第238話 陸亀王レインボーアサルト(後編)
「(実は彼女、狩猟ジャンキーなのか?)」
それを確認するためではないが、俺たちは朝食後、魔物の領域に出かけてみることにした。
その前に、帝都行きの間に減った白磁用の粘土を調合し、成形と絵付けを終えた磁器を魔法で焼成する。
すべてをこなすと魔力量は半分ほどまで減ってしまうが、狩猟にはあまり影響はないはず。
俺以外にも、魔法使いが多いから安心だ。
「噂どおりの魔力量ですね。凄いです」
行きの馬の上でも、エメラは俺の魔法に感心していた。
現場に到着すると、そこでは数千名の兵士たちが陣を張っている。
彼らは順番に、二十名ずつで魔物の領域に侵入し、魔物を狩るのだ。
訓練にもなり、食料も確保でき、素材や採集物も売れるので一石四鳥くらいの効果があると思う。
「怪我をした方は?」
「エリーゼ様、ここに」
怪我人は多いが、それは治癒魔法使いを常時置いて対応していた。
今日はエリーゼがついて来ていたので、早速彼女が治療をしている。
「聖女の二つ名は伊達じゃないね。大した治癒魔法の腕前だ」
エメラと共について来たペーターが、エリーゼの治癒魔法の腕前に感心していた。
「それはいいが、ペーターは狩りに参加するのか?」
「するよ」
「大丈夫か?」
「大丈夫だって。マルクもいるから」
肝心なのは、護衛の実力ではなくて本人の強さだ。
不意を突かれるという可能性もあるので、本人もある程度の実力がないと、安心して連れて行けない。
「マルク殿、本当に大丈夫なのか?」
「殿下は剣の達人なので」
「そんな話、聞いたことがないぞ」
ブランタークさんは、ペーターの情報を少しは持っているようだ。
ペーターの武芸や勉学の成績は、真面目にはやっているが並程度。
これが周囲からの評価であった。
「僕が、兄たちよりも剣や学問に優れていると評価されて、なにかいいことがあると思う?」
「ないな」
兄よりも弟の方が、武芸や勉学に優れている。
下手をすると暗殺でもされかねないので、わざと完全に見捨てられない程度の成績を示していたそうだ。
「それに、狩りには慣れているからね」
導師の行方を聞くと、彼は大物を求めて森の奥に入っているそうだ。
早速俺たちも魔物の領域に入ってみるが、ここ数ヵ月毎日狩りをしていたせいであろうか?
えらく獲物が少なく感じられる。
たまに出没するが、それらは……。
「獲りすぎじゃないか?」
猪型の魔物は俺たちに突進する前、ルイーゼが上空からひじ打ちを落として一撃で倒した。
相変わらずの早業である。
「このくらいの密度の方が安全に訓練できる。全部、導師のお仕事」
もう一匹の鹿型の魔物も、ヴィルマが狙撃用の魔銃で脳天を撃ち抜いて倒してしまった。
彼女は、何度か細かい改造を重ねた狙撃型の魔銃を上手く使いこなせるようになった。
「それが噂の魔銃だね。僕も欲しいなぁ」
「それは、ミズホ上級伯爵に言ってくれ。俺たちも簡単な仕組みなら理解できるが、製造なんでできないんだから」
「帝国軍でも研究はしているけど、完成したって話は聞かないからね。ニュルンベルク公爵も戦場に持ち込んでいなかったから」
俺たちはデータ収集名目で、例外的に借りられている状態なのだから。
俺に貸しておくと魔力が補充し放題で、ヴィルマがバンバン撃ってくれるから、有用なデータを取りやすい、という理由で貸してくれているわけだ。
一見仕組みが簡単でコピーは容易に思えるが、その試みはまったく上手くいっておらず、だからニュルンベルク公爵も戦場に魔銃を持ち込んでいなかった。
彼のことだから、完成していたら必ず戦場に持ち込んだはず。
「普通の魔銃でも週に一度、この試作型は三日に一度はメンテナンスが必要だからなぁ」
「撃てなくなるの?」
「ただ撃つだけなら一週間は大丈夫だと思う。でも暴発の危険性があるから、ノーメンテナンス状態で三日間以上の使用は駄目だとさ」
