ったように攻撃を仕掛けるはずがない」


「木にぶつかるからな」


「ヴィルマはん、エルヴィンはん。バーサークバードは最弱やけど、領域のボスなんや。飛びながらでも、巨木くらいなぎ倒すで」


 これも、バーサークバードの討伐が厄介な理由の一つになっている。

 自分に巨木が倒れて嬉しい冒険者はいないから当然だ。


「明日の作戦に備えて寝るか……」


「そうでんな、早めに休んで明日に備えましょ」


 その日はロットナー男爵家が用意した野外テントに泊まり、翌日、いよいよキンブリーさんと共にバーサークバード討伐作戦が始まった。




「……」


「おはようございます、キンブリーさん。あの……なにか?」



 翌朝。

 俺は、一人神妙な面持ちで魔物の領域を見ているキンブリーさんに声をかけた。

 なにか気になることでもあるのだろうか?


「バウマイスター伯爵殿ですか、おはようございます。いえね、笑っていただいて構わないのですが……」


 これから討伐作戦が始まるが、なにか嫌な予感がしてそれが脳裏から離れないのだと、キンブリーさんが言う。

 

「勘ですか……それは重要ですね」


 超一流の冒険者が超一流である理由の一つに、運や勘がいいというものもあるからだ。

 これを理論的に説明すると難しいのだが、俺のデビュー戦もそうだ。

 当事者からすれば運が悪かったとしか思えないが、周囲の人たちからすれば、俺たちは運がいい冒険者という扱いになる。

 ちょっと嫌な予感がしたのでなんとなく討伐をやめたら、参加した他の冒険者たちが思わぬ強敵に襲われて全滅した。

 そのなんとなくで不幸を避けられた冒険者は、超一流になれるケースが多いと、前にブランタークさんが話してくれた。

 勘だの運だのも、時には冒険者に必要なのだと。


『こればっかりは、俺も他の人に教えようがないんだよな。冒険者予備校なら尚更だ。あそこは教育機関だからな。それによ、そんな気がして休んだら、馬車に轢かれて死んだ奴もいるから絶対でもない』


 勘だの運だのと、不確定な情報を教えるわけにはいかないのであろう。 

 短い冒険者予備校時代でも、そんなものは教わった経験がなかった。


「慎重に行動しましょう。なにか不測の事態があったらすぐに撤退可能なように」


「そうですね」


 この日は俺たちとキンブリーさんが、二方向からバーサークバードがいると思われる魔物の領域の中心部へと向かう作戦だ。


「魔物、少ない……」


「これまで散々討伐したからなぁ……」


 作戦予定地に到着するまでに少数の魔物に襲われたが、これらはヴィルマとカチヤが余裕で片づけてしまった。


「なあ、ヴェル。キンブリーさんは一人でよかったのか?」


「本人がそう言うからなぁ……」


 討伐に参加している他の冒険者たちから護衛を貸すという提案をレンブラント男爵がしたのだが、彼は一人の方がいいと言って断ってしまったのだ。


「あれだけの実力者なら大丈夫か?」


 キンブリーさんの正確無比で効率的な魔法を直接目にしている俺がそう思っていると、誰かにローブを引っ張られた。

 リサが、なにか俺に言いたいようだ。


「姉御が言うには、キンブリーさんが本気を出す時は、むしろ周囲に人がいると邪魔なんだと」


「爆炎の本領発揮か」


 周囲にも被害が出そうな魔法を使うイメージがあるので、一人の方がやりやすいのであろう。

 昨日使った、魔物の肺を焼く魔法はバーサークバードには効かないだろうから。


「ヴェル、いたぞ」


 魔物の領域の中心部近くまで移動すると、エルが一匹のバーサークバードを見つけた。

 魔物なので大分大きかったが、茶色い羽を持つどこにでもいそうな鳥である。

 

「地味な鳥だな」


「ヴェル、もっと他になにか言うことはないのかよ?」


「ヴェル様、地味な鳥の方が美味しい」


「ああ、それもあるか。焼き鳥だな」


「ヴェル様、私は塩で」


「俺はタレだな」


 バーサークバードは領域のボスなのに、討伐して素材を取ってもあまりお金にならない。

 魔石と、肉や内臓が美味で高級品扱いであったが、危険な割に実入りが少ない。

 羽も、今のところはほとんど使い道がないそうだ。

 なので、討伐を引き受ける人が少ないのもわかるような気がする。

 俺たちは、焼き鳥の材料だと思うことにしている。

 バーサークバードの内臓、皮、軟骨などは美味しいのであろうか?

