第255話 帝国内乱の終結(後編)

「やれやれ、ヴェンデリンも困ったことをしてくれたね」


「そうか?」


「言ってみただけだけどね。意外と多いんだよ、ヴェンデリンへの非難が」




 王国とバウマイスター伯爵領での用事を終えて帝国に戻って来ると、忙しそうに働くペーターが俺を呼び出した。

 用件を聞くと、俺が反乱軍の兵士たちを降伏させる時、ニュルンベルク公爵の首を切り落として曝さなかった件が問題になっているようだ。


「もっと他に問題があると思うけどなぁ……。内乱が終わったばかりなんだから。彼らは暇なの?」


「暇じゃないんだけど、拘りが強い連中なんだと思うよ」


 極限鋼のこともあるし、それよりもニュルンベルク公爵の首はいらないと思っていたのに、結局彼を討ったのは俺たちであったという件もだ。

 勲功第一位が外国人になってしまったので、嫉妬と引き降ろしを兼ねての非難という側面もあるのであろう。

 アーネストの件については、まだ隠し通せていると思う。

 どうせ、すぐにバレるだろうけど。


「ヴェンデリンがニュルンベルク公爵の遺体を丁重に扱ったからこそ、大半の反乱軍は素直に降伏してくれた。もし首を曝していたら、彼らは最後の一兵まで抵抗したかもしれない。でも、その処置を温いと批判する貴族たちが多くてね。本当に、皇帝の座は面倒の塊だね」


 家臣たちからすればニュルンベルク公爵はいい主君であったから、その遺体を丁重に扱った帝国軍にすぐに降伏してくれた。

 俺たちを非難している連中も、それはわかっているはず。

 ところが、彼らからすればニュルンベルク公爵の家臣たちは暴発してくれた方がよかったのだ。

 討てば勲功になるし、降伏した彼らが帝国軍に吸収されれば、自分たちの席が減るという現実もある。

 今の帝国軍は、かなり無理をして編成されている。

 その再建に、優秀な人材が多い旧ニュルンベルク公爵家諸侯軍の軍人たちは必要というわけだ。


「皇帝の座は、自分で望んだんだろう?」


「まあね。それで、用事は報酬に関してなんだけどね」


 帝国の財政は、思ったよりは悪くないのだそうだ。


「ニュルンベルク公爵や反乱軍に積極的に与した貴族たちの領地と財産を没収したからね。帝都から持ち去った財貨や物資も大半が確保できたし」


 ペーターがテレーゼを強制引退させた時、前皇后たちにつこうとした無能な貴族たちの財産や領地も没収している。

 以上のような理由で、俺たちに払う報酬は確保できるそうだ。


「ただし、二十年分割でね」


 戦後復興と、新しい経済政策も実行するので予算の確保は必須のようだ。


「だと思ったよ」


「その気になれば一括でも払えるけど、そうすると帝国政府がなにもできなくなってしまう。すまないけど」


「支払ってくれるならいいけど」


「当然支払うよ。払わないと、ヴェンデリンが王国軍を率いて押しかけてきそうだから」


「俺はそんなに野蛮じゃない」


「ヴェンデリン自身がそう思っても、家臣たちが許せなくてそういうことになるケースって多いから。王国が侵攻する理由にもなるからさ。ちゃんと王国との講和の席でも約束するから」


「律儀なのな」


「国や貴族同士の交渉では、表面上は誠実さは必須だよ。勿論裏ではドロドロだったりするけど。早くヘルムート王国と講和を結んで、交易の規模の拡大に、戦後復興もしないといけないしね。予算はなんとか確保できそうだし、帝国は直轄地が増えて中央の力が増した形になった。期せずして、ニュルンベルク公爵の政策が彼の敗北でかなえられたわけだ」


 俺もペーターも、なんという運命の皮肉だと思ってしまった。

 もしかすると彼は、それを狙って?

