閑話4 久々に風邪を引いた話
「装備が揃ったら見違えたなぁ」
「大半の連中が、常時訓練を受けている王国軍だからな。やる気のない諸侯軍とかだと、整列がちゃんとできないなんてことがザラにある。それに比べれば雲泥の差さ」
ニュルンベルク公爵に負けた後に逃げ込んで来た王国軍先遣隊の生き残りは、指揮官であるフィリップの指揮で綺麗に隊列を組んでいた。
休養を取り、失った装備を与えられて軍の体裁を整えたので、お飾りとはいえ大将である俺の前で閲兵式を行っていたのだ。
「士気はどうなんだろう?」
王国の命令とはいえ、二百年以上も停戦していた帝国の反乱に乗ずる形で攻め込み、呆気ないほど簡単に戦に負けてプライドをズタズタにされ、一ヵ月以上も山中を敗走する羽目になった。
いくら俺たちと合流できたとはいえ、これからの戦いにやる気が出せるのか、疑問に思ってしまうのだ。
過剰に気合を入れる必要はないが、命令くらいは聞いてもらえないと、これから先困ってしまう。
「敵中突破の成功で士気も上がっていますし、このままバウマイスター伯爵の下で働けば普通に功績を得られますからね。その心配は不要かと思いますよ」
クリストフがそう言うのであれば、そうなのであろう。
と思うことにした。
どうせ俺では、どうにもできないのだから。
「これでよろしいですか? エルヴィン様」
「ええと、いいと思います」
そしてエルは、軍勢の指揮の仕方を習うため、まずは百人程度の集団を整列させている。
教導役は、フィリップが推薦した中年のベテラン士官であった。
平民の出だが、一兵卒から数少ない枠を勝ち残って士官の地位を得ている、いわゆる『兵隊元帥』と呼ばれる人で、若い軍人たちへの指導も上手なのだそうだ。
能力のあるベテランなので、今回の敗戦でも上手く生き残れている。
エルの指導役として十分な人材であった。
「指揮官が疑問を持ちながら命令を出すと、兵もそれに釣られて動きがおかしくなりますので、命令はしっかりとお願いします」
「自信満々に命令を出して、それが間違っていたら?」
「何食わぬ顔で、新しい命令を堂々と素早く出してください。指揮官がドッシリとしていれば、兵たちはさほど気にしません。できれば命令は間違えない方がいいですけどね」
「なるほど」
エルは真面目にメモを取りながら、ベテラン士官の指導を受けていた。
ハルカも一緒にメモを取りながら、なにか聞き洩らしがないかチェックを入れているようだ。
「バウマイスター伯爵の奥方たちも、エルヴィンの婚約者も、内助の功で微笑ましい限りだな」
フィリップは、エルを羨ましそうに見ていた。
彼の元正妻は、戦犯として処刑されたブロワ辺境伯家従士長の娘なので、先代ブロワ辺境伯の未亡人と共に教会に送り込まれている。
その後正妻を迎え入れた話を聞いていないので、家庭の方が色々と大変なのであろう。
「まあね。うちのエリーゼたちは……ふぇくしょい!」
エリーゼたちの自慢でもしようかと思ったら、突然クシャミが出た。
普通は、噂された方がクシャミが出るのに変だ。
「へくしょい!」
最初は誰かが噂でもしたのかと思ったが、すぐに鼻と喉に違和感を感じた。
どうやら、久々に風邪を引いてしまったようだ。
「バウマイスター伯爵、風邪か?」
「ここ数年、風邪なんて引いたことなかったのに……」
「バウマイスター伯爵領は南方で暖かく、帝国は特に冬が寒冷ですからね。気候の変化で体調を崩したのでしょう。兵士たちの中にも風邪を引いた者がいました。バウマイスター伯爵は大将なのですから、早めに治しておくことです」
「そうするよ」
俺はクリストフから、早めに風邪を治すようにと言われてしまう。
「ヴェルが風邪? 俺と出会ってから風邪なんて引いたことあったっけ?」
こちらの様子がおかしいので見に来たエルは、俺が風邪を引いたと聞いて驚いていた。
なぜなら、俺が前に風邪を引いたのは十歳の時で、エルたちと出会ってから病気で寝込んだことなどなかったからだ。
「昔は、風邪を引いたこともあったさ」
あれは、未開地を探索していた時のことだ。
急に寒気がしたので、急ぎ家に帰ってベッドに潜り込んで寝ていたはず。
なお、そのことを母に話したら、食事が野菜を極限まで柔らかく煮たスープだけとなり、俺にとっては余計に拷問であったのを覚えている。
消化にいい物をという気持ちはわかるのだが、どこか食材費をケチっているようにも思えてしまったからだ。
結局、お腹が減ってどうにもならず、自分でお粥を作って食べる羽目になってしまった。
バウマイスター騎士爵家の人たちは誰もそんなものは食べさせてくれないので、いわゆるボッチ療養を行ったわけだ。
アマーリエ義姉さん……もクルトの手前、俺を熱心に看護するってわけにもいかなかったのだから。
『ヴェル君、大丈夫?』
『ええ、大丈夫ですよ』
『そうね、熱は下がってきたみたい』
お見舞いには来てくれたけどね。
父とクルト?