「ちなみに、暴発するとどうなるの?」
「腕と頭が吹き飛ぶかもって」
「そうなんだ……」
多分、魔銃普及のネックの一つに素材の強度問題があるのだと思う。
ミズホ伯国でも、これまで実験中に銃身が暴発して多くの死傷者を出し、その犠牲の上に魔銃が普及しているのだと、前に話を聞いた。
「残念だね。じゃあ、僕は普通に狩りをしようかな」
ペーターは持参した弓を番えてから、木に止まっていた『ハクレイドリ』を一撃で射ち落とした。
一応魔物のカテゴリーに入っていてたまに嘴で頭を突かれるが、それで大怪我をすることもない。
この地方独特の魔物だそうだが、肉が美味しいので、初心者には人気の獲物であった。
「いい腕だな」
「こうやって、お小遣い稼ぎをしていたのさ」
ペーターは皇家の三男なので、お小遣いは多く出ている。
だが、取り巻きやお付きの人数を増やすには全然足りなかった。
「狩猟は副業なのさ」
ペーターと同じような立場の貴族の次男、三男以下。
そればかりではなく、商人の子供たちまで集まって、帝都郊外の森などで狩りをしていたそうだ。
「満足に給金も出せないからね。みんなで集団で狩りをする」
「一種の軍事教練にもなり、肉は食べられるし、素材も売れるか」
「皇家のバカ息子が愚連隊を連れて遊んでいる設定だから、素材の売り先はマイヤー商会だったのさ」
「あの当主、やっぱり曲者だな」
「一年ほど前から僕は援助してもらっている。向こうは、保険のつもりなんだろうけどね」
帝都でも有数の豪商であり、政商でもある彼は、ペーターの能力の高さに気がつき、あとでなにかの役に立つかもしれないと、密かに援助していた。
素材の売却益の他に、同志兼家臣たちに命じて副業を行わせ、お金を貯めていたと思われる。
実家に気がつかれると困るので、偽装とマネーロンダリングは、マイヤー商会の担当だったのであろう。
「町中で磁器を売るならマイヤー商会がいいと聞いたが、俺は上手く誘導されたな」
「マイヤー商会は貴族相手にはえげつなく稼ぐけど、庶民に対しては薄利多売で、そう嫌われていないよ。クーデター後に、火事場泥棒をほとんどされていないのが証拠だ」
あの規模のクーデター騒ぎともなれば、貧民街の住民たちがドサクサに紛れて商家などに盗みに入るのが普通だ。
それで被害を受けた帝都の商会は多い。
商売あがったりなので、商人が政権の安定を望む最大の理由であった。
そのため、政権に癒着していると思われ、権力者が没落すると時に運命を共にしてしまう政商も多いのだが。
「貴族、軍人、商人とシンパはいるのか。ペーターが成功することを祈るよ」
「勿論必ず成功させるよ」
どんどんと魔物の領域がある森を進んでいくが、やはり獲物の数はまばらであった。
元からそれほど大きい領域ではないのと、常に数千の軍勢が駐屯して、訓練がてら魔物を狩り続けたからだ。
導師が率先して間引きを引き受けていたこともあって、俺たち一行は話をしながらでも、余裕で奥まで移動することに成功した。
「導師……」
「暇そうにしていたからな」
王国人なので、帝国人主体で増加した軍や統率は任せられないし、かといって王国軍を任せるのもどうかと思ってしまう。
治癒魔法が使えるのでそちらにとも思ったが、それはエリーゼたちでも十分にこなせるし、統治の手伝いや工事などにも適性がなく。
ここしばらくは、この魔物の領域での討伐に集中していたようだ。
王宮筆頭魔導師である彼が普段好き勝手に行動しているのは、普段はそんなに役に立たないからというのが実感できた。
「噂に聞いていたけど、王国の筆頭魔導師殿は凄いな。この領域の魔物が絶滅寸前だよ」
「あの……、それでよろしいのですか?」
常識人であるエメラが、俺に心配して聞いてくる。
魔物の領域の消滅というのは、各方面との利害調整が必要だからだ。
開発可能な土地は増えるが、そこで魔物を狩っていた冒険者たちや、彼らと商売をしていた人たちは困ってしまう。