 彼がそれを語らずに死んでしまった以上、真実は誰にもわからないか。


「ニュルンベルク公爵が最後に語った話はテレーゼ殿から聞いた。あの貴族のお手本のようなニュルンベルク公爵が、実は貴族になりたくなかったなんて。ああいう有能すぎる人も考えものだね。装うのが上手すぎる」


「その無茶が、彼を勝ち目のない内乱に導いたとも言える」


「無意識下の破滅願望か……。人間とは本当に複雑だね。ところで……」


 これ以上ニュルンベルク公爵の話を続けても仕方があるまいと、ペーターは別の話題を振ってきた。

 

「テレーゼ殿を、預かってくれるそうで?」


「預かるというか、本人の移住希望を受け入れるだけだ。しかしいいのか?」


「僕としては、ありがたいことだと思っているよ」


 それはそうであろう。

 今のペーターにとって、テレーゼは一番の政治的なライバルなのだから。

 彼に蹴落とされるまで、テレーゼは解放軍のトップとして致命的な大失敗もなくニュルンベルク公爵と戦っていた。

 帝都解放も、テレーゼの手柄なのだ。


「彼女本人は、皇帝の座にまったく未練がない。けど、彼女を神輿にしようとする連中が出るかもしれない。悪いことに彼女は未婚だしね」


 大物貴族が、自分の息子なりをテレーゼの婿として派閥を形成する。

 もしこれが行われれば、為政者であるペーターは非情の決断をせざるを得ない可能性も出てくるのだ。


「個人的には、テレーゼ殿はうら若き女性でもある。そういう決断はしたくないね」


「奥さんにすれば解決じゃないか?」


 実は、それが一番てっとり早い解決方法である。

 双方に愛情があるかとかそういう話は、貴族や皇族なのでまったく必要ないのだから。


「それで、夫婦で政治的に張り合う日々を送れと? 僕には、僕のエメラが傍らにいれば十分だから」


「ペーター様、私はペーター様のものではありません」


「またまた。エメラの恥ずかしがり屋さん」


「事実を述べただけです」


 相変わらずエメラは無愛想だが、必ずペーターの傍らにいて彼を嫌っているわけでもない。

 やはり、彼女はツンデレさんなのだ。

 俺たちの前では、絶対にデレは見せてくれないのであろうが。


「あっ、そうだ。他にもいくつかあったんだ」


 ペーターの話は続き、まずは俺の帝国領内の移動についてであった。


「ヴェンデリンは帝国の名誉伯爵でもあるからね。制限をかける理由がないんだよ。自分と家族と護衛くらいなら問題ない。軍勢を連れて移動されると問題だけど」


「『瞬間移動』では、軍勢の移動は無理だよ」


「ならいいさ。交易についてだけど、一部禁輸品を除けば直轄地では帝国の法に、貴族領ならその貴族家が制定した法に従っての購入だね。関税とか、かけている貴族領もあるから」


 両国共に、貴族領とは一種の自治領なので、関税をかけるかかけないかは領主が決めている。

 とにかく収入が欲しいので普通にかける貴族、それよりも流通量が増えることを重視しているのでかけていなかったり、極端に関税が低い領主と。

 貴族ごとに、それぞれというわけだ。


「それは王国と同じだな」


「あとは、王国との講和条約の草案をヘルムート三十七世陛下に届けてほしいかな。今専門家に作らせているけどね。それを元に条件のすり合わせもあるだろうから」


「わかった」


「戦後処理の多さに眩暈がするね。なるべく早く皇帝選挙も行わないと駄目だし」


「選挙をするのか?」


「他に立候補者がいないから、ただの信任投票だけどね」


 今回の内乱後、選帝侯家で生き残ったのはわずか二つ。

 それにミズホ伯国も加わるが、彼らは皇帝選挙には永遠に出馬しないと宣言している。

 結局次の皇帝選挙はペーターしか立候補しないので、選挙はただの信任投票になってしまうそうだ。


「選挙をする意義は、形式だけなんだろうけど」


「世の中には、形式を重んじる人が多いけどな」


「そういうことさ。ヴェンデリンは今日はこれからどうするんだい?」


「テレーゼの屋敷に行く予定だ。移住の件の打ち合わせとかな」


「そうだね。そういうのは早い方がいい」


 ペーターの元を辞した俺は、その足でテレーゼの屋敷へと向かった。

 