は、一度も見舞いに来なかった。
貴族の余っている子なんて、みんなそんなものだ。
「そうなんだ……」
「なぜ口籠る」
「いやさ。なんとかは風邪を引かないって」
「エルには、言われたくないな」
この世界にも、『バカは風邪を引かない』という格言が存在するらしい。
エルが失礼にも、風邪を引いた俺に驚愕の表情を向けていたからだ。
「エルも、人のことは言えないだろうに」
「残念だが、俺は十三歳の時に風邪を引いたからな。ヴェルは覚えていないのか?」
エルだけでなく他のメンバーも、エリーゼも含めて風邪などで体調が悪くなったことがあったのを記憶している。
みんなの前で風邪を引いていないのは、俺くらいかも知れない。
「戻って寝るかな」
「そうしてくれ」
「まだ戦闘は始まらないでしょうが、それまでに体調を万全にしておいてください」
「わかった」
ニュルンベルク公爵との決戦で体調不良になったら、大変なことになってしまう。
フィリップとクリストフのみならずエルにも促されたので、俺は急ぎ自分の家に戻ってから、寝巻に着替えてベッドに潜り込んだ。
風邪を引いた時には、寝るのが一番だな。
「あなた、大丈夫ですか?」
「喉が痛くて鼻が詰まっているけど、そこまで酷くないと思う」
「ええと……。お熱は……」
エリーゼがオデコを合わせてくると、少し冷たいような気がした。
もしかすると、熱があるのかもしれない。
「少しお熱がありますね」
エリーゼも、俺と同じ考えに至ったようだ。
「なにか風邪にいいものを作りますね」
エリーゼは、俺に毛布をかけ直してから台所へと向かっていた。
職業上看病慣れしているからかもしれないが、まるでお母さんのようである。
「お粥を作りましたよ、あなた」
王国で風邪を引くと柔らかく煮た麦粥を食べさせることが多かったが、エリーゼは俺の影響でお米のお粥を作るようになっていた。
俺も、そっちの方が好きなのでありがたい。
お粥はエリーゼの腕前もあって、とても美味しそうだ。
「はい、あーーーんしてください」
「自分で食べられるから」
「あなたは病人なのですから、無理をしてはいけませんよ」
エリーゼは、医者であり、看護婦であり、奥さんであるので逆らえない。
こういうシチュエーションも、たまにはいいな。
俺は、エリーゼにお粥を食べさせてもらっていた。
「こうして見ると、新婚さんらしいな。伯爵様」
「風邪を引いたと聞いたので、様子を見に来たのである」
お粥を食べさせてもらっていると、そこにブランタークさんと導師が様子を見に現れた。
「風邪なんて珍しいな」
「たまにはそういうこともありますよ」
「俺も、風邪を引くことががたまにあるがな。それよりも、二日酔いの方が圧倒的に多いけど」
ブランタークさんは、たまに酒の飲み過ぎで二日酔いになることがある。
独身時代にはその度にうちにやって来て、エリーゼから軽い朝食を作ってもらったり、『解毒』の魔法で二日酔いを緩和してもらっていた。
聖治癒魔法の『解毒』は、体内に残る酒精分を分解し、二日酔いの症状を抑える効果があるからだ。
ただ、貴重な治癒魔法に使える魔力を時間が経てば治る二日酔いに使うのは、他者に対してあまりいい印象を与えない。
特に教会関係者たちには、『過ぎたる酒は、過ぎたる欲望』という考えがあるので余計にであった。
エリーゼも、普段俺が世話になっている人だからと渋々『解毒』を使っており、酒にだらしないのは、魔法使いとしては優秀なブランタークさんの唯一の欠点かもしれない。
ただ彼の場合、ここぞという時には酒を一滴も飲まないんだよなぁ。