いきなり消滅させるわけにいかなかった。
「この魔物の領域自体はなくなってもいいみたい。代官がそう言っていた」
「町の拡張に邪魔だからね」
町自体の拡張に邪魔というよりも、この魔物の領域が、中央北部にある直轄地や小領主連合地域とのアクセスを邪魔している点が問題なのだそうだ。
「それなら、とっととボスを倒して解放すればいいのに」
「予算の問題とか、優先順位とか色々あるんだろう」
「ブランターク殿の言うとおりだね。これまでは副都扱いされているアルハンスが優先だったから。サーカットは、ヴェンデリンが広げるまではイマイチな町だったからね」
「なるほど。この魔物の領域を解放すれば、サーカットの町と南を流れる川との水運、そして開発が遅れ気味の中央北部領域のアクセスが容易となり、開発が促進されるのですね」
さすがというか、エメラはお抱えに相応しく、その分野の勉強もちゃんとしているようだ。
「というわけなので、バウマイスター伯爵よ。戦いの時間である!」
「導師……」
そこにこれまで姿が見えなかった導師が現れ、みんなの顔を見て満面の笑みを浮かべていた。
遊び仲間を見つけた……みたいな?
「この数ヵ月、某は毎日率先して魔物を狩り続けて数を減らしたのである。あとは、某が把握済みのボス『陸亀王レインボーアサルト』を始末するのみ」
「この領域のボスって、竜じゃないんですね」
「本来、大亀系のボスは入門編扱いの一番弱いボスなのであるが……」
「ああ、わかります。ひっくり返せばよさそうに思える」
アンデッド、老成、金属、巨岩と。
竜は竜でも常識外れの個体ばかり相手にしてきたので、陸亀くらいなら簡単にいけてしまうのではないかと思ってしまったのだ。
「あの、お二方……。魔物の領域のボスに入門編もなにも……」
「お嬢さんよ。俺も含めて、三人で竜は複数相手にしているから」
「私は、飛竜までしか相手にしたことがありません」
「普通はそうだろうな。それで別に変じゃないし」
エメラは、俺たちの魔物討伐経歴の濃さに絶句していた。
「それよりも、俺たちはただ視察に来て『軍の訓練の状態はどうかな?』とか、『ちょっと狩りをして帰りましょう』とかで終わる予定だったのに。そういう大行事があるなら先に言ってくださいよ」
無駄だとは思いつつも、一応導師に苦情を述べておいた。
それを聞き入れてやめるくらいなら、導師ではないんだけど。
「バウマイスター伯爵、今伝えたのでよろしくなのである」
「俺の魔力は、今半分くらいの量なのですが……」
「『陸亀王レインボーアサルト』の討伐は、明日の予定である」
「計画がすでに立っている!」
「我が親友ギルベルトと共に立てた計画である」
編成、訓練途上の帝国軍を率いるボンホフ準男爵が、その達成度を見たいと、今回の計画を立てたらしい。
「一万五千人を動員してこの魔物の領域を囲み、我らが『陸亀王レインボーアサルト』を倒したあと、散ってしまう魔物たちを討つ予定になっているのである! 魔物自体は大分減らしたので、そう犠牲も出ないはずである!」
導師が、数ヵ月も討伐に専念したのだ。
この狭い魔物の領域では、絶滅寸前にされても不思議はなかった。
「まあいいですけど、その陸亀王レインボーアサルトってどんな魔物です?」
「少し甲羅が特殊な大陸亀なのである」
齢千年を超える老陸亀で、全長は三十メートルほど。
常に甲羅がレインボーに輝いており、それが全属性魔法を完全に防いでしまう。
さらに甲羅には百を超える突起が付いており、そこから魔法の矢を大量に発射すると導師が教えてくれた。
「この特性のせいで、これまでに何度も討伐が失敗しているのである。防御力が恐ろしく高いわけである!」
「対物理、対魔法。共に対応する甲羅ですね」
「亀ゆえに行動範囲が極端に狭いので、こんな町近くの領域で君臨し続けているわけであるが……」