「再び妾は平穏で暇な時間を満喫中じゃ。移住に関しても、もう荷造りは済んでおるからの」


 テレーゼの屋敷に行くと、彼女は庭に出した椅子に座ってノンビリとお茶を飲んでいた。


「もう荷造りを? 早いな」


「夜逃げでもあるまいし、そんなに荷物などいらぬ。フィリップ公爵家の紋章が入っているようなものは、すべてアルフォンスに返したからの。必要なものがあれば、向こうで買えばよいのじゃ。その方が、ヴェンデリンの領地に役立つであろうからの」


 自分は、もうフィリップ公爵家の人間ではない。

 と周囲に表明するため、テレーゼは自分が持っていた紋章入りの品をすべて処分してしまったそうだ。


「あのフィリップ公爵家秘伝の魔道具は?」


 当主しか持てない魔法の袋に入っていた品だが、まだ他にも色々と入っているとテレーゼからは聞いた。

 さすがに、アルフォンスに返さないと駄目だと俺は思うのだ。


「勿論返した。『フィリップ公爵家秘伝の魔道具が、ニュルンベルク公爵を討ち取るのに大いに役に立った』とペーター殿にも伝えての」


 テレーゼが勝手に使ってしまったが、魔道具はフィリップ公爵家のものであったから、それらを提供したフィリップ公爵家の功績も大きい。

 ということにして、上手くニュルンベルク公爵討伐の功績をフィリップ公爵家に譲ってしまったそうだ。

 今のテレーゼには功績など邪魔で、それを新当主となったアルフォンスに譲った。

 彼への餞別というわけか。

  

「おかげで、荷物は少ないぞ」


 大きなトランクとバッグが一つだけ、そして随伴は若いメイドが一人だけだとテレーゼは語る。


「本当は一人で行く予定だったのじゃが、今妾の屋敷にいるメイドは孤児出身で家族もおらぬから、外国でも構わぬらしい。次の職があるかわからぬみたいだし、この娘は妾で面倒を見る。向こうで婿を探してやらねばの」


 テレーゼは、傍らに控えるメイドに視線を送りながらそう答える。

 可愛らしい子なので、庇護欲でも出たのかな?


「そういう考え方は、やっぱり貴族だな」


「そう簡単にこれまでの癖は抜けぬよ。ところで、少し買い物につき合ってくれぬか? まったく準備なしというわけにもいかぬ」


「つき合いましょう」


 俺とテレーゼは、一緒に買い物へと出かけた。

 

「どうだ、似合うであろう?」


「よく似合うな」


 テレーゼは平民の若い女性がよく着る服装に着替え、俺もそれに合わせて衣装を替えた。

 見た目は、平民の若い恋人同士がデートをしているようにも見える。


「もう賑わっておるの」


 内乱が終結した事実は、すでに帝都中に公表されている。

 いまだに戦後処理は続いているが、戦地ではない帝都では多くの人たちが楽しそうに買い物などを楽しんでいた。


「こういう光景を見ると、妾も少しは苦労した甲斐があるのかの」


「前半戦の功労者だからな」


「後半は、ペーター殿に出し抜かれたがの」


「それについては、すまんとしか言えないな」


「別に妾は気にしておらぬ。権力者に正義もクソもない。負けた奴が悪くて、妾が負けたにすぎない。運よく妾は負けたのに生き残れ、今の生活は楽しいからの」


 テレーゼが、俺に腕を絡ませながら自分の考えを述べた。

 

「マックスは、自分の本当の考えを最期まで上手く心の奥底に仕舞えた。妾は駄目じゃった。最高権力者になるのを避けたいという感情を、完全に隠せなかった」


 そういう部分が隙となって自分は敗れたのだと、テレーゼは語る。

 そして、自分は今の状況を悪く思っていない。

 むしろ、楽で楽しいと思っているのだと。


「仕方なしにフィリップ公爵位を引き受けたアルフォンスは、今頃苦労しておろう。あの男は今までは能力はあってもやる気が薄かった。じゃが、今はそれを表に出せない」


 だからかもしれない。

 最近はあまりアルフォンスと顔を合わせていない。

 それだけ、権力者になるというのは大変なのだと。


「その点、ヴェンデリンは魔法があるから便利よの」


 やる気があろうとなかろうと、家臣たちに任せれば勝手に統治してくれる。

 それでいて、魔法のおかげで実権を奪われる可能性もない。

 大変に羨ましい才能だと、テレーゼは俺をえらく羨ましがった。


「軽い神輿だからな」


「じゃが、本当に軽いわけでもない。羨ましい限りじゃ」


 そういう話はそこで止めて、俺たちは商業街で買い物を始めた。

 