だからこそ、世間からの評価が高い魔法使いなんだろうけど。
「風邪も、治癒魔法で治せればいいんだがな」
「風邪はさすがに無理ですね」
「さすがに風邪は、奥方様でも無理か」
「風邪を治癒魔法で治せる人がいたら、教会から聖人認定されると思います」
治癒魔法による怪我の治療方法は確立していたが、病気の治療はこれは研究途上であった。
下手に魔法をかけると、病原菌が活性化して余計に症状が重くなるケースもあったからだ。
魔物の領域で採れる薬草を使った魔法薬や、自然治癒に任せたり、対症療法で対応するしかないというわけだ。
「風邪、虫歯、水虫は治癒魔法使い永遠のテーマか」
「水虫と虫歯は治せますよ」
「いや、あの方法だと嫌がるのが多いだろう」
「嫌がる?」
「前に奥方様が、酷い火傷の女性を治療しただろう?」
水虫は、足の裏だとナイフで患部のある皮膚をすべて剥いでから治癒魔法をかける。
虫歯も、虫歯の部分をナイフで削ってからそこに治癒魔法をかけるのだと言う。
「いい年をした大人でも嫌がって、水虫や虫歯を放置するのがいるくらいだからな」
「導師の治癒魔法ならどうなんです?」
患部を削らないでケロイドを治せてしまった導師なので、もしかしたらと俺は考えてしまう。
「伯爵様よ。導師クラスの治癒魔法を直接患部にかけたら全身が水虫に犯されると思うぞ。歯なんて、虫歯が広がって全部ボロボロになるんじゃないのか?」
想像しただけで、背筋が凍るような光景だ。
いくら治療が痛そうでも、手を抜いてはいけないというわけだ。
「バウマイスター伯爵、風邪とは大変そうである!」
「『大変そう』ですか? 導師は風邪とかは引かないのですか?」
俺は、導師の言い方になにか引っかかるものを感じた。
「うむ。某は生まれてこの方、病気一つしたことがないのである! 病気で寝込むという経験がないので、本当に大変なのかよくわからぬのだ」
「そうなんですか……」
生まれてから四十年以上も病気知らずとは、ある意味導師らしいかもしれない。
導師が病気で寝込む光景……確かに、なかなか思い浮かばないな。
「一度も病気になったことがないってのは凄いな」
「これも、弛まぬ鍛錬の成果である!」
ブランタークさんは表面上は感心しているようであったが、間違いなく『バカは風邪を引かないんだな』と思っているのであろう。
俺と視線を合わせると、意味ありげな笑みを浮かべていた。
「ヴェル、風邪を引いたんだって?」
「お見舞いに来たわよ」
続けてルイーゼとイーナも姿を見せるが、イーナはその両手にミカンに似た果物を抱えていた。
「風邪には、こういう果物のジュースが良いわよ」
なるほど、この世界でも風邪にはビタミンCという考え方があるようだ。
勿論ビタミンCを認知していないが、過去からの経験則でわかっているのかもしれない。
「絞る道具がないな」
「ボクがいるから大丈夫だよ」
ルイーゼは手を洗うと、両手にミカンを持ちそのまま絞り始める。
少し魔力を使っているようで、みるみるジュースが絞られてコップを満たしていく。
ジュースを搾り終わると、両手を広げて絞ったミカンの残骸を見せてくれるが、まるで梅干しのように小さく萎んでいた。
「道具いらずだな」
「ジュース屋の開業も夢ではないかもね。はい、ヴェル」
俺はルイーゼからミカンジュースを貰い、それを飲んでみる。
その味は、百パーセント果汁のミカンジュースとまったく同じであった。
風邪の時にこういうものを飲むと、特に美味しく感じられるな。
「へえ、大した技だな」