魔物の領域のボスの強さは、ほぼ領域の面積に比例する。
この程度の広さの魔物の領域だからこそボスは陸亀であったが、彼は王と呼ばれるほど長生きし、この地に君臨し続けているというわけだ。
「レインボーに輝く魔法を跳ね返す甲羅かぁ。導師。魔法以外の攻撃はどうなのです?」
「元々、陸亀の甲羅を武器や打撃で壊すのは困難である。過去には巨大な投石器を運用した例もあったそうだが、それでも失敗したそうである。魔法も『ファイヤーボール』を連発した程度では甲羅に閉じこもって終わりであるから、我ら高威力の魔法が使える魔法使いが重宝されるわけである」
威力の高い魔法で攻撃する。
甲羅を破壊可能なほど強固な魔法で攻撃するか、高温の魔法で蒸し焼きにした偉大な魔法使いが過去にはいたそうだ。
「ところが、甲羅がレインボーに輝く陸亀王レインボーアサルトには魔法が通じないのである!」
虹色に輝く甲羅は、すべての系統魔法を完全に無効化してしまうらしい。
治癒魔法は効くそうだが、陸亀王レインボーアサルトはアンデッドではないのでダメージは与えられない。
「また厄介な魔物を……」
「ねえ。面倒だからやめない?」
「この際、それもありよね」
面倒ならば討たなければいい。
いつもならズっこけてしまいそうなルイーゼの意見であったが、今は時期も時期なので無理をする必要はない。
他の魔物を討伐し続ければ軍の訓練にもなるので、イーナも陸亀王レインボーアサルト討伐作戦の中止意見に賛成した。
俺も、それでいいような気がする。
「えーーー。倒さないの?」
「今ふと思ったんだけど、ペーターが邪魔だった」
「あっ! 僕か」
「そう。魔物の特性を考えると、ペーターがいると邪魔。マルクさんも、今回に限っては役に立たない」
物理攻撃無効の陸亀王レインボーアサルトに、いくら剣の達人でもダメージを与えられるはずがないからだ。
「オリハルコン製の剣でも駄目かな?」
「過去にとっくに試した奴がいると思うが……」
「じゃあ、エメラは?」
「えらく拘るな」
「だって、あの亀の甲羅を、僕がことを起こしたあと、帝都の広場にでも飾ったら効果絶大でしょう?」
こすい手ではあるが、俺もバウマイスター騎士領で、ヴィルマが仕留めたサーペントの頭を飾って領民たちの歓心を得た。
陳腐な手であるがゆえに、効果も絶大というわけだ。
「新しい帝都の主は、討伐した陸亀王レインボーアサルトの甲羅と共に臣民たちの前に姿を見せるというわけだ」
「ペーターは倒していないけどな。倒すにしても、俺たちが倒すだけで」
「ヴェンデリン。そこは、『僕の有力な支持者である君の成果は、大きく捉えれば僕の成果作戦』ってことで」
「ああ、いいよ」
「助かるよ」
「ちゃんと金払えよ」
ペーターも、あの皇帝の血を引く息子である。
完全に信用してはいけない。
依頼料はちゃんと支払えと、念を押しておく。
「勿論支払うさ。でも、エメラを手伝わせるから値引きして」
「わかったよ」
こうして、俺たちと訓練途上である軍が共同して、魔物の領域の開放と、陸亀王レインボーアサルト討伐作戦が実行されることとなった。
「ああ。でも、導師が殴り殺せば済む問題では?」
「いやいや、それはもう試して失敗したのである」
「えっ! マジで?」
「エルヴィン少年が疑う気持ちもわからないではないが、事実なので、直接その目で確認するといいのである!」
俺たちは、導師の案内でそのまま魔物の領域の奥へと向かった。
「導師、道に詳しい」
「ここ数ヵ月、毎日のように探索して庭のようなものである」
「どうりで、昼間は見ないと思った……」
軍が訓練で領域に入る時に、大量の魔物に囲まれないように間引きを続けていた。
といえば聞こえはいいが、それは結果論で、毎日冒険者時代に戻ったかのように討伐に精を出していただけとも言える。