「どうじゃ、似合うか?」


「もう少し明るめの色がよくないか?」


「そう言われるとそうかの?」


 テレーゼが服の試着を行い、俺が素直に感想を述べる。

 その様子は、本物のカップルに見えるだろう。


「この色にするかの」


「そうだな。このくらい明るい色の方が似合うと思う」


 他にも、アクセサリーなども購入していた。

 服もそうだが、フィリップ公爵に相応しい高級なものではなく、庶民以上下級貴族くらいのグレードの品を多目に購入する。


「もう妾が目立つ必要などないからの。このくらいの方が気軽に着られるし、種類も多く買えてお得というわけじゃ」


 とは言いつつも、やはりテレーゼは元大貴族である。

 そういうオーラがあるし、美人でスタイルも抜群にいい。

 なにを着ても似合うのは羨ましかった。


「エリーゼたちも休みの日には色々と着ているからの。少し張り合ってみた」


「同じくらい似合っているさ」


「ほほう。随分と優しい評価ではないか。前は嫁たちが一番で、妾には冷たかったのに」


「ああ、それは……」


 今のテレーゼは特に力も持たない名ばかり貴族だし、別に無茶を言ってくるわけでもない。

 年上のお姉さんと話をしているようで、安心してつき合えるというものだ。


「妾が面倒ではないのか?」


「フィリップ公爵は面倒でも、テレーゼは面倒じゃないな。俺は綺麗な女性には優しいんだ」


「ふっ。年下なのに生意気じゃの。なるほど、面倒ではないか。褒めてくれたお礼にケーキでも奢ってやろう」


「年下は、素直にお姉さんに奢ってもらうとするかな」


「遠慮なく食べるがよいぞ」


 買い物を終えた俺たちは、同じ商業街にある一軒の喫茶店へと向かった。


「聞くところによると、ここの新作ケーキが美味しいらしい」


「それは楽しみだ」


 俺はコーヒーでテレーゼはマテ茶、一緒に新作ケーキも二つ頼む。

 出てきたケーキを食べると、とても美味しかった。


「このレアチーズケーキの上に乗っているリンゴのソースが絶妙だな」


「北方の特産品だからの、リンゴは」


 この世界でも、リンゴは寒い地方の特産品であった。

 これも、是非とも輸入したいものだ。


「本当に未練はなかったのか?」


「うん? 皇帝の座のか?」


「それも含めてだな」


 俺は彼女の可能性を摘んでしまったわけで、そのせいで実は恨まれているのではないかと思っていたのだ。


「アーカート神聖帝国に初の女帝が! うむ、歴史学者や、この世の政治に絶望している連中には甘露じゃの」


 どの政治体制でも、若い指導者とか、初の女性皇帝などは、世間の関心と期待を多く背負うものらしい。

 

「大いに期待されたのに、成果を挙げられなかった時の民衆の絶望こそ酷いと思うがの。最初に過剰に期待していた分、余計にであろう。妾は、別に皇帝になりたいなどと思ったことは一度もないの」


「次期皇帝候補に近かったから仕方なしに?」


「有体に言うとそんな感じじゃの。妾を出し抜いたペーター殿は、ヴェンデリンと年齢に差がない。若き帝国の改革者とか持ちあげられるのは最初のうちだけじゃ。すぐに足を引っ張ろうとする輩も増えてくる。あの者の道は茨の道でもある」


「よく自分から皇帝になりたいとか思うよな……」


 俺なら死んでもゴメンである。

 

「ペーター殿には、あの少し無愛想な女魔法使い殿がおるではないか」


「ああ、エメラね」


 あの人は綺麗だが、基本的に職務に忠実で普段は笑わない。

 無愛想だと言う貴族も多かった。

 ペーターとランズベルク伯爵は、自分の妻にしたいと常に公言していたが。


「普段も、ペーターにはそっ気ないからなぁ……」


「表面上はそうでも、あの女魔法使い殿はペーター殿の安全確保に必死じゃ。筆頭魔導師にはなっておるが、かなりの仕事を部下に任せてペーター殿のボディーガードに徹しておる。それに不満を漏らすこともなく、あの二人はそういう関係なのであろう」


 さすがは、同じ女性というわけか。

 テレーゼは、エメラの気持ちをよく理解しているようだ。


「今思ったが、ペーター殿とヴェンデリンは似ておるの」


「なにがですか?」


「年上の女にウケがいい」


「ははは……」


 なんとも返事がしずらい。

 そういえば、アマーリエ義姉さんは元気であろうか?