 是非試してみなければ。


「この場合、あの一匹は倒してもいいのかな?」


 またローブを引っ張られた。

 リサがアドバイスをしてくれるようだ。

 勿論まだ俺と話せないので、カチヤが通訳をしてだが。


「あの一匹は斥候役のようなもので、倒すと仲間が次々と押し寄せてくる。でも、倒さないとなにも始まらないって。あと……」


「あとなんだ? カチヤ」


「姉御は、焼き鳥はタレの方がいいって」


「そっちかよ……」


 それだけ、リサも俺たちに馴染んだのだと思うことにしよう。

 今は、バーサークバードの討伐が最優先だ。


「まあ、倒すしかないよな」


 どうせ無視して進もうとしても攻撃してきて、少しでも傷つければバーサク化する。

 仲間も順次押し寄せるという話なので、それならとっとと倒した方がマシということらしい。

 要するに、どう倒しても面倒な魔物というわけだ。


「姉御が倒すって」


「お願いしようかな」


 俺がお願いすると、リサは一瞬で『アイスランス』を作り、数十メートル先のバーサークバードの頭部を串刺しにして一撃で仕留めた。

 魔法の生成速度といい、『アイスランス』のコントロールといい、貫通力といい、リサは超一流に値する魔法使いなのだと実感する。


「これで、奥から次々と仲間が出てくるってさ、旦那」


「そうか、ならば応戦準備だ」


 エルとカチヤでは、高速で向かってくるバーサークバードを一撃で仕留めるのは難しい。

 そこで俺とリサの護衛を担当、ヴィルマは大斧でバーサークバードの首を刎ねるか、頭をかち割って一撃で仕留める作戦だ。


「魔銃は使えないか」


「そこまでの威力はない」


 野生動物や人間相手なら魔銃も十分に効果があるのだが、まだ魔物に使うには威力が足りなかった。

 威力がある試作型もミズホにはあったが、あれはまだ取り回しや費用対効果、メンテナンスで重大な欠点がある。

 第一、ミズホ公爵軍にもまだ正式に配備されていないものを、冒険者が使えるわけもなかった。


「ヴェル様」


「来たな」


 俺は『探知』で、高速で接近する五十を超えるバーサークバードらしき反応を確認した。

 ローブが引っ張られたので、リサも『探知』しているようだ。

 続けて、魔物の領域の中心部を挟んで反対側の地点から、なにかが爆発したような音が連続して聞こえた。


「リサ、キンブリーさんだよな?」


「戦闘状態に入ったってさ」


 この状況でも、カチヤは律儀にリサの通訳を務めていた。


「こっちに約五十匹で、キンブリーさんも戦闘状態。バーサークバードの推定生息数は間違っているな」


 エルが舌打ちしながら言うが、この程度のミスはよくあることだ。

 それに、俺だけでなくリサもいる。

 なんとかなるはずだ。


「『ウィンドカッター』でいく!」


 俺は威力を上げた『ウィンドカッター』をブーメランのように飛ばしてバーサークバードの首を刎ねる戦法で、リサは頭上に複数の『アイスランス』を浮かせ、接近する順にバーサークバードの頭部に突き刺す戦法で対応した。