「そうかな? このくらい武芸の基本でしょう」
ブランタークさんは極限にまで縮んだミカンを見て感心していたが、ルイーゼはさほどの難事とも思っていないようだ。
「俺はその方面はさほどでもないからな。ということは、イーナの嬢ちゃんでもできるのか?」
「ルイーゼほどではないですけど……」
ちょうど一杯目を飲み干したので空のコップをイーナに渡すと、彼女もルイーゼと同じ方法でジュースを絞ってくれた。
少しだけ魔力を篭めて、ミカンを両手で絞る。
「ルイーゼほど、効率よく絞れないですね」
両手を広げると、ルイーゼのよりは大きめの絞りカスが残っていた。
それでも十分に凄いけど。
「ミカンジュース、美味しいなぁ」
「ヴェル、あまり飲み過ぎるとお腹を壊すわよ」
「これで終わりにするさ」
ジュースを飲みながらふと思ったのだけど、女の子が手で絞ったジュースとか、もしかしたら商売になるのでは?
などと考えてしまうのは、俺が熱で頭をやられているせいであろうか?
「某も絞ってみるのである!」
「どうして、そんなことで対抗心を燃やすのか……」
ブランタークさんの呟きを無視して、導師も両手でミカンを絞り始めた。
手の平が大きいのでミカンがキンカンのように見えるが、ちゃんとシュースは絞れたようだ。
ただ、両手を開くと絞りカスはルイーゼのものよりも大きかった。
「うーーーむ、某もまだ未熟である」
導師はそう言いながら、俺にジュースの入ったコップを渡す。
心なしか、ルイーゼとイーナが絞ったジュースにに比べると、色が暗いような気が……。
「さすがに、三杯はいらないです」
「そうであるか」
導師は少し残念そうだ。
実は、『導師汁』も混じっていそうなジュースを飲みたくないという部分の方が大きかったのは内緒であったが。
「ヴェル、ちゃんと寝ているか?」
「ヴェンデリンよ、見舞いに来たぞ」
さらに続けて、エルとテレーゼという珍しい組み合わせが姿を見せた。
部屋の入り口で、偶然顔を合わせたのであろうか?
「ハルカは?」
「俺はちょっと様子見で訓練を抜け出して来たんだ。フィリップさんとクリストフさんからも、様子を見て来てくれと頼まれてな」
「大将が病気なので心配なのであろう。ヴェンデリンがいないと、王国軍組は機能せぬからの」
神輿兼スポンサーなので、一応はいないと困るのであろう。
どんな精鋭でも、『腹が減っては戦はできない』のだし。
「柑橘類のジュースか。定番の風邪に効くとされるものじゃな」
テレーゼは、コップに入ったミカンジュースに視線を送る。
「ヴェル、飲まないのか?」
「実はもう二杯飲んだからさすがに……」
導師が絞ったからなんとなく嫌とはいえず、あくまでももう二杯も飲んだからという理由を強調した。
実際にもう一杯飲もうとは思わないので、嘘は言っていない。
「そうか。じゃあ、俺が飲んでいいか? 少し喉が渇いていてな」
「いいぞ」
「じゃあ、遠慮なく」
エルは、導師が絞ったミカンジュースを美味しそうに飲み干した。
わずかに罪悪感を感じたが、別に毒ではない……はず。
本人も飲みたがっていたし、需要と供給が噛み合っただけだと自分を納得させた。
「ヴェンデリンよ。妾もそなたに早く治ってほしいからの。見舞いを用意したぞ」
「添い寝とかはいらないです」
「いきなり第一の矢が折られたの。などと冗談じゃ。妾は総大将なので病気にはなれん。風邪が染つるリスクは避けて当然じゃ。見舞いは、我がフィリップ公爵家直伝の風邪薬じゃ」
テレーゼは、空いているコップに水筒から出した液体を注いだ。
液体の色は、黒と緑の間くらいか?