 早く会いたいものだ。


「ヴェンデリンが帝国を離れるのと同時に妾も自由の身となる。楽しみじゃの」


「バウマイスター伯爵領で、なにかする予定は?」


「まだなにも決めておらぬ。しばらくは自由を満喫するのみじゃ」


 新作ケーキを食べ終わって喫茶店を出てから、さらに数店舗を回って買い物を続け、時間はそろそろ夕暮れとなった。


「ヴェンデリンは、屋敷に戻って夕食か?」


「エリーゼが、なにかを作っているから」


「料理も練習したいの。貴族の令嬢には必要ないものじゃが、今の妾なら覚えたら面白いからの」


「やっぱり作れなかったのか……」


 前に、料理が作れると言っていたのは嘘だったらしい。


「いや、作れるぞ。ただ、レパートリーが極端に少ないのじゃ。解放軍で出したフィリップ公爵家伝統のメニューがあったであろう?」


「あったね、毎日同じメニューで辟易したけど」


 エルも、エリーゼたちもみんな飽きたと言うので、独自に食事を作る原因にもなっていたほどだ。

 せめて少しくらい、メニューに変化があればよかったんだが……。


「そのくらいは作れた方がいいというのが、フィリップ公爵家の女に課された義務での。だから作れたのじゃ」


「なるほどね」


 作れる料理の数は少ないが、包丁使いなどの基本ができていれば、そう料理の習得に苦労しないのか?