みんな、サーカットの町の開発や統治で忙しかったのに、唯一自由に行動できた人物であったというわけだ。
「さて。ここがそうである」
森に囲まれた魔物の領域の中心部には、開けた草原と岩場が存在した。
そして導師の話どおり、虹色に輝く大量の突起が付いた甲羅を持つ巨大な亀もいる。
亀は、ノンビリと草を食んでいた。
「あまり強そうには見えないね」
「みんな、最初は殿下と同じような感想を抱くのである」
草を食べ終わると、亀は岩場に移動して甲羅干しを始める。
見た感じでは、甲羅の色が派手なただのデカい亀にしか見えない。
「本当に強いの?」
「殿下の疑念を解消するため、某が戦いを挑んでみるのである!」
導師は亀の様子を伺っていた大木の影から出ると、そのまま亀に向かって全力で走り出した。
「伯父様!」
エリーゼが思わず声をあげてしまうほどの危険な行動だが、亀の方は導師を確認してもなにもせず、ノンビリ甲羅干しを楽しんでいた。
導師を危険だと思っていないなんて……。
「亀、余裕だな」
「ああ」
導師に攻めかかられているのに、亀はまったく警戒していない。
俺とエルは、亀の度胸のよさに感心していた。
「ふんっ! 『魔導機動甲冑』!」
「あっ、久しぶり」
王都で修業していた時以来である。
ルイーゼが、懐かしげな声をあげた。
「あれが噂の……」
「そう、アレが噂のです。普通の属性竜くらいなら、魔力が尽きる前に撲殺可能だと思うよ」
「あの……、属性竜を殴り殺せる人はそう世の中にいないとは思うのですが……」
「そう言われるとそうだね」
「……」
俺の隣で驚きを隠せないエメラに、これまでの導師について説明すると、彼女はこれまで見たことがないような表情を浮かべた。
さらに続く導師の行動からも、視線を外せないようだ。
なぜなら、ハンマー型に変えた杖で、陸亀王レインボーアサルトを殴り始めたからだ。
一撃ごとに、爆音のような衝撃音がこちらにまで響いてくる。
こんな魔法使いは、彼女の中の魔法使いの定義が乱れるなんだと思う。
「威力が上がっているな」
「魔力が増えていますからね」
ブランタークさんの解析は正しい。
パルケニア平原でグレードグランドを倒した時よりも導師の魔力は増えており、ルイーゼから効率のいい格闘術まで習っているのだ。
攻撃力が増して当然であろう。
「もの凄い威力だけど、全然効いてないな」
「そうですね」
亀は攻撃されるギリギリまでノンビリしていたが、己の危機が迫ると甲羅の中に頭と足を引っ込めてしまった。
亀らしい防御方法であったが、強固な甲羅が導師の攻撃をすべて防いでしまっている。
事前の説明どおり、とてつもない防御力を持った甲羅だな。
「あの攻撃を防ぐとはな……」
「ちょっと特殊な甲羅ですね」
魔法のみならず、物理的な衝撃まで防いでしまっているのだから。
「俺はこう考えるんだ。あの甲羅は、物理攻撃も完全に防いでしまっているのだと」
「例えば、亀をひっくり返して、その下で薪をくべながら火魔法を長時間発動させるとどうなるのか? とか」
普通の陸亀なら、蒸し焼きにされてしまうだろう。
陸亀王レインボーアサルトの場合は、甲羅が魔法しか防げないとしても、やはり時間が経てば蒸し焼きにされてしまう可能性が高い。
なぜなら、魔法自体は防げても、それによって発生した熱を防げる可能性は低いからだ。
問題は、そのまま大人しく蒸し焼きにされてくれるかどうかだが。
「その方法を試さなかった奴はいないと思うんだが……」
「ですよねぇ……。となると、あの方法も駄目か……」
導師が大量の魔力を全身に流して身体機能を強化し、巨大な亀の甲羅を持ち上げて上空へと放り投げた。
あの巨大な亀を数十メートル上空まで放り投げる導師のパワーは、デタラメとしか言いようがない。
引っ込んだままの亀の甲羅は、下にある岩場に落ちて派手な衝突音を立てる。
岩の方は粉々に砕けたが、甲羅には傷一つ付いていなかった。
「限界である」