「あれ? 首を刎ねきれなかったか?」


 さほど強くはないが、バーサークバードは高速で移動して数が多い。

 魔物の領域のボスとしては弱い方だが、やはり魔物なので、大木すら倒しながら接近してくる。

 俺の『ウィンドカッター』の狙いがズレて手負いにしてしまい、バーサーク化して倍以上の速度で突進してくる個体が何体か出てしまった。

 首が半分もげ、血を噴き出しながら突進してくるバーサークバードは、俺のみならず、みんなに恐怖を与えているはず。

 バーサークバードの名は、伊達ではないというわけだ。


「まだまだ修行不足だなぁ……」


 こんな失態、ブランタークさんが見ていたら大目玉だ。

 今日はいなくてよかった。

 リサの方は、一度も狙いを外さずにアイスランスをバーサークバードの頭に突き刺して一撃で倒していく。

 その命中率と威力は、さすがと思わせるものがあった。

 魔力の消費効率でも、今は逆立ちしてもリサに勝てないだろう。

 俺が生まれる前から魔法の修行をしているのだから、当然ともいえる。


「何匹倒した?」


「ヴェル様、五十四匹」


 この中で一番目がいいヴィルマが、バーサークバードの討伐数を教えてくれた。

 ヴィルマ本人も、大斧で何匹かのバーサークバードの首を刎ねている。


「これで終わりか? いや……」


 俺は『探知』で、こちらに迫るバーサークバードの集団を捉えた。

 今度は、約百匹の団体がわずかな時間差で二つだ。


「なあ、おかしくないか? 数が多すぎるだろう!」


「魔物だから、こんなこともあるとしか言えない」


 俺は、キンブリーさんが早朝に言っていた、『嫌な予感がする』という発言を思い出した。

 彼の予言どおり、ロットナー男爵家とレンブラント男爵が教えてくれたバーサークバードの生息数が大きく間違っていたというわけだ。

 数が少なければ危険じゃなかったけど、想定の数倍は厳しいな。


「俺たちはまだいいが、キンブリーさんは大丈夫か?」


 合計二百匹のバーサークバードへの対応に追われるなか、エルがキンブリーさんの心配をしていた。

 彼は一人なので、もし俺たちに襲いかかっているのと同数のバーサークバードを相手にすれば、苦戦は避けられないからだ。


「応援に行かないと駄目かな?」


「旦那、そんな余裕はないよ」


 さすがに、二百匹を超えるバーサークバードの相手は骨だ。

 他の個体のことなど考えずに俺たちに襲いかかり、その時にバーサークバード同士が接触、怪我をしてもバーサーク化してしまうからだ。

 すでに俺とリサも、『魔法障壁』の展開なしでは対応できなくなった。


「これ、並の魔法使いが一人や二人いてもどうにもならないな」


 とにかく数の多さが厄介で、討伐しても危険に見合う報酬が出ない。

 この魔物の領域が放置されていた理由がわかるような気がする。

 などと考えていると、またローブの袖を引っ張られた。


「リサ、どうかしたのか?」


「えっ! マジで?」


 通訳をしているカチヤが、突然大声をあげた。


「カチヤ、リサがなんだって?」


「危険だって」


「危険なのはわかっている」

 

 いまだ百匹を超えるバーサークバードの猛攻を受けており、予断を許さない状況なのだから。


「そっちもそうだけど、キンブリーさんが危ない」


「しかし、まだ応援には行けないぞ」

 

 できれば助けに行きたいが、こちらにも余裕がない。

 それに、彼は自分一人で行くと言ってしまったのだ。

 この発言は冒険者としては自己責任であり、もし彼になにかがあっても俺たちが責任を負う類の話ではない。


「違うって! キンブリーさんが危ないってのは、そういう意味じゃなくて!」


 カチヤはそれ以上、リサの言葉を伝えられなかった。

 なぜなら、俺もリサも、魔法を覚え始めたヴィルマとカチヤも、キンブリーさんがいると思われる地点で強大な魔力が消費されようとする気配を感じたからだ。


「リサ!」


「……」


 俺とリサは『魔法障壁』を二重にして固く守りに入った。

 その直後、鼓膜が破れるかと思うほどの爆発音と共に、目が焼けるかと思うほどの火炎と、とてつもない威力の爆風に晒される。

 『魔法障壁』がある俺たちは無事だが、その外で俺たちを攻撃していたバーサークバードの集団は一瞬で黒こげになり、爆風でバラバラにされ、吹き飛ばされてしまった。

 当然、森など残るはずがない。

 爆発の時間は十数秒ほどしかなかったが、俺たちにはわかった。

 魔物の領域の中心部とかなりの周辺領域が、まるで大型爆弾でも落ちたかのように吹き飛ばされてしまったのを。


「これが、キンブリーさんの魔法?」


「爆炎のキンブリーがここぞという時に出す。最終魔法『ビックバンエクスプロージョン』だってさ、旦那」


「……」


 教えてくれるのはいいのだが、できればもう少しだけ早く教えてくれたらと思う俺であった。






「いやーーー、すみません。バーサークバードの数が予想以上に多くて、『ああ、これで妻と娘たちに会えなくなるかも……』って思ったら、本能で発動してしまいました」




 結局バーサークバードの群れは、キンブリーさんの『ビックバンエクスプロージョン』によって、魔物の領域の八割ごと消失した。

 魔物の領域の外縁部にも森林火災が広がり、俺とリサで懸命に消火してなんとか延焼を食い止めたほどだ。


「ロットナー男爵はん、森を切り開く手間が大分省けたと思えば……」


「そうですね……」


 ほぼ燃え尽きた魔物の領域を前に、レンブラント男爵と陰が薄いロットナー男爵は顔を引き攣らせていたが、キンブリーさんを責めるわけにはいかない。

 バーサークバードのせいで、魔物の領域の開放を引き受けてくれる高名な魔法使いがこれまで一人もいなかったうえに、レンブラント男爵とロットナー男爵側がバーサークバードの生息数を大幅に間違っていたからだ。

 すぐに単純な集計ミスだと判明したが、意図的に数を少なく報告したと疑われても文句は言えないので、余計キンブリーさんに対してなにも言えなくなってしまった。

 火災で八割が焼失した魔物の領域は、開発は容易くなったと思う。

 農業は、焼き畑農法もあるからな。

 火災により木材に加工可能な大量の木が焼け、バーサークバードと他の魔物も素材は魔石以外全滅であった。

 こちらの収支に関しては、トントンであろうか?