「エリーゼくらい色々と作れたら人生が豊かになるかもしれぬ。時間もあるし、教えてもらうとするかの」


「それがいいかもね。そうだ、今夜も一緒に夕食を食べて、その作り方を教えてもらえばいい」


「ほほう。ヴェンデリンもさり気ないレディーの誘い方を覚えて、お姉さんは安心というものじゃ」


「さり気ない誘い方ねぇ……」


 俺とテレーゼは屋敷へと歩いていく。

 これから二人の関係がどうなるのかは、正直なところまだわからない。

 だが、帝国貴族としての大半を捨てたテレーゼが魅力的に感じられたのは、決して俺の勘違いではなかった。





「これより、アーカート神聖帝国とヘルムート王国との講和の儀を執り行います」


 テレーゼとのデートから一週間後。

 ようやく帝都にある皇宮において、両国による講和の儀が行われていた。

 帝国側はペーター自らが、王国側は外務卿だけではなく格を合わせるためにヴァルド王太子殿下が出席している。 

 外務卿がハブられているような気もするが、彼も別に暇ではない。

 王太子殿下の傍らにいて補佐をせねばならず、事前に両国の外務担当者同士による協議が行われ、条件のすり合わせで忙しかったはずだ。


「ようやく終わりですね」


「そうですね」


 内乱に巻き込まれた、実務能力のある上位貴族。

 という枠に入っていたせいで忙しかった俺とシュルツェ伯爵は、ようやく安堵の溜息をついた。

 こういう時に本当は仕事をしないといけない導師は、能力はともかくやる気はゼロなのでなにもしていない。

 だから余計に、俺たちの負担が増していたのだ。


「予想では、細かな条件で紛糾すると思ったのですがね」


 両国は一度戦端を開いてしまっているので、その賠償額や、帝国の方が内乱で弱ったイメージがあるので王国側が強気で交渉してくるかと思っていた。

 ところが実際に蓋を開けてみると、どちらかというと王国の方が早く講和を結びたがっているように見える。


「王国軍が弱かったからでしょう」


 いくら無能なレーガー侯爵が指揮していたとはいえ、八千人の先遣隊が一方的に撃破されたのだ。

 フィリップとクリストフの活躍によってなんとか恥はかかないで済んだが、もしこのまま戦争になっても、王国軍は実戦を経験した精鋭たる帝国軍に敗れるかもしれない。

 という不安が、王国軍内に広がっていた。

 勿論、表立ってはそんな弱気は認めない。

 だが心の中では、その可能性を考慮する貴族たちが増えていたのは事実だ。

 特に軍人ほど、次に帝国軍に負けたら厳罰に処されるのは確実なので、まともな貴族ほど戦争に慎重だった。


「あとは、ニュルンベルク公爵の遺産ですか」


 地下遺跡から発掘された魔道具類に、ミズホ伯国軍が実戦で使用した魔銃と魔砲もある。

 特に魔道具の方は最後の戦いでかなりの数が鹵獲されており、これを実戦で使われると王国軍が不利になる可能性が高い。

 よってその対策ができるまでは、大人しく穏便に和平と通商の拡大などをした方が得策という結論に至ったようだ。


「(バウマイスター伯爵もかなり回収したのでしょうけど、帝国軍の方が数が多いから多くの魔道具を確保しているはずです)」


 俺の傍らにいるシュルツェ伯爵が小さな声でささやく。

 鹵獲した魔道具の使い方も、降伏したニュルンベルク公爵家の兵士たちから教えてもらえばいい。

 訓練にもさほど時間がかからないはずだ。

 戦力化に手間取らないとなれば、王国軍はなおさら慎重になって当然というわけだ。


「王国軍は慎重にならざるを得ない。藪を突いて蛇が出かねないのだから」


「実戦も経験して精強ですしね」


 旧ニュルンベルク公爵家諸侯軍以下、改易されたり没落した貴族たちの軍勢に王国領の切り取り自由を許可されると、逆に王国の方が領地を失いかねない。

 それならば、相手から謝罪と賠償を受け取って素直に講和した方がマシなのだ。


「一部、なにもわかっていない貴族たちが帝国再侵攻を口にしていますけどね」


「そんなことは不可能だと思いますけど……」


「それがわかっていないから、陛下から鼻つまみ者扱いなのですよ」


 事前に交渉を繰り返して条件が決まっていたので、両国の間で無事に講和条約が締結される。

 結局、王国北部にも及んだ『移動』と『通信』の阻害は反逆者ニュルンベルク公爵による独断とされ、彼の罪を今の帝国政府が謝罪と賠償する旨で合意した。

 やはり戦争で負けると、一方的に悪役にされてしまうのだな。

 『勝てば官軍』とは、よく言ったものだ。

 他にも、交易に関する交渉も纏まっている。

 両国の経済拡大のためと、帝国としてはこれを復興の財源としたいからだ。


「両国共に、許可を得た人間が直轄領には自由に出入り可能となり、貴族の領地に入るには別途許可を得ることですか」


「反乱の幇助を行われると困るからです」


 ニュルンベルク公爵にも、おかしな魔族がついていた。

 ただあの魔族は、俺の勘では国家の命令で動いていたわけではない。

 自分の知識欲を満たすためなら、反逆者に手を貸してもなんら罪悪感も湧かない奴だが、そういう人物だからこそ、魔族の国でも彼の扱いには困っていたはず。

 なにしろ、彼の魔力量は魔族の中でもトップレベルにあるらしいのだから。

 だが、エリーゼの『過治癒』で苦戦したように、彼の本業は考古学者で戦闘に優れているわけでもないのだ。

 頭がいいので、発掘品の修理や整備でニュルンベルク公爵には相当貢献していたようだが。


「交易が拡大しますと、経済は回りますが密輸や密入国などは増えます。帝国も軍が精強になったとはいえ、しばらくは小規模の内乱や騒乱に悩まされるでしょう」


 内乱中にペーターが強引に推し進めた減封、転封、改易などの処置に反発する者たちが出るのはこれからであろう。

 彼は、帝国の再建と開発を行いながら、そういう騒乱の類を上手く鎮圧していかなければならない。


「あの若さで大変だと思いますね。バウマイスター伯爵と同じ年ですか」


「ええ」


「それは大変だ。その苦労が忍ばれます」


 俺とシュルツェ伯爵の前で、ヴァルド王太子殿下とペーターによる調印が行われる。

 これでようやく、一年以上にも及んだ内乱とそれに関連する両国間の紛争が終了するのであった。

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