今の攻撃で、導師の魔力は限界に達してしまったようだ。
急ぎこちらに走って来てから、『魔導機動甲冑』を解いて元の姿に戻った。
「あれでも死なないのですか?」
「死なないどころか、ノーダメージであるな」
あの高さから、あれほどの巨体が岩に落ちてダメージがないとは……。
どうやらブランタークさんの予想どおり、とてつもない防御力をあの甲羅は持っているようだ。
「甲羅が、一種の魔道具になっているのかもな」
「それだ」
ブランタークさんの言い方が一番シックリと来ると思う。
突然変異か、数多の討伐を乗り越えて進化したのかはわからない。
だが、あの甲羅に引っ込んでいる間、とにかく陸亀王レインボーアサルトはダメージを受けないのだ。
「となると、対策が必要だね」
「全員で魔法を大量にぶっ放しても無駄だからな」
ペーターの意見に全員が賛同するが、それと同時に導師が俺の肩を手で叩き始める。
「まだなにか? 導師」
「実は、まだ終わっていないのである」
導師が陸亀王レインボーアサルトの方を見ているので視線を合わせると、そこには絶句するような光景が広がっていた。
例の虹の甲羅が眩いばかりに光り輝き、百以上もある突起に大量の魔力が集まり始めていたのだ。
「これは……」
「前に攻撃した時もこうなったのである。あの甲羅はすべての攻撃を魔力に変換し、自分を攻撃した者に強かな反撃を加えるのである! 自分からは攻撃はしてこないのであるが、大量の属性魔法の槍がまるで夕立のように……」
「えっ?」
全員の視線が同時に、導師へと向かう。
普段の陸亀王レインボーアサルトは危害を加えなければ攻撃してこないが、攻撃すれば、その攻撃を甲羅が魔力に変換して属性魔法の槍を降らせると言うのだから。
「導師様のお話を総合しますと、これまでに導師様が加えた攻撃がすべて魔力に換算され、それがそのまま導師様に降りかかると」
「左様。この前は、死ぬ気で逃げ出す羽目になったのである。今日は、みんながいてくれて助かったのであるが」
「それってつまり、僕たちが巻き添えになるってこと?」
「そうとも言うのである。幸いにして、多くの『魔法障壁』を使える魔法使いたちがいるので安心ではある!」
「あーーー。全員、俺の周囲に集合」
ブランタークさんの命令で全員が円を作り、彼による『魔法障壁』が展開した瞬間。
甲羅の突起から発射された火、氷、風、岩の槍が、まるでゲリラ豪雨のように降ってきた。
「逃げるぞ!」
魔物の領域の外に向け、全員で固まって逃げる。
隠れていた森の木々はとっくに魔法の槍によってズタズタに切り裂かれ、俺たちを見つけた魔物ですら、無残に魔法の槍で貫かれて殺されていく。
どうやら、敵味方の区別はできない攻撃のようだ。
「普段は大人しいのに、恐ろしいボスである」
「「「「「あんたが言うな!」」」」」
その前に、先に口で説明すれば済む話だったのだ。
いくら逃げても亀は導師をロックオンしているようで、その周囲にいる俺たちにも容赦なく魔法の槍が降ってくる。
俺たちが逃走したルート上は、魔法の槍に切り裂かれて倒れた木々と魔物の残骸だらけになっていた。
「しかし、一向に魔法の槍がやまないな」
「やむはずないだろう」
「どうしてだ?」
「導師の魔力の大半が亀の甲羅に蓄積されているから」
「それって、相手の攻撃力や魔力が強いほど反撃がキツイってことか?」
「エル君、よくできました」
「そんなの正解しても嬉しくねぇーーー!」
結局、亀の反撃は魔物の領域を出るまで続き、ブランタークさん、カタリーナは『魔法障壁』で魔力を使い果たし、エメラも半分以上の魔力を『魔法障壁』で消耗する羽目になってしまった。
そしてみんな、全力で走ったので疲労困憊だ。
結局、とんでもない偵察行になってしまった。
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