「せめて一匹だけでもバーサークバードを確保しておけばよかった……」


「焼き鳥……」


「夫婦して、なぜ焼き鳥ごときでそこまで悲しむ?」

 

 エルよ、それは焼き鳥が、今の俺たちにとって最重要課題であったからだ。

 おっと、他の鳥でいいじゃないかとか言うなよ。

 俺とヴィルマは、バーサークバードの焼き鳥及び、他の鳥料理の味が気になっていたのだから。


「っ! ヴェル様、卵」


「それもあったな……」


 バーサークバードを討伐後に巣を探すと、必ず羽化前の卵があると聞いている。

 卵料理と親子丼を作ろうと思ったのに、これもすべて駄目になってしまったのは残念だ。


「あの爆発ではなぁ……」


「焦げ焦げ」


 倒したバーサークバードの回収を後回しにしたため、大焼き鳥パーティーはおじゃんとなった。

 消し炭しか残っていないので、食べても苦いだけで美味しくないだろう。

 まだ生きていると思う、新潟のおばあちゃんも焦げたものを食べるとガンになるって言っていたからな。


「形あるものはいつか滅ぶと言いますし、仕事も終わったので奥さんと娘たちにお土産を買って帰りますね。それじゃあ」


 俺たちは、実はキンブリーさんがもの凄く『いい性格』をしているのに気がついてしまった。

 これだけの騒ぎを起こしておいて、反省一つしていないからだ。

 仕事が終われば、キンブリーさんはマイホームパパに戻ってしまう。

 俺たちの挨拶をしてから、奥さんと子供たちへのお土産を買うために立ち去ってしまった。


『まあ、魔法使いってのは変わり者が多いからな……』


 俺の脳裏に、以前ブランタークさんが言っていた言葉が浮かぶ。

 その真意をよく吟味して対策しなかったばかりに、俺とヴィルマは貴重な鳥料理を逃してしまったのだ。


「しかし、凄い人だったな……」


 俺の楽しみを奪っておいて、反省どころか悪気すらないようだし。


「ある意味、リサと双璧を成すに相応しい」


「あのよ、ヴィルマ。以前の姉御は言葉遣いと格好はどうかと思うけど、仕事は精密で真面目なんだぜ」


 カチヤがすかさずリサのフォローに入るが、それには俺も納得した。

 バーサークバードへの対処に、火災が発生した時の対処も素早く正しかった。

 リサはあの格好と言動でないと男性と話せないからそうしているが、仕事自体はキッチリとこなすから、スケジュールが詰まっていた魔法使いだったのだ。

 多分、キンブリーさんが貴族になれないのは、過去に何度かやらかしているせいだからであろう。

 そうでないと説明がつかなかった。


「リサ、もしかしてキンブリーさんが爆炎って呼ばれるようになった紛争って……」


「旦那の予想どおりだってさ」


 紛争が長引いてしまい、早く奥さんと娘の顔が見たかったから、裁定を促すために岩山を吹き飛ばしたというわけか。


「キンブリーさんはともかく、俺もまだ学ぶ点が多いと思う。リサは練達の魔法使いだから、色々と教えてもらおうかな?」


 俺がリサを褒めると、彼女は恥かしそうに顔を伏せてしまった。

 その仕草はとても可愛いと思う。


「つまりあれか? 外見は凄いけど仕事は真面目なリサさんと、外見は温和で人がいいのに、仕事だとああなってしまうキンブリーさん?」


「キンブリーさんは、いつもああなるわけじゃないってさ。愛妻家で愛娘家だから、少しでも危機感を覚えると、もう家族に会えなくなるって、あの『ビックバンエクスプロージョン』が飛び出すみたい」


 それは迷惑な話だな。

 あの魔法も、開発では使えるのかな? 

 周囲への被害を考えると、使い方には注意が必要だと思うけど。 


「それにしても、人は見かけによらないな」


 キンブリーさんの意外な一面を知ったエルは、リサを見ながらまじまじと語る。

 爆炎のキンブリーと、ブリザードのリサ。

 二人がなぜ相対する存在として世間に知られているのか。

 俺たちは、身をもってそれを体験したのであった。

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