常温の液体のようだが、なぜかコポコポと泡を立てている。
それと同時に、泥臭い青汁が強化されたような臭いが部屋中に漂い始めていた。
「テレーゼ様……。なんなのです? この臭いは?」
「風邪の特効薬だからの。薬じゃから、当然美味しくはないぞ」
「味の問題ではなくて、もっと根本的な安全性に疑問を感じるのですが……」
万が一にも、俺が毒殺でもされたら大変なので、ブランタークさんはコップに入った液体を怪訝そうな目で見ていた。
「ブランタークよ。ヴェンデリンになにかあれば妾たちも困るのじゃぞ。見てくれは悪いが、これは風邪を引いたフィリップ公爵家の人間全員が必ず飲むものだ。安心して飲むがいいぞ」
「テレーゼ様。ちなみに、どのような材料を使っているのである?」
「我がフィリップ公爵家の秘伝なので秘密になっておる。効果は絶大じゃから余計にの」
「そうであるか……」
さすがの導師でも、この薬だけは飲みたくないという顔をしていた。
「(本当に毒はないんだな……)『良薬は口に苦し』か……」
「ミズホ伯国の格言を知っているとは、ヴェンデリンは本当にミズホ文化好きじゃの」
俄かでも貴族になったので、これでも食べる物には警戒するようになった。
とはいえ、『毒探知』の魔法で事前に探るだけだし、今までに毒入りの食べ物など貰ったこともない。
もし口にしても、水系統魔法の『毒消し』があるのでそれほど問題にもしていなかった。
「せっかくですので……」
不味そうではあるが、説明されると薬っぽく見えるから不思議だ。
俺は一気にコップに入った液体を飲み干した。
「ううっ……」
「ヴェル、どんな味なのかしら?」
「もの凄く青臭いし苦い。まるで畑の青野菜を土ごと食べているみたい」
「それは不味そうね……」
イーナに味の感想を述べると、彼女は絶対に飲みたくないという顔をしていた。
「あなた。お口直しにどうぞ」
さり気なくエリーゼが口直し用の水を渡してくれて、とてもよくできた奥さんだなと思ってしまう。
「あとは寝ていれば大丈夫。なにしろ、この薬はよく効くからの」
なぜかフィリップ公爵家伝来の薬に絶大な自信を持つテレーゼであったが、本当に翌朝になると俺の風邪は完全に治っていた。
本当に薬が効いたのか、たまたま早く自然治癒したのかは不明であったけど。
「本当にうちの薬はよく効くのじゃぞ」
「なら、製法を秘密にして売ればいいのに」
「過去に一度売り出したのじゃが、不味いのがネックで売れなくての」
「甘くして、不味さを薄めればいいのに」
子供用の甘い薬と同じである。
不味ければ、甘くしてマシな味にすればいい作戦である。
「なるほどの。内乱後にそうやって売り出すとするかの」
後日、フィリップ公爵家秘伝の薬は甘くしてから発売されたが、風邪と疲労などに絶大な効果があり、フィリップ公爵領の新たな特産品となるのであった。
そして俺の風邪が治ったのと対照的に、一人だけ具合が悪くなった人間がいる。
「エルさん、大丈夫ですか?」
「おかしいな? 変なものを食べた記憶がないのに、朝からお腹が痛いんだよなぁ……」
導師汁入りのジュースを飲んだエルは、翌日に原因不明の下痢に悩まされることとなる。
「やはり、導師汁のせいか……」
「ヴェル。そんなものが存在するわけないでしょう。私もルイーゼも、ミカンを絞る前にちゃんと手を洗ったわよ。導師様はそんなことはしていないけど」
「単純に、手が汚かったんだね」
それ以降、導師が手で絞ったジュースは本人以外誰も飲まなくなってしまった。
世界が変わっても、食べ物を触る前には手を洗いましょう。
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